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それは殺すべきだ

……………………


 ──それは殺すべきだ



 都市で抵抗運動レジスタンスが暴れている間、農村部でも抵抗運動が盛んになっていた。農村部の抵抗運動を取りまとめるバルトロの下には今では3000名の構成員が存在する。全てが戦闘要員ではないとしてもそれなり以上の数だ。


 農村部では農村を次々に味方に付けていき、そこから物資を調達する。それはバルトロたちの活動のために使われる他、リベラトーレ・ファミリーの密輸ルートで都市部に輸送され、そこで抵抗運動を動かす原動力になる。


 バルトロの南部国民戦線は街道の移動を困難にし、貴族たちは邸宅に立て籠もるか、都市に立て籠もるかを迫られた。我々が盗み出した書状によれば土の精霊公ゲルティ・フォン・マントイフェルは抵抗運動の根絶を命じているのだが、この勝ち目のない戦いに好き好んで赴こうという人間はいない。


 一部の貴族たちは報復として農村部を焼いたり、街道を進む行商人を締め上げたりなどした。だが、そのような報復作戦に意味はなく、それは南部国民戦線の構成員を増やし、南部の怒りを増させただけに終わった。


 そして、都市部でも抵抗運動は盛んだ。


 都市部の抵抗運動は今やデルフィ市のみならず、他の都市にも伝播した。


 リベラトーレ・ファミリーの密輸網を使って都市に忍び込んだ抵抗運動の兵士たちは、そこで同じように虐げられている奴隷を脱走させ、抵抗運動に加える。そして、その手に握るカラシニコフで衛兵たちを殺し、貴族たちを殺し、都市を混乱に突き落とす。


 ここにおいて南部国民戦線と南部民族会議の連携は完成した。


 南部国民戦線は兵士と物資を提供するとともに、貴族たちの移動を妨げる。南部民族会議は都市部における攻撃と貴族の都市からの追放を促す。


 農村部にも、都市部にも居場所がなくなった貴族たちは先祖代々の城に立て籠もるようになった。多くの兵士を従え、農民たちや商人たちから物資を税として奪って周り、城の中に立て籠もっているのだ。


 こうなってしまえば、南部は解放されたも同然だ。


 後は攻撃を続け、貴族たちに出血を続けさせる。そして、貴族の血が南部の大地を満たしたときに我々は北部へと進むのだ。


 だが、問題は南部の解放を目的とする南部国民戦線と南部民族会議の両方の組織が、北部に進撃してくれることに同意してくれるかだ。


「我々は北部に向かうべきだ」


 我々はそのことを話し合うために会合の場を設けた。


 場所はデルフィ市。その廃倉庫のひとつ。リベラトーレ・ファミリーの資産のひとつであり、地下下水道に通じる扉もある。つまりは安全な場所だ。


 そこを南部民族会議と南部国民戦線の兵士が武装して警備し、こうして抵抗運動の指導者たちが初めて全員で顔を合わせることになった。



 南部国民戦線の指導者バルトロ・ボルゲーゼ。


 リベラトーレ・ファミリーの首領ドンレオナルド・リベラトーレ。


 “自由の声”発行責任者ペネロペ・ピレッリ。


 脱走奴隷相互扶助会会長トゥーリオ・タッツォーリ。


 そして、聖女エーデルガルト・エイセル。



 全ての主要な組織の重要人物が集まり、俺が座長を務めて会議は始まった。


 議題は北部への進撃。


「正直なところ」


 バルトロが告げる。


「北部に進撃する意味はあるのか? 今や貴族たちはどいつもこいつも引き籠っている。都市の衛兵もほとんど何もしていないし、それどころか農村部のパトロールは税の徴収のときだけになった。このまま南部は解放されるのではないか?」


 バルトロはあくまで南部の解放とエトルリアの復興を目指して戦っていた。


 そして、それは実現寸前になっている。南部の貴族たちは震えがって屋敷に篭り、衛兵たちも死を恐れて積極的に抵抗運動を取り締まろうとはしない。このまま進むのであれば南部は精霊帝国の手から解放されるだろう。


