こんにちは、勇者様
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──こんにちは、勇者様
大聖堂まで残り1キロメートル。
ドローンの映像では街の衛兵たちはまだ北門の襲撃に警戒し、北門にいる。
アッシジ大聖堂にいるのは大聖堂の衛兵50名のみだ。
「前方、敵50名」
我々は大聖堂の正面入り口を固める敵兵を警戒しながらも、駆け足で前進する。
既に敵は視界に入っている。貴族から与えられた槍を握り、右往左往する敵の姿は1キロメートルを切った我々の視界に小さいながら映っていた。
この距離で撃っても南部国民戦線の兵士たちの練度ではまず当たらない。AKM自動小銃もこの距離での交戦を推奨しておらず、もっと距離を詰めることが望まれた。幸いにしてこちらの武器の射程が届かないということは敵の武器の射程もまだだということだ。
しかし、ひとつ思い違いがあった。
大聖堂から出てこないと思われていた聖職貴族が正面入り口から出てきたのだ。
聖職貴族は杖を振りかざすと、我々の方にその杖を向けた。
一瞬で金属の槍が錬成され、我々に向けて飛来してくる。まだ距離は800メートル付近だというのに敵は攻撃してきた。
「遮蔽物!」
俺が叫ぶと兵士たちが身近な遮蔽物に飛び込む。
金属の槍はそのまま遠方へと飛び去った。だが、その狙いは正確なものであった。
「魔術というのも馬鹿にはできないな」
俺は遮蔽物から大聖堂の方向を見るとそう呟いた。
敵の射程はこちらのそれを上回っている。もちろんまぐれの可能性もあるが、その可能性に賭けるようでは指揮官は務まらない。戦争とは人の命をチップにして遊ぶギャンブルなどではないのだ。これは論理的に遂行されるべき軍事作戦だ。
「どうする、ヤシロ?」
「対戦車ロケットを叩き込んでから、短時間の制圧射撃の下で前進し、その後、スモークグレネードを展開、突撃する。ここで我々が詰まると後方から来るバルトロたちも詰まってしまう。前進しなければ」
兵士のひとりが尋ねるのに俺はそう告げて返す。
まず対戦車ロケットで相手を怯ませ、すかさずごく短時間の制圧射を実施して、相手を牽制しながら前進。そして、スモークに隠れて遮蔽物を探しつつ突撃。距離を縮めなければ、南部国民戦線の兵士たちの弾は敵に命中しない。
400メートル。いや、この状況だと300メートルは詰めておきたい。兵士たちは殺気立って興奮しており、冷静な射撃が行えない状況にある。弾幕を展開するとしても、敵がある程度の距離にいなければ無駄弾に終わる。
ここから500メートル弱。それだけ走り切れば相手をどうにかできる。
「RPG班、攻撃準備。機関銃班も備えてくれ」
「了解」
RPG-7対戦車ロケットはその高熱のバックブラストが吹き荒れる都合上、路地に隠れたままでは撃てない。後方の遮蔽物がない場所で撃たなければ、自分にバックブラストが吹きかかってきてそのまま重傷だ。
我々が攻撃準備をしていると再び金属の槍が飛来した。だが、その狙いは逸れているし、遮蔽物に隠れている我々には命中しない。
これまでの貴族が連続して攻撃を放つのは見たことがなかった。1発の魔術を放つとある程度の間隔が空くようである。そのことはこれまでの数多くの戦闘で確認している確実な情報だ。ギャンブルではない。
であるならば、今は絶好の攻撃の機会だ。
「RPG班、攻撃開始」
