白昼の襲撃
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──白昼の襲撃
ルンビニ公国首都カルナック市にルンビニ公国総督にして風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストの居城はない。彼女はここに居城を構えることをせず、ここから30キロほど離れたシャルトル山の山腹に新たに城を築いた。それがサンクト・シャルトル城である。
現在、この首都カルナック市を統治しているのは代官であり、別の貴族だ。
そのためか首都の警備は確かに南部より厳重なのだが、抜け道が残っていた。城壁の一部には密輸用の出入り口があるし、廃倉庫街は地下室があり、簡易の隠れ家になる。
実際はもっと様々な抵抗運動のための場所はあるのだろうが、まだルンビニ革命議会の主だったメンバーの信頼が得られておらず、唯一我々を信頼してくれているジェラルドから提供された情報ではこの限りであった。
「襲撃の計画を説明する」
俺はテーブルの上にカルナック市の地図を広げてそう告げる。
「目標であるジークムント・フォン・シーラッハは明後日の昼にカルナック市に入る。南の城門から大広場を経由し、代官を務めている貴族の城に向かう。一度城に入られてからでは、手を出すのが難しくなる。ジークムントがいつ城を出るのか、どの程度の警備が城で付けられるのか、その後どちらに向かうのかが分からなくなるためだ」
我々の情報網とジェラルドの情報網はジークムントのカルナック市来訪の情報を入手した。ジークムントはルンビニ革命議会の情報通りの日時にカルナック市を訪れる。ここ最近の治安状態を報告しに、カルナック市の代官の下を訪れる。
その予定について、我々は代官の下を訪れるまでは把握した。だが、それから先は分かっていない。ジークムントが代官に必要な報告を行った後に、いつ、どこに向かうのかは分からないのである。
「よって、確実な襲撃手段を取る。白昼堂々とカルナック市の市街地で、ジークムントを襲撃することにある。彼が確実に通過する大通りで待ち伏せし、そこを叩くことこそ、もっとも確実に目標を仕留める手段だ」
馬鹿げた話かもしれないが、俺の言っていることはこの場においては正しいのだ。
「ですが、真昼間に襲撃というのはちょっとぞっとしませんか?」
俺が連れてきた自由エトルリア同盟の兵士のひとりがそう尋ねる。
「確かにリスクはある。衛兵の注意も引くだろうし、民衆たちからの視線もある。だが、我々が他の時間にジークムントを襲撃することは不可能に近い。我々は今回、まともな夜戦装備をここに持ち込んでいないのだから」
今回、我々の装備は夜戦に備えたものを有していない。想定したのは昼間における突発的戦闘だけで、夜間に敵と戦う備えはできていなかった。
確かに俺の体内に存在するナノマシンがあれば、夜間でも視界はある程度開ける。だが、それを共有する手段を我々は持たない。ここには照明弾もなければ、暗視装置もないのだ。俺の見えている視界を共有する手段はなく、火力を集中することはできない。
以前にデルフィ市で貴族を暗殺したときのように、俺と数名で暗殺作戦を決行するというもの手段としては考えられた。だが、あの時と今では状況が違う。
我々の有している相手への情報はあまりにも少ない。デルフィ市での暗殺ではペネロペを初めとする抵抗運動が協力してくれたが、今回はそれがない。
我々は目標に関する情報を僅かな情報ルートで仕入れたものしか有さず、現地の抵抗運動は我々の能力を試すために沈黙を貫いている。これではいくら暗殺を試みても失敗に終わる可能性は極めて高い。
「それに我々は能力を示さなければならない。ルンビニ革命議会は我々の動きに注視しているだろう。我々が確実に相手を仕留めたという情報がなければ信頼は得られない。ここで活動していくためにはルンビニ革命議会の信頼が必要であり、それは我々がジークムントを確実に殺してこそ得られるのだ」
