銃を持った人間の万能感
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──銃を持った人間の万能感
洞窟の中に朝日は射さないが、時刻が朝であることは分かった。
「ヤシロ」
俺が男の声で目を開くと、ナノマシンがただちに脳を覚醒させる。この中枢興奮作用はドラッグ染みているとその効果を発揮される度に思う。軍医も民間軍事医療企業の技術者たちも依存性はないと言っているが。
「どうしたかな?」
「バルトロさんが待っている。来てくれ」
俺に声をかけたのは昨日森の中で出会った男であった。
「分かった」
俺は起き上がり、アティカを見る。アティカの方はまだぐっすり眠っていた。
俺は男の案内で洞窟の中を進む。
昨日は暗く、時間も短かったためよく観察できなかったが、洞窟は拠点として整備されている。通路が作られ、排水路が作られ、通風孔が作られ、立て籠もることが可能なようになっている。恐らくは時間をかけて整備したに違いない。
6世紀前からの抵抗の歴史か。南部は屈さないということだろう。
そして、この洞窟に暮らす人々も抵抗を物語っていた。
痩せた体でクロスボウや剣の整備をする節くれ立った指を持つ男たち。最後にいつその衣類を洗濯したのか分からないほどに薄汚れ、沈黙の中で作業に没頭している。その瞳には交易都市ナジャフにいた下層民のような諦観の色はない。
女子供も洞窟にはいる。彼女たちは食事の支度をし、洞窟を掃除し、病人や怪我人の世話をしている。子供たちはそれを手伝い、時折遊びに興じている。
この組織はまだ子供を兵士として使おうとしていないのだなと俺はそう思った。
「ここだ」
男が案内したのは布で仕切られた洞窟の一画だ。警備に2名の男が立っている。
「失礼するよ」
俺は布の仕切りを潜って中に入る。
「おはよう、ヤシロ。昨日は眠れただろうか」
「おかげ様で。久しぶりに安心して眠ることができた」
中ではバルトロが待っていた。この一画はバルトロの私室らしく、本棚が置かれ、机が置かれ、応接用の椅子が置かれている。本棚に僅かに視線を向けたが、並んでいるのはエトルリアについて記された書物だった。相当に古いものだ。
焼かれなかった生き残りの書物。恐らくは同化政策が行われ、その書物の言語を読めるものすらも限られているのだろう。
「さて、早速だがあなたはともに戦ってくれると言った。今はひとりでも多く、戦える人間が欲しい。精霊帝国の弾圧が急に強まって、難民たちが大勢生じているのだ。我々は南部の同胞である彼らを守らなければならない」
バルトロはそう告げて俺の方を見つめる。
「あなたは戦えるのか?」
バルトロの問いはシンプルだった。
「戦える。そして、あなたたちを支援することもできる。こういうと信じてもらえないかもしれないが、俺は女神ウラナの加護を受けている。その力で助けることができる」
「女神ウラナの?」
俺の言葉にバルトロの目に猜疑の色が混じった。
当然だろう。地球でも突然自分には神の加護や預言を受けたと言えば、行きつく先は精神病院だ。この世界も女神ウラナはこれまでは不干渉を貫いており、神の奇跡なるものは眉唾物ばかりだっただろうからにして。
「証明して見せよう。これが何か分かるだろうか?」
俺はそう告げて光学照準器とサプレッサーを装着したHK416自動小銃を示す。眠っている間もこれは手放さなかった。
「分からない。こんなものは見たことがない。何の道具なのだ?」
「これは銃だ。戦争の道具だ」
「銃……」
俺の言葉にバルトロが顎を摩る。
「聞いたことはある。かつて、反乱を起こした者たちが使った武器だと。貴族を殺すことができるだけの威力を有し、そうであるがために精霊帝国によって完全にその技術は途絶えさせられたものであると」
銃そのものはこの世界にも存在したのか。
だが、貴族たちを脅かしたために、地球と違ってそれは新しい歩兵の武器にはならなかった。精霊帝国はあらゆる分野で世界を停滞させ続けているらしい。
