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それなりの抵抗

……………………


 ──それなりの抵抗



 ルンビニ公国は風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストによって統治されている土地だとペネロペから聞いた。


 齢30歳の女性で、風の精霊公に任じられてから10年間、ルンビニ公国を支配している。


 ルンビニ公国が南部属州のような名称で呼ばれていないのは、そのユーディトによる支配が確立されているからだ。ユーディトはどのような手段でか、ルンビニ公国の支配を固めており、これまでそれが揺らぐことはなかった。


 我々はそれを揺るがすためにルンビニ公国に向かう。


 南部属州のリベルタ砦からルンビニ公国の国境までは馬車で約20日かかる。


 我々は投入された1個小隊の戦力を1個分隊10名ごとに分散させ、旅の人間を装ってルンビニ公国に向かった。分隊ごとに通信機器を配備しており、いざという場合は連携することが可能になっている。


 馬車は途中で乗り捨て、ルンビニ公国には徒歩で侵入する。そのため山林を踏破するための装備も準備しておいた。迷彩服、背嚢、ハイドレーション、そして武器弾薬。


 南部においては精霊帝国の治安維持活動が事実上麻痺しており、我々は密輸用の樽に装備を隠すだけで街道を進めた。途中に検問はないし、衛兵のパトロールもない。


 だが、これも時間の問題だろう。


 精霊帝国はこのまま南部が無法地帯であることを許しはしないはずだ。いずれゲルティの代わりになる南部属州総督を送り込み、治安回復を図るだろう。


 我々がすべきはそうなる前に、北部で混乱を広げることだ。


「ここからは徒歩だ。総員降車」


 俺が指示を出し、自由エトルリア同盟の兵士たちが馬車から降車し、装備を取り出して行軍の準備を始める。戦闘服を纏い、銃を握り、装備の収まった背嚢を背負い、そうやってこれから山林を進む準備を始める。


「ヤシロ様。準備は整いました」


 同行していたエーデも装備に身を包み、俺の前に姿を現す。


 正直なところ、エーデを連れていくかどうかにはひと悶着あった。


 バルトロとレオナルドはエーデを先遣部隊に同行させることに明白に反対した。エーデは象徴であり、安全が確保されるまでは控えておくべきだというのが彼らの意見であった。俺も最初は彼らの意見に賛成だった。


 一方、ペネロペとトゥーリオはエーデを先遣部隊に同行させることに賛成だった。聖女であるエーデが姿を見せれば、民衆の心は確実に動くと彼らは考えていた。逆にエーデが同行していなければ、民衆は抵抗運動レジスタンスに同調することはないだろうというのが、彼らの意見であった。


 そして、当のエーデの意見としては、彼女は先遣部隊に同行することを望んだ。それが精霊帝国と戦うことに繋がり、そして俺と一緒に行動できるという理由で。


 最終的にバルトロとレオナルドが折れ、エーデの同行を許可した。その代わり何があってもエーデに危害が及ぶことがないようにと念を押されているが。


 エーデは森林地帯向けのデジタル迷彩を身に着け、ポンチョや偽装ネット、そして水と戦闘糧食が収まった背嚢を背負っている。水については少しばかり他の兵士に負担してもらったが、基本的に他の隊員と変わりない装備である。


 携行している火器は依然としてM14自動小銃。エーデはこれ以外の武器は使おうとしない。取り回しやすさや重さを考えるならば別の装備でもいい気がするのだが、彼女はこの銃と銃剣で戦うことを好んでいる。


 他の兵士たちはAKM自動小銃を主とし、各分隊ごとにRPG-7対戦車ロケットとPKM汎用機関銃、ドラグノフ狙撃銃が1丁ずつ装備されている。今回の任務はまずこのルンビニ公国の反乱を起こそうとしている民衆と接触することにあり、戦闘は目的としていないので弾薬量は少ない。


 1、2回は戦えるだろうが、それ以上戦いそうになった場合は撤退するのがいいだろう。我々の任務は後からやってくる本隊のために偵察を行い、受け入れの下地を作ることにある。戦闘は本隊が到着してからでも遅くはない。


