精霊帝国の査問
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──精霊帝国の査問
俺とエーデはドレスコートに沿うように衣装一着を準備すると、それを纏って食事の場に向かうことになった。
この世界のマナーというものは基本的に貴族のそれから来ている。
高級な店には高級な衣装を揃えられる人間だけを迎え入れる。それによって下層民の客はいなくなる。だが、この店は貴族と同時に下層民にも開いている店であり、2階層の構造をした上部は貴族たちが食事をする場所だ。貴族は下層民の料理に使ったナイフすら拒絶するという。よく今まで混乱が起きなかったというものだ。
我々が向かうのは1階の方のレストラン。
下層民向けとしてもここら辺で最も優れたレストランだそうだ。ペネロペもレオナルドも口を揃えてあそこの店はいいと告げる。もちろん、貴族を相手にし、その残飯を1階に提供しているのだという人間もいる。
だが、重要なのは料理が美味いかどうかだ。
俺の前菜のサーモンは溶けるようであり、サラダの中に溶け込んでいってしまった。口の中にサーモンのまったりとした食感が残る。
俺がそれを味を味わっている間にエーデはステーキにチャレンジしていた。小作民の家庭で生まれたとは信じられないほどの完璧なテーブル作法だった。
ここまで来ると落ち着いて食事ができる。
エーデに「気に入った場所があったかい?」と尋ね、エーデは朗らかな笑顔で「ありました」とそう答える。聞かれてもおかしいことは喋っていない。聞かれても問題ないことだけをエーデとの会話にして楽しんでいる。
「紅茶となります」
エーデはよほど空腹だったのか全ての料理を綺麗に平らげてしまった。
我々は紅茶を味わいながら、エーデと一対一でゆっくりと会話した。
そのことで俺は後でそれを知った男の兵士たちからやっかみのように嫌われることになってしまった。男社会の軍隊で女性とはそういう存在なのだ。
だが、コーヒーで時間を稼ぎ、エーデの本当にしたいことはそれを突き止めようとしたが、それは最後まではぐらかされてしまった。
エーデが何を感じているかは分からないが、彼女のやることは同じだ。
それは精霊帝国の破壊。
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ここ最近のことを一度話し合うためとして精霊帝国皇帝モレク・アイン・ティファレトは全ての精霊公を帝都シオンの城に呼び出した。
「困難はいかなる時でも神が鎮めてくれるでしょう」
そう告げるのは黒い長髪を背中まで伸ばしたまま、纏めることもないヘアスタイルで、その懐には精霊教会の十字架が握られている女性だ。その十字架は決して手放すことはないようにと、鎖で固定されて、その首から全く動くことはなかった。
この一見すれば優し気な女性もまた精霊帝国の精霊公だ。
ユーディト・フォン・ファルケンホルスト。風の精霊公である
「あまり我慢をしすぎるのがよくないんだよ。酒を飲んで、美しい女性たちを抱いていればこの世の中のほとんどの問題は解決するというものだ、諸君。書類の山ばかりに囲まれているからこそ問題っていう奴は湧き出てくるんだ」
水の精霊公。テオドシウス・フォン・ホルシュタインがそのように唱える。
事実、適切な季節に雨が降ることや、大きな水害を起こさせてきたことで、彼の領地ではそのような楽観的な統治が行われるようになっているのだが。
そして、どこの土地も基本的に恵まれている。このモレク・アイン・ティファレトの治める国家において不毛な場所などありはしないのだ。精霊帝国皇帝モレク・アイン・ティファレトはこの地に降り立ち、その降臨したシオンの地は揺るぐことなく、資源を産出する。鉄も、馬も、そして兵士たちも。
最初にモレクが兵士に鉄でできた槍を装備させて列を組んだとき人々は驚いたが、それは産出する鉄と精錬技術によってより密集した陣形へとそれは進化していった。モレクは多くの兵士により多くの長い槍を構えさせて行進させた。
そして、魔術師だ。この世界では魔術師が生まれる。
モレク・アイン・ティファレトはこの魔術師たちの誕生を祝福し、貴族の地位に付けた。貴族も下層民も、民衆たちは不安を覚えながらも、モレクの率いる精霊帝国が南部を侵略していく様子を眺めた。
