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奪われた抵抗心

……………………


 ──奪われた抵抗心



 我々はルンビニ革命議会の指導者であるジェラルドの案内で、ルンビニ公国の首都であるカルナック市に向かった。


 道中の光景は南部とさして変わりない。荒れた道路、粗末な家、擦り切れた衣服、痩せた住民。その目は抵抗の意志はなく、ただただ今を受け入れているように見えた。このままでは抵抗運動など組織できないだろう。


 首都カルナック市までは馬車で10日の日程で到着した。


 カルナック市も南部の都市のように城壁で守られ、衛兵たちが警備している。


「次の者!」


 そして、城門には検問が設置されており、カルナック市に入ろうとする人間は身分証を提示し、荷物などを検査されていた。


 南部の役に立たなかった衛兵たちと違って、ここの衛兵たちは馬車の積み荷などをしっかりと調べている。だが、そんな彼らでも我々が準備した密輸用の樽などには気づくことはなく、偽装された身分証で我々を通過させた。


 それでもルンビニ公国の警戒態勢が南部よりも引き上げられていることは確かだった。南部の陥落を前にして、ルンビニ公国総督であるユーディトはきちんと手を打ってきているようだ。楽な戦いとはいかないかもしれない。


「ここがカルナック市です。首都だというのに活気も何もないでしょう?」


 ジェラルドは街並みを指さしてそう告げる。


 確かにカルナック市は静かで、侘しい場所だ。市場に商品があまり並んでいる様子はないし、通りを行きかう人間も少ない。南部の都市と比べると、首都であるというのにあまりにも活気がなさすぎる。


「経済的に困窮した状況にあるのかな?」


「それもあるのですが、何より人々から意欲を奪っているものがあるのです」


 俺の問いにジェラルドが忌々し気に告げる。


「それはいったい何だろうか?」


「じきに分かりますよ」


 我々を乗せた馬車はカラカラと車輪の回る音を立てて、人通りの少ないカルナック市の通りを進んでいく。行く手を遮るものはなく、時折衛兵たちが警邏しているだけだ。


 本当に人間が少ない。まるで虐殺のあった後の街を見るようだ。人々が銃弾やロケット弾に恐怖し、家に閉じこもってしまっている都市のように。住民を狩り出し、彼らが異教徒だから、彼らが異民族だからという理由で皆殺しにしようとする銃殺隊から息を潜めて身を隠そうとする住民たちの暮らす都市のように。


 そんな街をいくつも見てきた。ここに住民の死体が放り込まれた穴と、焼け落ちた建物と、カラシニコフの銃声が加われば全く同じだ。そんな風に活気が失われるというよりも、完全に押し殺されていた。


「あれを見てください」


 そして馬車が広場に差し掛かるのに、ジェラルドが広場の方を指さした。


「この臭いは……」


 嗅ぎ覚えのある臭いだ。いつもの場所に漂う臭いだ。


 カラシニコフから生じる古い弾薬が発する硝煙の臭い。民兵たちが狼煙のために燃やすタイヤの焼ける臭い。厳格なCO2規制前の日本車を改造したテクニカルの吐き出す排ガスの臭い。それらに並ぶいつもの恒例の臭い。



 人の焼ける臭いだ。



「あれは……」


 シンドーナ兄弟の弟であるシストが声を上げる。


 広場には焼死体があった。木に鎖で縛りつけられ、恐らくは生きたまま焼かれたと思われる焼死体が広場に晒されていた。数は4体。その臭いの濃さからして、焼かれたのはつい最近のことだろう。黒く焼けた死体が、頭を垂れていた。


「あれを教会がやったんですよ。精霊教会がやったんです。異端者だとして焼き殺したんです。ここらで活気がないのはそういうことです」


「異端者狩りか」


 相手が異教徒だからという理由で虐殺を繰り広げる極端な民族主義者と並ぶ最悪の手合い。神のために、神のために。そう告げながら屍を積み重ね、この世に地獄を作るこの世の戦場にはよくいる手合い。


 なるほど。そういうことか。


 古くは古代エジプトの時代から、この世に宗教というものが誕生したときから、それは統治のためのツールであり、同時に争いの種だった。


 宗教。それは自分たちの文化であり、自分たちのアイデンティティーであり、生きる意味である。我々日本情報軍と手を結んでいた宗教的軍閥の指導者はそう告げていた。


 それは否定されてはならないし、変化を要求されてもならない。そのようなことを受け入れるということは自分の肉を売り渡し、そして魂すらも売り渡すようなものなのだ。その指導者はそう告げて、異教徒たちを殺すことを正当化していた。


