実戦訓練実施
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──実戦訓練実施
最初の標的に選んだのは村々と都市を巡る貴族の率いる部隊だった。
下層民の兵員250名。貴族の指揮官1名。農村から徴収した食料を乗せて、街道を移動している部隊が最初の標的になった。
街道は低地にのっそりと伸びており、少しばかり小高い森の茂る丘からは良く見えるものだった。我々は森の中に潜み、隊列が目の前を通過するのを待つ。
隊列そのものは手投げ型のドローンで数時間前から彼らが気づくこともなく捕捉されており、我々はただ待ち続けるだけでよかった。
実際にカラカラと音を立てる馬車と貴族の跨る馬の蹄の音が聞こえてきたのは、ドローンが目標を補足してから3時間後。その時、我々の側は完全な戦闘可能状態にあり、森の中で息を潜めて、目標が完全なキルゾーンに入るのを待つだけだった。
「バルトロ。準備はいいかい?」
「ああ。大丈夫だ。こちらの準備はできている」
「それは結構」
バルトロの南部国民戦線は数週間の訓練でクロスボウと剣をメインウェポンとする古びた軍隊から、自動小銃と現代兵器を使う軍隊に様変わりした。もっとも、あまりに早すぎる近代化にはそれなりの犠牲は伴ったが。
そう、訓練中の事故は多かった。そもそも組織として500名あまりの戦闘員を要する南部国民戦線の全ての兵士の訓練を、俺ひとりで監督することに無理があった。それでも時間というものは差し迫っており、我々に訓練の時間を与えてくれなった。
つまり、今ここにいる南部国民戦線の兵士たちは中途半端な訓練を受けた中途半端な兵士たちであるということ。そのことを忘れてはならない。彼らに正規兵と同じような働きを期待してはならないのだと。
「間もなく目標がキルゾーンに入る。分かるかな?」
「分かる。この手の作戦は以前から行っていた。武器が変わっただけだ」
安心できるのはこの部分だ。武器は違えど、彼らは戦術としてはこのような作戦を行ったことがあり、ノウハウを有しているといこと。彼らは確かに銃火器について中途半端な訓練を受けただけかもしれないが、戦術そのものは理解している。
「では、そろそろ始まりだ」
そう告げて俺は南部国民戦線の兵士たちを見る。
ロシア軍のタクティカルベストを纏い、ボディーアーマーはなし。戦闘服は揃いの日本情報軍のデジタル迷彩のそれを纏い、木々の中に溶け込んでいる。あの薄汚れた衣類から新品の戦闘服に着替えたことで、それだけで戦闘力が向上したように思える。
それぞれの有する装備はそこまで重いものではない。マガジンの数も切り詰め、携行する物資を減らし、機動性を重視している。
ゲリラにとって機動力は重要な要素だ。下手にいくつものマガジンや重装備を抱えてその機動力を失うというのは望ましくない。こちらが不利な状況にあるゲリラとは敵に打撃を与えたら、すぐさま移動しなければならないのだ。
その分、戦闘力が低くなるのはやむを得ないが、それでも機動力は重要である。機動力が衰えてしまえば、ゲリラは正規軍と正面からの対決を強いられる。今の南部国民戦線にはそのような余裕はない。
さて、そんなことを考えている間に精霊帝国の隊列がやってきた。
精霊帝国の隊列は下層民の歩兵が前方を進み、中央に貴族と農村部から奪った穀物などの農作物を乗せた馬車があり、後方をまた下層民の兵士が固めている。
250名の兵士が4人の列を組み、80メートルの程の列を作っている。
こちらが設定したキルゾーンもそれに即したものになっている。
地形上はこちらが圧倒的に優位。後は南部国民戦線の兵士たちが、俺が訓練で叩き込んだことをどこまでしっかりと守ってくれるかだ。
キルゾーンは横80メートル。縦10メートル。
キルゾーンから森に隠れる我々までの距離は400メートル。
これならば十二分にやれるはずだが、さてどうなるだろうか。
「始めよう」
「了解した。RPG班、射撃準備!」
俺がAKM自動小銃に続いて与えたのはRPG-7対戦車ロケットである。
もともとは対戦車兵器だが、これは様々な用途に使用できる。それでいて安価で魂をそこまで消費せずとも購入することができる。
そのRPG-7対戦車ロケットがこの国民戦線の1個歩兵小隊40名には4門配備されている。南部国民戦線の小隊は4個分隊からなり、1個分隊ごとに1門のRPG-7対戦車ロケットが配備されていることになる。
ゲリラ戦において行動する部隊は少数であることが望ましい。これも機動力に関する問題だ。規模の大きな部隊というのは動かすだけ時間がかかり、戦闘後即時離脱ということが難しくなってくるがために。
恐らくは大規模な戦闘を行わない限り、基本的にこの1個小隊か、分隊規模での作戦になるだろう。数が少なければ機動力はもとより、隠密性にも優れる。
「目標、キルゾーン内。撃ち方始め」
「撃ち方始め!」
RPG-7対戦車ロケットが一斉に火を噴いて、バックブラストを撒き散らす。このバックブラストというものが面倒で、まかり間違って後方に友軍がいたりなどすれば、その友軍はバックブラストの熱に焼かれ、吹き飛ばされる。命はほぼない。
その点についてはしっかりと訓練したために、ミスを犯す人間はいなかった。
RPG-7対戦車ロケットの弾頭はOG-7V破片榴弾。それが敵の隊列の先頭、中央、後方に向けて一斉に放たれ、噴煙が舞い上がる。この噴煙は自分たちの位置を知らせるようなものであり、地球においてはこの手の兵器による攻撃は自殺と同義だった。
だが、この世界ではどうだろうか?
