土の精霊公
……………………
──土の精霊公
まずドアが施錠されているかどうかを確認することは難しかった。
ここで下手にドアノブを弄れば、中で起きているゲルティの注意を引くことになる。これまでの貴族たちの戦いから、敵に先手を奪われるのは極めて危険であることは分かっているし、この時点で警報が掻き鳴らされて、衛兵に囲まれるのもぞっとする。
故に単純明快な方法を採ることにした。
ドアノブを鍵ごとショットガンで撃ち抜く。
使用するのはベネリM4ショットガンにサプレッサーを装着したもの。使用する銃弾は12ゲージのスラッグ弾。威力的に問題なく、この扉の鍵を吹き飛ばしてしまえる。
「エーデ。3カウントだ」
「はい」
俺がショットガンを鍵口に向けて告げるのに、エーデが頷いた。
3──周囲は静かだ。ドアの向こう側に誰かがいるのかすら分からない。
2──エーデの感覚では場内を巡回している衛兵はいない。
1──それでもゲルティと正面から戦えば、衛兵は気づくだろう。
0──それでもやるしかない。
俺は引き金を引き、極力抑えられた銃声が響くと同時に金属の割れる音がした。
俺はそのままドアを蹴り開け、エーデが室内に真っ先に突入する。
「貴様ら!?」
ゲルティは室内にひとりでいた。スキンヘッドの大柄な男で、これまで殺してきた貴族たちの纏っていたような豪華な衣装に身を包んでいる。
勲章、金モール、質のいい生地。どれだけの人間を殺してそれを手に入れたのだろうか。日本情報軍のお歴々がそうであるように数百万という人間を地獄に叩き込んで、その立派な装いを整えたのだろうか。
「神の名において」
エーデはゲルティを視界に収めると同時に引き金を引いた。
だが、ゲルティが反射的に展開した鋼鉄の壁により、M14自動小銃から放たれた銃弾はゲルティには達さず、虚しくその壁にめり込むだけに終わった。
「貴様ら! 反乱勢力だな! よくものうのうと私の城に顔を出したものだ! 貴様らがどのような手段を使っているかは知らないが、ここで死ぬといい!」
ゲルティは激高して叫び、彼の展開した鉄の壁からいくつもの棘が突き出し、それらが一斉に我々に向けて放たれてきた。
俺はエーデの頭を掴み、地面に押し倒す。そのとっさの行動によってゲルティの放った槍は全て命中せず、書斎の壁に突き刺さり、甲高い金属音を響かせた。
「賊だ! 賊が侵入した! 全ての衛兵は私の書斎に来い! ただちにだ!」
そしてゲルティが叫ぶのに城の外から怒号が響き始めた。
こうなると衛兵たちに囲まれる前にゲルティを始末しなければならない。脱出するときは即応部隊が使えるとして、この場を乗り切るには俺とエーデがどうにかしなければならない。それ以外に活路はない。
「エーデ。敵はこちらが見えていないが、君は相手が見える。そこが優位な点だ」
ゲルティは金属の壁に身を隠しており、こちらの様子が見えない。
だが、我々にはエーデの超人的な感覚と俺のナノマシンに増幅され、補正された五感がある。金属の壁に隠れていようともゲルティの存在は探知できる。
「この場を乗り切るにはあの壁をどうにかしなければならない。エーデ、これをゲルティに向けて投げつけてくれ。これならば部屋ごとゲルティを吹き飛ばせるはずだ」
俺はそう告げてエーデに梱包爆薬を手渡す。
梱包爆薬は障害物の除去に留まらず、建物の室内を掃討するのにも使われる。現代においてもそうだ。アメリカ軍はあの血塗れのファルージャの戦いで建物の室内から敵を一掃するのに梱包爆薬を使った。その戦法は各国の軍隊にも伝わっている。
「分かりました。お任せください。やり遂げて見せます」
エーデはそう告げて俺から梱包爆薬を受け取った。
「投げたらすぐに室外に退避だ。いいね?」
「はい」
エーデは梱包爆薬の時限信管を起動させると、思いっきりそれをゲルティに向けて投げつけた。梱包爆薬はゲルティの展開した壁を越えて、そのまま壁の向こうに落下する。
「退避!」
俺とエーデはそれから大急ぎで書斎の外に飛び出し、衝撃に備えた。
激しい衝撃が城全体を揺らし、爆風が部屋の扉から吹き出して来る。携行しやすいようにしておいた少量の梱包爆薬だったが、その威力は確かなものであったようだ。
「エーデ。敵の反応は?」
「未だ健在です。どうしますか?」
多少少量に調節したとは言えどあれだけの爆発の中で生きているとは。精霊公というのはとんでもない化け物のようだな。
「火力を叩き込んで牽制。それから状況を見て、2発目を叩き込む。相手がどのような手を使っているのか把握しなければいくら爆薬を使っても無意味た」
「分かりました」
エーデは俺の言葉に素直に頷き、合図を待つ。
「仕掛けるよ」
俺は室内に銃口を向けてゲルティを探す。
