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特別な鍵

……………………


 ──特別な鍵



 時刻0300(マルサンマルマル)


 俺たちは宿の窓から路地に出ると、そこからユスティニアヌス大聖堂を目指した。


 こういう時に環境適応迷彩があれば便利なのだが、ないものねだりをしても仕方がない。今回はいつでも装備を準備してくれるアティカは同行していないのだ。


 俺たちはなるべく黒に近い衣服を身に纏い、顔をドーランで覆い、暗闇の中を駆け抜ける。シンドーナ兄弟、リリー、エーデの順で我々は真夜中のユスティニアヌス市を進んでいく。用心深く、慎重に。


 リリーは宿に残してきてもよかったのだが、リリー本人が同行したいという意志を表明したために連れて行くことになった。


 リリーが訓練を受けた兵士ではないことは理解している。だが、彼女は魔術師である。その技能が何かしらのことに活かせる可能性は皆無ではないのだ。


「警告。敵のパトロールだ。止まれ」


 俺がハンドサインで合図するのにシンドーナ兄弟たちがエーデたちに合図を伝えていく。隊列は止まり、鎧の金属音が聞こえ始め、やがて松明の明かりがゆっくりと近づいてきていた。俺たちは息を潜めて暗がりの中でパトロールが通過するのを待つ。


「よし。行った。再開だ」


 俺たちは敵のパトロールが通過したことを確認すると、再び音を抑えて路地裏を進む。暗闇の中を幽霊のように進んでいく。


 ユスティニアヌス市の警備は舐めてかかれるものではなく、何重ものパトロールによって警備されていた。我々が小隊規模でここを訪れていれば、発見されるのは避けられなかっただろう。それが分かっただけでも収穫だ。


 やるならば強襲しか他に方法はなし。


 1個小隊の火力でこの都市の何百という衛兵を相手にするのはぞっとするし、まして強襲するとなれば市街地戦だ。それなり以上の苦労をすることに繋がるだろう。


 犠牲者なしでは達成できそうにない任務だ。


「そろそろユスティニアヌス大聖堂が見えて来る」


 俺は文字通り頭に叩き込んだ地図で、位置を把握しながら進んできた。ユスティニアヌス市は事前に手投げ(ハンド・ローンチ)型のドローンで地形を偵察している。我々の手には確かな地図があるということだ。


 それによればそろそろ中央広場に出て、ユスティニアヌス大聖堂が見える。


「あれか」


 ユスティニアヌス大聖堂が見えた。


 構造はナジャフ大聖堂とさして変わりない。尖塔が聳え立ち、ステンドグラスで彩られている。ナジャフ大聖堂とどちがオリジナルなのかは知らないが、建築物としての個性はさしてない。評価する必要もないだろう。


「正面には衛兵が2名。警備に当たっている。裏口に回ってみよう」


 これまでの大聖堂の警備はお粗末だった。


 裏口の鍵が開けっ放しになっていたり、警備がいなかったりと警備する気がないのではないかと思わされるほどにいい加減だった。だからこそ、容易に襲撃出来てきたのだが。しかし、このユスティニアヌス大聖堂は例外だと思われる。


「裏口にも警備が2名。やはり守りを固めているか」


 聖女が奪われ大暴れされているだけでも精霊帝国には迷惑な話なのだ。そこに聖剣まで奪取されたらどうなるか分かったものではないということ。


「どうしますか?」


「エーデ。そもそもあそこに聖剣はあるのか?」


 エーデが尋ねるのに俺がそう尋ね返した。


 馬鹿げた質問であることは理解している。聖剣を封印したのはエーデではない。精霊帝国だ。エーデにそれを尋ねたところでそれが分かるはずもない。


 だが、これまで人ならざる力で物事を把握してきたエーデならば、何か分かるのではないだろうかという願望があった。


「確かにあそこには聖剣があります」


 エーデははっきりとそう告げた。


「ですが、奇妙な力で封印されているようです。このまま扉を破って中に侵入しても、手に入らないのではないでしょうか」


「奇妙な力。魔術か」


 俺はそこでリリーを見た。


「リリー。魔術には物体を封印する力というものがあるのか?」


 俺はリリーにそう尋ねる。


「はい。あります。滅多なことでは使われませんが、魔術錠というものがあり、魔術によってしか開錠できないようにすることができます」


「物理的な攻撃で強引に引きちぎることは」


「不可能です。魔術錠の強度はこの世のどのような物体よりも固いものです。それを物理的な手段で破壊することは不可能でしょう」


 困ったことになってきたな。


 厳重な警備と魔術錠。敵は聖剣を絶対に渡すつもりがないようだ。


「大丈夫ですよ」


 そこで、何故かリリーが微笑んだ。


「私ならどんな魔術錠でも開錠できます。得意なんです。魔術錠の開錠」


 やはりリリーを連れてきたのは正解だったようだ。


……………………


……………………


 我々はそのまま再び地下下水道に潜り、ユスティニアヌス市を離脱した。


 やるべきことはいろいろとある。確実に進めていかなければ。


「まずはユスティニアヌス市を強襲することからだな」


 俺は地図を前に唸る。


 ユスティニアヌス市の城壁はどこも10メートル近い高さがある。城門は木製のものが固く閉ざされており、吹き飛ばすには爆薬が必要。


 そして、城壁の上では常にパトロールが警邏に当たっている。夜中も例外ではなく、夜間にこっそりと壁を越えることは不可能。


 地下下水道を経由して侵入したとしても、リリーの話では魔術錠を開錠するのには30分はかかり、衛兵が異常に気付き、包囲されてしまえば脱出は不可能になる。強行突破という手段もあるだろうが、1個小隊が気づかれずに侵入するだけでも困難だし、仮に成功しても貴族が出てくれば面倒なことになる。