対戦車ロケットを抱えた兵士が大通りに飛び出て、照準も碌に定まっていない状況で引き金を引いた。対戦車ロケットの弾頭は破砕榴弾だが、狙いがあまりにもずれており、そのロケット弾の弾頭は大聖堂の尖塔に向かって突き進みそこで炸裂した。
だが、効果はあった。爆発の轟音というのはナノマシンで麻痺していない限り、人を怯ませる。聖職貴族は尖塔で爆発が起きたことに何が起きたのか分からず、本能的に頭を庇うようにして地面にしゃがみこんだ。
そこにPKM汎用機関銃で二脚を立てた状態で銃弾を浴びせかける。
フルオートで10発放って、狙いを定め直して再び射撃する機関銃の射撃で、聖職貴族の動きは完全に牽制された。
銃声の音が聖職貴族を怯ませ、衛兵たちが制圧射撃で放たれた銃弾に貫かれて倒れるのに聖職貴族は完全な混乱状態に陥り、その混乱から杖を構えることもできなくなった。
今こそが攻撃の機会。
「突撃!」
俺が号令を下して、兵士たちが突撃する。
未だに機関銃の制圧射撃の援護を受けている状況での突撃だ。敵からの反撃はあったとしても狙いが定まったものではないだろう。これを機に一気に距離を詰める。
100メートル、200メートル、300メートル。
そこで聖職貴族が混乱から立ち直り、自分の命の危機を察知して杖を構える。
「スモークグレネード、投下」
俺は腰からスモークグレネードを抜き取ると思いっきり投擲した。
スモークグレネードは50メートルほどの地点に落下し、凄まじい勢いで真っ赤な煙幕を展開する。大通りは煙に覆われ、視野が塞がる。
聖職貴族は攻撃を行ったもののスモークグレネードで視野が妨げられた状態では命中はほぼ期待できない。無論、これが精霊帝国のように横一列の横陣を組んで前進しているのならば1、2名は死んだだろうが、こちらは通信機器とこれまでの実戦経験によって散開して前進している。
聖職貴族の攻撃は空振りに終わり、我々は最後の100メートルを駆け抜ける。
そして、スモークを抜けた先にもはやその表情まではっきり見える形で聖職貴族が捕捉できた。聖職貴族は恐怖に震え、必死に杖を振るっているが何も起きない。
「撃ち方始め。突撃」
俺はナノマシンに調整された最適な緊張と、最良の感情の状態で命令を下す。
兵士たちが自動小銃を構えて銃弾をばら撒きながら突撃する。一部の兵士は腰だめに銃弾をとにかくばら撒いており、狙いなど考えてすらいない。
マガジンは最低限しか持ってきていないのだから無駄撃ちはしたくないのだが、興奮しきっている兵士たちを完全に抑えることはできない。所詮、彼らは僅かな訓練と幾度かの受動的作戦を経験しているだけで、今回のような作戦は初めてなのだ。
だが、それでも十二分に効果はあった。
この距離で弾幕を展開したことで、衛兵たちが倒れ、聖職貴族に銃弾が届いた。聖職貴族は肩を射抜かれたことで杖を手放し、苦痛に悲鳴を上げる。
俺は自動小銃の光学照準器を覗き込み、地面に這いつくばるようにして呻いている聖職貴族の頭に銃弾を叩き込んだ。
それを以てして大聖堂前での戦闘は終結した。
衛兵たちは壊滅し、貴族は死んだ。
後は大聖堂に踏み込んで聖女を救出するだけだ。
我々は周囲に警戒しながら大聖堂に迫る。ドローンの映像では依然として都市の衛兵は北門を捜索している。ご苦労なことだ。
我々は大聖堂の豪華絢爛な正面入り口の脇に並ぶと、突入準備を整えた。
「手榴弾、投下」
まずは室内を掃討するために手榴弾2発を投げ込む。
生き残りの聖職貴族や衛兵がいたとしてもこれで死んでしまうだろう。