「準備はいいかい、諸君。では、出発だ」


 俺は全員の準備が整ったことを確認すると、街道から離れ山林の中に入る。


 兵士の仕事は銃を撃つよりも歩く時間の方が長い。とにかく歩き、歩き、歩き倒すことが兵士の仕事である。地味な仕事ではあるが、もっとも重要な仕事でもある。


 AKM自動小銃が4キロほどの重さで、PKM汎用機関銃は7キロほどの重さ。それに弾薬の重さが加わるのだから、歩くことも楽ではない。まして、我々が進むのは整備された道などではなく、山林の獣道だ。負担は大きい。


 だが、誰も音を上げたりはしない。彼らは南部属州での実戦経験で鍛えられ、立派な兵士となった。もうただの民兵ではない。訓練された兵士だ。


 勝手に発砲するものもいなければ、隊列を離れる人間もいない。指揮官の命令によって、きちんと統制された軍隊となっている。こういう仲間たちであればこそ、自分の背中を預けることができるというものだ。


「最初はオルダム村って場所に向かうんですよね?」


 我々が黙々と山林の道なき道を進んでいるのに、シンドーナ兄弟の兄であるセルジョがそう尋ねてきた。


「ああ。ペネロペの情報ではそこで抵抗運動を組織しようという動きがあるらしい。まだ確かな情報ではないので断言はできないが、少なくとも何の見込みのないということはないだろう。有意義な結果になるのを祈るばかりだ」


 祈ったところで女神ウラナが応えてくれるとは思えないが。彼女は俺をこの世界に放り出して、アティカを送り込んだ後は何もしていない。エーデにそうしたように何かしらのメッセージを伝えることもなければ、力を貸すようなこともない。


 実在する神ですらこのありさまとは。無神論者になる人間の気持ちがわかるものだ。


「ヤシロ様。あまり悪く捉えてはいけませんよ」


 そして、エーデがまるで俺の心を見透かしたようにそう告げる。


 俺の言葉に皮肉を感じたのか、それともエーデは心を読んだのか。


「すまないね、エーデ。だが、文句のひとつも言いたくなるんだよ」


「ですが、女神ウラナ様は最善を尽くされております。私には分かるのです。女神ウラナ様がどのようなご意志で精霊帝国を破壊しようとされているのか」


「ふむ。それは興味深い」


 女神ウラナは何を考えている。エーデに何をさせようとしている。


「女神ウラナ様の遣わされた勇者とともに戦い、精霊帝国を転覆させよ。女神ウラナ様はそうお望みです。なので、私は女神ウラナ様が遣わされた勇者であるヤシロ様とともに戦います。精霊帝国が滅びるか、この命が果てるまで」


 女神ウラナはエーデにそのように吹き込んだのか。どうりで彼女が俺とともに行動することを望むわけだ。


 確かに聖女であるエーデが俺のことを信頼してくれるのは助かる。エーデの聖女としての権威は、何の後ろ盾もない俺の行動を助けてくれる。自由エトルリア同盟の幹部たちと交渉するときや、これから接触する抵抗運動のメンバーと交渉するときなどに。


 だが、エーデの安全はどうなる? エーデが俺と行動をともにすれば、エーデもそれなり以上の危険に晒される。今、こうしてエーデが未知の土地で我々に同行していること自体がかなりの危険を伴っているのだ。


 言っては悪いが、自由エトルリア同盟の他の兵士たちは替えが利く。戦死しても、代わりの人間を補充することができる。今や南部において自由エトルリア同盟は大規模な組織力を有しているのだ。兵士はいくらでもリクルートできる。


 しかし、エーデの替えはいない。聖女として女神ウラナから神託と能力を授かったのはエーデだけだ。エーデが死ねば、士気という面において我々は大きな打撃を受けるだろう。いくら殉教者に祭り上げたとしても、それは敗北として受け止められる。