このルンビニ公国を治めるユーディトやカルナック市の代官が間抜けでなければ、南部の二の舞を避けるために貴族が下層民に殺害されたという事実は広めないようにするだろう。事実、南部の抵抗運動はそれによって過激化したのだから。
貴族は下層民には殺せない。そう思わせておかなければ、精霊帝国の統治は南部と同様に揺らぐ。そのことは既に敵も理解しているだろう。
ならば、ルンビニ革命議会に我々がジークムントを殺したと思わせるには、白昼堂々襲撃を仕掛けるのがもっとも適切なのだ。
「どうだろうか。納得してもらえただろうか?」
俺はそう自由エトルリア同盟の兵士たちに問いかける。
これで納得が得られなければ別の手段を考えるだけだ。襲撃にも様々な方法がある。遠距離からの狙撃でもいいし、爆殺でもいい。日本情報軍は様々な暗殺の手段を兵士たちに教育し、これまで多くの人間を葬ってきたのだから。
「俺たちはヤシロさんの決断に従いますよ」
「ヤシロさんはこれまで勝利を手に入れてきたんですから、それを疑うようなことはしません。今回もヤシロさんの言う通りにすれば、きっと勝利できるはず」
思いのほか、兵士たちの俺への信頼は篤かった。
それもそうかもしれない。まだこの世界では俺は誰も裏切ってはいないのだ。少なくとも表向きには誰も。
地球では日本情報軍は裏切りすぎていた。軍閥と手を結んでは、用が済めば始末し、そうやって中央アジアの内戦を回してきた。
日本情報軍は多くの軍閥を裏切り、見捨ててきた。第二次世界大戦中に、ソ連がポーランド国内軍のワルシャワ蜂起を傍観したように、争うだけ争わせて、我々は多くの人間のことを裏切り、見捨ててきた。
だが、今の俺はまだこの世界で誰も裏切ってはいない。表向きには。
自由エトルリア同盟の理想とする独立・自由・尊厳をどうでもいいと思っていながらも、利害が一致するために彼らを裏切ってはいない。まだ俺は彼らの友人である。
だから、彼らは信じてくれているのだろう。彼らの理想に共感するかのように演技し、彼らの理想を実現するための道具を提供する俺のことを。
情報戦において決して味方はいないとしても、仮初めの同盟はあり得る。それが如何に儚いものであろうとも、今はそれを役立てるとしよう。
「では、決定だ。我々はジークムント・フォン・シーラッハを暗殺する。白昼堂々と、誰が彼を殺したのかしっかりと分かるように」
俺はそう告げて具体的な作戦計画を彼らに語り始めた。
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時刻1300。
ドローンは今回は使用が難しく、使用できなかったが城門付近に待機していた兵士たちからの報告でジークムントがカルナック市に入ったことは確認された。
ジークムントは我々の把握していた情報通りに、大通りを進み、カルナック市の中央広場に向けて馬車を進めさせている。
馬車はここ最近の政情不安を考えてか騎兵によって厳重に警護され、通りに面する建物からは人が払いのけられた。人々はあのジェラルドの言っていた教会騎士団を恐れてのこともあるのか、貴族が近づけば扉を閉じ、窓を閉じ、引き籠った。
それによってただでさえ活気のないカルナック市の通りからは、完全に活気が消え、あたかもゴーストタウンのような有様を晒していた。
だが、それで結構。こちらとしても住民がいない方が助かる。
「全部隊、配置についたか?」
俺は骨伝導式のトランシーバーでこのカルナック市に展開している自由エトルリア同盟の部隊に確認を取る。
事前に細かく調整をしたことから間違いなく配置にはついているだろうが、ここは山林の中ではなく、市街地だ。様々なイレギュラーというものが生じうる。それを踏まえて俺は各部隊に確認を取った。
『こちらリンチェ・ワン。配置についています』
返答はすぐで全ての部隊が配置についていることが報告された。
「各部隊、戦闘準備。目標のETAは1310」
ドローンがあれば詳細が分かったのだろうが、この人口密集地かつ隠密行動が要求される状況では迂闊にドローンは使えない。敵に感知されれば作戦は破綻するし、今後の行動にも影響が出てくる。
それにこちらはドローンによらない視界を確保している。
