家族経営
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──家族経営
ペネロペの隠れ家で違法印刷機を見てから4日後。
俺が新聞を持って、河川公園に行くといつものベンチに先客がいた。
「ヤシロという男か?」
男は下層民のよく纏っている継ぎ接ぎのあるシャツとズボンで、俺と同じように革の外套を羽織っている。そろそろ暖かくなる頃であり、外套は不要になるだろうに。
「どうだろうかね」
この男が衛兵の密告者である可能性は否定できなかった。その外套は武器を隠し持つのに適している。ここで武器が抜かれても俺は驚かず、同じように武器──HK45T自動拳銃を取り出して男を射殺するだろう。
ナノマシンで調整された軍人は突発的な戦闘でも混乱しない。ただただ、効率的に相手を殺すだけである。
「ペネロペから話を聞いた。信頼できる男だと。ここ数日監視させてもらったが、その点に疑いはないようだ。衛兵や貴族と接触した様子もないし、密告のために情報を集めまわっている様子もない。抵抗運動の関係者だな」
男はひとりでそう告げると立ち上がった。
「ドンがお待ちだ。そちらから会いたいと言ったんだ。断りはしないだろう?」
「分かった。ただ、仲間たちを呼びたい。そちらとしてもその方がいいだろう」
「分かった。ここで待つ。余計なことはするな」
余計なことも何も、今から赴くのは敵味方不明の領域だ。準備はさせてもらう。
俺は河川公園の周囲に待機していたシンドーナ兄弟とエーデ、アティカに合図を送る。シンドーナ兄弟は鞄を下げて違和感のないように雑談をしており、エーデとアティカは子供たちの遊んでいる様子を眺めていた。
俺が合図をすると全員がさりげなく集まってくる。衛兵たちの目を引かないように。
「これで全員だな」
「そのつもりだ」
本当なら別行動を行うバックアップ部隊が欲しかったが、そのような余裕はなかった。確保できた協力者はあの行商人ひとりだけで、他の手段で城壁を突破するには衛兵との交戦を余儀なくされる。戦力を増やしに来て戦闘を起こすのでは意味がない。
5名という戦力──アティカという非常事態のバックアップを除くならば4名──というツーマンセルを2組というごく僅かな戦力をさらにふたつに分割するというのは少しばかり考え物だった。
これが訓練を施された日本情報軍特殊作戦部隊のオペレーターたちで、通信指揮機能にも問題がなく、万全のバックアップが受けられる環境ならば分割しただろうが、シンドーナ兄弟もエーデも所詮は民兵だ。
彼らは簡単な戦闘しか経験しておらず、それでいてバックアップの存在も欠けている。後方で上空を旋回するドローンの映像を見ながら指示を出してくれる後方支援要員は、この場には存在しないのだ。
となると、全員で挑むしかない。下手に分割した場合、バックアップになるどころか各個撃破される可能性が生まれる。練度の低い部隊で細かな調整もなしに、込み入ったことをやるのは愚策というわけだ。
シンプルな作戦はシンプルであるが故に崩れにくい。古来からそうだった。
「では、行こう」
男は先頭を進んで歩き始める。
俺がそのすぐ後を歩き、エーデとアティカが僅かに距離を置いて後に続き、最後尾をシンドーナ兄弟が務める。シンドーナ兄弟には先頭に立つ俺が時間を稼ぐ間に、AKMS自動小銃を取り出し、火力をばら撒いてもらわなければならないのだ。
男はペネロペと同じように貧民街に入ったが、そのままそこを通り抜け、表通りに出る。そして、そのまま表通りに面しているレストランの扉を開き、レストランに入った。
俺も同じようにしてレストランの扉を潜る。
ここはレストランというよりも大衆食堂のようだ。客層は労働階級である下層民で占められ、質素な食事を口にしている。
だが、これはただの労働者ではないことはすぐに分かった。
その目つきには人を探るような色があるし、全員が我々の方に視線を向けている。恐らくはここにいる客も抵抗運動のメンバーなのだろう。
「こっちだ」
男はレストランの奥に抜け、上階に通じる階段を顎で指し示す。
「シスト。俺の鞄を」
「どうぞ」
鞄にはHK416自動小銃が収められている。荒事になれば自動拳銃で時間を稼いだ後に、鞄から武器を取り出して応戦することになるだろう。
「何をしている。急げ」
「分かっている」
