抵抗運動は大忙しです
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──抵抗運動は大忙しです
我々は精霊帝国の軍隊への攻撃を続けた。
隊列を何度も待ち伏せして襲撃し、敵の戦力を削り、貴族を殺し、敵の軍事作戦を撹乱していった。襲撃はほぼ成功し、精霊帝国側の損害はかなりのものになりつつあった。
もちろん、精霊帝国も黙って事態を見ているわけではなかった。
彼らは山狩りを始め、抵抗運動の撃滅を図り始めた。
だが、そのような動きもこちらは把握している。
我々は森の中に身を潜め、精霊帝国の軍隊が森の奥深くまで侵入するのを待った。敵は下層民の兵力500名と貴族の指揮官2名。対するこちらの戦力は1個歩兵小隊40名。
数では圧倒的に不利だが、こちらには地の利がある。
敵は下層民の兵士たちを先頭に横陣を組んで前進しており、僅かに他の兵士とは装備の異なる下士官たちがその先頭に立ち、貴族の指揮官たちは後方からゆっくりと進んでいる。どこをどうすれば敵の指揮系統が崩れるのかはあまりにも分かりやすい。
そして、我々はこの森の中で歓迎の準備を整えている。
「バルトロ。まもなく敵がキルゾーンに入る。準備は?」
「できている。この装置は便利だな」
バルトロの顔にはインカムが収められている。骨伝導式のトランシーバーでリチウムイオン電池による動力の他、補助として体温を電気に変換して利用している。これは日本情報軍ではなく、日本陸軍の装備だが便利なものだ。
このトランシーバーがあるからこそ、指揮系統を維持できる。普通では肉声による指揮ができない範囲の味方にも、指示が出せ、兵力を一ヶ所に集中して配備しなくとも、有機的な作戦行動が行える。
現代の軍隊では兵士個人の担当する作戦区域は広くなる傾向にある。
かつての歩兵は指揮官の声が届く範囲と自分の持つ槍の長さが担当する作戦区域であった。だが、銃火器の発明によってその距離は伸び、通信機の発明によってさらに距離は伸び、C4Iシステムの発展によってさらに距離は伸びた。
精霊帝国の軍隊が兵士と兵士が隣り合った密集した陣形で進んでいるのに対して、南部国民戦線の兵士たちは距離30メートルごとに分散している。全員に通信機材が行き渡り、指揮の上での問題はなくなり、速射性の高い銃火器によってカバーできる交戦距離が広がったためである。
故に40名の小部隊で500名もの敵部隊を迎え撃つことも不可能ではない。
それにこちらには準備しておいたものがある。
「キルゾーンまで残り50メートル」
我々はこの森の茂みの中にじっと身を潜めている。現代技術で生み出されたデジタル迷彩は第一次世界大戦に動員された画家たちが描いたものよりも、高度に我々の存在を秘匿する。顔にもドーランを塗りたくり、肌色を隠した我々はじっとしている限り、敵に発見されることはないだろう。
そして、敵は我々の三日月状に陣取る場所まで400メートルの位置にまで迫った。
「バルトロ」
「始めよう」
俺が告げるのにバルトロが頷いた。
「総員撃ち方始め」
バルトロがインカムに向けてそう告げたと同時に敵の歩兵隊列の前方で爆発が起きた。この間の襲撃と違ってRPG-7の射撃によるものではない。別のものだ。
そう、FFV013指向性散弾による爆発である。
FFV013指向性散弾は有名なクレイモア対人地雷を大型化したような見た目をしており、威力についてもクレイモア地雷より大きい。スウェーデン製のものをライセンス生産したものをかつて日本陸軍が保有してあり、日本情報軍でも陸軍と同様にライセンス生産されたものを使用していた。
対人地雷禁止条約という面倒な条約のために対人地雷の保有が禁止されたため、その条約に抵触しない無線での起爆方式が採用されており、今回も無線によって起爆した。
対人地雷禁止条約がいかに崇高なものだろうと最大の地雷製造国である米中露が条約に参加していないのでは意味がないのだが。意地悪い視点から疑えば、こういう条約を作ることで、各国の軍隊に新しく作られた“より人道的な兵器”を購入させようとしているのかもしれない。
