これからの方針
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──これからの方針
我々は無事にリベルタ砦に到着した。
「おかえりなさい!」
「聖女様は助け出せたのですか?」
バルトロが砦の入り口に姿を見せると女子供たちが彼を歓迎した。
「聖女は助け出せた。この少女こそが女神ウラナから神託を受けた少女エーデルガルト・エイセル。我々の新しい仲間だ」
バルトロがエーデをどう扱うかには興味があった。
聖女として自分たちの最高権威にし、その権威の下で活動を正当化するのか。それともただの仲間として自分の配下に加えるのか。
バルトロは野心に満ちた指導者だ。そう簡単に自分が得た地位を手放しはしないだろう。だから、エーデに指導者の地位を譲り渡すというのはまずありえなかった。
しかし、エーデは権威として飾られることを拒否するだろう。彼女は自分の意志で戦いたいということを告げているのだ。そうなれば最高権威としてこの砦に据え置き、それを崇める形で戦うことはありえない。
では、バルトロはどうするのだろうか?
「聖女エーデ。ここが南部国民戦線の拠点だ。自分の家だと思って寛いでくれていい。我々はあなたを歓迎する。あなたは我々の戦友であり、女神ウラナの遣わした聖女だ。我々の大事な仲間として君を歓迎しよう」
ふむ。あくまで仲間とする、か。
地位を譲ることもなく、権威に据えるわけでもなく、戦友として扱う。
だが、バルトロはエーデを権威として欲しがるはずだ。正直なところ、今活動している抵抗運動は南部国民戦線だけだが、これから先になればまた別の抵抗運動が組織されるのは簡単に予想できるからだ。
その中にはバルトロの南部国民戦線に加わることを良しとせず、独自に行動する者たちも出てくるだろう。人間というのはどのような状況にあったとしても、そう簡単には団結しないのだ。宇宙人が攻めてきたとしても人間は人間同士で殺し合うだろう。
そんな別の抵抗運動が生まれ、そのまま戦後を迎えればその抵抗運動はバルトロの政敵になる。自分たちも戦ったのだから、戦後の統治に口を出す権利はあるとして。そのような状況を欲深いバルトロは望まないだろう。
そこでエーデだ。
聖女という権威があれば戦後の統治において優位に立てることは間違いない。上手く進めば戦後においてエーデは解放の象徴となる可能性すらあり、そのまま宗教的権威として国のトップを形だけにせよ任命する立場にすらなるかもしれない。
その聖女を握っておけばバルトロの戦後は保障される。だから、バルトロはエーデを手に入れたがる。そのはずだ。
しかし、そう簡単に事が進むだろうか?
「ええ。バルトロ様。我々は同盟者としてともに戦いましょう。女神ウラナの神託に従って精霊帝国を打ち倒すために」
エーデは同盟者という単語を使った。同盟者は仲間ではあるが、同じ組織の人間ではないことを意味する。
エーデは南部国民戦線に権威として祭り上げらえるのを拒否したのか。
「……ああ。同盟者としてともに戦おう」
バルトロには僅かにだが、動揺の色が見える。自分たちの組織に引きずり込めないことは誤算であったのだろう。欲深い男だ。
欲深いと言えば俺も欲深いのだが。
俺はエーデをひとつの組織の権威とすることにはあまり前向きではない。エーデの戦力がそのまま南部の権威になってしまうのは困るのだ。
これから精霊帝国の本土を目指して北進することになるだろう。その時、南部に足を引っ張られるわけにはいかないのだ。
エーデの力は確かに使いにくいが、権威としては使いやすい。これから様々な組織と同盟を結ぶ上において、エーデには“南部解放”ではなく“精霊帝国転覆”の象徴であってもらわなければならない。
そうでなければ俺も彼女も目的は果たせない。
「よろしいでしょうか、皆さん」
そこでアティカが声を上げた。
「まずはエーデさんに水浴びをさせて、衣服を着替えさせたいと思うのですが」
アティカはそう告げてその目つきの悪い目で我々を見渡す。
「うら若い少女が土塗れ、血塗れで、その血の臭いを漂わせているというのに、どなたも不憫に思わなかったのですか、全く」
責めるような口調でアティカがそう告げて、肩をすくめる。
