闇夜の中で踊りたまえ
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──闇夜の中で踊りたまえ
時刻0315。
予定時間になった。これから鉱山奴隷を脱走させるための陽動作戦を開始する。
俺とエーデは茂みから這い出し、兵舎の警備を行っている衛兵が他所を向いているのを確認すると兵舎に向けて駆け出した。
兵舎の窓には鉄格子が嵌められ、侵入ができないようになっている。だが、窓ガラスの類はなく、カーテンが閉められているだけだ。そして、建物そのものは石造と木造の組み合わせ。火を放つには問題のない構造だ。
俺は兵舎の窓からその中に火炎瓶を投げ込む。瓶の中にガソリン、灯油などの可燃物を注ぎ込み、瓶に付随する布に火をつけて目標に向けて投げ込む。火炎瓶が割れて、火炎瓶の中の可燃物に引火すれば、炎は瞬く間に広がっていく。
火炎瓶は投げ込んですぐに火が付き、兵舎の窓から炎が噴き出す。
これを4つある兵舎の全ての窓に放り込む。衛兵たちが起きて、騒ぎ出すよりも早く全ての建物に炎を放つ。焼夷手榴弾という武器もあるが、テルミット反応を原理とする焼夷弾は延焼性が低く、建物に炎を放つには向いていない。あれは敵の手に渡ると好ましくない電子部品などを焼却処分するために使われるのがメインだ。
焼夷手榴弾よりより安価で、効果的な火炎瓶は携行性の悪さを除けば、有効な武器だ。今や強化外骨格の支援を受けている俺にとっては投擲能力も向上しており、この手の武器を扱うには万全の状況だ。
俺は窓の中に火炎瓶を投げ込み、残った火炎瓶を手当たり次第に兵舎に投げつける。炎は瞬く間に兵舎を包み込み、衛兵たちがやっと悲鳴を上げて兵舎から飛び出してくる。装備も碌につけておらず、着の身着のままで飛び出してきた多くの衛兵たちが燃え上がる兵舎を眺めて、呆然と立ちすくむ。
だが、衛兵たちも全員が無能であったわけではない。ただちに襲撃されたことを知らせる警報が鳴り響き、その甲高い鐘の音が掻き鳴らされる。
燃え上がる兵舎の様子はここより上にある奴隷の宿舎に併設された兵舎にも響いただろう。彼らは仲間たちが兵舎を焼きだされて、混乱しているのに、すかさず援軍を送り込むだろう。これこそまさに抵抗運動の攻撃なのだから。
「エーデ。そろそろ彼らを持て成すとしよう。準備はいいかい?」
「はい、ヤシロ様」
エーデの装備は銃剣が装着されたM14自動小銃と手榴弾、そしてやはり予備の銃剣6本。そんなに多くの銃剣を何に使うのかは未だに分からないが、彼女がそれを望んだので、俺はそれを与えた。それだけだ。
「では、いくとしよう」
俺はミニミ軽機関銃を構えると、エーデとともに焼きだされた衛兵たちの下に向かう。この建物の炎が周囲を照らし出してくれているのでナノマシンによる光源の増幅はほぼ必要ないが、ナノマシンはそれでも視野を補正し、適切に表示してくれる。
衛兵たちは我々が近づいていることにすらも気づいていない。
兵舎から逃げ出す際に手にした僅かな装備を手に、建物を消火しようと、水を汲みに行けなどという命令を叫ぶ怒号が響いている。
つまり、我々の目の前には無警戒な敵が混乱した状況で屯しているわけだ。
俺はミニミ軽機関銃に装着した光学照準器を覗き込むと、そんな兵士たちに向けてたっぷりの鉛玉を浴びせかけた。引き金を絞り、フルオートで5.56x45ミリNATO弾が叩き込まれる。3発撃っては銃口を滑らせるように動かし、また3発撃つ。フルオートと言えど、本当に引き金を引いたまま銃弾を撒き散らすのではあっという間に弾切れになる。適切な弾幕を展開するために数発ずつ、敵に向けて銃弾を浴びせる。
