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心当たりがあるなら接触してみるといい

……………………


 ──心当たりがあるなら接触してみるといい



 俺とエーデの狩った鹿は解体されて、リベルタ砦に運ばれた。


 大量の肉が運び込まれるのにリベルタ砦の住民と兵士は喜んでいた。彼らが普段口にする動物性たんぱく質は干し肉だった。固く乾燥し、味気のない干し肉をスープでふやかしたりして食するのがこれまでの食事だ。


 だが、今回はバルトロの許可もあり、新鮮な肉──新鮮と言っても、死後硬直が終わって肉が柔らかくなるまで待たなければならないが──が食べられるということで、人々は喜びに沸いていた。


 食事というのはここまで人を喜ばせるものなのかと感心するほどに、人々は喜んでいる。貴族たちから奪った肉に合うワインが取り出され、女子供、そして老人たちは鍋の準備を始める。大きな鍋が竈に置かれ、そこに野菜や香草で出汁が取られている。鍋からは香ばしい匂いが漂い、その脇で鹿肉がカットされていた。


「この時期の鹿肉は癖があるが、香草でしっかりと煮れば柔らかくて美味しくなる。栄養も豊富だ。しっかり食べて、体力を回復させるといいだろう」


「ありがとうございます、バルトロ様」


 バルトロが自慢げにそう告げるのにエーデが微笑んでいた。


「聖女様、聖女様!」


「聖女様は僕たちを助けてくれるって本当?」


 エーデの周りには目を離すとすぐに子供たちがよって質問を浴びせる。子供というのは好奇心の塊で、自分の分からないことがあるとすぐに質問攻めにするのだ。


 だが、それはいい育ち方をした証拠だ。戦時下で歪な成長をした子供は、好奇心よりも恐怖を先に覚える。そして、異質なものから逃げようとする。このリベルタ砦でも年長の子供たちはそういう育ち方をし、今は料理を作る手伝いをしながら、エーデに奇異なものを見る視線を向けていた。


「私は精霊帝国を倒します。それが神託として女神ウラナ様から与えられた使命ですから。精霊帝国は倒されなければならないのです」


「精霊帝国がいなくなったら僕たちも外で遊べるね!」


 エーデは一言も人々を救うためだとは言わない。


 それは彼女が精霊帝国を倒すことにしか興味がないのか、それとも精霊帝国が消滅したところで人々が救われるわけではないと分かっているためなのか。


 精霊帝国という大きな覇権国家が消滅すればあちこちで破綻が始まるだろう。チトーという独裁者を失ったユーゴスラヴィアがそうなったように、精霊帝国という独裁体制を失ったこの世界がどうなるのかは想像もできない。


 抵抗運動レジスタンスという名の軍閥がそのまま支配者になり、他の軍閥と覇権を巡って争い合うかもしれない。この内戦は継続し、虐殺と混乱は広がり続けたまま、収拾がつかなくなるのかもしれない。


 ひとつの戦争が終わって、その後は人々は平和に暮らしました、などというのは御伽噺の中にしか存在しない。


 第一次世界大戦は全ての戦争を終わらせる戦争と言われながらにして、第二次世界大戦の原因を作った。第二次世界大戦の終わりは終わりなき軍拡と核の恐怖の下で行われる冷戦の始まりとなった。冷戦の終わりは覇権国家の喪失と権力の空白による地域紛争とグローバルなテロリズムとの戦いの始まりとなった。


 結局のところ、人間というのはどうしようもなく争い合うことが好きで好きでたまらず、ユダヤ人の精神科医が著書に書いたように殺人者としての血を引き継いでいるのだ。


 俺の混乱に対する薄暗い感情もその影響なのかもしれない。


「ヤシロ。話がある。いいか?」


「ああ。なんだろうか?」


 バルトロが声をかけるのに、俺は彼の私室に向かった。


「実を言うと、都市における抵抗運動の件で進展があった。都市において抵抗運動を組織している人間がいるらしい。まだ確かな情報ではないのだが、一応は伝えておこうと思ってな。ただ、この情報を渡した人間が問題になっているのだ」


「と言うと?」


「この情報を渡した男は犯罪組織のメンバーだった。都市で抵抗運動を組織しているのは犯罪組織なのかもしれない」


 ふむ。犯罪組織が精霊帝国に逆らうのか。


 それぞれの犯罪組織のルーツにもよるところがあるが、犯罪組織というのはその性質上、元々反社会的かつ反体制的だ。そうであるがために彼らは犯罪によって利益を上げるという道を選択したのだ。