 バルトロとレオナルドの言うようにエーデには象徴として後方に存在してもらう方が助かるのだが、彼女がそれを望まないのであれば仕方がない。


 それに楽観的に考えるならば、エーデはその能力故に生き残れる可能性が極めて高い。彼女の優れた感覚と身体能力が合わされば、特殊作戦部隊のオペレーターですら切り抜けるのが難しい状況だろうと突破できるだろう。


 今はそう考えておくことにする。


「そろそろオルダム村だ。接触には細心の注意を払う。罠である可能性も否定はできないからね。事前の説明(ブリーフィング)通りに行動してくれ。だが、許可を出すまでは絶対に発砲しないように。分かったね?」


「了解」


 俺は2個分隊を村の周辺に配置する。村の中が見渡せる場所であり、村に向けて十字砲火が浴びせかけられる位置に分隊を配置する。


 そして、残りの1個分隊とエーデを連れて、我々は村の中に赴く。


 時刻は1600(ヒトロクマルマル)で、夕日になりかけた太陽が村を照らしている。村の中に衛兵などがいないことは事前に放っておいたドローンで確認済みであり、村人たちも畑仕事を終えて、それぞれの家の中に帰宅している。


 ペネロペの情報ではこの村の村長が抵抗運動に参加する意志を示しているらしい。村長の家は村の中心部にある集会場の傍にあり、他の家よりも僅かだが整っているのですぐに分かった。整っていると言っても、どの家もあばら家のようであり、ここで暮らしている住民の経済事情が窺えるようなものであったが。


 俺は村長の家の前に立つと、扉をノックする。


 万が一に備えてHK45T自動拳銃を抜いておき、俺の後ろでは部下たちがいつでも発砲できるように準備している。エーデも銃剣を装着し、戦闘に備えている。


 さて、どうなる。


「どちら様でしょうか?」


 暫くして扉が開かれた。


 現れたのは初老の女性で、我々の姿を見るとぎょっとした表情を浮かべた。


「自由エトルリア同盟のものだ。南部から来た。ご主人にお会いできるだろうか?」


 俺は丁重にそう頼む。


 迷彩服に銃火器だ。こんな人間がいきなり家にやってきて驚かない人間はいない。であるからにして、早急に自分たちの立場を説明しなければならない。


 特殊作戦部隊の演習でも、誤った降下地点に降下した兵士が民家で場所を尋ねたところ、酷く驚かれたという笑い話もある。日常的に市街地戦が行われ、軍服の人間を見慣れている場所ならともかく、他の場所では軍服というのは威圧的に映るものだ。


「自由エトルリア同盟? 南部で反乱を起こされている方々ですか?」


「そうだ。ご主人が我々に関心を持っていると聞いた」


 初老の女性はまじまじと我々の姿を眺める。


「少しお待ちください」


 そう告げて女性は家の中に入った。


 女性が家を抜け出して、衛兵などを呼ぼうとすればドローンがそれを探知し、俺の命令で待機している2個分隊が女性を蜂の巣にする。無論、俺はそうならないことを望んでいるが、どうなるかは今のところ不明だ。


「お待たせしました。どうぞ中へ」


 そして、女性は戻ってくると我々にそう告げて、家の中を指し示す。


「失礼する」


 俺は家の中に踏み込んだ。


「おおっ! あなた方が自由エトルリア同盟の方々なのですね!」


 家の中には先ほどの女性と同じほどの年齢の男性がいた。片目に眼帯をしている。片目に何かの傷を負ったのだろうか。その彼は我々の姿を見るなり、歓喜の声を上げ、冷たそうな板張りのリビングの方に手招きした。


 家具と言えるものは僅かであり、今にも壊れそうなイスとテーブルが置かれている。俺とエーデはその男性の誘いでリビングに上がったが、他の兵士たちは土間でそのまま銃を握って待機することになった。