 だから、精霊教会とやらが広場で焼死体を作っていたとしても俺はさして驚かなかった。力ある貴族たちにとって精霊教会とは統治の手段であり、先祖代々の文化であり、自分たちの地位を保証するアイデンティティーであり、生きる意味なのだろうから。


「ここの精霊教会は常にこのような感じなのかな?」


「ええ。いつもこんな感じですよ。教会騎士団というのがいて、その連中が罪もない民衆を異端者だとして捕らえて、火あぶりにするんです」


 教会騎士団とは、また妙な勢力が出てきたな。


「その教会騎士団というのはルンビニ公国総督ユーディトとは関係ないのかい?」


「微妙なところですね。まるで関係ないとも言えないし、影響下にないとも言えない。ユーディトは熱心な精霊教会の信仰者でして、多額の寄付を教会にしているんです。その金で教会は騎士団を編成したりなんなりと……」


 ジェラルドの話を纏めると以下のようであった。


 このルンビニ公国を統治するルンビニ公国総督ユーディト・フォン・ファルケンホルストは精霊教会の熱心な信者であり、この地の精霊教会に莫大な寄付をしている。


 精霊教会はその金を使って、貴族の家系に生まれたものの領地を引き継ぐことはない長子以外のものを雇い入れ、教会騎士団を編成した。


 この教会騎士団というのが碌でもない集まりで、ルンビニ公国の下層民たちを異端者かどうかの宗教裁判にかけ、ほとんど私刑リンチに近い法的根拠は皆無のやり方で判決を下し、異端者と認定されたものを火あぶりにする。


 精霊教会はそのことを黙認しており、ユーディトもそのことを黙認している。


 民衆が抵抗しようにも、教会騎士団は貴族の集まりだ。その抵抗は魔術によって叩き潰される。民衆は教会騎士団には逆らえず、彼らのいいようにこの地の統治は進む。


 それがルンビニ公国の現状であった。


「だが、それならば民衆はもっと敵意を持ちそうなものなのだが。ここの民衆は状況が状況であれ、諦めきっているかのように見える」


 普通はそんな理不尽な状況に襲われれば、いくら逆らえなくとも敵意は持つだろう。だというのに、ここの民衆はその敵意すらない。彼らは完全に諦観している。


「まあ、その辺りも上手くできていましてね。あれを見てください」


 俺が尋ねるのにジェラルドが前方を指さす。


 そこでは湯気の立ち上る鍋とそこに列を作る民衆の姿があった。


 民衆は鍋を掻き混ぜている修道女から椀にスープのようなものを注いでもらい、そして固く焼いただろうパンを受け取って、頭を下げてから去っていく。


「炊き出しか」


「ええ。あれも精霊教会のやっていることです。もっとも、やっているのは貴族の地位にある聖職者ではなく、下層民の聖職者たちですがね。ああいうことをやって、批判が集中することを防いでいるのですよ」


 精霊教会は教会騎士団という鞭を振るうが、炊き出しという飴も与える。


 それによって民衆は大人しくしているならば、死なずに済むと思うわけだ。目立たぬように、静かに生きていけば生き残れると思い込む。自分たちが貴族の玩具にされているとは思わずに済むというわけである。


「ルンビニ公国の食料事情は厳しいと聞いているが」


「そうですね。これまでは南部に頼ってきました。その南部が陥落したのですから、精霊教会の施しもより大きな価値を持つようになるでしょう」


 それは使えそうな情報だ。


「あなた方の置かれている状況は理解できた。そして、抵抗運動レジスタンスの下地を作るための方法についても見当がついた。上手く回せば、この土地でも南部のように抵抗運動が起きるだろう。そのためにするべきことをしなければ」