 もっとも、このまま進むのであれば、だ。


「精霊帝国は巨大な帝国だ。人的リソースについても、生産力においてもこちらを遥かに上回っている。南部がこのまま精霊帝国からの独立を宣言しても、精霊帝国は再び南部に侵攻し、再び南部を支配するだろう。その前に抵抗するだろう人間を皆殺しにし、この南部の大地を無人の焦土として」


 精霊帝国は巨大帝国である。南部属州はその一部に過ぎない。南部が今独立の声を上げたとしても、精霊帝国は決して認めないだろう。


 新しい軍隊と新しい貴族で編成された大規模な軍隊が南部に派遣され、彼らは南部の大地を焼き払い、住民を皆殺しに、そうやって強引に支配を固めるだろうことは想像に難くない。南部人にとって南部は自分たちの生まれ故郷であり聖域だが、精霊帝国にとっては領土のひとつに過ぎないのだから。


「確かに今、精霊帝国と全面戦争をするのは無理だ。連中はバルフ王国で反乱が起きた時に都市ごと焼き払い、農村も片っ端から焼き尽くした。そして住民は奴隷にされて、南部に送られてきたんだ。連中の力は侮れない」


 そう告げるのはレオナルドだ。


 彼はビジネスマンだ。取引についてはよく理解している。こちらが欲をかいて南部をいただこうというのであれば、それなりのリスクを伴うだろうということを。


「それで北部侵攻ですか? 戦域を広げすぎることになりませんか?」


 ペネロペが議事録を作りながらそう尋ねる。


「この手の戦争に戦域の広さはあまり関係がない。こちらは南部に確かな拠点を作った。後はそこを軸に攻撃の手を広げていくだけだ。我々は戦域が広くなろうと戦線というものを維持するための戦力は必要ない。常に攻撃して逃げるヒット・アンド・アウェイを維持していればいいだけだ。戦域の拡大に膨大な戦力は必要としない」


 ゲリラとは数で劣る側が仕掛ける特殊作戦だ。少人数で機動性の高い部隊を各地に点在させて、敵の後方や側面を攻撃して戦闘力を削る。戦線など存在しないし、戦線を維持するための戦力も必要としない。


「むしろ、戦域が拡大するのはこちらにとって有利に働く。我々は敵を容易に見つけることができるが、敵は広大な潜伏地のどこに我々がいるかを探し出せない。戦域を広げ続け、敵の戦力を分散させ、南部に敵の大軍勢が展開されることを阻止しなければ」


 現在の時点で精霊帝国と南部との全面戦争になるのは致命的だ。


 こちらはある程度、その軍備を整えているとしても、人的リソースが足りないし、物資の調達にも支障が生じる。


 若い男たちを前線に向かわせるならば、後方では女子供が農作業に勤しまなければならない。それでも人的リソースが不足するならば女子供までも前線に送らなければならなくなる。それはあまりにも致命的だ。


 そもそもゲリラが戦線を展開するということが間違っている。ゲリラに戦線はない。一定の拠点が点在するだけで、戦線というものを構築して正面から戦うのではなく、各地に散らばり後方に回り込み、敵の戦力を削ってこそのゲリラなのだ。


 今は精霊帝国との正面対決を強いられることを避け、ゲリラ戦に徹しなければ。


 敵が南部に大戦力を送れないように、北部に展開し、敵の戦力を北部に釘付けにするのだ。それでこそ、南部の自由は勝ち取れるというもの。


「そういうことだ。精霊帝国との正面戦争は避けるべき愚策だ。今は精霊帝国があちらこちらに戦線を展開し、兵力を分散させるのが望ましい。彼らが南部に進撃し、南部を焦土とするのを防ぐためにも北部への進撃は必要とされる」


 それに俺は精霊帝国を打倒すると女神ウラナに約束した。義務は果たさなければ。


「そうだな。精霊帝国の親玉の首を取ってこないといつまでも脅威に晒される」


「本気か? 南部のみならず、北部でも軍事作戦を行おうと言うのか?」


 レオナルドが唸りながら告げるのにバルトロが彼を見つめる。


「北部の連中をどうにかしなければ南部の自由はない。南部が真の自由を手にするには、北部にいるモレク・アイン・ティファレトをぶち殺さなきゃならん。流石の精霊帝国も皇帝がくたばればこれ以上南部を支配しようとは思わないだろう」