それは完璧な軍事作戦のように思われた。南部民衆は魔術を行使する貴族に恐怖し、僅かな抵抗運動が、山林に立て籠もったものの、それは差したる影響力を発揮するものではなかった。見過ごしても問題のないものだった。
だが、その状況が崩れた。
「ゲルティも、もっとやるかと思っておったが、予想以上の間抜けのようだな。我々、精霊公の名を汚すことはあってはならない。それは精霊帝国皇帝モレク・アイン・ティファレト陛下への反逆である」
女性は紅茶の杯を掲げる。
この軍服姿の女性こそ、火の精霊公ヴィクトリア・フォン・リンブルフ。
ここに集まった人間の中では一番若いもののその実力で今ではモレクの右腕とあだ名されているほどである。
「……参った」
そして、この場にモレクが今回精霊公たちを集めるきっかけを作った人物──ゲルティが姿を見せた。彼は他の貴族のような余裕もなくただただ額から脂汗がだらだらと流れ続けている。豪華な衣装も、この状況ではなんの助けにもならない
「さて、貴公たちよ。問題が起きているそうだな」
そう尋ねるのは精霊帝国皇帝モレク・アイン・ティファレトだ。
その青色染みた黒髪を背に垂らして流した髪型。そして、モレクは伸長195センチ程と大柄で、思想する学者のようにその瞳を閉じていて、その顔立ちは中性的だ。彼の体全体を覆うのはどこの宗教のものでもない、貫頭衣だった。ただし、この貫頭衣には勲章や自身がモレク本人であることを示す杖が下げてあるなどしていた。
「ゲルティ。聞かせてはくれないか。どのような反乱が起きて貴公は困っている?」
モレクは部下を詰問したりはしなかった。ただただ、優しい声で何が起きたことを尋ねているのだ。そのことにゲルティの両手が震える。
「はっ。私めの失態でございます、陛下。最初の交易都市ナジャフの事件の時にもっと徹底した取り締まりを実行していればこうはならなかったはずです。それが今では連中の毒はこれまでの反乱勢力に加わり、あちこちで貴族や衛兵が死にます。私がもっと対処を急いでいればこんなことにはならなかったでありましょうに……!」
確かにゲルティが即時に交易都市ナジャフを封鎖し、徹底した取り調べを行っていたならば八代とアティカは拘束され、事態はそれで終わっただろう。
だが、敵は上手だった。
衛兵たちの動くタイミングを読み、ゲルティが交易都市ナジャフを封鎖する前に外に出た。それから八代とアティカは抵抗運動と接触し、彼らに地球における武器を渡して、訓練して、今に至る。
今や南部は騒然としている。
貴族の馬車は抵抗運動の恰好のターゲットにされ、街道を通過するならば250名もの衛兵を動員しなければ安心して街道を行き来できなかった。これによって貴族たちは自分の領地の農奴や小作人たちが、ちゃんとそこにいるのかも分からなくなる。
そうやって地方の統治は緩んでいき、さらには都市で衝撃が起きた。
アッシジ市の大聖堂が抵抗運動によって襲撃され、聖女エーデルガルトが奪還された。ゲルティは事前の情報があったにもかかわらず、ゲリラが都市を攻撃できるはずがないと判断し、見過ごした。そして、ゲリラによる攻撃は成功し、アッシジ大聖堂の地下に監禁していた聖女は敵の手に渡ったのだった。
それからも攻撃は続き、南部の物流は麻痺しつつある。
「大変なことになっているようだね。貴公の苦労も理解できよう。こうも縦横無尽に動き回られてはこちらとしても取るべき選択肢が少なくなってくる。反乱勢力を懐柔するか、それともすべての反乱勢力ごと南部を無に帰すか」
モレクが顎に手を乗せてそう告げるのにゲルティが反応した。
モレクが南部を焦土とせよと命じれば、実際にそうなるだろう。
モレクの直属である黒書騎士団には優れた魔術師たちが揃っており、ひとつの領域を焦土にすることなど他愛もない。
まして黒書騎士団にはヴィクトリアがいる。炎を自在に操り、あらゆるものを煉獄の底に叩き落とすことの可能な強力な魔術師がいる。
そのような恐怖によって、精霊帝国は長年国を統治してきた。反乱勢力には恐怖を与え、その存在が貴族による支配を脅かさないようにされてきた。
だが、今やそれは崩れた。
抵抗運動は貴族たちを殺し続け、南部は無政府状態に陥りつつある。貴族たちは反乱勢力に恐怖して眠り、この地の支配が失われていくのを感じ取っていた。
このままならば南部から精霊帝国は追放される。
