終わりのある逃避行はまだマシ
……………………
──終わりのある逃避行はまだマシ
フェルラ村を出発して6時間。
フェルラ村に到着したのが1300だったので、今は1900だ。軍隊用語を使用せずに言うならば、午後7時。
マリカとミロという子供たちを連れての移動はなかなか苦労する。これまで民間人を同伴させての行軍訓練など受けたことはなかった。それも子供などありえなかった。
原則として負傷者を同行させている場合を想定した訓練を応用して行っているが、子供たちというものは負傷者と違って動けないわけではない。むしろ、こちらの指示を無視して勝手に動くことが面倒なところである。
マリカは比較的言うことを聞いてくれるのだが、ミロの方はまだ子供らしい側面を見せる。虫や動物に興味を惹かれ、ふらふらとよそに行ってしまう。
「ダメでしょ、ミロ。ヤシロさんにちゃんとついていかなくちゃ」
「ごめんなさい、お姉ちゃん」
ミロのことはマリカにある程度任せているが、子供と言うのは不安にさせてくれる。
だが、俺も子供を扱うのは初めてじゃない。特に戦時下における子供の扱いについてはそれなり以上の実績というものを持っている自負する限りだ。
そう、戦時下の子供というのはこれまで大勢扱ってきた。難民キャンプで、ゲリラやテロリストのアジトで、虐殺の現場で。
この世には子供兵というものが存在する。
まだランドセルを背負って学校で足し算や引き算、アルファベットについて教わっているような子供たちに銃を持たせて、戦場に送り込むという現代戦の負の側面は2030年代においても依然として続いていた。
国連がいくら規制しても、NGOがいくら救済しても、世界中の戦場に子供兵は存在し続け、大人たちによって“消費”されていった。紛争地帯には必ず存在するカラシニコフの7.62x39ミリ弾と同じような感覚で戦場で消費されていった。今もなお。
日本情報軍は子供兵を使う立場であり、同時に子供兵を殺す立場でもあった。
子供兵というのはいくら倫理的に問題があろうが便利なのだ。
大人と違って子供兵の思想は染まり切っていない。自分たちの思うような思想に染め上げることができる。そうなれば立場の低い子供兵はどんな作戦にだろうと従事させることができる。それが死を伴うものだろうと。
そして、敵も子供兵には油断しやすい傾向にある。子供兵が子供兵だと判明するのは彼らが抱えている大きなカラシニコフを見つけたときか、パイプ爆弾を投げた直後だ。それまでは敵は子供兵を敵だとは認識しにくい。
また、子供兵がたとえ子供兵だったとして、殺したならば子供殺しだ。それは敵に心理的なダメージを与えられるし、上手く使うならば敵を国際的な非難の的にすることもできる。パレスチナの過激派たちはそういう手段でイスラエルと戦ってきた。
そんな子供兵だからこそ、戦場ではよく使われていた。そして、日本情報軍も同盟者に対して子供兵を使うことを促し、子供兵を訓練した。
俺の戦っていた中央アジアにおいても、子供兵はよくよく使われていた。俺は子供兵の射撃訓練を監督したこともあるし、子供兵にIEDの作り方を教えたこともある。
そして、同時に子供兵は我々の敵でもあった。
我々は敵が子供兵を使ってくるのを殺さなければならなかった。あの戦場において子供と言うのは油断ならない存在であった。子供だからと見逃せば、次の瞬間それが敵に変わるというのはあの戦場ではよくあることだった。
もっとも、我々日本情報軍の場合は子供兵を殺すのは容易かった。ナノマシンに調整された感情は子供兵を殺しても感情を“フラット”でいさせてくれ、我々は迷うことなく子供兵の薄い胸に鉛玉を叩き込むことができたからだ。
そして、今の俺も戦時下の子供を相手にしている。
戦時下の子供は歪な成長をすると俺は考えている。
戦争というストレス化において、健全な精神の発育など望めるはずもなく、彼らは大人のように賢くなることを強いられる。そして表面上は大人となり、心は教育の施されなかった子供のままというズレを生じて成長する。