放たれたロケット弾は隊列に狙いを逸らさずに叩き込まれ、着弾地点で炸裂する。
「機関銃班、射撃開始」
「機関銃班、射撃開始!」
まだ煙に包まれ、損害がはっきりとしない隊列に向けてPKM汎用機関銃が火を噴く。
先ほどの炸裂で生じただろう混乱が鎮まる前にさらなる混乱を叩き込む。敵に対応する暇を与えず、打撃を与え続ける。対戦車ロケットの次は機関銃の掃射。敵はこれで大混乱に陥っているはずである。
そしてゆっくりと噴煙が晴れてきたとき、前の前に広がったのは血の海だ。
下層民の兵士たちはRPG-7対戦車ロケットの放った破砕榴弾で八つ裂きにされ、PKM機関銃の射撃を受けて血の海に沈んでいる。
生き残りはいるが、彼らはどうしていいのか分からないように右往左往している。
だが、ここで問題が生じた。
貴族が死んでいない。
貴族は破砕榴弾の撒き散らした攻撃を馬と鎧で受け止め、倒れた馬を盾にして機関銃の掃射から身を守り、杖を握ってこちらを向いていた。
不味いな。訓練のつもりだったのだが、死人が出る恐れがある。
貴族は土煙の晴れた段階で初めて襲撃されていることに気づいたかのように杖を振るう。そうやって現れたのは土の壁だ。大地が隆起し、壁が形成された。
魔術と言うのは本当に面倒なことしてくれる。
だが、そんな手品に負けるほど地球の数千年に及ぶ殺し合いの歴史は負けていない。地球の軍隊はどんな状況だろうと敵を殺すことを可能にしようとしている。
「RPG班。再度、射撃準備。弾頭は対戦車榴弾」
「RPG班! 再攻撃準備だ! 弾頭は対戦車榴弾!」
俺の言葉をバルトロが正式な命令として伝える。
ここの指揮官はあくまでバルトロであり、俺は軍事顧問に過ぎない。
俺が部隊に直接命令を下すことがあれば、組織の指揮系統が崩れてしまう。せっかく整った指揮系統を有している南部国民戦線のそれを乱すのは得策ではない。
そして、放たれた対戦車榴弾は貴族が作った土の壁を貫き、崩壊させた。
まさか自分の魔術がこうも簡単に破られるとも思っていなかった貴族は慌てふためき、再度杖を振って同じような魔術か、あるいは攻撃的な魔術を放とうとする。
だが、そうなる前に俺が貴族を終わらせた。
G28Eマークスマン・ライフルで俺は貴族の腕に狙いを定めて、引き金を引いた。放たれた7.62x51ミリNATO弾は命中した貴族の腕に大穴を開け、その苦痛から貴族は蹲り、再び杖を手にすることはなかった。
「そろそろ突撃していいだろう。号令をかけるといい」
「よし。全員、突撃だ!」
バルトロが威勢よく声を上げ、AKM自動小銃を握った南部国民戦線の兵士たちが銃を乱射しながら隊列に突っ込む。
隊列は3度目のショックに完全に戦意を失っていた。南部国民戦線の兵士たちの銃の狙いがお粗末であっても、弾幕として展開された銃弾は精霊帝国の兵士たちを薙ぎ払い、そしてその激しい銃声によって敵の戦意を奪った。
突撃から10分後、勝敗は完全に決した。
精霊帝国の隊列で生きているものはほぼおらず、血の海がどこまでも広がっている。血は早速酸化を始め、黒い泉に変わっていっている。
精霊帝国の下層民の兵士たちの頭に南部国民戦線の兵士が1発ずつ銃弾を叩き込んでいる。万が一生き延びられても困るからだ。そして、この方法を教えたのは俺だ。
「貴族が生きているぞ!」
南部国民戦線の兵士のひとりがそう叫んで、腕を撃ち抜かれ、杖を持っていない貴族に銃を突きつけたまま引きずってきた。
「どうするのかね。殺すのだろう?」
「そうだな。もちろん、そうするつもりだ」
俺がバルトロに尋ねるのに彼はそう告げて返した。
「諸君! 圧制者の豚を殺せ! それこそが正義だ! 我々に自由を!」
「おおっ!」
バルトロが兵士たちを扇動するのに兵士たちは武器を持って我先にと貴族に向かっていった。貴族はそれに恐怖を覚えたのか、半狂乱になって手を振る。