人道的な兵器などというのは矛盾した言葉だ。人間同士が殺し合う戦争そのものがそもそも非人道的な物事の極致であるというのに。
それはともあれ、爆弾はきちんと作動した。炸裂と同時に放たれた金属球が敵の歩兵に向けて大量に放たれ、敵の歩兵をなぎ倒す。そうやってできた死体は見るも無残なものである。これでも人道的な兵器であると言えるのか。
一斉に死体になった精霊帝国の兵士たちが倒れ、後方で生き延びた者たちに銃弾が浴びせかけられる。AKM自動小銃からセミオートで1発ずつ放たれる7.62x39ミリ弾が兵士たちの臓腑を抉りながら後方に飛び抜け、PKM汎用機関銃から放たれる7.62x54ミリR弾が横一列に並んだ兵士の隊列を薙ぎ払う。
精霊帝国の兵士たちには明確な混乱が見て取れた。突如として先頭集団を失い、後方の兵士たちも銃弾で打ちのめされるのに兵士たちは混乱している。
これまで貴族とともに楽な戦いしかしてこなかったのだろう。いつでもどこでも勝てる戦いを戦い、楽に勝利してきた。だからこそ、この敗北に混乱は大きくなる。
そうして、下層民の兵士たちは敗走を始める。未知の恐怖が元々低かった戦意をへし折り、先頭に立ち隊列を率いるはずだった下士官たちをまとめて失い、精霊帝国の部隊は逃げるしかほかなくなった。
だが、それで逃げ散ってくれるならいいものの、彼らの背後には貴族の指揮官がいる。貴族の指揮官がゴミクズ程度の関心しか示していない下層民の命に配慮するはずもなく、彼らは殺戮の嵐の中に下層民を叩き戻そうとする。
貴族のうちひとりは土の壁を作って撤退を不可能にし、もうひとりは氷の刃で兵士たちの退路を遮断しようとした。
それによって下層民の兵士たちは逃げることができなくなり、キルゾーン内で攻撃することも、防御することもできずに家畜のように屠殺されていく。
こうなってしまうともはや下層民の兵士たちは脅威でも何でもない。ただの戦場に紛れ込んだ肉塊に過ぎなくなる。
ここでの問題は貴族の指揮官を殺すことだ。
「RPG班、撃ち方始め」
バルトロが俺が指示を出すまでもなく、的確な指示を出した。南部国民戦線には既に独立行動可能な部隊が揃っており、バルトロや俺が指示を出さなくても、自分たちが何をするべきか理解している兵士たちがいる。
正規の士官教育こそないものの、それなりの土壌はできた。やはり実戦経験というのは何事にも勝るもので、まだ若い兵士ほど素早く戦場での立ち回り方を学習していく。もっとも実戦経験というのは全くの無傷で体験できるものではなく、立ち回り方を学習しなければ流血か死が待っているという残酷な訓練でもあるのだが。
だが、兵士たちは良く学習し、RPG-7対戦車ロケットを構える際にも後方に注意する。迂闊に引き金を引いて、後方に壁があったり、友軍がいたりすれば、それが死に繋がることを彼らはちゃんと学んだのだ。
そして、ロケット弾が放たれる。弾頭はPG-7VL対戦車榴弾。つまり人々が対戦車ロケット弾と言われて想像する漏斗の形をした典型的な形のものだ。
対戦車榴弾は貴族の作った土の壁をメタルジェットで貫き、壁を破砕して破片をばら撒き、その先にいる貴族に襲い掛かった。崩壊した壁の破片で八つ裂きにされた貴族は後方に吹き飛ばさ、木々にぶつかって息絶えた。
もうひとりの貴族にも対戦車ロケットは容赦なく襲い掛かり、氷の刃を容易く引き裂いて、爆発によって生じたエネルギーを貴族に叩きつける。その榴弾の炸裂によって生じた衝撃によって貴族の内臓と脳はボクサーに袋叩きにされたように激しく揺さぶられ、貴族は血を吐きながら地面に崩れ落ちる。
こうしてふたりの貴族が死んでしまえば、後は取るに足らない残党が残るのみ。
「片付いたね」
「俺たちの軍隊も随分とこの戦い方に慣れてきた」
俺が告げるのにバルトロが頷く。その瞳にはさらなる勝利を求める貪欲な色があった。このように欲望にギラギラしていなければ抵抗運動などできないだろう。悟り切ってしまえば、それは敗北に繋がるだけである。
「では、集落を解放しよう。彼らは解放されることを待っている」
何も無為にここで精霊帝国の軍隊と戦っていたわけではない。