「敵だ! 反乱勢力だ!」
やがて衛兵たちが声を上げて、手にした武器とともに我々の方に向かってくる。
「ヤシロ様。交戦の許可を」
「許可する。暴れてきたまえ」
エーデがM14自動小銃を手に告げるのに俺はそう返した。
「では、参ります」
エーデは駆けた。強化外骨格を装備した特殊作戦部隊のオペレーターたちよりも素早く、あっという間に敵との距離を縮めた。
当初、衛兵たちはエーデの出現に戸惑っていた。突如して突入してきた少女に戸惑い、どうしていいのか分からないように硬直する。
エーデはその硬直した時間を活かした。
エーデは銃剣を防具をまともに装備していない衛兵の喉に突き立て、それを引き抜くと別方向にいる衛兵の喉を掻き切り、それに呆然とした衛兵の心臓に銃剣を突き立て、瞬く間に3名を殺害した。僅かに3秒程度の時間で。
フラメンコのステップを踏むように軽快に、死を撒き散らす。
「応戦しろ! 女子供程度に負けることがあるか!」
衛兵の指揮官らしい男がそう叫び、衛兵たちがエーデを取り囲もうとする。
だが、その時彼らは俺の存在を一瞬忘却していた。
俺はエーデの背後に展開しようとした衛兵に鉛玉をプレゼントし、俺の存在を思い出させた。敵はエーデだけでなく、他にもいるのだということを示すために。
それによって敵は分断されたエーデを相手にするグループと俺を相手にするグループに。俺は鉛玉を叩き込み続け、時折手榴弾を使う。破砕手榴弾は周辺に鉄片を撒き散らし、十分な防具を整えていなかった衛兵たちの命を散らせる。
エーデもまた殺し続けていた。
エーデの戦い方は野蛮でありながら、美しさを有していた。
衛兵たちが槍を突き出すのを身を翻して躱し、大きく跳躍して、突き出された槍を蹴り、そのまま衛兵の懐に飛び込む。それと同時に銃剣が衛兵の喉を掻き切り、大量の血を浴びながら、エーデは舞う。
集団で雄たけびを上げながら襲い掛かる衛兵たちには銃弾で応じる。
正確なセミオート射撃。7.62x51ミリNATO弾が極めて精密に衛兵たちの頭を吹き飛ばし、戦友たちが倒れたことに混乱した衛兵が動揺して見せた隙に銃剣で喉を抉られ、血飛沫を撒き散らしながら地面に倒れ込む。
エーデは銃剣を敵に突き立てながらマガジンを交代し、銃剣を引き抜くと同時に初弾をチャンバーに送り込む。その流れはどこまでもスムーズは全くの隙を見せない。エーデの周りでは常に血が舞い散り、ほとんどコンマセカンド単位で制御された動きにより、極めて効率的に衛兵たちが倒れていく。
「か、囲め! 相手はたったのふたりだぞ!?」
衛兵たちの指揮官は明らかに動揺している。
指揮官の動揺というものは部下に伝染する。部下たちも指揮官と同様にこの状況に混乱を始め、その動きが明白に鈍る。だから、指揮官とは動揺してはならないのだ。指揮官はたとえ部下が何人死のうとも平静であらなければならない。
そうでなければもっと大勢の部下が死ぬことになる。
「エーデ」
「ヤシロ様」
我々は衛兵たちが遠巻きに包囲を始まるのに背中を合わせる。
「これからさらに派手に行くとしよう。死と混乱を撒き散らし、彼らを恐怖に突き落とそうではないか。どこまでも彼らを追い詰めるとしよう」
「ええ。ヤシロ様。女神ウラナの名の下に彼らに死を」
俺がそう告げてミニミ軽機関銃を構えるのに、エーデが手榴弾を手に取った。
「それでは」
俺とエーデは互いの背中をカバーし火力をぶちまけた。