すると、地面からハリネズミのように金属の針が飛び出す。突如として現れたそれに南部国民戦線の兵士たちは驚き、立ち止まって、忌々しそうに貴族を見た。
「ふむ。貴族というのは杖がなくても多少の魔術は使えるとは聞いていたが。このようなものだったのかね?」
「分からない。俺たちも貴族をここまで追い詰めたのは初めてだ。だが、抵抗できるのはここまでのようだな」
バルトロの視線の先には貴族に迫る南部国民戦線の兵士たちがいる。彼らは貴族が生み出したハリネズミ地形を迂回し、貴族に迫りつつあった。貴族は必死になって叫び、手を振り回しているがもう魔術が実行される様子はない。
「くたばれ、南部の圧政者め!」
「我々に自由を! 我々に正義を!」
そう叫びながら南部国民戦線の兵士たちは貴族を銃床で殴りつける。1発と、2発と、3発と、4発と。その度に鈍い音が響き、貴族が悲鳴を上げる。
このような自由とは血の味がするものだ。誰かが自由になるために誰かが死ぬ。そういう自由は酷く血生臭いが、流血なくして自由はあり得ない。
地球で享受されている自由も、根底には多くの人の死がある。我々はあまりに多くの犠牲の上に繁栄しているのだ。
そうであるならば、今の南部国民戦線の兵士たちをどうして責められようか。
「た、助け……」
貴族は殴りつけられながらも、助けを求める。
だが、それに応えるものなど存在しない。貴族の兵士たちは死に絶え、ここにいるのは貴族を誰よりも憎んでいる者たちなのだから。
「死ね、豚!」
「くたばれ!」
私刑が始まってから、5分。もう貴族の悲鳴は聞こえない。兵士たちが罵る声と、肉と骨が打撃に響く音がするだけだ。
「そろそろ気は済んだだろう?」
「ああ。もういいだろう」
いつまでも死体を殴り続けて、無駄な時間を浪費したくはない。やるべきことはまだまだいろいろとあるのだ。
「そろそろ終わらせろ!」
「了解」
兵士たちは殴るのをやめると、貴族の頭に向けて銃口を向け一斉に引き金を引いた。
貴族の頭に5、6発の銃弾が叩き込まれ、貴族の体はビクリと痙攣するとそのまま動かなくなった。既にできている赤黒い血だまりの上に真っ赤な血が広がっていく。
「引き上げだ。精霊帝国がこれを発見すれば、強力なメッセージになる」
「撤収! 食料を回収するのも忘れるな!」
南部国民戦線の兵士たちは輸送されていた食料を乗せた馬車に群がると、既に馬が死んでいるそれから食糧を下ろし、自分たちが背中に背負っていた背嚢に食料を詰め込む。
これから南部国民戦線は兵士の数が増える予定だ。そのためにも食料は確保しておかなければならない。あの洞窟では食料を栽培することは不可能なのだから。
「大成功だったな、ヤシロ」
「ああ。これから何度か同じようなことをやって、それから個別の行動に移ろう。活動範囲を広げ、精霊帝国を撹乱しよう。こちらが反旗を翻したと知れば、精霊帝国も動くだろうが、何より民衆が動く。そして、我々の攻撃はより苛烈なものになる」
「歴史が変わる瞬間だな。俺たちの手で歴史を変えるんだ」
バルトロは嬉しそうにそう語る。
俺はその言葉を聞きながら、死体になっている精霊帝国の兵士たちを見た。
どんな理想でも志したときは崇高だ。それは理想なのだから。
だが、その理想を実現しようとすれば、この世のあらゆる薄汚いものに塗れることになる。人が人である以上は避けられないのだ。人間とはどんな人種であれ、理想とは離れた世俗の問題を抱えているのだから。
そうやって理想は薄汚れていき、気づいたときには最初の輝きを失っている。
全く以て虚しい話だ。
しかし、それで結構だ。俺にとっての理想は最初から薄汚れている。
人と人が憎しみ合い、血の海の中に横たわる。
それこそが俺の理想であるのだ。
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