この軍事作戦には目的がある。
その目的というのは徴兵だ。
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「諸君らは解放された!」
あの森の戦場から10キロメートルほど東に行った場所に村落がある。
50家族程度の規模の村落で、田畑には麦が植えられ、この村落の住民たちは貴族の農奴としてこの田畑を耕してきた。
しかし、その主である貴族は先の戦いで対戦車ロケット弾に吹き飛ばされて死んだ。
貴族の軍隊も壊滅し、この村落の住民を物理的に縛るものは彼らが農奴として耕してきた田畑だけになった。この田畑さえなくなれば、農民たちがこの村落に農奴としてい続ける理由は失われる。ただし、一時的にだ。
「諸君らは今や自由だ。誇り高き南部の血を引き継し者たちよ。今こそ立ち上がるのだ。我々を弾圧する精霊帝国に対して。我々を奴隷として繋ぎ止めようとする精霊帝国に対して。我々の誇りを踏み躙る精霊帝国に対して」
バルトロは集まった村落の住民たちに向けてそう告げる。
「武器はある。軍隊もある。後は諸君の戦う意志だけだ」
バルトロの演説を聞きながら我々は麦畑に灯油を撒いていた。
「しかし、旦那。精霊帝国はこの地をずうっと長い間、治めていました。それに対抗できるのですか? 武器も軍隊もあると言っても精霊帝国のそれとは比べ物にならないでしょう。それに貴族たちは魔術を使いますし……」
バルトロの演説におどおどとした様子で住民がそう告げる。
「勝てる。勝利への意志さえあれば、戦う意志さえあれば勝利できる。現にこの地を治める貴族は死んだ。これを見るといい」
バルトロはそう告げて先ほど死んだ貴族の首を住民に見せる。生首から滴る血も黒く固まったそれを見て、住民たちはそれに小さく悲鳴を上げて、顔面を青ざめさせる。
「な、なんてことをしてくれたんだ! これで俺たちの村も貴族の軍隊に焼かれちまう! 貴族に手を出したら必ず報復を受けるんだ! 村は焼かれて、皆殺しにされる!」
「そうだ、そうだ! あんたたちのせいで俺たちも巻き込まれる!」
住民から上がったのは貴族による弾圧の終わりに対する喜びの言葉ではなく、貴族の死の責任を問う言葉であった。
6世紀にわたって支配されてきた彼らには反抗する意志などないのだろう。国は滅び、文化は失われ、民族のルーツを知らず、貴族たちのご機嫌を窺って生き延びてきた彼らは、貴族に反抗するということを思いつきすらしない強度の洗脳状態にある。
その洗脳から覚ますには少しばかり強めの刺激療法が必要だ。
そう、洗脳されている人間をどうこうするには逆に洗脳してやればいい。
彼らは貴族の支配を信仰するカルトだ。であるならば、その信条を徹底的に否定し、我々の信条である貴族の支配を否定するカルトに乗り換えさせればいいのだ。
そもそも、洗脳されるような状況にある人間は立場が弱い。共産主義者にせよ、カルト宗教にせよ、立場の弱い人間を狙って接触する。
新生活を始めたばかりで不安を抱えた人間。何かしらの物事に失敗し、挫折した人間。人付き合いが苦手で孤立しがちな人間。家庭がそういう状況に染まり切っている人間。元々性格的に弱みのある人間。
この村落の人間も立場の弱い人間だ。
カルトによくある家族から洗脳されるパターンを踏襲しており、それを補強するように自分たちは戦争に負けたという失敗経験があり、社会身分としても低い立場にある。彼らはただただ貴族による支配を信仰することでこれまで幸せに暮らせていたと信じている。それを否定することは自己否定に繋がってしまう。
だが、貴族による支配は否定されなければならない。精霊帝国を倒すために。
「諸君、これを見ろ。これが何か分かるか?」
バルトロはそう告げてAKM自動小銃を掲げる。
住民たちはよく理解できないという顔をして、自動小銃に視線を向け、まじまじとそのこの世界には存在しないはずだったものを見つめる。
「これは銃だ。武器である。我々の武器はこれだ。これは貴族の魔術に勝る」
バルトロはそう告げて空に向けて引き金を引く。
DADADADADAM──!
