最初の攻撃
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──最初の攻撃
場所は人里を程よく離れ、それなりの交通量が見込める街道。
俺はその街道脇に155ミリ榴弾2発をやや距離を置いて設置し、それに防水仕様のフィンランド製携帯電話に電線コードで接続された信管を接続して埋設した。
ここに何かしらの車列が通りかかれば、携帯電話で砲弾を炸裂させ、相手を吹き飛ばし、生き残りをAKM自動小銃で掃討すればいい。
AKM自動小銃のマガジンに銃弾を詰めるとき、1発抜いておくことを忘れない。銃弾をフルに装填するとスプリングが緩くなることがある。まあ、安い兵器は安いなりの欠点を抱えているということだ。
俺とアティカは離れた森の中に伏せ、車列を待つ。
既に2日が経過している。食事は捕獲した蛇と蛙を熱して食し、水分は空になった砲弾のケースなどを使い濾過し、煮沸消毒したものを飲んだ。
アティカがどうするのかと思ったが、彼女は飲食は必要ないそうだ。
我々は無駄な体力を使うことを避けるために木陰にじっと伏せ、車列が通りかかるのを待ち続ける。気温は摂氏15度前後。生き延びるには悪くない気温だ。
「まだ待ち続けるのですか?」
「まだ2日だ。場所を変えるには早すぎる」
この手の待ち伏せでは数週間に渡って待ち続けることもある。
装備の点では不足はあるが、幸いにしてここは砂漠のど真ん中でも、海の上でもない。飲み水と食糧が確保できるならば何の問題もないだろう。
「辛抱強い方なのですね」
「軍人とはそういうものだ」
軍人は急ぎ、急ぎ、そして待ち続ける職業だ。古来から待つのは軍人の仕事だ。
「──来た」
だが、今回はさして待つ必要はなかった。
仰々しく現れたのは、騎兵に護衛された馬車だ。
現れたのが馬車だということには些か呆気にとられたが、蒸気機関すら存在しない世界で装甲車が出現する方がどうかしていると思いなおす。
騎兵の数は6名。馬車の前方に4名、後方に2名。
馬車は荷馬車などではなく、2頭立ての客車だ。乗っているのは3、4人というところだろう。それなりの地位にある人間だと思われる。
俺は携帯電話を手に取って登録しておいた電話番号への発信ボタンに手をかける。
騎兵と馬車は俺が埋設したIEDに気づくことなく、そのままキルゾーンに入っていく。
残り数歩。それですっぽりと騎兵と馬車は榴弾の殺傷範囲に収まる。
3、2、1。
俺は発信ボタンを押した。
俺の携帯電話から発された電波が軽く土を被せておいた100メートル先の携帯電話に着信し、電線コードに電流が流れ、それが信管へと至る。
炸裂。
ズウンという重々しい轟音とともに土煙が舞い上がる。
もうもうと曇った土煙によって向こう側は見えないが、間違いなく騎兵と馬車は砲弾の殺傷範囲に入っていた。間違いなく、打撃を与えられただろう。
「行ってくる」
俺はアティカにそう告げるとAKM自動小銃を構えて、爆発が起きた場所へと向かう。
馬の四肢は引きちぎれて内臓を晒し、その脇に騎兵が倒れていた。騎兵の首はどこに飛んだのか見当たらず、舞い上がった土煙がその首の断面から流れた血にゆっくりと吸収されて、黒ずんでいっている。
俺は神経を研ぎ澄ませ、同時にナノマシンで身体機能を“ホット”にすると、視覚、聴覚、嗅覚、そして感覚が敏感になった状態で爆発地点を捜索した。
馬車はあの爆発の中でも原型をとどめていた。だが、横転し、横向けに倒れている。
俺は馬車によじ登ると、素早く扉を開いて内部に銃口を向ける。
中には血を流した中年男性がひとりと12、13歳ほどの少女がいた。
中年男性の方は既に馬車から飛び散った破片が首に刺さって死んでいるが、少女の方は頭を打っただけらしく、まだ息がある。
俺はAKM自動小銃のアイアンサイトを覗き込み、少女の頭に狙いを定めると、セミオートで一発頭部に銃弾を叩き込んだ。少女の体はびくりと跳ね、そのまま動かなくなる。
「う、うう……」
俺が馬車を覗いていた間にうめき声が聞こえてきた。
後方にいた騎兵が運悪く砲弾の殺傷範囲ギリギリだったらしく、横に倒れた馬の下でもがいているのが目に入った。
俺はAKM自動拳銃をスリングで吊ると、その騎兵のところに向かう。