「そうですね。南部だけを解放しても、すぐに北部から軍隊か進撃してきます。南部を守るために北部を攻撃しなければなりません。皇帝の首が取れれば戦争は終わるでしょうが、流石にそこまでは難しいかと」


 レオナルドとペネロペがそれぞれの意見を述べる。


 だが、俺は皇帝モレクを殺すつもりだ。そうしてこの世界を支配し続けてきた精霊帝国を終わらせるつもりだ。この世界を混沌に向けて突き落とすつもりだ。


「聖女エーデルガルトはどう思われる?」


 そこでバルトロがエーデに話を向けた。


「精霊帝国は滅ぼさなければなりません。それが神託です。精霊帝国を滅ぼし、この世界から抹消する。それが私に与えられた運命。たとえ、他の方々が歩みを止めようとも。私だけでも、その運命は果たすつもりです」


 エーデは淀みなくそう告げた。


 エーデの言葉にバルトロの表情が強張るのが分かる。エーデは戦後のバルトロたちの権力を保証してくれる権威だ。彼女の意向に真っ向から逆らえば、バルトロの率いる南部国民戦線の権力は失われる。この強欲な政治家はそれを恐れている。


 戦って勝つ前から戦後のことを考える。一見して愚かな行為のように思われるが、これがなければ戦争は遂行できない。


 戦後のビジョンもなしに殺し続けるのはただの大量殺戮だ。戦後に描かれる幸せな未来を夢見ることができるからこそ、人々はこのひと時の戦乱に耐えるのだ。終わりの示されていない戦争ほど不毛なものもない。


 事実、戦後に何のビジョンもなかった第一次世界大戦は悪夢として終わったし、太平洋戦争は落とし所が見つけられず戦争ありきであったために悲惨な結末を迎えた。


 バルトロは軍事指導者であると同時に政治家だ。政治家ならば戦争が終わった時のことを考えていなければならないだろう。俺がそれに関心がなくとも、この戦闘が終わってから軍閥同士の殺し合いにならないようにするためには。


「では、俺たちも精霊帝国の打倒に賛同しよう。北部進撃に賛成する」


 バルトロはエーデから意見が離れないようにそう告げる。


「お前は何か意見はないのか、トゥーリオ?」


 そこでレオナルドがこれまで沈黙を維持していたトゥーリオに声をかける。


「私たちの組織名を決めておかないか?」


「組織名? それは南部民族会議だろう?」


「違う。今では南部国民戦線も加わった。我々はひとつの組織の派閥のひとつだ。全体としての名前を決めておきたい。それが些細なことであったとしても、自分たちが自分たちを称するのに共通した呼び名がある方が望ましいだろう?」


 トゥーリオはそう告げてこの場のメンバーを見渡す。


 確かに組織名は馬鹿にできない。自分たちを称するときに派閥の名前を告げていては抵抗運動は一体化しない。抵抗運動を包括し、統一感を持たせる名称が必要だ。名前のひとつでも兵士たちの士気は変わってくる。戦場で誇りを持ち、勇気を振り絞って戦うには、脳にナノマシンを叩き込んでゾンビになるか、古典的な組織への愛情が必要だ。


「そうですねえ。自由エトルリア同盟ってのはどうですか? これならば南部の一体感は増すと思いますよ。いい加減に私たちはこの土地を南部属州と呼ぶのではなく、本来の呼び名で呼ぶべきなのです。精霊帝国から奪われた名前を取り戻しましょう」


 ペネロペは興奮した様子でそう告げる。


「この案に賛成の者は?」


 俺が尋ねるのに暫しの沈黙の末に全員が手を挙げた。


「決まりだ。これから我々は自由エトルリア同盟だ。派閥争いは極力避け、この新しい組織の下で処理に向けて推進していこう」


 俺はそう告げて、全員を見渡す。


 まだこの時点で内輪もめはなさそうだ。農村部で支持を取り付けた南部国民戦線と都市部で支持を取り付けた南部民族会議では、いずれはその支持母体の違いから揉め事が起こるだろうが、それはまだ今ではない。