ミニミ軽機関銃から5.56x45ミリNATO弾が掃射され、我々を包囲しよう列を作った衛兵の隊列を薙ぎ払う。下手に纏まらなければこちらも苦労したものを、彼らは戦列を作って戦うことを意識しすぎているためにいい的になってくれた。
エーデの方も手榴弾を投擲して、敵の陣形を纏めて切り崩す。手榴弾は機関銃の掃射と同じように密集した陣形を組んでいる衛兵たち──それも炎上する兵舎から装備を取り出すことができず、寝間着に槍だけを握った兵士たちに恐るべき殺傷能力を発揮した。
エーデの使用するM67破片手榴弾は15メートルの範囲に殺傷能力のある鉄片を撒き散らす。それは兵士同士の間隔がほんの数十センチしかない衛兵たちのその隊列にとって極めて致命的な兵器であった。
エーデの投擲した2個の手榴弾で、隊列に20メートルの大穴が空いた。爆発の衝撃に周囲の衛兵たちはすくみ上り、それが混乱に拍車をかける。
「神の名において。参ります」
エーデは血塗れの手で予備の銃剣を握り、既に血と肉と鉄によって切れ味を失いつつあった銃剣を取り換えると、怯えすくみ、槍を構えたはいいもののどうしていのか分からず、哀れな姿を晒している衛兵の隊列に突撃した。
銃剣が敵兵の喉を、心臓を、肝臓を抉る。エーデの攻撃はまるでコンピューター制御されているかのように正確で人体の急所を一撃で仕留める。エーデの攻撃を受けた敵は出血性ショックによって数秒で意識を失うか、漏れ出す大量の血が止まらないことに絶望しながら自分の血だまりに沈んでいく。
無慈悲な銃剣の女王。斬殺の乙女。死をもたらす聖女。
それは訓練された特殊作戦部隊のオペレーターからすれば美しさすら感じる立ち回りだった。適切な近接戦闘。極めて高度な訓練を受けた特殊作戦部隊のオペレーターたちでも、エーデのような立ち回りは演じられはしまい。彼女のそれは戦闘における殺戮の域を超えた、ある種の芸術だ。
そして、俺の補正された聴覚はここから離れた場所でカラシニコフの銃声が響くのを聞き取っていた。シンドーナ兄弟が奴隷の宿舎に残っていた衛兵たちを始末した音だ。
その音をここに集まった衛兵たちは聞き取ることができない。ここで鳴り響くミニミ軽機関銃の銃声が、手榴弾の炸裂音が、兵士たちの悲鳴が、指揮官のヒステリックな怒号が遠くで鳴り響くカラシニコフの銃声を掻き消していた。
心地いい戦場音楽だ。心地いい戦場の風だ。混乱が全身で感じられる。硝煙の香り、血の臭い、肌に感じられる炎上する兵舎の熱、銃声と兵士たちの悲鳴と怒号。
ああ。これこそが混乱。これこそが混乱。これこそが俺の存在意義。
ナノマシンが適度な緊張状態を維持することに務め、不要な感情を抑圧しているとしても、これらのものがもたらす高揚感というものを完全に消し去ることはできない。俺の精神は明白にエンドルフィンのもたらす快楽を感じ取っており、この混乱を目の前にして自然と口角が吊り上がるのを感じた。
楽しいのだ。この混乱が。人が死に至る混乱が。自分が秩序を破壊し、大勢を死に追い込んでいるといる万能感が快楽をもたらすのだ。
他者の運命を握った神のような万能感。自分にはどのようなこともできるという錯覚。それが俺の仄暗い感情を満たしてくれる。
「もうダメだ!」
「殺される!」
俺がそんな快楽を感じながら衛兵たちに鉛玉を浴びせていたとき、衛兵たちの士気がついに決壊してしまった。
彼らの置かれた状況を考えるならば、彼らはよく奮戦していた。もし、彼らがちゃんとした装備を有していたならば、ここまで一方的な殺戮にはならなかっただろう。彼らがただの槍ではなく、中古のカラシニコフでも手にしていたならば、俺とエーデはそれなりの苦戦を強いられることになっていただろう。