そして、手榴弾が炸裂してからすぐさま大聖堂に突入。室内を素早くクリアリングして、敵がもはやひとりもいないことを確認すると我々は銃を下げて、確認されていた大聖堂地下への入り口に向かった。
大聖堂の地下への鍵は厳重なものだ。ピッキングしている暇もない。
「梱包爆薬を」
「了解」
どうせ他に使いみちもない。帰りの荷物を少なくするためにも使い切ってしまおう。
我々は地下への入り口に梱包爆薬を仕掛け、一度大聖堂の外に退避する。
そして、点火。
爆風が大聖堂のステンドグラスを粉々に破壊し、正面入り口まで噴煙を突き抜けさせる。少しばかり派手にやりすぎたような気もするが、目的は果たせただろう。
我々が再び大聖堂の中に戻ると、地下への入り口には大穴が開いていた。地下に伸びる階段は頑丈な石造りのもので破壊されてはおらず、薄暗い地下室に続いている。
「さて、と」
地下室に光源はないようだ。俺は胸に装備したLEDライトを点灯させて、地下室に降りていく。救出本隊も合流したようで、慌ただしい足音とバルトロの号令が響き、大聖堂の周囲が確保されていくのが分かる。
我々は引き続き、先遣部隊として救出本隊を誘導する。聖女が自立しての移動が不可能だった場合、それを移送するのは救出本隊の役割だ。我々は聖女を発見し、その状況を確かめる。聖女が本当にここにいるならば、だが。
実際のところ、聖女はここにいるのだろうか。
わざわざ精霊帝国の人間が聖女を生かしておくメリットというのはほとんどない。いざという場合に人質として利用できるかもしれない程度の価値だ。
ならば、どうして2年前に囚われた聖女が生きているのだと思える?
分からない。論理的に考えるならばこの行動──聖女の救出は無駄である可能性が極めて高い。目的は果たせず襲撃は空振りに終わり、我々はただアッシジ市の大聖堂を破壊したという実績のみを残すことになる。
前にも述べたようにアッシジ市を襲撃したことそのものには価値がある。これで民衆は精霊帝国の支配が弱まったと感じるだろう。それによって都市部においても精霊帝国への抵抗運動を扇動することが可能になる。
だが、アッシジを襲撃して、大聖堂を破壊するだけならば既に撤収していいのだ。わざわざいるかどうかも分からない聖女を探して地下を探索する必要性はない。例の突発遭遇の恐れがある貴族と遭遇する前に離脱するのが正しい方法だ。
だが、どういうわけか俺はこれをやらなければならないという非論理的な考えに憑りつかれていた。頭の中でこれは間違っていると思っていながらも、どういうわけかこれをやり遂げなければならないという意志が現れている。
もしかすると、女神ウラナにいいように使われているのかもしれない。彼女は俺に言語を理解するという能力を与えたが、そのどさくさに紛れて俺の頭の中に何かしらの洗脳を施した可能性もある。自分が生み出した聖女を回収するように、と。
疑い出すと切りがない。
少なくとも我々が女神ウラナのお題目を信じるという方向でいくならば、その神託を受けた聖女を見捨てるわけにはいかない。ポーズとしてでも聖女を救出するという行為は示さなければならない。それでいいだろう。
さて、地下室の半分は倉庫になっていた。大聖堂の備品を収めてある倉庫のようだ。軽く見渡したが、金銭的価値のあるものがここには収められているようであり、金細工の杯などが並んでいる。倉庫の鍵はこれを盗まれないようにするためのものか?
