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その衝撃の程度は

……………………


 ──その衝撃の程度は



 土の精霊公ゲルティ・フォン・マントイフェルの死は精霊帝国に衝撃を与えた。


「まさか本当にゲルティが死んだというのか? 彼が? 精霊公の彼が?」


 水の精霊公テオドシウス・フォン・ホルシュタインは動揺していた。


 精霊公が死んだ。それも殺された。反乱勢力の手によって。


「そのようだ。我々は少しばかり反乱勢力を甘く見ていたのかもしれないな」


 火の精霊公ヴィクトリア・フォン・リンドルフが目を細めてそう告げる。


 これまで精霊帝国に対する反乱が皆無であったわけではない。これまで下層民たちが反乱を起こしたことは幾度とあるのだ。特に作物の実りが少なく、人々が困窮したときにこそ、下層民の反乱は起きていた。


 だが、いくら下層民が即席の武器を持って精霊帝国に反旗を翻そうとも、貴族たちが魔術を行使すれば鎮圧できていた。一度、下層民が銃を手にし、それによって精霊帝国の支配が揺らいだ時もあったが、それも数か月の反乱として鎮圧されている。


 まして、反乱によって魔術師の中の魔術師、貴族の中の貴族である精霊公が殺されることなどあり得ないことであった。これまで下層民の反乱程度で精霊公が死ぬことなどなかったのだ。精霊公とはそれなり以上の実力を有しているのだから。


 だが、死んだ。土の精霊公ゲルティ・フォン・マントイフェルは死んだ。


 死体は目を潰され、眼孔から突き刺された刃物によって脳を抉られていたとのことであった。魔術師であるゲルティが下層民を相手にし、刃物によって殺されたのだ。


 それも不意打ちではない。ゲルティは死の前に衛兵たちに警報を発し、数分間の間戦闘を繰り広げていた。精霊公が敵と正面から戦って、その上で死んだということだ。


「信じられない。相手は魔術師だったのではないか? 反乱貴族の噂はあるだろう?」


「反乱貴族など存在しない、テオドシウス。ただの噂だ。精霊帝国の貴族は皆がモレク陛下に忠誠を誓っている。そして、モレク陛下はそれに報いてくださっている。それが何故反乱に繋がるというのだ。そのような恩知らずはいない」


 テオドシウスが首を横振って告げるのに、ヴィクトリアが断言した。


 反乱貴族の噂。


 魔術の素質が低く、要職に付けず、貴族としても位の低いものが下層民と手を組み、精霊帝国の体制転覆を狙っているという噂。


 それはあくまで噂の域を出ない話であった。位が低くとも貴族は恵まれた生活をしているし、魔術が使えることに誇りを持っている。貴族たちの下層民への差別意識は根強く、貴族の血筋にあるものが下層民と手を組むなど考えられない話であった。


「“呪われた血筋”についての情報はあるのではないですか」


 そこで今まで沈黙していた風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストが言葉を発した。彼女は依然として精霊教会の十字架を祈るように手に握り、生気の感じられない虚ろな瞳でテオドシウスとヴィクトリアを見る。


「呪われた血筋、か。それは確かに存在するようだ。だが、呪われた血筋が生き延びている可能性は極めて低い。あれは精霊教会が積極的に狩り出しているし、呪われた血筋であることが分かれば生まれてすぐ処分される」


 ユーディトとヴィクトリアが語る呪われた血筋とは何のことなのだろうか。


「それにやはりゲルティの殺害現場において、ゲルティ以外の魔力は感じられなかった。賊は魔術を使っていない。それは確かだ」


「となると、下層民どもはまた新しく何かの武器を生み出したということか」


 テオドシウスはため息混じりにそう告げる。


「邪教の聖女。それも関わっているのではないですか?」


 そして、またユーディトが静かに告げた。


「ああ。あれはまだ生きていたのだったな。さっさと殺してしまえばよかったものを。私が直々に懲罰を下してやったのに、逃げられるとは意味がない。南部属州の貴族たちは誰も彼も無能の集まりのようだ」