「やるのであれば私めに。黒書騎士団の全戦力を以てして、南部を焦土としてご覧に入れましょう。それから新しい従順な奴隷を入植させればいいのです」
「待っていただきたい。南部は大きな財産です。これから実をなす穀倉地帯や下層民どものための集合住宅、そして、それぞれの街にある貴族の美しい邸宅や教会を燃やしてしまうというのは精霊帝国にとって大きな損失であります!」
ヴィクトリアが口角を引き上げてそう告げるのに、ゲルティが訴えた。
南部属州はゲルティの出した結果だ。土の精霊公として示した成果なのだ。彼が精霊帝国に、皇帝モレク・アイン・ティファレトに示した結果なのだ。
それが焼き払われてしまえばゲルティの信用も財産も底を突く。もう二度とモレクの尊顔を崇めることすら許されなくなるだろう。
それではダメだ。まだ戦争は終わっていない。まだまだゲルティは戦える。
「それもよし。ゲルティ、貴公にこそ余は南部属州総督の地位を任せたのだ。この時点で南部属州を焼き払うということはしまいと約束しよう」
「寛大なお心、誠にありがたく存じます!」
頭を深々と下げるゲルティを、ヴィクリアが白けた表情で見ていた。
「しかし、戦うと言うからには結果を出さなければならない。そなたが前線に立つことも求められるだろう。その覚悟はあるか?」
「もちろんです。このゲルティ・フォン・マントイフェル。精霊帝国のために命を捨てることすら恐れてはおりません」
ゲルティはそう告げてモレクを見る。
「よろしい。我が子たちよ。我々は困難な時期を迎えた。この時期を乗り越えられるか否かに精霊帝国の未来がかかっている。ただの、南部の反乱と思うことなかれ。敵は我々を実際に打ち負かしているのであるから」
モレクの言葉に一堂が頷く。
「して、抵抗運動が使用している武器については手に入ったのかね?」
モレクがゲルティにそう問いかける。
「いえ。依然として謎のものです。下層民たちは銃と呼びますが」
「銃、か」
銃。その技術をモレクが徹底的に消滅させた代物。
だが、どういうわけかそれが貴族たちを殺している。
どこで製造されたのか。誰が製造しているのか。どのようなものなのか。
「だが、おかしい。銃というものはせいぜいクロスボウの射程にいる人間程度しか殺せなかったはずだ。それがどうしてここまで死者を出したのだろうか?」
モレクはゲルティにではなく、この場の全員にそう尋ねたのだ。
「改良が施されたのではないでしょうか?」
「あり得ないね。作り方すら歴史から完全に消えたんだよ。作ることができたとして、それが精いっぱいさ。みんな、疲労が激しくて勘違いしているだけなんじゃないかな?」
ユーディトの言葉をテオドシウスが否定した。
「少なくともゲルティ。君は休暇が必要だ。私の領地に遊びに来ないかい。とてもリラックスできるものを揃えておくよ。疲れが癒えれば冷静な判断だってできるようになるものだ。君の今の死人のような顔では下層民の子供にすら負けかねない」
そして、テオドシウスはからかうようにゲルティにそう告げる。
「このような時に領土を離れるわけにはいかぬ。それに、銃という武器は確かに存在するのだ。そのせいで多くの貴族たちが死んでいるのだぞ!」
他人事という様子のテオドシウスをゲルティが睨んだ。
「余の可愛い子らよ。下層民たちのように醜く争い合うでない。我々が武器を向けるものは魔術への無知と魔術の使えぬものたちだけだ。それ以外のものに武器を向けてはならない。そのことを理解しておくのだよ」
「はっ」
モレクの言葉に精霊公たちが一斉に敬礼を送る。
「この問題はそう簡単には解決しないだろう。そして、ゲルティが選択を誤るならば反乱の手は南部属州に留まらないだろう」
モレクは一言ずつはっきりと告げる。
「これは精霊帝国への反乱だ。我々に対しての挑戦だ。ならば、迎え撃とうではないか。この戦いにおいて最後に勝利するものの名は分かっている」
モレクはそう告げて指を鳴らす。
「皇帝モレク・アイン・ティファレト陛下万歳! 精霊帝国万歳! 我らが帝国に永久の繁栄がもたらされることを!」
モレクは精霊公たちの声を聞き、満足すると頷いて見せた。
「我々は決して敗北しない。この精霊帝国が崩壊するようなことはないのだよ」
モレクはどこまでも優し気にそう告げたのだった。
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