いた。異様な姿をしたゲルティがそこにいた。
全身を金属に覆われ、目のある部分にスリットが開いたゲルティがその細いスリットの間から我々を不快感の滲む瞳で睨みつけていた。
「やってくれたな、下賤な下層民どもめ。だが、これで終わりだ。覚悟するがいい!」
ゲルティがそう告げると突如として床から土が盛り上がり、それが人間の形を形成した。そして、その土の人型は同じように床から伸びた金属の槍を掴むと、我々の方に向けて突撃を開始してきた。
「奇怪な」
俺はショットガンでその土の人型を銃撃する。スラッグ弾は土の人型の腹部に大穴を開き、頭を吹き飛ばし、腕を引きちぎる。それでようやく土の人型は崩れ落ちた。
致命傷となる一撃というものをどこに加えればいいのか分からない敵というのは非常に厄介だ。相手は脳や心臓というような急所を有していない。それは土の塊なのだから、それは当然であると言えるだろう。
面倒なことになった。我々の武装では対応できないかもしれない。
だが、そのような状況でもエーデは怯んではいなかった。
エーデは銃剣で土の人型を貫き、引き裂き、抉り、破壊していく。ただの銃剣だというのにエーデが扱うと、それは50口径のライフル弾のような威力を発する。土の人型はエーデの銃剣を前にして崩れ、さらなる数でエーデを襲う。
だが、相手の数が数だ。この書斎に10体近くの土の人型がおり、それは撃破される度に生み出されていき、数が減ることはない。
「エーデ。援護する」
「ありがとうございます、ヤシロ様!」
俺はショットガンのスラッグ弾をエーデを援護するようにして叩き込み、エーデの背中を守りながら状況を注視する。どこかに隙があるはずだ。この土の人型には自己判断で動いている様子は見られない。動きにラグがある。だから、エーデも俺もこれだけの数に囲まれていてまだ戦えているのだ。
つまり、状況は実質まだ2対1。それならばどこかに隙が生まれるはず。
「……っ!」
俺がエーデの背後を援護しているというのに、エーデが小さく呻いた。
土の人型が握っていた槍がエーデの太ももを僅かに抉ったのだ。すぐにナノスキンスーツが傷口を圧迫し、出血を止める。
それは大した傷ではなかっただろうが、この状況での危機を示している。このまま闇雲に戦闘を続けていれば、次は致命傷になる一撃を受けるかもしれない。そして、弾薬の方も尽き、今頃城の中に突入している衛兵たちに囲まれて殺されるだろう。
そうなる前に決着をつけなくては。
「エーデ。頼みがある」
「なんでしょうか、ヤシロ様?」
俺はスラッグ弾で土の人型を吹き飛ばしながら告げる。
「ゲルティのあのスリットは分かるね。そこを銃剣で貫いてもらいたい。敵の隙はこちらで作る。合図をしたら、攻撃を仕掛けてくれ」
「分かりました」
一か八かだ。極めて危険な賭けになるが、このまま押し切れるより希望はある。
俺はタクティカルベストからこの場を切り抜ける道具を引き抜く。
M18発煙手榴弾。煙幕によって視界を塞ぎ、煙幕によって目標をマークするもの。
俺はそれをゲルティの足元に向けて放り投げる。発煙手榴弾はただちに紫色の煙幕をこの書斎の中に立ち込めさせ、我々の視野を塞ぎきった。
「このっ! 何を!」
「今だ、エーデ。今がチャンスだ」
ゲルティが叫ぶのに、俺がエーデに命じる。
「やります」
エーデはこの室内が煙幕で覆われていようが関係ない。彼女は元から盲目なのだ。この状況は彼女にとって逆に優位に働く。彼女の優れた感覚が、ゲルティの居場所を掴み、その僅かに開いたスリットを狙わせる。
エーデが跳躍したのを俺の聴覚が感じた。土の人型たちはゲルティの視野が塞がれたことで動いていない。彼女はゲルティに向けて跳躍し──。
悲鳴が響いた。
「ああっ! 貴様! 私を……!」
ゲルティが呻くのが聞こえる。エーデの攻撃はゲルティの目を抉ったのだ。
「神の名において、死を」
エーデがそう告げる。
「やめ、やめろっ! 私は死にたくない!」
ゲルティが半狂乱になって叫ぶのが聞こえた。彼は死を前に狂ったように叫んでいる。目を潰され、暗闇の中で死が迫るというのは恐怖以外の何物でもないだろう。
「自業自得だ。あなたはエーデの家族を殺しただろう。報いを受けたまえよ」
いつのまにか土の人型たちも消えていた。
「わ、私じゃない! 聖女の家族を殺したのは私じゃないんだ!」
「今更命乞いとは見苦しいよ」
ゲルティは叫ぶ。
「ヴィクトリアだ! ヴィクトリアがやったんだ! ヴィクトリアが聖女の家族を焼き殺し、村を焼き払った! 私はただ聖女を名乗る人物がいると報告しただけなんだ!」
ゲルティがすすり泣くのが聞こえる。
「だから、だから、お前の仇は私ではない! 私ではないんだ! 助け──」