「参ったな。戦力がまるで足りない」


 ユスティニアヌス大聖堂は当初の予想を超えていた。ここまで面倒なものだとは、俺も想定していなかった。完全に俺のミスだ。


「今から援軍を要請するか……。いや、それでは時間がかかりすぎる」


 敵の注意がアトス要塞に向いている間に片付けたいのだ。それなのにここで援軍を呼ぶことになったら、国境線に広がる何重ものパトロールを切り抜けてもらわねばならず、発見されればユスティニアヌス市の警備がさらに強化されることに繋がる。


「ヤシロ様。昼食ですよ」


「ありがとう、エーデ」


 エーデは朝からずっと考えている俺のために昼食を持ってきてくれた。とは言っても、戦闘糧食II型なのだが。


「ん? このお茶はどうしたんだい?」


「リリーさんがくださったんです。頭が働くように蜂蜜も入っているそうですよ」


 ふむ。リリーか。


 彼女は死体を操れる。蜂蜜も死体に採取させたのかもしれない。


「死体、か」


 俺は改めてユスティニアヌス市の地図を見る。


 門は4つ。東西南北に開いている。


 このいずれかに敵を引き付けることができるのであれば……。


「リリーはどこに?」


「ご自宅です。まずは昼食を済ませましょう、ヤシロ様」


 俺が尋ねるのに、エーデが落ち着かせるようにそう告げる。


「そうだな。まずはそうしよう」


 俺はそう告げてお茶に口をつける。


 甘い。糖分が脳に染みわたるのを感じる。


 それと同時に俺は手に入れなければならないピースが集まった気がした。


「エーデ。すまないね、ここまで準備してもらって」


「いえ。ヤシロ様にはいろいろな仕事があられるようですから」


 今日も戦闘糧食II型はパックのままではなく、飯盒に盛られていた。エーデがわざわざ手をかけてくれた証拠だ。


「聖剣が手に入ったら、君はどうなるんだい?」


 俺は純粋な興味からそう尋ねた。


「分かりません。女神ウラナ様の神託では強力な力が手に入るそうですが、実際にそれがどういうものなのかは分からないのです。それでも聖剣を手にすれば、全てが分かるはずです。聖剣の力というものは確かに感じるのですから」


 聖剣の正式名称は“万物破壊の聖剣”だったか。名前だけでも随分と物騒なのだが、それをこれまで人には到達不可能な働きをしてきたエーデがそれを手にすれば力が解放されるというのだから、恐ろしい威力を発揮するのかもしれない。


 しかし、どうだろうか。エーデにこれ以上の重荷を背負わせるというのも。


 聖剣が扱えるのがエーデだけになれば、抵抗運動レジスタンスはいよいよエーデを手放さなくなるだろう。それがエーデにとっていいことなのか、それとも悪いことなのかは俺には理解しかねるところだ。


 人間は誰だろうと必要とされることを求める。だが、必要であることを求められすぎるものまた苦痛なのだ。


 軍隊というのは、ことに特殊作戦部隊というのは、兵士個人個人に必要であることが強く求められている。その期待に沿いかねて、カウンセラーの世話になる兵士も少なくない。ナノマシンがいくら不必要な感情を握り潰すとしても、上官や同僚に必要とされているという環境までは握り潰せないのだから。


 俺自身も必要とされてきた。内戦誘導の専門家として、民兵を組織する専門家として、軍閥に虐殺を行わせる専門家として、憎悪と殺意に塗れた世界をプロデュースする専門家として。日本情報軍に、軍閥に、テロリストに必要とされてきた。


 そのことを苦痛に感じたことはないが、たまにその期待が煩わしく思えてくる。


「エーデ。君には大きな期待が寄せられるだろう。君はそれでいいのか?」


「はい。私は女神ウラナ様より神託を授かったのです。期待されるかもしれませんし、失望されるかもしれません。それでも私は私の義務を成し遂げるだけです」


 そうか。エーデは寄せられる期待にも応えるというのか。


 ならば、何も言うことはない。エーデがその期待に応えるのを見守るだけだ。


「ともに勝利しよう、エーデ」


「はい。ヤシロ様」


 そうだ。勝利しなければならない。


「ヤシロ!」


 俺とエーデがそう決意していたとき、飛び込んでくるものがいた。


 抵抗運動の兵士だ。何事だ?


「何が起きたんだい?」


「黒書騎士団だ。黒書騎士団がユスティニアヌス市の中に入ったのを斥候が確認した。どうすればいい?」


 この状況で黒書騎士団とは!


「黒書騎士団が去るまでは仕掛けない。彼らは街ごと我々を吹き飛ばすのをいとわないだろう。危険すぎる」


「分かった」


 俺の言葉に抵抗運動の兵士が頷いた。


「黒書騎士団ですか。どうなさるのですか、ヤシロ様」


「少しばかり考えていることがある。それが実行できるかは──」


 俺は視線をある方向に向ける。


「リリー次第だ」


……………………

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