素早い行動は何事にも勝る
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──素早い行動は何事にも勝る
アッシジ市内の偵察は先遣部隊から抽出された一部の部隊で行われた。
彼らは偽装された身分証明書を手にアッシジ市の城門を潜り、アッシジ大聖堂を中心に情報を収集した。その間、外から監視を行う部隊はアッシジの城壁や城門の警戒態勢について十二分に偵察を重ねた。
結論としてアッシジ市はほぼ無防備な状況にあると判明。
アッシジ市の警備に当たっている下層民の兵士は士気が低く、道行く通行人やよそ者から金を巻き上げようとするだけで治安維持には何の役にも立っていない。
アッシジ大聖堂の警備を行っている衛兵たちはやる気はそれなりにあるのだが、如何せん数が少ない。その規模は50名足らずだ。
我々の戦力は先遣部隊が1個分隊10名。救出本隊が1個小隊40名。バックアップ部隊が1個小隊40名。総計90名の部隊となる。
250名の下層民の兵士がいようが、現代の銃火器はあっさりとそれを制圧するだろう。城門の突破についても策を弄する必要はない。火力で撃ち破ればいい。
ただ、結局分からなかったのはアッシジ大聖堂に囚われているという聖女の存在の有無だ。聖女がまだアッシジ大聖堂にいるのか、それとも移送されたのか、あるいはすでに死んでしまっているのか。それは分からなかった。
肝心の情報が手に入らなかったことに些かの落胆はしたものの、作戦の方針に変更はない。アッシジ市を襲撃するということだけでも、危険を冒す価値があるからだ。
後方の大都市を襲撃して、大聖堂を破壊すれば精霊帝国に衝撃を与えられるだろう。彼らは安全だと思われていた後方の都市が襲撃されたことで、戦力を後方にも分散配備しなければいけなくなる。そうなればどこかの兵力が手薄になるわけだ。
それに加えて、下層民たちにも抵抗運動の実力が示せる。今はまだ精霊帝国に恐れを抱き、行動に移れない下層民たちも勇気を与えることができる。彼らに精霊帝国に反旗を翻させ、抵抗運動に加わることを促せる。抵抗運動にはまだまだ人員も物資も必要なのだ。それらが加わることで抵抗運動はより強化される。
アッシジ市を襲撃する。それはもう決定だ。
「ヤシロ。バルトロさんたちが来た」
「分かった。向かおう」
俺はアッシジ市を見張っていた擬装網で隠蔽された陣地を畳むと、バルトロとたちとの合流予定地点に向かう。
「やあ。準備はできてるかね?」
「準備は万端だ。いつでも始められる」
バルトロたちは山の中の野営地で待機していた。1個小隊40名。機関銃と対戦車ロケットを抱えた兵士がいる。比較的軽装にしたものの、やはりこの手の装備の重量というのは馬鹿にできないものである。
「それでは早速始めるとしよう。これよりアッシジ市を襲撃する。敵兵力はほぼ脅威にならず、簡単な作戦になるだろう。ただし、ひとつばかりイレギュラーが発生した」
俺の言葉に兵士たちが真剣な表情を浮かべる。
「貴族がアッシジ市に入った。まだアッシジ市内にいるものと思われる。我々は貴族との突発的遭遇戦に備えなければならない。これまでのように待ち伏せをして敵を倒すというわけにはいかない。今回の作戦では能動的に動くことが求められる」
我々がこれまで貴族を容易に殺してこれたのは、自分たちに優位な場所での戦闘を相手に強いることができたからだ。待ち伏せ、奇襲、罠。そういうものを使ってこれまで我々は貴族を殺してきた。
だが、今回はそう言うわけにもいかない。
我々が見たのは貴族の馬車がアッシジ市に入るところだけ。貴族はアッシジ市内のどこかにいるという情報しかなく、待ち伏せも奇襲もできないし、罠を張るのも難しい。つまりは正面から貴族と戦わなければならないということ。
貴族の魔術はそれなりの脅威だ。狭い市街地であの魔術に遭遇したならば、犠牲を覚悟しなければならないだろう。我々にとって市街地戦は初めての経験であることも相まって、リスクはとても大きなものだ。
それだけが今のところ、ひとつだけのイレギュラー。
「先遣部隊としての報告は以上だ。バルトロ、頼む」