「女神ウラナはおっしゃいました。精霊帝国を破壊せよと。私はそれに従うだけです。もとよりここに来たのは私個人の復讐のためなどではありません。神より与えられた神聖な運命を全うするために来たのです」
エーデは静かにそう告げる。
「待ってくれ! 頼む──」
そこでゲルティの叫び声が途絶えた。
俺の補正された聴覚に大量の血が流れる音が捉えらえる。エーデはゲルティにトドメを刺したのだ。彼女はゲルティを始末した。
「エーデ。終わったのだね?」
「ええ。終わりました、ヤシロ様」
未だ発煙手榴弾の煙が立ち込める中で、エーデがそう告げた。
「では、離脱するとしよう」
既に俺の補正された聴覚にはこの書斎に向けて進んできている足音をいくつも捉えている。ここまで派手にやったのだから敵が気づかない方がどうかしているというものだ。
「エーデ。脇に退いてくれ。少しばかり荒っぽい方法で離脱する」
「はい、ヤシロ様」
俺は背中の背嚢に下げていたAT4対戦車ロケットを構える。閉所でも使えるように改良されたもので、この室内でもそこまでバックブラストを気にせずともいい。俺はそれをゲルティが背を向けていた書斎の壁に向けて構える。
そして、引き金を絞る。
対戦車ロケット弾は壁に命中し、そこに大穴を開けた。外の空気に晒され、書斎に満ちていた煙幕が急速に外に吸い出され、視界がクリアになっていく。
「いたぞ! 賊だ!」
我々がその大穴を開けた時に衛兵たちが書斎に向けて突き進んできた。
「エーデ。しっかり捕まっていたまえ」
「え?」
俺は混乱するエーデを抱きかかえると、対戦車ロケットで開けた穴から外に飛び降りた。高さは20メートルほどで俺はバランスを保ちながら、地面に向けて降下する。
着地の瞬間、人工筋肉が衝撃を吸い取り、僅かに膨れるのが感じられた。だが、痛みも衝撃もない穏やかな着地だ。
ここ最近のヘリボーンがそうであるように、強化外骨格を使った高所からの飛び降りというのはよくある手段だ。エグゾの人工筋肉と補強脊椎によって衝撃は完全に吸収され、高所から飛び降りても我々は何の怪我も負わない。
「さて、逃げるとしようか」
衛兵たちはほぼ全員が城内に向かったらしく、着地した地点に敵はいなかった。
「ヤシロ様……。降ろしていただけますか?」
エーデが俺の腕の中でそう告げる。
エーデは信じられないほど軽かった。いくら俺が強化外骨格によって補助されているにしても、エーデの重さはあまりにも軽かった。
俺にはそれが彼女の儚さを象徴しているように感じられてしまった。
「足の傷は大丈夫かい?」
「はい。歩くことも、走ることもできます」
エーデがそう告げるのに俺はエーデを地面に降ろす。
「本当に足は大丈夫なのだね?」
「はい。掠めただけです。血もあまり出ていません」
血が出ないのは当然だ。エーデの首から下の全身の皮膚を覆っているナノスキンスーツが止血しているからだ。ナノマシンが傷口を素早く消毒し、傷口を圧迫し、同時に鎮痛剤を放出する。ナノスキンスーツを纏っていれば、ミンチになるまで戦える。
「後で傷の手当てをしよう。今は逃げなければ」
俺はエーデを連れて、城壁内を裏手に回り、シンドーナ兄弟が確保していた脱出地点に向かう。再び城壁をよじ登り、そしてまた飛び降りる。
「ご無事でしたか」
「ゲルティは殺れましたか?」
シンドーナ兄弟は我々が姿を見せるとほっと安堵の息をついていた。
「ゲルティは死んだ。首は持ち帰れなかったが、エーデが確実に殺した。いずれ情報が広がるだろう。ペネロペに情報を広げてもらわなくてはならない」
「了解です。ここに敵の巡邏は来ていません。このまま離脱しましょう」
俺が告げるのに、シンドーナ兄弟はそう返した。
「エーデ。行こうか。君は目的を果たした」
「ええ。これで精霊帝国の崩壊に一歩近づいたのですね」
エーデはそれでよかったのだろうか。
エーデの家族の、隣人の仇はゲルティではなかった。それでもエーデはよかったのだろうか。自分が復讐を果たすということに、彼女は本当に関心がないのだろうか。
分からない。エーデの考えが俺には分からない。
彼女は純粋無垢にして、白痴の聖女だ。俺がこれまで接してきたような金や脅迫で動く人間ではないし、子供兵たちのように思想を染め上げられる存在でもない。
ただ、エーデはゲルティを殺した。土の精霊公を殺し、精霊帝国に打撃を与えた。
今、俺が断言できるのはそれだけである。
彼女がヴィクトリアという本当の仇に会った時、彼女は感情を露にするだろうか。
……………………
これにて第2章完結です!
面白そうだと思っていただけましたら評価、ブクマ、励ましの感想などつけていただけますと励みになります!