「いや。聖女を名乗る人間を下手に殺して、殉教者に祭り上げられる方が面倒だ。どうせ、その聖女というのはただの頭のおかしな人間なのだろう。それならば放っておいても問題はないはずだ。だろう?」


 エーデの家族を殺したのも、エーデの村を焼いたのも、全てはヴィクトリアによるものだ。彼女がエーデを捕らえさせ、女神ウラナの聖女を名乗った異端者の家族と隣人と皆殺しにした。その強力な魔術を使って。


「私はそうは思いません。邪教の聖女がこの件に関わっているのではないかと思っています。あれは邪悪な異端者です。我々の神聖にして不可侵たる精霊帝国の秩序を乱す存在になるでしょう。私はそう思っています」


「その根拠はなんだ、ユーディト?」


 ユーディトの言葉にテオドシウスが尋ねる。


「夢に見るのです。精霊帝国が崩壊する夢を。異端者がこの帝都シオンを炎に沈めるというおぞましい夢を……」


 ユーディトはそう告げて十字架を握りしめたのだった。


……………………


……………………


 北部への進撃が決定したが、北部のどの地点に進撃するかが問題になった。


「ヤシロ。どうするべきだと思う?」


 我々はデルフィ市の廃倉庫で今後の作戦方針を決めようとしていた。


 軍を指揮するのはバルトロであり、俺は助言者に留まり、小部隊などが実行する特殊な作戦においては現場に出る。そういうことになっていた。


 そのバルトロが俺に助言を求めている。


「どこで活動するにしても民衆の支持がなければならない。民衆の支持なしには我々の抵抗運動レジスタンスの活動を継続させることも、成功させることもできない。それを考えて進撃先は選ぶべきだろう」


 俺はそう告げて地図を見下ろす。


 南部属州に接している精霊帝国の領土は西にルンビニ公国と東にティベリア藩王国のふたつ。このどちらかを進撃先に選ばなければならない。


「つまり、我々が南部属州を落としたということに衝撃を受けている場所を進撃先に選ぶべきだ。衝撃が走っているならば、民衆を動かすことも可能になるし、民衆から支持を得ることも可能になる。そこで尋ねたい」


 俺は視線をペネロペに向ける。


「ペネロペ。君の情報網ではどちらにより大きな衝撃が走っているか分かるだろうか。君の情報網は南部に留まらないと思っているのだが」


「もちろん。北部の情報も仕入れているよ。それによれば──」


 ペネロペが地図の前に立って指をさす。


「ルンビニ公国に大きな衝撃が走っているね。行商人たちの噂話を統合したところ、ルンビニ公国で南部に続こうって動きが小さいながら存在している。逆にティベリア藩王国の方はあまり反応がないみたい。ティベリア藩王国を統治者である水の精霊公テオドシウス・フォン・ホルシュタインはこれまでかなり過激な手段で反乱を鎮圧してきたから、民衆もそれを恐れている、ってところかな」


 ペネロペが指さしたのはルンビニ公国。


「ルンビニ公国は焦っているはずだぞ。精霊帝国の穀倉地帯である南部が俺たちの支配下に入りつつあるんだからな。あそこはあまり作物が実る土地じゃない。絹などの産業製品を市場で交易に出して、南部から穀物を買っていたんだ。だから、ルンビニ公国が受けている衝撃ってのはそういうことだろう」


 レオナルドがルンビニ公国についてそう語る。


 なるほど。農業が上手くいかず、食料自給率の低い地域か。いくら絹が作れてもそれを食するわけにはいかない。これまでは交易によって成り立っていたが、それが南部の陥落によって崩れつつあるのだと。


 食料自給率というものは安全保障に影響する。第一次、第二次世界大戦の各国で食料が配給制になったのも食料自給率の問題だ。先進国は特に産業が第一次産業から第二次産業、第三次産業に移行している傾向が強いことから食料自給率が低い。


 しかし、食料というのはもっとも重要な資源だ。人間はスマートフォンがなくても生きていけるだろうが、食料がなければ死んでしまう。


 そして、その重要な資源を攻撃することは大きな戦果が期待できる。


「では、進撃先はルンビニ公国にしようではないか。ルンビニ公国には衝撃が走っていることに加えて、弱点もある。それに彼らが南部の穀倉地帯に依存しているならば、南部の陥落において先に動くのはルンビニ公国だ。先手を打たなければ」