「その銃で貴族は殺せるのか?」
「殺せるとも。どれだけでも殺すことができる」
バルトロの声に期待の音が滲むのに、俺はそう告げて返す。
「分かった。では、その威力を見せてくれ。銃というものの威力を」
「ああ。では、外に出よう。洞窟の中では危険だ」
俺はそう告げて、バルトロを外に誘った。
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俺たちは一先ず、銃の威力を見せるために洞窟から出て僅かに下山した位置にある森の中にやってきた。
「この森に精霊帝国の軍隊はやってこないのか?」
「来ない。まだこの拠点の位置は割れていない。かなり用心深く警備しているからな」
そうであるならば問題はない。
「的を置いてもらえるか。なんでもいい。できれば威力の分かりやすいものを」
俺がそう告げると男たちが円形の木製の的を木々の枝に吊るした。クロスボウの的に使っていたものだろう。的にはいくつかの穴が開いているのが分かった。
「では、よく見ておいてくれ」
俺はそう告げて光学照準器を覗き込む。
的までの距離は100メートル足らず。余裕の射程距離だ。
的の中央が光学照準器のレティクルに収まり、俺は引き金を絞る。
TATATATAMッ──とサプレッサーで抑制されて甲高い銃声が響き、三点バーストで銃弾が的に向けて叩き込まれた。放たれた3発の5.56x45ミリNATO弾が吊るされた的を撃ち抜き、的に3発の銃痕を刻み込む。
俺は流れるように銃口を滑らし、次の目標を射撃する。
最初と同じ要領で3発の銃弾が放たれ、的に弾痕が刻まれる。狙いは的の中央。この程度の射撃訓練なら的を外すことはありえない。
「これが銃というものだ」
そうやって4つの的の中央に弾痕を刻み込んだ俺はバルトロを振り返る。
「なるほど。確かに精霊帝国が禁止にするだけの威力だ。これならば貴族の鎧を容易に撃ち抜き、連中を殺すことができるだろう。それも短時間で、大量に。クロスボウとは比べ物にならない速射性能だ」
バルトロは頷きながら、俺の手にある自動小銃を見つめる。
「それは本当に誰にでも使えるのか? 下層民でも?」
「使える。誰だろうと一定の訓練を受ければ使用できる。女子供でも」
俺の言葉にバルトロは眉を歪めた。
「女子供を兵士として使えと?」
「戦える人間がひとりでも多く必要なのだろう。この武器ならば女子供も兵士にすることができる。精霊帝国と戦うならば人的資源は有効活用せねば」
彼は子供兵を使うなど思いもしなかったようで、俺の言葉に暫し呻いていた。
「ダメだ。女子供は守るべきものだ。戦わせるものではない」
「そういう考えならば否定はしない」
いずれは彼らもどうせ子供兵に手を出すだろう。
「しかし、その武器の作り方は?」
「作る必要はないのだよ。言っただろう。俺には女神ウラナの加護があるのだと」
俺がそう告げたとき、アティカが姿を見せた。
「早朝から皆さんご苦労様です」
「アティカ。取引を頼めるかな?」
アティカが皮肉気に告げるのに俺がそう頼んだ。
「どうぞ」
アティカはいつものようにARのようなウィンドウを宙に開き、俺はその検索エンジンに目的の品物の名前を入力し、個数を設定して取引完了のボタンをタップした。
ドスッと重い音が響き、木箱が唐突に現れる。その様子を見ていたバルトロたち抵抗運動のメンバーたちの顔が驚愕のそれに変わるのが分かった。
俺が木箱の蓋を開くと、そこには緩衝材によって包まれたAKM自動小銃が10丁と大量の銃弾が収まっていた。
「形や性能はやや異なるが同じ銃だ。これでも貴族たちを殺すことができる」
俺がそう告げるのにバルトロたちが木箱に近寄り、AKM自動小銃を持ち上げた。
バルトロたちはまだ銃弾の装填されていないそれを注意深く観察し、俺の握ったように構えたり、引き金を引いてみたりする。
「これはどのような原理で動いているんだ?」