「確かにそうだね。水浴びをしてくるといい。衣服はどうするかな?」
「一先ずは、この砦の女性たちのものを借りましょう。少なくとも今のものより遥かにいいはずです。血塗れの衣類よりも酷いものはありません」
アティカはそう告げて衣服を取りに砦の中に向かった。
「気が利かなくてすまなかったね、エーデ。後で動きやすい服を準備しよう」
「いえ。あまり気にはしませんでしたから」
そう告げてエーデは微笑む。
撤退の間に水浴びをしているような余裕もなく、手や顔に浴びた血は拭ったものの、エーデのその粗末な服というよりただの布と言えるものには、血が染みつき黒く酸化している。
「さて、準備はできましたよ、エーデさん。男性陣は覗かないようにしてくださいね」
暫くして、衣類とタオル、そして石鹸を抱えてきたアティカがそう告げるのに、我々はただ頷いたのだった。
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アティカとエーデ、そして数名の女子はリベルタ砦の水源であり、南部国民戦線の構成員たちが飲み水や洗濯用、そして水浴びに使用する泉にやってきた。
この山林部に位置する泉からは湧水が絶えることなくこつこつと湧き出ている。
その湧水を使ってリベルタ砦の住民は生活している。このリベルタ砦から距離にして5キロメートルほどの地点にある泉に、女子供たちは毎日飲み水や料理に使う生活用水を汲みにやってくるのである。
「さて。その衣服は捨ててしまいましょう。それはもはや衣服と呼ぶのもおこがましいただの襤褸布です」
アティカはそう告げてエーデの衣服を脱がせる。
「それからしっかりと体を洗いましょうね。人間の体というのは老廃物が蓄積されるものですし、今のあなたは血生臭いです」
そう言ってエーデを泉の少し下にある湖の中に押し出すと、アティカは石鹸をタオルに擦って泡立て始めた。
「アティカ様。体でしたら自分で洗うことができます」
「いいのですよ。こういうことは私に任せておいてください。今のあなたは介護されるべき立場にあるのです」
エーデが申し訳なさそうに告げるのに、アティカがそう告げて石鹸で泡立てたタオルでエーデの体を優しく洗い始める。
エーデの体には傷ひとつない。あの襤褸布で山林を幾度も越えて、木々の中を抜け、茂みの中に潜み、舗装されていない道を通過したというのに、その肌には傷のひとつも存在しなかった。それは神から与えられたかのように、そしてまるで赤子の肌のように柔らかで、どこまでも艶やかであった。
「……ここまで来るときに木々の枝などにひっかかりませんでしたか?」
「そうかもしれません。ですが、痛みはありません」
アティカがタオルでエーデの体を洗いながら尋ねるのにエーデはそう返した。
これは恐らくは女神ウラナの与えた力なのだろうとアティカは推測する。多少の傷はすぐさま修復してしまう。その強靭な回復能力も女神ウラナの力ならば納得できる。
目を焼き切っただけで他に手を付けていないように見えるのも、実際は何かしらの拷問をしたが、回復された結果なのだろうとアティカは思った。
精霊帝国にとってエーデは完全な敵である。それをただ監禁していただけだとは思えない。神託の中身を聞き出すのに拷問のひとつやふたつはしただろう。
それでも効果はなかったのだ。女神ウラナの与えた祝福によってエーデは傷を負わず、拷問は無意味な結果に終わったのだ。
全く以て自分たちの神もいい加減なことをするとアティカは思った。
これだけの力のある人間を生み出すのであれば、いっそ精霊帝国を単騎で滅ぼしてしまえるだけの力のある人間を生み出せばよかったものを、と。その点は女神ウラナが自分の力を調整できないので仕方がないと知りながらも。
「それにしても」
アティカがエーデの裸体を眺める。
「本当に胸が大きいですね」
アティカは呆れたような、感心したような声でそう告げる。
手足こそ細いエーデだが、胸には栄養が足りていたようである。その胸はこの世界の同じ年頃の少女たちよりも一回りは大きく、存在感がある。
「これも祝福ですかね」
アティカはため息交じりにそう呟いてエーデの体を洗い続ける。
女神ウラナは女性的な女性が好みの神であり、自分自身の胸も大きく、天使たちの胸も大きく作るところがある。幼児体形のアティカが天使たちの中では異端なのだ。