「目標は予定通り大通りを通過中、だね」
俺とエーデは大通りを見渡せる建物の屋上に陣取っていた。そこからレーザーレンジファインダー付きの双眼鏡で大通りを進むジークムントの馬車を確認している。
護衛の数は50名前後で馬車の後方と前方、そして側面に配置されている。通りに人通りはなく、どの建物の窓も扉も閉じられている。
条件は満たした。後は遂行するだけだ。
「各部隊。目標がキルゾーンに入り次第、撃ち方始め」
俺はこの大通りに設定したキルゾーンを確認する。
キルゾーンは分かりやすいように目印を設置してある。この場合は木箱と樽でその場所が示されていた。その木箱と樽は同時に別の目的も有している。
「目標、キルゾーンまで5メートル」
馬車がカラカラと音を立てて進む。それは確実に死に向けて進んでいる。
そして──。
「目標、キルゾーン内。撃ち方始め」
俺はそう告げると同時に無線のスイッチを入れる。
その無線信号で樽と木箱によって隠匿されていたFFV013指向性散弾が起爆し、目標である貴族を護衛する騎兵たちに散弾が浴びせかけられた。
放たれた鉄球によって吹き荒れた嵐は騎兵を馬ごと薙ぎ払い、真っ赤な血を迸らせる。大通りが一瞬にして黒煙と血に覆われ、10名前後の人間が自分に何が起きたのかすらも分からないままにこの世を去った。
そして、勢いよく大通りに面した建物の窓が開き、そこから突き出されたAKM自動小銃とPKM汎用機関銃が大通りで動きが止まった騎兵と馬車に銃弾を浴びせかける。前後左右から銃弾の雨が降り注ぎ、さらに大勢が死ぬ。
だが、これで目標の貴族は死ななかった。
銃弾が浴びせかけれた馬車の周囲に氷の壁が出現し、銃弾を遮ったのだ。
あれで死んでくれれば楽だったのだが、こちらもその可能性は考えているし、そうであってもらった方がよかった点もある。
「エーデ。頼めるね?」
俺はG28Eマークスマン・ライフルを構えながらエーデに尋ねる。
「お任せください、ヤシロ様。私は使命を果たします。この命が絶えるまで」
エーデはそう告げてM14自動小銃に銃剣を装着したものを構えた。
今日のエーデは都市型迷彩の戦闘服の上から羽織った同じ柄のジャケットについたフードを被り、その顔を隠している。だが、きっとその表情はいつものように朗らかな笑顔なのだろう。彼女はとても嬉しそうに戦場に赴く。
それは混乱と殺戮の中に喜びと存在意義を見出した俺に似ているのかもしれない。
「可能な限りの援護は行う。目標は貴族ひとりだ。他は適当にあしらっていい。どうせ、蜂の巣にされて始末されるだろう。君は貴族を殺すことだけに集中してくれ。では、任せたよ、エーデ。幸運を」
「行ってまいります」
エーデはそう告げて15メートルほどある建物の屋上から軽々と大通りに飛び出した。
俺はエーデの状況を確認しながら、光学照準器で貴族の馬車を見る。貴族は氷の壁を作ったと同時に周囲の建物に向けて無差別に攻撃を繰り広げている。氷の槍を放ち、高圧水流を放ち、自分に浴びせかける銃弾を振り払おうとしている。
実際にそれは効果があった。氷の槍は兵士たちを屋内に押し込み、高圧水流は建物を崩壊させ兵士たちから遮蔽物を奪った。
戦闘継続が不可能になった兵士たちは撤退を始め、まだ大通りに残っている部隊は貴族の護衛である騎兵に銃弾を浴びせかけて皆殺しにしていた。
残るは馬車から出て、杖を振るっている貴族のみ。
その貴族に向けてエーデは突撃した。
何の迷いもなく。
何の恐怖もなく。
何の感情すらなく。
「卑しい下層民の賊が! 私をシーラッハ伯爵家当主ジークムント・フォン・シーラッハと知っての狼藉かっ! ならば、覚悟するといい!」
貴族はそう叫び、エーデに杖を向ける。
そこから暴徒鎮圧に使用される放水砲の何十倍もの圧力がある水が放たれ、エーデに向けて襲い掛かる。その速度は俺の遅滞した体感時間によってでも捕らえられないほどに素早く、強力なものであった。
エーデはそれに対して──。
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