そう告げて俺はバルトロに発言を促す。この場の指揮官はあくまでバルトロであって俺ではない。南部国民戦線の兵士たちは俺ではなく、バルトロを信じて戦っているのだ。
「諸君。これより俺たちは聖女を救出する。女神ウラナから祝福と加護を与えられた聖女を救い出すことで、南部の国民はより一層の団結をなすだろう。俺たちはこの銃の力と信仰心、そして民族としての理想を抱いて戦うのだ」
バルトロが兵士たちを前にそう告げる。
「俺たちが敗北すれば南部解放の機会はまたしても逃れる。俺たちの敗北は南部の敗北だ。そして、俺たちの勝利は南部の勝利だ。ここは何としても勝利しなければならない。これまでの経験を活かし、そして俺たちの目指すべきものを信じて戦え!」
「応っ!」
バルトロが告げるのに兵士たちが声を上げる。
「それでは作戦を説明する──」
バルトロは俺の助言などを取り入れながら兵士たちに作戦を説明した。
まず陽動として北門においてRPG-7対戦車ロケットによる攻撃を行い、敵を北門に引き付ける。その後、RPG班は素早く離脱し、本隊との合流を目指す。
救出本隊はドローンの映像で敵が北門に向かったことを確認し次第、南門への攻撃を開始。南門を対戦車ロケットで吹き飛ばし、火力を以てして城門を制圧する。戦闘はあくまで短期間で済ませるために、敵の殲滅は求めない。
その後、救出本隊は先遣部隊の先導で大通りを突き進み、中央広場に面するアッシジ大聖堂に突入する。この際にアッシジ大聖堂を警護する衛兵と交戦するだろうが、まず敵にはならないので安心してもいい。
だが、大聖堂には聖職貴族という魔術師がいる。幸いにしてそのスケジュールは掴んでいる。我々が突入するときには大聖堂の中にいる。手榴弾と対戦車ロケットをたっぷりとお見舞いしてやれば、生きてはいないだろう。
そうやって大聖堂に踏み込む。
大聖堂の地下室の存在だけは確認されている。深夜の偵察で大聖堂内に忍び込み、厳重に鍵の掛けられた地下への扉を見つけてある。
ただし、そこに聖女がいるかどうかは分からない。ただの物置かもしれないし、異端者を閉じ込めておくための牢があるのかもしれない。実際に突入して、鍵を撃ち破り、地下室に突入するまでは分からないということだ。
そして、聖女が負傷して動けない可能性もあるため、折り畳み式の担架や医療品も準備しておくことを忘れない。聖女を救出したものの、途中で死にましたでは英雄譚どころか笑い話にもなりはなしない。
それからバックアップ部隊との合流を目指して城門を再び南門に向かって進み、南門でバックアップ部隊と合流。敵の追撃を振り切って、この作戦地域から離脱する。
それらが今回の作戦となる。
「作戦所要時間は4時間だ。それまでにアッシジ市での作戦を終える」
今回は長々と戦っているわけにはいかない。この後方に回り込むために弾薬類を犠牲にしたし、救出という重荷を背負っている以上は短期決戦が望まれる。
「では、行くぞ、諸君!」
「勝利を!」
こうして聖女救出作戦が始まった。
聖女とはいったいどのような人間なのだろうか。
俺はそんな疑問を抱きながら銃を抱えて、アッシジ市に向かう。
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アッシジ市のその日の天気は晴れ晴れとしていた。
だが、それは青々としていれど、地上には気力がない。
ここ最近、貴族による弾圧が激しくなり、街を賑わしていた露天商や行商人、そして旅人たちがよくよく拘束されるようになったからだ。彼らは何の罪も犯していないのに拘束され、非衛生的な牢獄に叩き込まれ、厳しい取り調べを受けた。
そんなことが何度も続いたことから行商人も旅人もアッシジを避けるようになり、街から活気は失われた。今では旅人が来なくなったことで税収が減ることにようやく気付いた貴族が警戒の手を緩めたものの、一度落ちた信頼を取り戻すのは難しい。
街では元々そこに暮らしていた住民たちが、娯楽もなく、刺激もなく暮らしており、ここ最近の貴族による弾圧の影響が自分たちにも降りかかるのではないだろうかということを気にしていた。自分たちも突然拘束され、牢獄に放り込まれ、拷問を受けるのではないかと彼らは心配していた。