男は苛立ったように促し、俺は鞄を握ると男に続いて階段を上る。
階段の上は狭い廊下になっていた。そして、揃いのシャツとズボンを身に着けた男たちが待ち構えていた。その腰には短刀を下げている。
「鞄の中身を見せろ」
その男たちのひとりが我々にそう告げた。
我々は大人しく鞄を差し出す。
「何だこれは?」
男たちは銃を取り出して、それが何なのか理解できないという顔をする。
「魔法の杖だよ」
「な。てめえ、貴族か!?」
俺が告げるのに男たちが身構えた。
「冗談だ。我々が貴族だとして貴族がわざわざこういうことをすると思うかい」
「それもそうだな……。貴族より先に衛兵が突っ込んでくるはずだ。笑えない冗談を言いやがって。ふざけてるとぶち殺すぞ」
「悪い、悪い」
魔法の杖であることは間違いない。高度な科学は魔法と見分けがつかないというものだ。彼らがこれについて理解するには知識が足りないだろう。
「行っていいぞ。ドンがお待ちだ」
男たちは我々に鞄を返すと、廊下の奥の扉を指し示す。
我々は男たちの前を通って、扉の前に進み、扉をノックした。
「入れ」
低い男の声で返答があり、俺はドアノブを回して扉を潜る。
「ふむ。お前たちが田舎で抵抗運動を行っている連中か」
レストランの裏口の方に当たる下層民の部屋にしては立派な家具や絵画などが置かれた部屋には5名の人間がいた。
その中のひとり──胡麻塩頭の髪をオールバックにして纏め、口元には整えられた口ひげを生やした男。この男だけは継ぎ接ぎのある服装をしておらず、質素なデザインではあるが立派な生地の衣服に身を包んでいる。
だが、足が悪いのか杖を突いている。歩いている様子もどうやら足を引きずるようであり、違和感を覚える。
「名前は?」
その男が尋ねる。
「俺は八代。こちらはセルジョ・シンドーナとシスト・シンドーナ、アティカ。そして聖女エーデルガルト・エイセルだ」
油断なく室内を監視しながら俺はそう告げる。
この表通りに面したレストランで騒ぎが起きれば間違いなく衛兵たちがやってくる。だが、ここにいる5名と廊下にいる4名、そして階下にいる複数人の男たちを制圧するには銃を使わなければならない。
交渉が決裂したら銃弾をばら撒き、衛兵が駆け付ける前に離脱しなければ。
かなりのリスクだ。交渉が失敗するとは思っていないが。
「俺はレオナルド・リベラトーレ。このリベラトーレ・ファミリーを治めている」
男はレオナルドと名乗った。
「ではリベラトーレさん。あなた方が南部民族会議の主要な構成員なのか?」
「“ドン・リベラトーレ”だ、異邦人。そういうことになるな。俺たちは南部人の自由のために戦っている。そっちの活動はこっちにまで及んでいないから、俺たちは自力で自由を手にしようとしてきた。南部人は自由になる権利がある。精霊帝国のクソ貴族どものご機嫌を窺わなくてもな」
俺が尋ねるのにレオナルドが嫌悪を隠さぬ表情でそう告げる。
彼は両方を憎んでいるようだ。弾圧を続ける精霊帝国の貴族たちと、都市部には解放の手を差し伸べていない南部国民戦線に対して。
だが、後者は本当の憎しみではないだろう。この男もバルトロと同じだ。つまりは政治家だ。自分たちが南部解放の一翼を担ったということで、戦後の権利を狙っているはずだ。本当に南部国民戦線を憎んでいるならば、最初の接触すらなかっただろう。
バルトロにとっては厄介な政敵が増えることになる。このレオナルドの瞳は貪欲な実業家のそれだ。政治家と違ってイデオロギーは持たず、利益のみを追求する。そうであるがために、なりふり構ず権力を得ようとするのだ。
「それでは我々が力になれるだろう、ドン・リベラトーレ。我々にはノウハウがある。精霊帝国と戦う上でのノウハウだ。そして武器もある。あなた方が我々と共同戦線を張るというのならば、我々は喜んで協力しよう」
俺はそう告げたのだが、レオナルドは黙り込んでいる。
「……後ろのふたりは南部人だな?」
「ええ。その通り。南部人とともに戦っている」
暫しの沈黙の末にレオナルドがシンドーナ兄弟を見て告げるのに、俺はそう返した。
「南部人の話が聞きたい。こっちにこい」
レオナルドはシンドーナ兄弟に手招きする。
シンドーナ兄弟はどうするべきだろうかと俺の方を見たが、俺は行っていいというように頷いて返すに留めた。
