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都市部には都市部の都合がある

……………………


 ──都市部には都市部の都合がある



 エーデとアティカが水浴びに行っている間、我々は今後の方針を考えていた。


「精霊帝国へのゲリラ活動は継続する。それはそうとして都市部を味方に付けていかなければならない。農村部と都市部では思想に差異があるので、南部国民戦線の名前を出して交渉に臨むのはあまりよくはないだろう」


 南部国民戦線は所詮は農村の村人たちの集まり。都市部に暮らす貴族程ではないとしても貴族に頭を下げ続けることによって恵まれた暮らしをしているものや、貧困層として路上生活を送っているものたちも、農村部の住民とは考えが違う。


「では、どのようにして?」


 バルトロが俺に尋ねる。


「都市部での抵抗運動レジスタンスを組織するのだよ。最初こそ指揮系統は異なるとは言えど、最終的にはこちらの抵抗運動と兵站・訓練面で統合する。そうすることで農村部と都市部の両方で抵抗運動を始めることができる」


 南部が如何に広大な農村部で覆われているとしても、都市部というものは存在する。それも無視することのできない規模で。


 精霊帝国の貴族たちを農村部で追い込んでも、都市部という命綱があるかぎりは彼らは生き残ることができる。


 そして、農村部から都市部を攻撃することにはリスクがある


 そのことは先のアッシジ市襲撃で証明された。我々はアッシジ市という敵地で民衆の支持もなく、かなりのリスクを払って戦った。仮にあそこに抵抗運動の勢力が存在していれば、もっと低リスクで目的を達成できただろう。


 そして、農村部と都市部では戦い方が異なる。


 農村部では普通の野戦のマニュアルで戦うことができる。そして、隠れる場所についても奥行きがあり、捕捉されにくい。だからこそ、大火力を使用しての待ち伏せや夜襲などが行えるわけである。


 これが都市部になると話は変わる。


 その都市という地形では建物という障害物が多く並び、入り組んだ都市の地形で戦うことと基本的に自由な移動ができる農村部で戦うことは大きく異なる。そこで戦うならばその都市という地形を最大限に活かさなければならず、3次元的な地形での戦闘方法を身に着け、都市の地形を十二分に把握しておかなければならない。


 つまり、今の南部国民戦線の兵士たちでは、市街地戦には適さないということ。


 もちろん、彼らに市街地戦における立ち回りを教えることもできるだろう。だが、この山林の中で市街地戦の立ち回り方を教えるとなるとそれなり以上の苦労が生じる。ここに都市の模型を作り、実際にそこに兵士を走らせるというのは重労働だ。


 それに農村部でのゲリラ活動にせよ、都市部でのゲリラ活動にせよ、住民の支持がなければ決して成功しない。


 その点、バルトロは問題を抱えている。


 彼は農村部の民衆の支持を受けているが、都市部での支持はまだ受けていない。最悪を想定するならば、バルトロは農村部で暴れまわり、都市部に悪影響を及ぼしている厄介者と思われている可能性すらあった。


 そんな理由から、南部国民戦線という組織をそのまま都市部でのゲリラにするのは困難であった。指導者も、兵士たちも、都市部におけるゲリラ戦に向いていない。


 では、どうするべきか。


「都市部でも抵抗運動そのものに対しての嫌悪や拒絶はないだろう。今や貴族たちは都市部でも弾圧を始めている。都市部での不満は蓄積されていっているに違いない。そして、彼らは今や貴族たちが一方的に反乱を鎮圧できずにいることも知っている」


 悪いニュースから伝えたが、いいニュースもある。


 都市部でも貴族の弾圧は始まっている。アッシジ市では行商人などが不条理に拘束され、拷問され、もはやアッシジ市に近づかなくなった。それならば都市に暮らしている住民が、何の抑圧も受けていないと誰が断言できようか。


 不条理な弾圧が始まり、人々は怒りと不満を覚えているはずだ。


 その不満のベクトルを思想と宗教で整えて団結させてやれば、それは都市部での抵抗運動の炎が舞い上がることへと繋がる。


 下地はある。反乱の下地はあるのだ。後は如何にその下地に火を放つかだ。


「だが、我々とは別の抵抗運動が生じるのだろう。今後、問題にならないか?」


 バルトロは不快そうにそう告げた。


 やはり欲深い男だ。自分こそが南部の救世主となり、戦後の南部統治を狙っている。他の抵抗運動が発生し、それも自分の指揮下にないことが不満なようだ。今を勝利するよりも、その後の政敵が増える可能性を考える辺りは政治家だな。


「都市部で抵抗運動を組織しても、兵站と訓練はこちらに委ねなければならないだろう。都市部はその都合上、訓練には適さない。特に銃火器の訓練には。そして、彼らが活動を続ける物資を調達するには農村部の力が必要になる」


 都市部には普段から衛兵たちが大勢いる。それが役立たずの番犬であったとしても、市街地で射撃訓練などやろうものならば、即座に気づかれる。射撃訓練などは引き続き、山林部で行わなければならない。


 そして、活動を継続するための物資。これも重要だ。


 都市部では流通があれば食料などの物資を手に入れることはできるだろう。だが、下手をすると不用意に買い込んだ食料から抵抗運動が発覚する恐れもある。秘匿性を考えるならば、物資の調達ルートは別に確保しておいた方がいい。


 都市のおけるゲリラ戦とは住民の中に隠れ潜むことにある。自分たちがゲリラであることを悟られずに、官憲の目を騙し、そして人々の中から打撃を与えるのが都市におけるゲリラだ。つまり、怪しまれるような行動をしてはならないというわけである。