だが、衛兵たちの手には銃はない。衛兵たちのその目的はこの世界の下層民を抑圧し、貴族の手足として管理することにあり、彼ら自身が貴族の支配を脅かす武力とならないように手足を縛られているのだ。
哀れな衛兵たち。満足な装備もなく、指揮官に脅されることによって戦場に留められていたが、その指揮官が動揺し、指揮統制が緩んだがために衛兵たちはこの殺戮の現場から逃げ出すしかなくなった。
逃げた先に待っているのは脱走兵という身分であり、彼らは自分たちが鉱山で働かせていた奴隷たちと同じ身分に落ちるのだ。これまで民衆たちに高圧的な立場を取り続けていた衛兵たちに民衆が同情するはずもなく、恐らくは街の中に逃げ込んでも、私刑にかけられて惨めな最後を辿ることになるだろう。
それでも目の前の死は恐ろしいものだ。生物に宿る自己保存の欲求が生きることを求め、この殺戮の場からの逃避を促す。アドレナリンが大量に分泌され、心臓が早鐘のように脈打ち、まともな思考は行えなくなり、多大なストレスが伸し掛かる。
その結果、引き起こされる「闘争か逃走か」の反応が兵士たちに逃げることを決断させる。戦っても勝てないことは明白だ。ならば、逃げるしかない。
その後のことを論理的に考えるような余裕は衛兵たちには存在しない。たとえ後で奴隷として鉱山で働かされようが、あるいは民衆に私刑にかけられようが、ただただ目の前の恐怖から逃げ出すことだけが選択される。
ナノマシンによって制御された軍人にはそのような原始的な反応は起きない。分泌されるアドレナリンの量も、心臓の心拍数も管理され、そのような軍人は死の恐怖を前にしても論理的に行動する。効率的に殺戮を続ける。
エーデも同じようなものなのだろう。神を信じている無垢な少女は自分の犠牲を顧みない。死の恐怖というものが欠落しており、信仰心によって動かされ、目の前の敵を大量に殺すことだけを考える。
特殊作戦部隊のオペレーターにとってのナノマシンが、エーデにはその純粋無垢な神への信仰心によってなされているというわけだ。
ナノマシンによって過保護に守られた特殊作戦部隊のオペレーターたちと、自分の精神力と神への依存心で状況を乗り越えるエーデではどちらが優れているのだろうか。
「逃げるな! 戦え! たったのふたりだぞ! それを数百名の衛兵で止められないとはどういうことだ! 貴様ら、ここで逃げれば鉱山送りだ! ここで敗北すれば死刑だ! 戦って忠誠を示せ! 精霊帝国への忠誠を──」
指揮官が半狂乱になって怒鳴っているのがふいに止まった。
指揮官は3名の衛兵によって串刺しにされていた。槍が深々と指揮官の腹と胸に突き刺さり、指揮官は口から血を吐き、自分を刺した衛兵たちを見渡す。
「こ、このようなことが許されると思っているのか……!」
「精霊帝国も、貴族もクソッタレだ。俺たちは死にたくない。お前のような奴の命令に従って犬死するのはごめんだ。死ぬならひとりで死にやがれ」
指揮官を刺した衛兵は吐き捨てるようにそう告げる。
「逃げろ、逃げろ! このまま戦っても、殺されるだけだ! 逃げるんだ!」
ついに衛兵たちは烏合の衆になった。
彼らを臆病者と罵ることはできない。彼らはよく戦った。ここにいた兵士の7割が俺とエーデによって殺されているのに、それでも抵抗していたのだ。その勇気は兵士として称賛されるべきものである。
ただ、彼らは武器も戦術も劣っていたというだけだ。
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