こうなることは予想済みだ。相手が異邦人である俺の話よりも同じ南部人の話を信用するというのは、接触の際にその条件が提示されていたことからも明白だった。
そして、こういう場合に備えて我々は準備している。
「セルジョとシストだったな。鍛えられているし、日の下で働いてきた体だ。南部人たるものそうでなければならない。俺のように下腹が突き出し始めているようじゃあ、立派な南部人を名乗ることはできないな」
レオナルドはそう告げながら、口を開いて笑った。
シンドーナ兄弟はただ黙って頷きもせず、レオナルドを見つめている。
室内には緊張感が張りつめているのが感じられるが、俺の脳内のナノマシンは適切な緊張状態に留め、過度の緊張をさせない。俺はいつでも銃を抜いて銃弾をばら撒くことができるように状況を保っておく。
「実を言えば、南部国民戦線のバルトロ・ボルゲーゼとは父親のユニオ・ボルゲーゼの頃から知っている。俺は足を悪くするまではユニオと一緒に戦ってたんだ。同志って奴だ。だから、バルトロのことはよく知っている。あいつがまだガキだったときから、俺は戦っていたんだからな。あいつはまだ立派な南部人か? 下腹は出ちゃいないか?」
小さく笑ってレオナルドが尋ねるのにシンドーナ兄弟は僅かに視線を交わす。
「ええ。バルトロさんは腹はでてはいません。今も立派な南部人です」
セルジョはそう告げてレオナルドを見た。
「お前たちはいい南部人だ。目の前の人間のご機嫌を取るために嘘をつかず、自分たちの指導者に誠実だ。南部人は誠実でなければならない。それでこそ南部人だ」
レオナルドは満足そうにそう告げる。
「南部人は衛兵にもならない。貴族に媚びたりなどしない。衛兵になるのは北の傭兵どもだ。南部人は同じ南部人を欺くような真似はしない。もししているとすれば──」
レオナルドの視線が俺の方を向く。
「俺がその首をへし折って、叩き切り、城門に吊るしてやる」
どこまでその言葉が本気なのかは分からないが、レオナルドは南部人という民族を重視している。それは南部国民戦線が掲げる民族主義的イデオロギーと一致する項目だ。イデオロギーの極端な違いから共同戦線が展開できないということはなさそうだ。
「さて、何か飲むか? ここには酒もあるぞ」
「では、水を。今は任務中ですので」
「分かった。水を準備してやれ」
さて、未だに緊張感が張りつめている。幾分か離れていても、シンドーナ兄弟の緊張ぶりがよく分かるほどに。
相手は犯罪組織であり、ここはその犯罪組織の腹の中だ。この状況で緊張しない方がどうかいしているだろう。シンドーナ兄弟はいつでも銃に手を伸ばせるように鞄を強く握っている。俺もレオナルドの一挙一動を監視し続けている。
だが、エーデはまるで緊張している様子を見せない。
ナノマシンを脳に叩き込んだ軍人が過度の緊張をしないのは当然として、何の処置も受けていないエーデが平然としているのはどういうわけだろうか。
彼女の精神が豪胆なのか、それともエーデには恐怖を感じるという感覚が欠如しているのか。それを知っているのはエーデだけだ。
「それでお前たちはどんな仕事をしている? 貴族たちと戦っているのか?」
「はい。精霊帝国の貴族たちと戦っています。俺も貴族を殺したんです。連中の頭を吹き飛ばしてやりました。日々、勝利に向かって進んでいます」
レオナルドの問いに、シストが嬉しそうに告げた。
「そりゃあいい。貴族どもは死ななければならない。だが、お前は連中の目を見て殺しているか? クソ貴族どもの目を見て殺したか?」
「え? いえ、あまりそういうことは意識していません」
レオナルドの言いたいことをシストは理解しなかった。
「人間は貴族が相手だろうと、相手の目を見ると殺せなくなる。目というものは人間に訴えかけるんだ。死にたくない。生きたい。殺さないでくれ、と。だから、人はこれから殺す人間の目を見ると、殺せなくなっちまうのさ」
その通りだ。人間の目というものは感情を表に出す。目は口程に物を言うということわざの通りに。人間の目はその人間の精神を映し出すし、人は本能的にそれを感じる。
多くの虐殺の現場において、銃殺隊が被害者を重機で掘られた穴に向けて立たせ、後頭部から銃弾を撃ちこむのは、目を見なくて済むためだ。虐殺者たちもまた人間であり、同じ人間が殺さないでくれと訴えかけるのには心理的な影響が生じる。