「お待ちしておりました。私はオルダム村の村長ジェラルド・グリフィン。ルンビニ革命議会の指導者をしております」


 男性はジェラルドと名乗った。


「ルンビニ革命議会というと既に抵抗運動を?」


「ささやかなものです。我々ルンビニ公国の民衆は特に魔術師を恐れていますから」


 俺が尋ねるのにジェラルドが極めて渋い表情を浮かべた。


「今から10年前。我々は反乱を起こしました。ちょうどその時、ルンビニ公国を統治する精霊公が代替わりし、若い女性になったことから反乱は上手くいくと思われていたのです。我々は蜂起し、首都カルナック市に向けて進撃しました」


 重々しい口調でジェラルドが語る。


「ですが……」


「何が起きたと?」


 言葉を濁らせるジェラルドに俺が問う。


「皆殺しにされたのです。蜂起した5000名の同志たちが、精霊公ただひとりによって皆殺しにされたのです。風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストによって」


 ジェラルドは重々しい口調でそう告げた。


「5000名の人間が纏めて殺されたと?」


「ええ。私の見ている目の前で、全員がもがき苦しみながら死んでいったのです。私も衛兵に切りかかられて、片目を失い、命からがらこの村にまで逃げてきたのですよ。この村は当時酷い貧村で、私がこの土地でも育つ作物や行商人との取引を教えたら、村長にしてくれました。まだこういう場所では読み書きや計算ができる人間は少ないですからね」


 ゲルティの魔術もなかなかに面倒なものであったが、どうやらユーディトの魔術はそれを上回る危険性を有しているようだ。これは慎重になった方がいいかもしれない。


「しかし、それではルンビニ革命議会というのは壊滅してしまったのかな?」


「いえ。今も密かに同志たちが活動しています。私のように農村に逃れたものもいれば、山林に潜伏しているものもいます。精霊帝国の支配を揺るがすために情報収集などを行っているのですが、今のところ活動はそれだけで……」


 5000名も殺されれば組織的には大打撃だろうが、まだ細々とでも活動しているのはいい知らせだ。全く下地がないよりも望みがある。


「しかし、あなた方は南部属州総督であった土の精霊公ゲルティ・フォン・マントイフェルを殺し、南部を精霊帝国の手から解放されたのでしょう? このルンビニ公国も解放することはできませんか? 我々も可能な限り協力はするつもりですので」


 そう告げてジェラルド縋るような目で俺を見る。


「まだ可能だとは言えない。だが、攻撃は開始するつもりだ。北部の虐げられた下層民を救うことも我々の役割だ。南部だけが自由を得ようというわけではない」


 嘘だ。俺は下層民が自由になろうとどうなろうと知ったことではない。ただ、精霊帝国が崩壊してくれればそれでいいのだ。


「ありがたい限りです。南部の下層民は貴族を殺せる武器を手にしていると聞きます。その武器で我々を助けてください」


「ああ。しかし、武器は武器でしかない。武器を扱う人間が必要になってくる。そのための人間を集める人脈を、そちらの組織は有しているだろうか?」


 武器はそれだけでは意味がない。いくら武器があっても、それを使う人間がいなければそれはただの物でしかない。


 南部からも応援を呼ぶつもりだが、南部人の心境を考えるならば、ルンビニ公国でゲリラ活動を行うのはルンビニ公国の人間であることが望ましい。ルンビニ公国の人間が血を流さず、南部人が血を流して自由を手に入れるというのも納得しがたい話だろう。


 これから精霊帝国を崩壊させるために戦うとするならば、人的リソースは南部に限らず、現地で確実に調達しておきたいところだ。


「武器を扱う人間ですね。確かにそれは必要でしょう。ですが、我々も10年前の蜂起が失敗に終わって臆病になっていることに加えて、若者たちは抵抗運動に関心を示さないのです。老人でよければ幾分が当てがありますが」


「それは些か問題だな。どうして若者たちは抵抗運動に興味を示さないのだろうか?」


 ジェラルドの言葉に俺が尋ねる。


 俺の問いにジェラルドは深くため息をついた。


「教会ですよ。教会が若者たちの戦意を奪い去っているのです」


……………………

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