 もっとも、そうだからといって必ずしも体制と敵対しているわけではない。体制が犯罪組織に買収されていて、癒着している場合もある。または利益の一致から体制と犯罪組織が協力していることもある。


 第二次世界大戦において連合軍がハスキー作戦(シチリア上陸)を実行した際には、イタリア系アメリカ人のマフィアが連合軍に協力している。


 1960年代のド・ゴール政権下において起きたアルジェリア問題に端を発する体制と反体制組織秘密軍事組織(OAS)の争いでは、犯罪組織のひとつであるユニオン・コルスが防諜・外国資料局(SDECE)に協力している。


 他にも中南米などでは官憲の汚職によって麻薬カルテルなどの犯罪組織が地域政府と結びついていることがよくよくある。


 つまり、犯罪組織というのは必ずしも体制の絶対とした敵であるというわけではないのだ。社会には体制の人間が表立ってはできないことが多々あり、そういうことをしてくれる人間として犯罪組織の人間が重宝されることもある。


 だが、基本原則として犯罪組織は己の利益のために行動する。前述した体制への協力にも、犯罪組織の利益が絡んでいるのだ。


 だから、もし精霊帝国による支配がその犯罪組織にとって望ましいものでなければ、彼らも抵抗運動を組織するだろう。


「あなたはもし、その組織と協力するならどうする?」


「我々は南部の正当な解放者だ。犯罪組織ではない。だが、彼らが同じ志を持ち、精霊帝国と武器を持って戦うというのならば、一時的な同盟を結ぶことも考えていい。だが、犯罪組織は犯罪組織であることを俺は決して忘れない」


 俺が尋ねるのに、バルトロがそう告げて返した。


「つまり、協力は絶対に不可能というわけではないのか」


「都市部での戦いは困難なのだろう。今は少しでも戦力が欲しいし、このままの勢いで南部解放を目指したい。清濁併せ呑むことも時としては必要になる」


 バルトロにとってこれは苦渋の決断だったらしく、彼はとても渋い顔をしている。


 だが、彼が潔癖症ではなかったことは幸いだ。犯罪組織というのも抵抗運動と同じように現地住民の支持を必要とする。金のばら撒きであれ、暗殺の恐怖であれ、どのような方法であれ、彼らも現地住民の支持を得ているはずだ。


 それはそのまま都市におけるゲリラ戦に繋がる素質を持つ。


「それならば彼らと接触しよう。接触方法についてその情報をもたらした男は何か言っていたのかな。そうでないならば我々も精霊帝国の官憲と同じように目を凝らして探し回らなければならなくなるのだが」


「残念だが、まだどちらもお互いを完全に信用してはいない。接触方法は末端の組織を通じてのものとなる。相手の組織に直接接触できるわけではない。向こうはこちらのことを知っているようだったものの」


「それでも十分だ。ゆっくりでいいので互いを信頼し合う関係を築いて、同盟を目指そうではないか。都市部における抵抗運動が始まれば、精霊帝国の戦力はさらに分散し、貴族にとっても安全な場所はなくなっていく。そして、貴族による統治が緩めば、あなたが目指す南部解放も夢ではなくなる」


 南部国民戦線もいくら南部の解放を目指す集団だったとしても軍閥というもののひとつであることには変わりない。国民と国土からなる国家を有さず、軍事力だけを有する軍閥は不安定な勢力だ。いつそれが解体されるか、いつそれが裏切るか分からない。


 犯罪組織というものも利益を追求するものだが、軍閥というものも利益を追求するのだ。バルトロが戦後、南部の解放者として民衆に迎えられることを望むようにして。


「ふむ。では、接触を試みるとしよう。接触には南部人であることが求められているが、いざという場合に備えてあなたにも同行してもらえないだろうか? あなたの戦闘力は我々のそれよりも高い。同行してもらえれば心強いのだが」


「そう望むのであれば同行しよう。俺としても相手に信頼してもらいたい」


 これが全てでっち上げで、自分にとってどこかで邪魔になった俺を始末するためだという可能性がないわけでもない。バルトロとて仮初の同盟者に過ぎないのだ。そして、彼は裏切りのよく似合う欲深い政治家でもある。


 だが、その可能性は限りなく低い。バルトロが今俺を切れば、彼の組織を支えている現代の銃火器が供給されなくなるし、今後予定している武装の強化も実行されなくなる。彼は欲深い政治家だろうが、そうであるがためにまだ俺を裏切らないだろう。