そのズレは将来的に大人の顔をして、大人になれなかった子供たちを何かに依存させる。薬物、アルコール、人間関係、宗教、あるいは思想。その依存体質は社会的な不和をもたらし、戦争が終わった後も人心の乱れを生じさせたままにしてしまう。
マリカは既にそんな子供に育ちつつある。僅かに数時間で両親を失い、弟を抱え、生き残るために大人になることを強いられた彼女は既に大人の顔をした子供になりつつあり、これから先において歪に成長するだろう。
「今日はここら辺で野営としよう」
ちょうど、人里離れた森の中に到達した。街道からも離れており、周囲は深い木々におおわれている。ここならば発見される可能性は極めて低いだろう。
「準備をするから待っていてくれるかな」
俺は軍用ポンチョを地面に敷き、座る場所を作る。地面にそのまま座るのは子供たちには辛いであろうし、地面というものは意外に体温を奪うのだ。
今の気温は気温は摂氏12度前後。体温調整にも気を配るべき気温だ。
軍用ポンチョはそのまま仮眠シートにもなる。雨が降る様子も、風が強い様子もなくテントは張らずともいいだろう。すぐに動けるようにしておく方が望ましい。ここは敵地であり、事態がどのように急転するかは予想ができないのだ。
「座ってくれ。食事を準備する」
子供たちとアティカを座らせ、俺はレーションの準備をする。
流石に子供たちへ味は悪評しかなく、本当に先遣及び長期潜伏部隊向けの栄養分とカロリーを満たすためだけの戦闘糧食III型を与えるわけにもいかず、戦闘糧食II型を購入して使用することになった。
携帯加熱剤でレーションを温め、食器に盛り付ける。
メニューはウインナーカレー。可もなく不可もなくの無難なメニューだ。子供には些か量が多い気もするが、今日の朝から何も食べずにここまでずっと歩いてきたのだから、お腹は空いているだろう。食べなければ破棄してしまえばいい。
「さあ、準備はできた。食べてもいいよ」
俺は並べたレーションを指し示してそう告げる。
「い、いただきます」
カレーはこの地域には存在しないのか、並べられたレーションを訝し気に一通り眺めてから、スンスンと匂いを嗅ぎ、食べられそうだとようやく思ってくれたマリカとミロがスプーンをカレーとご飯に突き立てた。
そして、恐る恐るスプーンを口に運ぶ。
「美味しい……」
「お姉ちゃん、これ美味しいね!」
どうやらふたりとも気に入ってくれたようだ。まあ、味がいいと感じるのは恐らくは朝からの空腹のためだろうが。
「まあまあですね」
食事の必要のないアティカもしっかりと食べている。
俺も同じように食したが、それはやはりレーションのカレーだった。それ以上でも、それ以下でも、それ以外でもない。少なくとも兵士の戦意を保てる程度の味はしている。
食事が不味いというのは着実に戦意に影響する。帝政ロシア末期に起きた戦艦ポチョムキンの反乱も、食事が原因だったのではないかと言われているほどだ。
確かに兵士の立場からしても食事が不味いというのはうんざりさせられるものだ。戦闘糧食III型だけで凌いでいた長期潜伏時は食事をしなければならないという義務感で食事をし、食事をしても何の満足感もなく、虚しいだけだった。
「ふたりはユニオ・ボルゲーゼに会ったらどうするつもりなんだい?」
俺はミネラルウォーターを手にそう尋ねる。
「分からないんです。父と母はただ村に何かがあったらその人のところに行けば助けてもらえるとしか言い残してなくて……」
思うに、そのユニオ・ボルゲーゼなる人物は間違いなく反乱勢力を組織している。
それもそうだろう。精霊帝国の軍隊に追われた村人を匿うのがただの慈善事業をしている人間だとは思えない。このようなご時世においてそういうことをやっているのは、それなりの下心があるはずだ。
脱走した村人を集め、組織し、何をするのか?