さらに奥に進むと鍵の掛けられた部屋があった。
鉄の扉だが、そこまで厚くはない。ブリーチングチャージで吹き飛ばせるだろう。
「ブリーチングチャージ」
「ブリーチングチャージ、よし」
我々はテープ状にしたC2混合爆薬を扉に張り付けると、扉の脇に退避する。
「点火」
ブリーチングチャージは炸裂し、扉は内側に向けて吹き飛ばされた。
だが、何の反応もない。ここに人はいないのではないだろうか。
俺はブリーチングチャージの炸裂後に素早く扉の吹き飛んだ室内に飛び込み、内部に銃口と視線を走らせる。
そして見た。
「……聖女……」
思わずそう呟いてしまった。
目の前にいたのは鋼鉄の椅子に鎖で拘束された、とても美しい少女だった。
この世のものではないかのごとく整った顔立ち。それは一流の彫刻家であろうとも再現することはできないだろう美しさであった。現実離れしていて、本当にそこにいるのかどうかすらも幻想的に思えてくる。
銀色に近いプラチナブロンドの髪は伸びるがままに伸びたようであり、腰を過ぎて足元まで伸びている。それは俺の胸のLEDライトの光を反射し、きらきらと輝いていた。
その瞳は閉じられ、眠っているかのように見える。
「君……」
俺は銃口を下ろし、少女に近づく。
「いらっしゃったのですね、勇者様」
少女が口を開き、鈴の音のように綺麗な声でそう告げた。
「お待ちしておりました。とても長い間、お待ちしておりました」
少女はそう告げて目を閉じたまま俺の方向を向く。
「女神ウラナの神託を受けた聖女というのは君か?」
「聖女と言われるまでの働きはまだしておりません。この手に聖剣はなく、女神ウラナ様の神託を果たしてはいないのですから。ですが、神託を受けたのは確かです。私は女神ウラナ様より神託を受けました。聖剣を握り、精霊帝国を破壊せよと」
俺が尋ねるのに少女が小さく口元を微笑ませてそう告げた。
「そして、あなたのことも神託にありました。勇者様が現れて、囚われた私を救ってくださるのだと。だから、今までお待ちしていたのです」
少女はそう告げると自分の拘束された手足を見つめた。
「鎖を解いていただければお役に立てるかと思います。未だ聖剣はありませんが、戦う力は残っています。勇者様方には力が必要かと思いますので、お役に立てるでしょう」
「君が戦うのか?」
少女の年齢は15、16歳程度だ。アティカより年上だろうが、子供である。それも鍛えられた様子はなく、痩せ衰えている。手足など触れれば折れてしまいそうだ。
子供を使うことに躊躇っているのではない。子供が役に立つのか躊躇っているのだ。
今更、子供兵の何に戸惑おうというのか。
我々はそれを使い、殺してきたのだ。数万という数で。
「ええ。戦えます。私は戦うようにとの神託を受けたのですから」
そう告げて少女は口元を綻ばせる。
「そうなのかね、アティカ?」
俺はそう告げて背後を振り返る。
「ええ。彼女は聖剣の聖女。戦うための存在です。恐らくは武器さえあるならば、とても心強い戦力になるでしょう」
アティカは救出本隊とともに大聖堂を訪れていた。万が一の場合のバックアップだ。アティカがいれば緊急時に装備を受け取ることができる。
「このような子供でもかね?」
「別にあなたは子供を使うことを忌避しはしないでしょう。それに仮にも女神ウラナが力をお与えになった存在です。壊れていない限りは使えるはずですよ」
アティカはまるで兵器を語るようにして聖女について語った。
「では、解放しよう。ワイヤーカッターを」
俺はアティカに魂との取引でワイヤーカッターを取り寄せ、聖女の体を拘束していた鎖を1本ずつ切断していく。甲高い金属音が響き、切断された鎖が地面に落ちていった。
「これで最後だ」
俺は最後の鎖をワイヤーカッターで切断した。
金属音が響き、鎖がだらりと地面に落ちる。
「君を縛っていた鎖は解いたよ」
「ありがとうございます、勇者様」
少女はそう告げると椅子から立ち上がる。
「まずは聞いておかなければならないだろう。俺は八代由紀。君の名前は?」
俺は尋ねる。
「エーデルガルト・エイセルと申します。両親と兄弟はエーデと呼んでいました。勇者様もそうお呼びください」
聖女──エーデはそう告げて小さく頭を下げた。
これが彼女との出会いだった。
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本日の更新はこれで終了です。
ついにメインヒロイン登場!
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