エピローグ
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──エピローグ
「やあ、終わったというわけだね!」
俺とエーデがモレクのいた部屋のエーデの放った熱線で穿たれた穴から帝都シオンの市街地戦を眺めていたとき、懐かしい声が響いた。
「女神ウラナ」
「約束を果たしに来たぜ、ベイビー」
相変わらず軽いノリで女神ウラナはそう告げた。
「約束してくれていたのはバラ色の人生、だったね」
「そうさ。地球に戻れば君はラッキーなことに遭遇しまくって、地位も名誉も金も女も自由にできるよ。さあ、そろそろ帰るとするかい?」
「この世界がこれから混乱に見舞われることは想定のうちかな?」
「もちろん。文明は混乱から生まれる。混乱は大歓迎だとも」
やれやれ。やはり彼女には任せておけないな。
「バラ色の人生を約束してくれるなら、エーデを地球に連れて行かせてくれ。俺の人生には彼女が必要だ。そうでなければそれはバラ色の人生とは呼べない」
「ヤシロ様……」
約束したようにエーデを連れて行こう。この混乱した大地がどうなろうが知ったことではない。我々はただ立ち去るのみだ。
「オッケー。その代わり、その子は聖女じゃなくなるよ。それでもいいかい?」
「はい。構いません。ヤシロ様とともにいられるのなら」
女神ウラナが告げるのに、エーデがそう告げて返した。
「それじゃ、君には与えた力は返してもらおう」
女神ウラナが手を振るとエーデの手から聖剣が消えた。
「何も見えない……」
「大丈夫だ、エーデ。俺はここにいるし、すぐに見えるようになる」
エーデが不安そうな声で周囲を手で探りながら告げるのに俺はエーデの手を握った。
「それでは、英雄たちの凱旋だ。決して讃えられぬ英雄たちの凱旋だ。君たちに幸運がありますことを!」
女神ウラナがそう告げると空間が暗転し、俺は落下する感覚に囚われた。
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3年後。
「エーデ。こっちだ。ここからならよく見える」
「はい、あなた。本当に綺麗ですね」
我々は夏祭りの花火を見上げていた。
色とりどりの光が空で瞬くのに、この暑さが少しばかり和らぐのを感じた。
地球に帰還してからの我々の立場は些か奇妙なものになっていた。あの世界で数年過ごした時間が逆戻りし、俺とエーデはあのカウンセリング室にいたのだ。今度はちゃんとした民間軍事医療企業の精神科医を前に。
だが、俺の人生がバラ色になると言った女神ウラナの言葉は偽りではなく、俺は既にそこにいる価値はなくなっていた日本情報軍を除隊し、民間軍事企業のコンサルタント業に転職したが、莫大な報酬が手に入っていた。
その報酬で俺はエーデの目を治療した。
ナノマシンとiPS細胞でエーデの目を治療した。
女神ウラナが手を回していたのかエーデには日本の戸籍も国籍も存在し、立派な日本人として扱われることになっていた。
目が治る前にかかった時間は1年。iPS細胞で眼球を構築し、ナノマシンで神経を接続し、それからリハビリをし、眼球が完全に視力を回復するまではそれだけの時間がかかった。だが、エーデの目は完全に輝きを取り戻していた。
俺はエーデの目の輝きを直視することを恐れていたが、それが意外なほどに容易に受け入れられるものであった。混乱への呪縛から解き放たれた俺は、エーデの瞳の輝きを直視することができるようになっていた。
「エーデ。これから君に世界を見せよう。血に塗れていない綺麗な世界を。だが、その前にお願いがある」
「何でしょうか、ヤシロ様?」
俺の言葉にエーデが首を傾げる。
「俺と結婚してくれ、エーデ。俺は人生のパートナーとして君を迎えたい」
俺はそう告げてエーデに指輪を差し出した。
エーデの答えは遅かった。彼女は戸惑っているようだった。
「私を、人生のパートナーにですか?」
「そうだ。君を人生のパートナーに」
エーデは一度俺にそう問うと、俺の顔をじっと見上げた。
「はい。喜んで」
こうして我々はともに歩み始めた。
まだ子供はいないが、近いうちに作るつもりだ。
今はエーデと世界を巡っている。欧州、中東、東南アジア、アメリカ大陸。
俺の民間軍事企業でのコンサルタント業は在宅でもできるものであり、今は国連の中央アジア介入のための軍事介入計画のプランを練っている。あの戦争との関りにもそろそろ終止符を打ちたいところだ。
「あなた、とても綺麗な花火ですね」
「ああ。とても綺麗な花火だ」
俺は花火の音を聞きながらも、それを夢中に眺めるエーデに視線を向けていた。
俺は幸運な男だ。心の底から今はそう思える。
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本作品はこれにて完結です!応援ありがとうございました!
同時連載中の作品などありますので、そちらも応援よろしくお願いします!