 この土地で抵抗運動を組織するための方法はこれで理解できた。


 後は実際に抵抗運動を組織し、精霊帝国の支配に立ち向かわなければならない。南部で収めた勝利を無駄にしないためにも、迅速にルンビニ公国を攻撃しなければならない。


「我々も協力できることはなんなりと協力します。我々の同志たちを紹介しましょう」


 そう告げてジェラルドは馬車を進めたのだった。


……………………


……………………


 ジェラルドに案内されて到着したのはカルナック市の外れに位置する廃倉庫のひとつだった。ここら辺の倉庫は今はほぼ完全に使われていないようであり、一部は解体されているし、人気もほとんどない。


 だが、人間がいないわけではないということは、俺の補正された感覚器で理解できた。倉庫内には何者かがいる。エーデもそれに気づいたのか、カーディガンの下にある腰のホルスターに下げているP320自動拳銃に手を伸ばしていた。


「エーデ。命令があるまで銃を抜いてはならないよ」


「分かりました」


 俺の言葉にエーデはホルスターから手を外した。


 エーデがこのような態度をとるということは倉庫内にいる人間は、何かしらの敵意を有していることになる。エーデは敵意に敏感だ。リベラトーレ・ファミリーのときも、彼女は敵意に反応して行動した。


 さて、ジェラルドの言う仲間というのはどのようなものだろうか。


「ここですよ。この中にいます」


 ジェラルドはそう告げて、馬車を降りると倉庫の中に入る。


 俺は万が一の場合に備えて、戦闘準備を整えておく。エーデにはああ言ったが、武器を抜く間もなく裏切られて殺されても面白くない。俺はナノマシンで感覚器をどこまでも鋭敏なものとし、いつでも体感時間の遅滞化(スローモー)が使えるようにしておく。


「動くな!」


 我々が倉庫に数歩踏み込んだところで声が上がった。


「そこで止まれ。動くな」


 そして、暗がりから男たちが姿を見せた。


 ジェラルドと同じくらいの年齢の初老の男たち。それが我々を取り囲むようにしてクロスボウの狙いを向けてきていた。


 数は7名。全員、体のどこかに傷がある。10年前の蜂起失敗の時の傷だろうか。


「ま、待て! 私だ! ジェラルドだ!」


「ジェラルド。これはいったいどういうつもりだ。いつの間に南部から人を呼ぶなんて話になったんだ。実際に信頼できるかどうかも定かではないというのに」


 ジェラルドが告げるのに男たちのひとりがそう告げて返した。


「自由エトルリア同盟の者だ。信頼してもらえていないということだろうか?」


 俺は男たちにそう問いかける。


「当たり前だ。我々はこれまで幾度となく精霊帝国に狙われてきた。これが精霊帝国の罠ではないと誰が証明する。まして南部は俺たちが10年前に蜂起したとき何をしていた。連中はただ俺たちが殺されていくのを見ていただけだ。それを信頼しろなど」


 バルトロたち南部人を懐柔することはさほど難しいことではなかったが、ルンビニ公国の人間から信頼を勝ち取るのは苦労しそうだな。


「10年前はそうだっただろう。だが、今は状況が変わった。南部が精霊帝国の手を離れたことはあなた方も知っているはずだ」


「……確かにそうらしいとは聞いた。だが、それとお前たちを結び付けるものはない」


 俺の言葉に男の中のひとりがそう返す。


「では、証明しよう。我々はこれから精霊帝国を攻撃する。そこで血を流せば証明になるのではないかな。特に──」


 俺はエーデに視線を向け、エーデが顔を上げる。


「我々の聖女が敵の血を流すならば」


 男たちがエーデを見つめる。



 畏敬の念を有して、奇異の念を有して。



 少なくとも男たちはエーデをただの人間だとは思わなかったようだ。彼らの視線には特別な色がある。彼らはエーデのことを聖女とは思わなかったかもしれないが、取るに足らないただの人間とは思わなかった。それで十分だ。


「聖女が奇跡を示そう。そうすればあなた方も我々を信頼してくれるか?」


 俺は男たちにそう問いかける。


「分かった。奇跡とやらを見せてもらおう。来週にこのカルナック市にジークムント・フォン・シーラッハという貴族が来る。こいつは10年前の蜂起の日に軍隊を率いて、風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストとともに俺たちの同志たちを山ほど殺した男だ。こいつは俺たちが生きている間に死ななければならない」


 そう告げて男が俺の目を見る。


「奇跡は示せるか?」


 そして、そう尋ねた。


 その挑戦に俺は応える。



「示そう。聖女エーデの奇跡を」



……………………

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