「銃弾が全ての鍵だ。銃弾には火薬と言う物質が詰められており、それが爆発することによって銃弾を撃ち出す。人は魔術に頼らなくとも爆発を起こすことができるのだ」
バルトロの問いに俺はそう告げて返す。
「ほう。聞いたか、諸君。もはや火を操るのは貴族だけではない。俺たちも同じ、いやそれ以上の力で敵と戦うことができる。この銃によって!」
バルトロが自動小銃を掲げるのに男たちが歓声を上げた。
「ヤシロ。あなたは我々に素晴らしい贈り物をくれた。ありがとう」
「贈り物はこれからだよ、バルトロ。これからその武器の使い方と効率的な戦い方について君たちに教えよう。それが得られてこそ、俺は君たちに本当に贈り物を捧げたと言えるのだから」
これから彼らを効率的な人殺しに育てなければならない。
「そうか。それはありがたい限りだ。我々の準備するべきものは?」
「ここから程よく離れ、精霊帝国の軍隊がほぼ通過しない場所が訓練施設として必要だ。心当たりはあるだろうか?」
「それなら大丈夫だ。この付近に精霊帝国の軍隊は近づかない。いい場所を探そう」
バルトロはそう請け負って、部下にその場所を探るように命じた。
「しかし、本当に女神ウラナの加護があるのだな、あなたには」
「ああ。女神ウラナは精霊帝国の体制破壊を望んでいる」
これが神の奇跡というわけだ。随分と血生臭い。
「訓練施設を整備出来たら早速訓練を始めよう。時間は限られている。その限定的な時間でこの武器の扱い方と効率的な戦い方を教えなくてはならない。それに武器はこれだけではない。他にもあるのだから」
俺はこの東側の自動小銃だけで精霊帝国と戦うつもりはない。精霊帝国の戦力を考えるならば、もっと火力が必要になってくる。
しかし、その全てを今の段階で完全に訓練するのは難しいだろう。自分で言ったように時間は限られている。こうしている間にも精霊帝国は下層民を弾圧し、その物理的な支配地域を広げている。それによっていくら人心が掌握できないとしても、下層民が恐怖に怒りや抵抗を覚える前に、恐怖によって磨り潰されてしまっては困る。
早く下層民の不満と怒りを扇動し、彼らを兵士にしなければ。
「しかし、あの武器はあなたのものとは違いますね。何かメリットでも?」
アティカがバルトロと男たちによって運ばれていく自動小銃の収まった木箱を眺めながら俺にそう尋ねた。
「メンテナンスがお粗末でもそれなりに機能する。それに価格が安価だ。これからバルトロの南部国民戦線全員を武装させようと思うならば、無駄な魂は使えないだろう」
AKM自動小銃は泥水に浸した後でもちゃんと銃弾を放つだろう。あれはある程度の精度と引き換えに、頑丈さを有している。
無論、使用弾薬である7.62x39ミリ弾をフルオートで放とうものならば、精度が保障されるどころか、銃弾の大半は明後日の方向に飛んで行ってしまうだろうが。
それでもかの有名な設計者であるミハイル・カラシニコフが考えたように、高度な教育を受けていない短期間の訓練を受けた徴集兵でも使えるような武器になっている。そのことは各地の紛争地帯でそんな兵士たちを訓練してきた俺がよく知っている。
少なくとも人を殺せない武器ではない。
「他にも必要な装備はいろいろとある。無線機も欲しいし、被服も戦闘に適したものを提供したい。欲を言えばドローンだって欲しい。今のところ、メインウェポンである自動小銃は弾が出さえするならばそれでいいだろう」
「ご判断はそちらにお任せします。私はこういうものには詳しくないので」
装備は揃えなければならないものがいろいろとある。自動小銃だけ優れたものを供給しても意味はない。装備はバランスを以て配備していかなければ。
「任せてもらおう。最善を尽くすつもりだ」
俺はそう告げると、バルトロたちとともに洞窟に戻った。
ようやく連鎖が始まる。殺し、殺される連鎖が。憎悪の連鎖が。
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