 俺はそう告げてバルトロを見る。


「異論はない。それでいこう。我々はルンビニ公国を攻撃する」


 バルトロはそう告げて地図を見つめる。


「まずは山林に先遣部隊を送ろう。それで様子を見てから、農村部や都市部に接近し、現地で抵抗運動が組織されているならばそれに接触する。それでどうだ?」


「堅実なやり方だ。問題はないだろう。急ぎすぎて、しくじることを今は恐れなければならない。ようやく我々は南部という拠点を手に入れたのだ。それを失わないようにしなければ。北部が動く前に動くことも重要だが、着実に物事を進めるのも重要だ」


 我々は南部という拠点を手に入れた。兵士を訓練し、物資を調達し、後方の支えとなる拠点を手に入れた。ここは混乱を拡大する上で重要な拠点となるだろう。ムジャヒディンの拠点となったアフガニスタンのようにして。


 混沌を生み出す混沌の大地となる。


「しかし、現地協力者はペネロペの情報網だけだろうか? リベラトーレ・ファミリーや南部国民戦線で頼りになる人間は皆無か?」


 俺はバルトロとレオナルドの双方に問いかける。


「俺たちもいくつかの密輸網は有しているが、それだけだ。俺たちの拠点はあくまで南部であって北部じゃない。北部の人間は南部の人間とは異なるからな」


「そうだな。俺たちも南部解放のために戦ってきた。活動基盤は南部にある。北部に戦力を展開することになるなど思いもしなかった」


 彼らにとって南部は重要な土地だ。彼らが血を流してきた土地であり、彼らが生まれ育った土地であり、彼らにとっての聖域なのである。


 彼らが南部以外で活動することを考えていないことも当然だ。こうなることなど想定もしていなかっただろう。南部の解放すら最初は怪しかったのだ。


「であるならば、一から始めるしかないな。何、君たちも一から抵抗運動を組織したのだ。また同じことをすればいいだけの話だ。それに今回は既に訓練された兵士たちが存在する。装備も整っている。君たちの時よりも楽だろう」


 そうだ。この南部における抵抗運動も最初から今のような規模の組織や装備があったわけではない。最初は取るに足らないものがあっただけだ。


 最初から全てが整っている恵まれた環境を期待することの方が間違っている。


 サイクロン作戦のように。中南米各地で繰り広げられた反共勢力支援のように。武器と人員を北部の人間に与えよう。そうやって自分たちにとって不都合な勢力を排除することを画策しようではないか。混沌を広げようではないか。


 そして、アメリカがそうしたように支援した後の混沌のことなど無視してしまえ。


 それが自分たちに襲い掛かってこない限りは。


 それで痛い目を見たのだから。ニューヨークののっぽのビルが、ソ連を崩壊させるために支援したテロリストたちの手で崩壊したときのように。


 そして、今も中央アジアはそのツケを支払っている。あのアジアの戦争で無秩序に、無計画に投じられた軍閥とテロリストたちへの軍事支援のツケを。


「それには時間がかかりそうだが、それまで精霊帝国が行動を起こさないという保証はあるのか? 南部への精霊帝国への脅威は確かに存在するのだろう?」


「そうだ。だが、急いではならない。着実にことを進めていかなければ」


 バルトロが告げるのに、俺がそう返した。


「この方針でいいだろうか?」


 俺はバルトロたちの顔を見渡してそう告げる。


「異論はない」


「早速部隊を編成するとしよう」


 バルトロたちは俺の意見に同意した。


「俺も先遣部隊に同行しよう」


 最初の行動が大事だ。住民と信頼関係を作って、抵抗運動の下を作るには。


「分かった。では、見知ったシンドーナ兄弟をメンバーに加えよう。部隊の規模は1個小隊程度でいいか?」


「それだけあれば十分すぎるほどだ。問題はない」


 1個小隊40名の戦力があれば、それなりに戦える。



「では、北部を目指そう。そこに我々の活路が開けることを願って」



……………………

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