「き、貴様……! 賊か……! 我々をこの地を治めるヴォイルシュ子爵家のものだと知っての狼藉か……!」
「いや。知らなかった。通りかかったのならば誰でもよかった」
騎兵が息も絶え絶えに告げるのに俺は首を横に振った。
「だが、覚えておくとしよう。ヴォイルシュ子爵家だね」
俺はコンバットナイフを引き抜くと、騎兵の首を反らせ、頸動脈を引き裂いた。
鮮血が吹き上げ、心臓の鼓動に合わせて、リズムよく血が零れ落ちる。
「他に生き残りはいないようだな」
俺は確認殺害のために残りの人間の頭に1発ずつ銃弾を叩き込んでそう告げた。
「目的をお忘れではありませんよね?」
しばらくしてアティカが爆発地点にやってきた。
「忘れてはいないよ。まずは衣服を調達しよう」
俺は再び馬車の中を覗き込んだ。
先ほど見た時には留意しなかったが、馬車には衣類が積まれていたようで、男物の衣類と少女向けの衣類が散らばっている。俺はその中から血に汚れていないものを回収した。簡素なシャツとズボン。少女向けの普段着と思われるワンピース。
サイズ的には些か中年男性が背丈が低く、腹回りも丸いことから不安視されるが、軍人とは装備に体を合わせるものだ。
「君の分だ、アティカ。君もその恰好では怪しまれるだろう」
「それはありがとうございます」
俺はアティカにドレスを手渡し、彼女はちょいと頭を下げると、それを受け取った。
「では、早速着替えて、交易都市ナジャフに向かおう」
「ええ。着替えてきます。覗かないでくださいね?」
「天使というのは両性具有だと聞いたが、それを確かめても?」
「セクハラです」
アティカは目つきをさらに悪くしてそう返す。
「だが、それを裁くものは存在しない」
そう、自由だ。
ここで何十万、何百万もの人間を死に追い込もうとも、俺が罰されることはない。軍上層部も、政治家も、マスコミも、国連も存在しない。少なくとも勝ち続けていれば、俺は自由に殺戮の輪を広げていける。
ここで死んでいるヴォイルシュ子爵家の人間の死も、俺の罪にはならない。それを裁く人間は直にいなくなるからだ。
自由とはいいものだ。俺はその自由の味をゆっくりと味わっていた。
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俺は獲得したシャツとズボンを身に着けた。
ズボンの腹回りが大きすぎるのはベルトで調整し、シャツは普通に纏う。ついでに獲得したコートを羽織り、不自然な点は覆い隠しておく。
これから交易都市ナジャフに向かうのだが、AKM自動小銃は近くの森の中に埋め、装備はコンバットナイフとHK45T自動拳銃だけを選んだ。街中で自動小銃を持ち歩くにのは流石に悪目立ちするだろうからだ。
それからこの地の現金を入手しておくことを忘れない。騎兵の死体や馬車の中をあさり、50枚程度の硬貨を手に入れた。これがどれだけの価値があるのかは分からないが、少なくともまともな食事を食べることぐらいはできるだろう。
「アティカ。着替え終えたかね?」
俺は馬車の陰に隠れて着替えているアティカに声をかける。
「どうでしょうか? 違和感はないですか?」
アティカは藍色のワンピースに着替えていた。
サイズ的にもちょうどよかったのだろう。違和感はない。幸いにして、爆発によって煤けた様子も、破損した様子もなく、きちんと衣類として機能していた。
あえて言うならば、僅かばかり上品すぎるというところか。これからやることを考えるならば、もっと地味な服を選ぶべきであった。もっとも、選べる選択肢はあの馬車に積んであった衣類だけなのだが。
「違和感はない。とても似合っているよ、アティカ」
「お世辞は結構です。違和感がなければそれで構いません」
アティカはそう告げて、俺の方を見つめた。
「あなたの方は幾分か改良の必要性がありますね」
「仕方あるまい。服が似合っていないからと言って拘束されたりはしないだろう」
いろいろとサイズが合わなかったのは諦めるしかない。
「それよりも早くここから離れた方がいい。この現場を目撃されると些か面倒なことになる。今の装備では敵とやり合うのには不安があることだしね」
「それもそうですね。急ぎましょう」
俺とアティカはそう告げ合って、この場を離れる。
「ところで、魔術というのはどのようなものなのかな?」