「いいか?」


 そこでレオナルドが発言を求めた。


「何だろうか?」


「情報がある。聖女エーデルガルトの両親と兄弟を殺し、村を焼き払った貴族についての情報だ。ペネロペ、そろそろ教えてやれ」


 レオナルドはそう告げてペネロペを見る。


「はい。我々の確かな情報筋によりますと聖女の拘束と村の焼き討ちを命じたのは南部属州総督ゲルティ・フォン・マントイフェルだと思われます。まあ、私たちとしてもまだ確実に断言はできないのですけれども」


 エーデの家族を殺し、故郷の村を焼いた男か。


 俺はエーデを見る。エーデは何の感情の起伏もせず、ただただ黙り込み、その瞳を閉じたまま何も発言しない。


「ここはひとつ聖女様の敵討ちといかないか。南部属州総督を殺れれば、南部は勢いづく。それこそ北部に戦域を広めるぐらいにな。どうだ、聖女様?」


 レオナルドはそう告げてエーデに話しかける。


「ヤシロ様」


 そこでエーデが俺の方を向いた。


「私はどうするべきなのでしょうか? 南部属州総督ゲルティ・フォン・マントイフェルを殺せば精霊帝国は崩壊に向かうのでしょうか?」


 エーデは敵討ちのことなど考えてもいなかった。彼女はただ純粋にそれが精霊帝国の打倒──つまりは女神ウラナの与えた運命に沿うものなのかだけを気にしている。彼女には家族への愛情や執着すらもないというのだろうか。


 エーデには人間性が欠如している。我々日本情報軍の軍人たちと同じように。


「南部属州総督を殺すのは大きな作戦になる。だが、実行するべきだろう。斬首作戦だ。敵の指揮系統の上位存在を抹殺し、指揮下の戦力を麻痺させる。貴族たちがまだこの南部に何十と残っていようとも南部属州総督を殺されれば、烏合の衆だ」


 本当にそうか?


 精霊帝国は代わりの南部属州総督を送り込んでくるだけではないのか? 俺はエーデへの同情からこの作戦を提示しているのではないか?


 いや、確かに南部属州総督を殺すことには意味がある。南部属州総督が死ねば南部において貴族に安全な場所はないと明確に示すことが出来るし、精霊帝国も南部の状況を把握するのに随分と手間がかかるだろう。この世界にはまだ高度な通信機器や偵察衛星はないのだから。


 昔ながらの自分の目玉アイボール・センサーに頼った情報源。高度200キロメートル上空から撮影された臭いも、音も感じない漂白された戦場の画像ではなく、自分の目で見て、自分の鼻と皮膚で感じる戦場の情報だけがこの世界の頼りになっている。


 それは不確かで、主観的で、朧気だ。


 偵察衛星の画像が実際の虐殺に悲惨さを漂白して伝えるとしても、その情報は確実で、客観的で、はっきりしている。偵察衛星の画像を分析すれば、何が起きているのかを確実に知る道筋ができてくる。


 だが、人の目による情報は過ちが起こりやすい。人間という存在はどうしてもバイアスというものが入ってしまい、五感すら惑わされる。恐怖によって敵の数が倍に見えたり、興奮によってある特定のものを重大な脅威であると思い込んだり。


 軍隊でよく訓練されていない兵士が敵の兵士の数を間違うのはよくあることだったし、その恐怖から連合軍の兵士たちがドイツ軍の4号戦車をティーガー戦車と間違ったように、誤った認識が軍事行動に影響することも多々ある。


 南部属州において南部属州総督が死ねば、その報告は途絶え、精霊帝国は南部において目を潰されることになる。後から軍隊を送り込んで情報を把握しようとしても、自分たちの活動基盤がない敵地にいては正確な報告などで期待はできない。


 我々抵抗運動の数を数十万と報告したり、南部において貴族は全員死んだなどと報告することもあり得る。特に貴族からは奴隷として扱われている下層民の衛兵たちのやる気のない偵察などにおいては。


 つまり、南部属州総督を殺すことで北部進撃までの時間は稼げる。


「では、決まりのようだな。聖女の仇を取ろう」


 バルトロがそう告げたが、エーデは無表情のまま何も言わなかった。



 彼女は本当に人間性が欠如してしまっているのだろうか。



……………………

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