効率よく人間を殺していくには目を見ない方がいい。だが、声というものはさほど気になるものではない。声というものは兵器の奏でる戦場音楽に掻き消されて響き渡る者ではないし、人間というものは生死の境に叫び出すような精神力を持ち合わせていない。
虐殺の犠牲者たちは最後の言葉を呟く暇すらなく、機械的に殺されていく。僅かな最後の言葉も誰にも届くことなく、戦場に響き渡るカラシニコフの銃声に消える。
南部国民戦線においては俺が射撃訓練を実施したものの、狙って目標に弾を当てるというのはなかなかの問題だった。兵士たちは複数の兵士からなる部隊で弾幕を展開し、敵と交戦する。ひとりの兵士がひとりの兵士を確実に殺すということは行っていない。彼らは弾をばら撒いて、命中することを期待するだけだ。
今、リベルタ砦ではドラグノフ狙撃銃を装備した選抜射手の訓練を行っているが、彼らがそれを使って、自分の手で確実に敵の命を奪うということを経験したとき、どのような影響がでるかは分からない。
だから、シンドーナ兄弟はどちらも確実に貴族の目を見て殺したことはない。捕らえた貴族を射殺するときも、彼らは貴族の頭を下げさせ、後頭部に銃弾を浴びせかける。
「目を見てないのは意識してないからじゃない。怖いからだ。だが、そんな臆病者は南部人を名乗れねえ。南部人は相手が敵ならば相手の目を見ようが、相手が泣き叫ぼうが、相手の傍にまだ小さな子供がいようが、その喉笛をナイフで思いっきり掻き切るぐらいの根性がなければならん」
ナイフによる殺しはその感触が手に伝わる分、銃による殺しより難しい。基本的に殺しへの抵抗は距離に比例する傾向がある。戦略爆撃機のパイロットたちが爆弾を投下しても、さほど罪悪感を覚えないように。
「さて。俺たち南部民族会議は南部国民戦線と共同戦線を展開してもいい」
レオナルドはそう告げてシンドーナ兄弟を見て、それから俺を見る。
「ただし、条件がある」
レオナルドがこういう取引を提示してくるのは予想できていた。
「貴族を殺してこい。明後日までにこのデルフィ市にいるリーヌス・フォン・ロッソウという貴族を殺せ。こいつは雇った下層民のメイドを無理やり手籠めにして、その後殺しやがった男だ。生きている価値はない」
「随分と急な話だね」
明後日ではリベルタ砦から援軍を要請することもできない。
殺るならば、今ここにいるメンバーだけで殺らなければならない。
「これぐらいのことができないんじゃあ、お前たちと同盟する意味もないからな。無理だというのならば──」
レオナルドが合図する。
その合図とともに男たちが武器を抜く。短刀だ。
「ここで死んでもらう。この俺たちの組織のことを知って、そのままさようならとはいかないからな。分かるか?」
レオナルドがそう告げて短刀を構えた男が俺に歩み寄ってきたときだ。
突如として2発の銃声が響いた。
同時に鈍い悲鳴が響く。俺の背後からだ。
「……どういうつもりだ?」
俺に歩み寄っていた男は手を撃ち抜かれて、短刀を取り落としていた。手を押さえて必死に止血しようとしている。
そして、もう一発の銃弾はレオナルドの頬を掠めて僅かな傷を負わせ、そのまま彼の背後にあった蒸留酒の瓶を砕いていた。
発砲したのはエーデだ。
「警告です。次は当てます」
エーデは眉を歪め、初めて怒りの感情を見せながらP320自動拳銃を構えていた。
俺が教えた通りの正しい握り方で銃を握り、その銃口をレオナルドに向けている。
「それが貴族を殺したっていう道具か? 女子供でも扱えるのか?」
「そういうことだ。これ以上の流血は互いに避けたいだろう。武器を収めよう」
レオナルドは自分に銃口が向けられていることに意味を全く理解していない。エーデが少しばかり引き金を力を入れるならば、悲鳴を上げる暇もなく自分の頭が吹き飛ばされるということを理解していないのだ。
「武器を仕舞え」
レオナルドは賢明にもそう命令を下し、男たちが短刀を仕舞う。
「エーデ。君も武器を仕舞いたまえ」
「はい、ヤシロ様」
俺が告げるのにエーデがカーディガンの中に自動拳銃を収める。
「それで。やるのか、やらないのか。やらなければ同盟はなしだ。この街から1時間以内に消えてもらう。どうする?」
レオナルドは改めてそう尋ねる。
「やろう。その貴族を殺せばいいのだろう。必要な情報をくれるかな?」
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