 故に訓練も、兵站も、敵の目を引かないようにやらなければならない。農村部のゲリラには山林という隠れる場所があるが、都市部のゲリラには都市の狭い構造の中と大多数の民衆の中にしか、その身を潜める場所は存在しないのだから。


「ふむ。理解した。性質が異なるものを無理に指揮下に入れるのも望ましくないだろう。だが、南部解放の主導権を握っているのは我々だ。最初の抵抗を始め、そして今も抵抗を続けているのは俺たちの南部国民戦線なのだ」


「ああ。そのことは揺るがないだろう」


 強欲な男であり、政治家だ。軍事的な才能に恵まれた政治家というのも珍しいが、その根底にあるのは権力闘争なのだから、バルトロもまた政治家のひとりというわけだ。


 軍事的指導者がそのまま政治的な指導者になることは珍しくない。かの有名なナポレオンもそうだったし、戦国時代における武将たちがそうであったし、現代における多くの軍閥の指導者たちがそうだった。


 軍事力とは政治を生み出す。ライフルが政権を生み出すようにして。


「さて。では、どこから手を付けたものかな。可能な限り、このリベルタ砦に近い場所がいいのだがいい場所があるだろうか」


「ふむ。近いとなると辺境の街になってしまうな。敵に打撃を与えるならば、もっと大きな都市を狙った方がいいのではないか?」


 俺とバルトロは地図を見下ろして、ゲリラ活動を始めるべき都市を探す。


「お待たせしました」


 アティカの声が我々が作戦方針を話し合っているバルトロの私室に響いたのは、ちょうどそんなときであった。


「どうですか。見違えたでしょう」


 アティカがそう告げて自慢げに指し示すのはエーデだ。


 確かに見違えていた。


 血で汚れていた衣服は取り換えられ、農村部の女性たちが纏う布地の厚く、落ち着いた雰囲気のドレスに代えられている。そのドレスの地味さがエーデ本来の美しさを引き立て、彼女をより非現実的な美へと昇華している。


 そして、伸びるがままであった髪は一本結びにして纏められ、背中に流れている。きらきらとした銀髪が束ねられて流れる様は、聖女というものを自然と意識させた。


 そんな彼女を見るバルトロの視線には魅了されたそれと政治家としてのそれが混じっている。エーデはどこをどう見ても聖女だ。これを政治家として手に入れられるならば、これから発足するだろう都市部の抵抗運動に対して優位に立てると思っているのだろう。政治家とは常にそういうことを考える生き物だ。


「落ち着いたかな、エーデ」


「ええ。ですが、戦いが待っているのではないですか?」


 俺が告げるのに、エーデが真剣な表情でそう返した。


「いや。今はまだいい。まだ作戦を立てているところだ。今は君の体力の回復を目指そう。しっかりと食事をし、しっかりと休み、体力を回復させてくれ。戦うことを望むのであれば、それに備えた体作りをしておかなければ」


 今のエーデはいくら貴族を一瞬で屠った──それも銃剣で──とは言えど、手足は細く、心配になるような繊細な体をしている。


 彼女には少しばかりの安息を与え、その間に我々は都市におけるゲリラ活動の準備を始めるといいだろう。彼女には安息が必要だ。


「そうだな。この砦に歓迎したのだ。いいものを食べさせなければなるまい。鹿でも狩りに森に行くとしよう。この時期の鹿肉は旬というわけでもないが、香草などとともに煮込めば美味しい煮込み料理になる」


 バルトロは政治家としての立場ではなく、年長者としての立場からそう告げた。


「鹿ですね。では、鹿を狩ってきます」


「いや。別に君が行く必要はないのだよ。こういうのは男たちの仕事だ」


「手伝わせてください。私もこの武器の使い方をマスターしておきたいのです」


 そう告げてエーデはM14自動小銃を抱きかかえる。


 既に整備方法については教えておいた。現代で主に使われている自動小銃より銃身が長いだけ整備も面倒だが、彼女は不満のひとつも言わずに黙々と整備方法を学んだ。銃の各部位を清掃し、部品を正確な位置につけ直す。


 エーデはその視力が失われているにもかかわらず、分解と組み立てをスムーズにマスターした。どういう仕組みで彼女がそれを覚えたのかは分からない。そういえば、彼女が最初にこの銃を使った時も、彼女は教えられていないのに銃弾を的確に放てていた。


 女神ウラナはいったい彼女に何を与えたのだろうか。


「自由に外を歩くのも解放されたことの恩恵だろう。俺も同行するから一緒に鹿を狩りに行こうか。それからその銃の弾丸ではあまり狩猟には向いていないかもしれないよ」


 軍用自動小銃が使用するフルメタルジャケット弾は貫通性能こそ高いものの、目標に対する打撃力はそこまで大きくない。どこに当てても一定の効果が見込めるホローポイント弾の方が、狩猟には向いている。


 無論、フルメタルジャケット弾でも急所に命中させれば即効性が見込める。特にエーデの抱えているM14自動小銃は俺の使っているHK416自動小銃より大口径の7.62x51ミリNATO弾を使用するのでストッピングパワーが期待できるだろう。


 だが、フルメタルジャケット弾を使用する場合の軍用自動小銃があまり狩猟に向かないことは事実だ。


「大丈夫ですよ」


 俺の懸念にエーデはそう微笑んで返した。


「そうか。では、行くとしようか。獲物が見つかるといいのだが」


 俺は立ち上がるとそう告げて、エーデとともに砦の外に出た。


 こんなことをしている時間があるのかどうかは疑問だが、エーデを戦力化するには銃の使い方をしっかりと教えておく必要があるだろう。



 そして、また俺は子供兵を使うというわけだ。



……………………

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