もっともな心配だし、そう心配してくれている方が好ましい。
これまでは抵抗運動の活動基盤は農村部だったが、いずれは都市も手中に収めなければならない。そして、農村部と都市部では住民の考え方もことなる。経済規模も、生活の質も、コミュニティーの性質も異なるのだから、人間の考えが異なるのは当たり前だ。
そんな都市部を掌握するには農村部の住民と同じように恐怖を感じてもらうしかない。都市部にも貴族による弾圧の手が及び、人々がそれに対して恐怖と怒りを覚えてくれれば、その理不尽さからは精霊帝国の支配に反抗するものも出始めるだろう。
そういう人間を掌握し、抵抗運動をもっと大きなものにする。
とは言っても、バルトロの影響を受けているのは今のところ農村部の住民に限られている。農村部では彼らの貧しい人間という弱い立場からバルトロの影響は及びやすかったものの、農村部より恵まれた生活をしてる都市部ではそう簡単にバルトロの影響は及ばない。彼らはまだ貴族に頭を下げていれば暮らせるだろうと思っているし、もしそれが違ったとしても農村部の貧しい人間たちが救いの主になるとは思っていないのだ。
精霊帝国の格差は貴族と下層民だけのそれに終わらず、都市部との農村部のそれも加わるようである。これが将来的にどう転ぶことか。
しかしそれは、今 問題ではない。
今の問題は聖女の救出だ。
手投げ型のドローンを打ち上げ、上空からアッシジ市内の様子を偵察する。よく晴れているだけあって、空を見上げればドローンは発見されただろうが、だからと言って夜間に作戦を行うわけにはいかなかった。
まだ南部国民戦線の兵士たちは暗視装置の使い方を心得ていない。暗視装置はAKM自動小銃のような頑丈な道具ではない。手荒に扱われるならば壊れてしまう。だから、俺はまだ彼らに暗視装置を支給していなかった。
そして、暗視装置もなく夜間に市街地戦を行うのは危険だ。それも今回のように複数の部隊が連携して行われる作戦では友軍誤射の可能性を高める。銃火器で武装した友軍同士が同士討ちとはぞっとする。
そんな厳しい事情で明るい時間での作戦になった。幸いにして作戦終了時予定刻付近では、夕刻になり追っ手を暗闇で振り切ることができると予想されている。
「さて、そろそろ始めよう」
「ああ。北門、撃ち方始め」
俺が軍用規格のタブレット端末でドローンからの映像の中で衛兵たちをマークし終えたのに、バルトロが命令を発した。
ドローンが捉えている映像に北門で爆発が起きたのが確認される。衛兵たちが、住民たちがざわめき、その注意が北門に向けられる。衛兵たちが北門に向けて走り出したのは、それから数分と経たない時間だった。
「北門、撤収開始。こちらと合流せよ」
バルトロは素早く命令を下し、俺の方を向く。
「先導は任せたぞ、ヤシロ」
「ああ。任せてくれ」
我々も動き始めるとしよう。
「行こうか、諸君。作戦開始だ」
「了解」
ドローンの映像を脳内のナノマシンにリンクさせ、映像を視界に表示させる。視野の片隅に未だに上空旋回しているドローンの映像が表示され、その映像によれば衛兵のほぼ全てが北門に向かっていた。
そんな状況で我々は茂みを飛び出し、南門に向かう。
南門の城壁は閉ざされている。旅人たちが避けるようになったアッシジ市の城門を開けたままにしておく理由はなく、閉ざされた城門には2名の衛兵が警備に当たっている。だが、その注意は爆発音の響いた北の方に向けられている。
俺はHK416自動小銃の光学照準器を覗き込み、ぼうっと北の方向を向いている衛兵の頭に狙いを定め、引き金を引いた。
サプレッサーに抑制された僅かな銃声が響き、衛兵の脳漿がスプレーのように城壁にまき散らされて崩れ落ちる。
その倒れるときの鎧の音でもうひとりの衛兵が驚きの表情を浮かべたが、その衛兵が何かをする前に素早く狙いを切り替え銃弾を叩き込む。ライフル弾は衛兵の頭を貫き、鉄兜に銃痕を刻み込みそのまま城壁にめり込んだ。
「梱包爆薬」
「梱包爆薬、よし」
北門は対戦車ロケットで吹き飛ばしたが、こちらはもう少し確実な方法を使う。
すなわち梱包爆薬だ。