威圧的な銃声が響き渡り、その音に住民たちが竦み上る。
「この銃は貴族を殺すことができる。貴族の魔術すら上回るものだ」
「そ、それは魔術ではないのですか?」
バルトロが住民を見渡して告げるのに、住民のひとりがそう尋ねた。
「魔術ではない。誰にでも使うことができるものだ。これこそが南部を解放するものであり、我々南部の民にとっての希望だ」
地球では史上最悪の大量破壊兵器と罵られたカラシニコフもここでは英雄だ。
「この希望は誰でも手にすることができる。農奴でも、小作人でも、鉱山奴隷でも、商人でも、誰であろうと希望を手にした兵士に変える。我々は勝てるのだ。我々を苦しめてきた貴族たちを相手に、そして南部を侵略した精霊帝国を相手に!」
バルトロがそう叫び、彼の部下が空に向けて自動小銃を乱射する。まるで花火でも打ち鳴らして喜んでいるかのように。
しかし、バルトロの立場はいい。彼は生まれも育ちも南部の人間だ。彼が南部を解放すると口にしてもそれは全くの虚偽とは思われない。対する俺はあくまでよそ者だ。よそ者というものはこういうゲリラ活動を主導することはできない。
さて、バルトロの演説も上手い具合に進んだことであるし、ここで最後の刺激剤を投入することにしよう。
俺はマッチを擦り、それを小麦畑に放り投げる。
マッチの火が麦畑に撒かれた灯油に引火し、一気に炎が麦畑を包み込む。波を打つように炎が麦畑に広がっていくのを住民たちは呆然として眺めていた。
「これで諸君をこの地に縛るものはなくなった。諸君は自由だ」
これでここの住民に選択肢はなくなった。
貴族が反乱勢力を探して、村々を焼き払っているニュースはこの村落にも届いている。この焼き払われた麦畑を後からやってくるだろう別の貴族に発見されれば、彼らの村も焼き払われて皆殺しにされることは分かっているはずだ。
そうなれば住民はバルトロたちに同行するしかなくなる。
洗脳とは閉ざされた空間で、洗脳を行う人間にとって都合のいい出口を示すことによって行われる。この情報社会から取り残された村落において、バルトロは出口を示した。つまりは抵抗運動に加わるという出口を。
彼はなかなかの扇動者だ。
「畜生。俺は戦いに加わるぞ!」
「俺もだ!」
住民の中でも若い男たちはすぐに抵抗運動への参加の意志を示した。
「戦うといっても儂らのような年寄りは戦えないぞ」
「子供はどうすればいいんですか」
残るは老人と女子供。
「南部国民戦線は兵士たちの家族を保護するし、精霊帝国に弾圧されている民を救う。心配する必要はない。全員を助けよう」
こうやって抵抗運動の規模は大きくなるわけだ。
老人と女子供でも後方の仕事には従事できる。むしろ、規模が大きくなるならば後方の仕事こそが肝心になってくるだろう。
「では、我々に続け! 明日の勝利のために!」
「おおっ!」
さて、これでこの村も落ちた。
精霊帝国も何かしらの措置を取らない限り、このまま村々は抵抗運動の手に入る。このままならば本当に軍隊が組織できるだろう。
もっとも、まだ問題はあるのだが。
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本日の更新はこれで終了です。
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