「それでは、こちらから信頼できる部下をひとりと──」


「私も行きます」


 バルトロが話を続けようとしたとき、エーデの声が響いた。


「エーデ? 話を聞いていたのか?」


「聞こえていました。これから精霊帝国を打倒するための戦いに向かわれるのでしょう。それならば私もお供させてください。私は戦わなければならないのです」


 エーデはそう告げてM14自動小銃を握る。


「君はまだ休んでいた方がいい。解放されたばかりだ。栄養のある食事をして、ゆっくりと休んで、体力を蓄えなければ。戦う機会ならばこれから先、いくらでも巡ってくる」


「それでも戦わなければならないんです」


 俺がそう諭すが、エーデは頑なだった。


「分かった。ならば、同行してくれ。だが、今回は戦いに行くわけではないよ。今回は同盟者を増やすために行くのだ。その点を間違ってはいけない。敵を見つけても、今は戦ってはならない。それができるなら同行してくれたまえ」


「分かりました。あなたの指示に従います、ヤシロ様」


 指示に従ってくれるならこの砦にいてもらう方がいいのだが。


「聖女エーデを連れていくのか?」


「彼女の希望だ。それに向こう側もこちらの切り札である聖女を提示するならば、より早く我々を信頼してくれるのではないか」


 バルトロが不満そうに告げるのに俺は肩をすくめてそう返した。


 バルトロが不満を持つのは当然だ。彼はエーデを象徴として押さえておきたがっている。彼女を戦力として活用することは端から考えていない。あれだけのエーデの戦闘力を見ようとも、政治家としての彼は政治的象徴としての聖女としてのエーデを考えている。


 実際のところ、俺としてもバルトロの聖女の見方には賛成している。聖女に必要な奇跡を既にエーデは示した。これ以上の血生臭い奇跡はさほど必要ではなく、彼女には内戦の炎を燃え上がらせるための宗教的指導者として内戦に薪をくべてくれればいいのだ。


 だが、まだエーデを使うことにもメリットはある。


 あの使いにくい強力な力で奇跡を示し続ければ、政治的、宗教的聖女としての価値は高まる。この迷信深く、実際に神が関与している世界において、奇跡を示す聖女というのは絶大な価値を持つだろう。


 それを有効活用するにはただの仏像のように祭壇において崇めるだけは足りない。外交的に使用するべきである。


 そう、別の軍閥との交渉にエーデは使える。南部解放を超えて、精霊帝国の打倒という目的の象徴としてエーデは輝いている。それは他の軍閥を上手い具合に利用することが可能になるポテンシャルを秘めている。


 精霊帝国がエーデを異端の聖女として捕らえてくれたことが幸いだったと言えるだろう。それがなく、エーデがただの自称聖女としてその辺にいただけでは意味がない。彼女は精霊教会に囚われたからこそ価値があるのだ。


 精霊教会が聖女としてのエーデに権威を与えた。精霊教会にとっての異端は、精霊帝国に弾圧されている人々にとっての希望なのだ。


「では、十二分に用心してくれ。相手はまだどんな組織なのかも分かっていない。精霊帝国の罠である可能性もある。あなたを相手に余計なお節介かもしれないが」


「相手の正体が分かっていないことは共通認識だ。理解している。細心の注意を払おう。我々にとって今は試される時期だ。これ以上の勢力拡大に成功するか、それとも頓挫してしまうのか。それがこれからの戦いにかかっている」


 ただの農村部のゲリラで終わり、精霊帝国に相手に地道な戦いを継続するのか。それとも都市部も巻き込み本格的な抵抗運動を組織できるのか。


 件の犯罪組織との交渉にこれからの展開がかかっているだろう。これを上手くこなし、組織として対外交渉が可能になれば、他の地方の抵抗運動とも連携し、混乱を南部に留まらず、精霊帝国全土に広げられる。


 それができなければバルトロも俺もそれまでの人間だったということだ。


 日本情報軍の任務では日本情報軍という組織のバックアップもあったし、資金面でも潤沢だった。それがなくなった今、俺本来の能力が試されている。


 無論、俺には自信がある。内戦の炎を撒き散らすことには。


「出発は?」


「エーデの休息のために2日待つ。それから出発だ。場所は?」


 バルトロが尋ねるのに、俺がそう告げて返す。


「デルフィ市。南部においては交易都市ナジャフを超える大都市だ」



 次の目標は示された。後は俺次第だ。


 いや、エーデと俺が試されているのだろうか。



……………………

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