軍事作戦において突入口形成にはいくつかの種類がある。薄い扉などであれば蹴り破ったり、ハンマーで破壊したりするし、固い扉であればブリーチングチャージという爆薬を使用する。
そして、突入口形成においてはコンクリートの壁などを破壊し突破することも想定されている。隣の部屋に突入するのに壁を吹き飛ばして突入するのだ。
アッシジの城門はそれなりの分厚さがあることを確認している。扉を吹き飛ばす程度のブリーチングチャージでは不十分だ。
そこで梱包爆薬を使用する。梱包爆薬は工兵が主に使う装備で、障害物を破壊するために使用されるものだ。無論、爆薬である以上はあらゆる爆破が必要なものに使える。手榴弾では威力が不足する室内の掃討のために梱包爆薬が使用されたこともある。
今回はその梱包爆薬に接着剤をつけ、城門に取り付けた。
我々は爆発の影響の及ばない城門の陰に隠れて、身を屈める。そして、全員が口を開き、両耳を押さえ爆発に備えた。こうしないと暫しの間、聴覚が失われることになる。
「爆破!」
有線で伸ばした梱包爆薬の信管を炸裂させた。
耳を塞いでいても聞こえる凄まじい轟音と陰に隠れていても感じる爆風が周囲を貫いていき、それに続いて何かが崩れる感覚が地面を伝って感じられる。
我々が素早く城門の陰から飛び出ると、城門は完全に吹き飛んでおり、梱包爆薬の炸裂した地点を中心に大穴が開いていた。
「バルトロ。先導を開始する。ついてきてくれ」
『了解』
耳のインカムからバルトロの救出本隊が動き出す命令が聞こえる。
「さて、これからが勝負だ」
爆破された城門の傍に住民はいなかったが、大聖堂までの大通りには大勢の住民が群がっている。活気を失い、通行量が減っているとしても無視できない数だ。
「諸君。高らかと銃声を響かせたまえ。自由の鐘を鳴らすのだ」
俺がそう告げるのに先遣部隊を構成する兵士たちが上空に向けてAKM自動小銃を乱射した。その耳をつんざく激しい銃声が響き渡り、大通りの住民たちが悲鳴を上げながら近くにある屋内へと逃げ込んでいく。
「よろしい。では、行くとしよう」
民間人の取扱いは面倒だ。山岳地帯や森林地帯での戦闘ならば民間人が巻き込まれることはないが、市街地となると必ずと言っていいほどに民間人が巻き込まれる。
日本情報軍ではその主任務が情報戦にあり、その都合として人間との接触を必要としている以上、市街地での作戦は避けられず、日本情報軍の作戦における付随的損害は増え続けていった。
ことに21世紀の戦場は敵と民間人がはっきりしておらず、民間人に偽装して攻撃を仕掛けてくる手合いや、敵を支援している民間人などがいる。そういう状況では特に民間人の犠牲というものは発生しやすい。
いくら最新の技術を使っても、民間人とそうでない人間を事前に把握する方法などなかった。ただ、我々は21世紀の初めに始まった対テロ戦争に従軍して、バクダッドやファルージャで戦った兵士たちとは違って、反射速度と感情調整ができていた。
体の中のナノマシンが適度な緊張状態を維持し、過度な緊張から生じる恐怖でパニックに陥り、動けなくなることや銃を乱射することはない。そして、神経系の強化による反射速度の向上で、敵が動けば即座に対応できた。
それでも完全に民間人と敵が区別できるわけではないし、人ごみに紛れた敵だけ排除するというのは困難を極めた。
ナノテク、情報通信技術、生物工学、応用心理学。それらから様々な技術が生み出されても、戦場にいれば民間人だろうと、誰だろうと死ぬ可能性があるという普遍的な事実は変わることはなかった。
「民間人の誤射に注意。前進」
だからと言って、民間人を殺しすぎれば民衆からの支持を失う。それはゲリラ戦を繰り広げる南部国民戦線にとって致命的だ。
幸いにしてこの精霊帝国の兵士たちは民間人に紛れたりなどしない。貴族は豪華に着飾っているからすぐに分かるし、兵士たちは鎖帷子の鎧を纏っている。よほどのパニックに陥らない限り民間人と間違って殺すことはないはずだ。
そのパニックを抑制するのは指揮官の役目である。
俺はドローンの映像を確認しつつ、部下たちを率いて大聖堂に向かう。
大聖堂までは残り1キロメートル。
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