「魔術ですか。ある種の事象改変能力です」
IEDで破壊された馬車が見えなくなったころに俺はアティカに尋ねた。
「系統は4つに分かれ、土・風・水・火に分けられます。どの系統の魔術が発現するかはランダムなようですが、決まってひとりにつきひとつの系統しか発現しません」
そう告げてアティカが俺を見るのに俺は話を進めるよう頷いて返した。
「土であれば金属の錬成。風であれば暴風の発生。水であれば高圧水流。火であれば火炎放射。そういう属性にちなんだ魔術が使用されます。その力は圧倒的で、精霊帝国が魔術による絶対支配を実現しただけはあるものです」
「それはどのような状況でも使用できるのか。何か必要な条件は?」
「どのような状況でも最低限の魔術は使用できます。ですが、最大限に魔術を行使するには杖が必要です。杖は木製であり、魔術師が魔力を込めたものでなければなりません」
武器と違ってどのような状況でも使えるのならば武装解除は難しいな。
「さて、これから結構な距離を歩くことになりますよ」
「歩くのも軍人の仕事のひとつだ。その間にいろいろと教えてもらおう」
交易都市ナジャフはここから25キロメートル近い距離にある。徒歩にして5時間だ。
「お聞きになりたいことは?」
「皇帝と貴族について詳しく知りたい。頼めるかね?」
「分かりました。私が把握している限りのことをお伝えしましょう」
それから我々は歩きながらこの世界の概要について知った。
まず、絶対王政であるからにして精霊帝国皇帝モレク・アイン・ティファレトの権力は絶対であるということ。彼は専制君主として君臨し、他の貴族や議会などの指図を受けず、この精霊帝国を15世紀にわたって統治してきた。
その次に権力を有するのは精霊公と呼ばれる貴族たち。
精霊公とはモレクの補佐役──あるいは副王とでも呼ぶべき地位とその地位にあるものであり、モレクの代理人として地方を統治する。
精霊公は4人。それぞれ土・風・水・火の系統の術者の中で、もっとも優れたものがモレクから任命される。その地位はあくまで血統ではなく、能力で選ばれ、親から子へと引き継がれる世襲制ではない。
そして、精霊帝国においては魔術の使えるものは全て貴族である。魔術は血統によって発現する度合いが高く、貴族は貴族同士で血を交える。
逆に魔術の使えないものはたとえ血筋が貴族であっても、貴族として認められず、下層民となる。下層民は貴族と交わることはなく、ほとんどが農奴や小作人、それらを相手にする商人となる。社会においても、経済においても、文化においても貴族とそうでないものの間には確たる差がある。
そして、下層民の生活は悲惨だ。農奴となっているようなものは道具として扱われ、人間扱いされることはない。小作人も似たようなもので貴族の道具である。貴族のために仕え、そのまま何の幸福も得られないまま40代ほどの年齢で死んでいく。
他の下層民たちも貴族に面白半分に魔術の実験体にされたり、気に入らないという理由だけで処刑されたりすることがある。
ことに商人においては貴族を取引相手にすると、下層民風情が崇高な存在である貴族から金をせびろうなどとは無礼であるとして、処刑されることもあるそうだ。この国は絶対王政の社会であって、法治国家ではないことを思い知らされてくれる話だった。
「なんとまあ。聞いていた以上だな」
アティカの説明を聞いて、俺はそう告げる。
「我々の神はこの状況を完全に破壊してしまうことを望んでおられます。やはり、これは不可能なのでは?」
「やる前からそういうことを言うのは感心しないな。むしろ、それはこちらにとってはあまりにも優位すぎる話だ」
格差と社会的断裂はいい内戦の種になる。丁寧に育み、栄養を与えるならば、それは体制どころか世界すらも破壊してしまえるだろう。
「わざわざ対立軸を作るまでもなく、社会が分断されているのだから、あとはちょっとばかり手を加えるだけでいい。火をおこし、木々を積み上げ、火種を移す。油は既に撒かれているも同然。火がないだけだ」
「火とおっしゃりますと」
「それはだね──」
俺はかつて自分の部下だった男に言って聞かせたことを思い出した。
「人の死だよ」
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