「ところで、あなたの目は実際のところどうなっているのです?」
依然として目を閉じ続けたままのエーデにアティカが尋ねた。
「見えないのですが、感じています。そこにあるものを、そこにいる人を、そこにある悪意と善意を。アティカ様、あなたは特別な人──いえ、特別な存在ですね」
エーデがそう告げるのにアティカが眉を歪めた。
これまでどの聖職者であろうとアティカが女神ウラナに仕える天使だと見抜いた者はいない。アティカはその身分を聖職者として偽り、その身分で行動してきた。アティカのことを天使だと知っているのは八代だけであり、彼がその情報をエーデに漏らしたとは彼の性格上、考えられない。
つまり、確かにエーデには特別な感覚があるようである。
「まあ、そういうことにしておきましょう。他言無用ですよ」
この湖にはエーデとアティカと一緒に水浴びにやってきた女子たちがいるが、彼女たちは水遊びや、数日振りの水浴びを堪能しており、エーデとアティカの言葉が聞こえている様子はない。幸運なことに。
「髪も伸びるだけ伸びていますね。少し短くした方がいいでしょう。それにしても手入れもされていなかったのに艶やかで、滑らかな髪ですね」
「そうでしょうか。他の方の髪を見たことがないのでいまいち分かりません」
エーデの髪は艶やかな銀色をしており、サラサラと背中に流れている。手入れのされなかった髪というのはボロボロになるものだが、エーデはどういうわけか魅力的な髪を維持している。恐らくはこれも女神ウラナの祝福なのだろう。
「私は散髪はできないので砦にいる方に頼んでください。一先ずは──」
アティカはそう告げて一本の紐を取り出し、エーデの長い髪を束ねる。
「こうしておけば多少は邪魔にならないでしょう」
アティカはエーデの長髪を一本結びに纏めた。
「ありがとうございます、アティカ様。生まれ変わったような気持ちです」
「そうでしょうね。埃塗れ、土塗れ、泥塗れでは不愉快な状況だったでしょうから。これからも定期的に水浴びをしましょうね」
アティカはそう告げてエーデをまじまじと見る。
「素体はいいのですから、磨くものを磨かなければ損ですよ」
アティカはそう告げるとエーデを泉から引き揚げ、その体と髪を綺麗に拭って乾燥させると、砦にいた女性の衣服をその手で着せた。村娘が纏うような、質素で飾り気のない厚手の生地でできた衣類だ。
「これで見間違えるようになりましたね。では、砦に戻りましょう」
「アティカ様」
アティカがリベルタ砦への帰還を促すのにエーデが声を発した。
「ヤシロ様は結婚なされているのですか?」
意外な問いだった。
「いいえ。独身です。あの年齢で独身というのも社会不適合者のような気がしますが、彼のいた国では晩婚は当たり前のものになりつつあるようです」
日本において晩婚は一般的な結婚になりつつあった。
今は若い間に自分の卵子と精子を保存しておき、結婚してからその卵子と精子を受精させることによって、晩婚の際に問題になる各種生殖の力の衰退を防ぐことが可能になっていた。そろそろ人工子宮が生まれるとも伝えられているように、地球の医学はこの2030年代において大きく進歩していた。
「そうですか」
エーデはそれ以上、何も言わなかった。
そして、アティカもそれ以上問い詰めなかった。
アティカはしっかりとエーデの長髪を乾燥させると、水浴びを終えて、リベルタ砦へと戻っていた。彼女が監督することを約束した女子たちとともに。
アティカにとってエーデは道具。それ以上でもそれ以下でもない。
それでもアティカにはエーデへの親しみの感情が浮かび上がって来ていた。
それは女神ウラナが遣わした聖女であるからなのか、それとも彼女の悲惨な境遇に憐憫の念を抱いているのだろうか。
まあ、アティカにはどうでもいい話だ。アティカは八代同様にこの世界が壊れてしまうことを望んでいるのだ。アティカは女神ウラナの神託を受けて、そのために戦うエーデを支援するだけの話である。
「神という上位者は面倒なものですね」
アティカはリベルタ砦に戻る途中でそう呟いたのだった。
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