反乱だと見ていい。精霊帝国への抵抗運動を行うのだろう。
精霊帝国の弾圧によって逃げ出す下層民は増えた。それをそっくりそのままいただけば、それなりの規模で抵抗運動が組織できる。無論、その人員を養うだけの物資や、貴族の軍隊と戦うための物資を考えると戦闘力は察する限りだが。
だが、人がいればどうにでもなる。
彼らが精霊帝国に憎悪を抱いているならば、その憎悪をより一層燃やそうではないか。彼らが貴族に殺意を抱いているならば、その殺意をより一層燃やそうではないか。彼らがこの不条理に怒っているならば、その怒りをより一層燃やそうではないか。
幸いにして今も死者は増え続け、魂はチャージされていっている。こうなれば俺の武装だけではなく、下層民の武装も可能になる。そうなれば後は瞬く間だ。
戦渦が戦渦を。虐殺が虐殺を。報復が報復を。世界はひたすらな混乱に落ちる。
俺はレーションだろうとなんだろうと食事の中に喜びは見出さない。たとえ食事が不味かろうと、混乱さえあれば幸せでいられる。
こういう人間だと分かっているからこそ、女神ウラナも俺をこの世界に送り込んだのだろう。それならば期待には応えなければなるまい。今のところ、この世界において俺が責任を負っているのは女神ウラナの頼みだけで、他の何にも俺は責任を負っていない。
ここでマリカとミロの姉弟が死んでも、ユニオ・ボルゲーゼの組織を探すのが面倒になるだけで、何の責任もない。
「心配する必要はないだろう。ユニオ・ボルゲーゼ氏が助けにならなかったならば、別の場所にいけばいい。生きていれば選択肢はある」
「そうですよね……」
どのような選択を彼らがするのかは俺の責任の範疇にはないのだが、子供が目の前で落ち込んでいれば常識的にこう言うだろうということを俺は告げる。
「お姉ちゃん……」
「どうしたの、ミロ?」
そこでミロが僅かに涙を浮かべて、マリカを見る。
「お父さんとお母さんを置いてきちゃった……。みんな天国に行けないよ……」
ああ。宗教の話か。
俺はそこでひとり黙々とカレーを貪り、沈黙を決め込んでいるアティカに視線を向ける。彼女は俺の視線に気づき、目つきの悪い目を閉じるとため息をつき、渋々というようにマリカとミロの方向を向いた。
「私は聖職者です。精霊教会ではなく、女神ウラナの聖職者ですが。よろしければ、あなた方のご家族のために祈りを捧げましょうか?」
「聖職者の方なのですか?」
アティカは祭服など纏っていないし、一見しては聖職者には見えないだろう。
それに彼女はそもそも聖職者ではなく、天使そのものだ。
「それでお父さんとお母さんは天国に行けるの? 村のみんなも?」
「ええ。尊き祈りは女神ウラナに届き、死者の魂は安らぎを得るでしょう」
とんだ大嘘だ。この混乱で死んだ人間の魂は俺の世界の神との取引に使われる。俺の世界の神がどのようなことにその魂を使うのかは、アティカも俺も知る由もない。
「では、お願いします」
「それでは祈りましょう。迷える魂よ。その罪は許され、その魂は浄化され、天国の門を潜りたまえ。そして、女神ウラナの導きによりて、この地上よりさらなる高みに昇華し、その地にて安息が得られんことを」
アティカはそう告げ、三角形を指で描くと、額に手を当てて祈った。
マリカとミロの兄弟も同じように祈りを捧げる。
宗教か。反乱勢力は恐らく精霊教会のことなど信じてはいまい。だが、15世紀にわたって精霊教会の教えが強制された世界で、女神ウラナの信仰はどれほど残っているのだろうか。儀式や祭典、祈りの言葉などは継承されているのだろうか。
宗教が混乱を引き起こすツールになると、些か苦労するな。
「では、そろそろ眠りたまえ。明日は早朝からまた歩き続けることになる。今の間に体力を回復させておくんだ。見張りは俺がするから心配する必要はないよ」
「ありがとうございます、ヤシロさん」
マリカとミロに毛布を渡すと、彼女たちは流石に疲れていたのか横になってしばらくしない間に寝息を立て始め、安らかな眠りに落ちていった。
「見張りはひとりでよろしいので?」
「ここまで敵の捜索隊が来るとは考えにくい。脳の負荷を減らし、折を見て仮眠する。何、日本情報軍特殊作戦部隊のオペレーターは5、6日の徹夜にだって耐えられる」
アティカが尋ねるのに、俺がそう返した。
ナノマシンは脳を疑似的に眠った状態にすることができる。意識はあるが、体の新陳代謝や体力の回復は行われるような状況だ。それを使えば無理をして9、10日は戦闘力を保持した状態で睡眠をとる必要がなくなる。
「それにこの中で見張りができるのは俺だけではないかな?」
「それもそうですね。私も眠らせていただきます」
アティカはそう告げて毛布を握ると軍用ポンチョの上に丸くなった。
「父さん、母さん……」
時折、マリカたちの寝言が聞こえる。いい夢ではないのかうなされている。
だが、俺はそれに構わず、周辺にクレイモア対人地雷を仕掛けて罠を張り、安全を確保すると暗視装置で油断なく、周辺に目を光らせた。
夜はそうやって過ぎていき、朝日が昇り始める。
幾度かこのような野営を行っていけば、4、5日後にはレジマ山にたどり着く。
そこで待っているのは希望か絶望か。
あるいは俺の望む混乱か。
いずれにせよ、何かしらの結果はあるはずだ。
……………………
2/3




