予想外の出会い
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──予想外の出会い
我々は国境地帯で深夜になるのを待った。
草むらに伏せ、虫が這いずるのを無視し、ひたすらに待ち続ける。待つことも軍人の仕事であるとは言ったものだ。
そして深夜。時刻は0300。
パトロールが通過していったのを確認してから我々は動き始めた。
アトス要塞を以前攻撃したように国境の壁にロープを垂らして乗り越え、バルフ王国側へと侵入する。ただ、前回と違うのは、バルフ王国は既に完全な臨戦態勢にあるということだ。ティベリア藩王国が陥落し、今や残された精霊帝国支配下の僅かな国家であるバルフ王国はもはやこれ以上の侵攻はさせまいと守りを固めていた。
「十二分に気を付けて進もう。敵はかなりの守りを固めている」
「了解」
我々の部隊に加わった仲間にはシンドーナ兄弟もいた。
「パトロールが何重にもなっているな。流石に危機感を覚えているか」
パトロールは国境線だけでなく、その内側にも張り巡らされていた。
いくつものパトロールが通過するのを我々は辛抱強く待ち、そしてパトロールが予期しないだろう位置を移動していく。
装備は日本情報軍のドレスコード通り。迷彩服5型。防弾チョッキ4型。ナノスキンスーツ。強化外骨格。
我々はその装備を駆使して、バルフ王国の奥へ、奥へと侵入していく。
「街道が見えた」
やがて山林が途切れ、街道が姿を現す。
街道を移動するというのはなしだ。街道には検問があるに決まっている。ペネロペたちもまだ偽造書類が作れず、それに加えて警戒下にある検問をそのまま通過しようというのはちょっとばかりぞっとさせられる。
我々は山林に戻り、山林を伝って、ユスティニアヌス大聖堂を目指す。
幸いにして街道付近のパトロールは街道だけを向いている。山林を通過する人間などいないとでも言わんばかりに。衛兵と言っても下層民。貴族様にこき使われて、虫に食われながら山林までパトロールするのはごめんなのだろう。
彼らの心境を察したところで、いよいよ山林が途切れた。
ここからは迷彩服5型を脱ぎ、着替える。
継ぎ接ぎの多い服。農民やあまり儲かっていない行商人の纏う服を着て、我々はこの先に進むことになる。迷彩服5型にいくら環境適応迷彩機能が備わっているとしても、それは万能ではない。昼間になれば影などで見つかってしまう。
我々は着替え終えると、歩みを再開する。
行商人のように背負った籠の中には廃棄モードにして破棄した人工筋肉を除く、装備一式が収められ我々は黙々と街道を進む。
やがて太陽の光が昇り、朝が訪れた。
そして、見えてくるのはバルフ王国国境付近の都市でありユスティニアヌス大聖堂を有するユスティニアヌス市だ。
高さ10メートルほどの城壁によって囲まれており、侵入者を全く寄せ付けないという決意を露にしている。我々も装備なしではあの街に入ることすらできないだろう。
「どうするのですか?」
我々の部隊にはアティカも同行している。万が一に備えて。
「様子見だ。また山林に身を隠そう。そこで夜間に偵察を行い、警備に穴がないかを探る。ダメなようなら正面突破だ。味方の支援を受けられない状態で正面突破というのも少しばかり嫌な感じがするが」
俺はアティカにそう告げてユスティニアヌ市近くの山林へと向かった。
ユスティニアヌス市そのものの警備は固いようだが、周辺の警備はそこまででもない。山林をパトロールしている衛兵はいないし、貴族がうろついている様子もない。
「さて、ここで夜になるのを待つか」
我々は山林の中に野営地を準備する。
雨が降る様子もなく、温度も適切なので、テントなどは展開しない。余計なものを広げて逃げるのに手間取ったり、発見されるリスクを上げたくはない。
それから我々は戦闘糧食II型で食事を済ませ、夜になるの待った。
「ヤシロ様」
俺が暗闇の中、補正された視野でユスティニアヌス市を見つめていたとき、エーデが声をかけてきた。
「どうした、エーデ?」
「奇妙な力を持つ者がこちらに近づいています。距離2000歩。どうしますか?」
「奇妙な力? 魔術ではなく?」
「魔術とは異なるようです」
魔術とは異なる奇妙な力、か。
「方角は?」
「南南西からです」
俺はエーデの言葉にしばし考える。
南南西と言えば森の中だ。貴族だとして、森の中で、こんな夜中にひとりでうろうろするものだろうか? どう考えても様子がおかしい。
「殺すのは簡単だろうが、事情を聴いてみるというのも貴重な手段だ。接触しよう」
「了解しました」
俺とエーデは監視任務をシンドーナ兄弟に代わると、目標の人物に向けて接近していった。やがて俺の補正された聴覚にも足音が聞こえてきた。エーデの報告通り、ひとりだけだ。他に人間がいる様子はない。
俺はその足音の主を探す。木々と茂みが多く、なかなか目標は発見することはできないが、距離200メートルまで目標の足音が迫った時、姿が見えた。
それは少女だ。
14、15歳ほどだろう。エプロンドレスにブーツでこの山林を進んでいる。顔の様子はフードを被っているので具体的には分からないが、背格好と僅かに見える表情からそれが少女であることは間違いなかった。
「止まれ」
俺は少女に向けて銃口を向け、そう告げる。
少女はビクリとしたように震えると、周囲をきょろきょろと見た渡した。
「どなたかいらっしゃるのですか?」
「質問はこちらがする。君は精霊帝国の関係者か?」
少女の声だ。高いソプラノ。
「違います。もしかして、皆さんは抵抗運動の?」
「質問はこちらがする。君は魔術師か?」
抵抗運動の噂は森の中にまで広がっているのか。それとも彼女は最初から抵抗運動のメンバーを探していたのか。いずれによ、抵抗運動の存在は知られている。
「魔術師……。魔術師と言えば魔術師です。ですが、貴族ではありません」
「貴族ではない魔術師? 犯罪者か?」
少女がそう告げるのに、俺は問いを重ねた。
「そのようなものです。“呪われた血筋”というものをご存じで?」
「いいや。知らない」
少女がやや悲し気に告げるのに、俺はそう告げて返した。
「少し長い話になります。よろしければ私の家までいらしてくれませんか? 疑われていることは分かっていますが、私も抵抗運動には協力したいと思っていたのです」
さて、どうするべきか。
これが罠である可能性は低くはない。だが、罠にしてはあまりもお粗末だ。三文作家の書いた脚本でもこれよりましだろう。
それならば罠ではないかと言われればそうとも言えない。
偶然、抵抗運動にそう遭遇したから咄嗟についた嘘ということもあり得る。俺たちと会うことは計画の中になく、ただ夜中に歩き回る趣味のある精霊帝国の人間という可能性は皆無というわけでもない。馬鹿げているようにも聞こえるが。
だが、見つかってしまっている以上、この少女を帰すわけにもいかないし、本当に抵抗運動に賛同する意志を示している人間なら引き込まないともったいない。我々は未だにバルフ王国で、抵抗運動に賛同してくれる人間を見つけていないのだから。
「分かった。同行しよう」
俺はそう告げるとインカムでシンドーナ兄弟に連絡を取り、暫く野営地を離れる旨を告げた。シンドーナ兄弟は困惑しながらも了承の返事を返し、俺はエーデに視線を向ける。エーデは置いていった方がいいだろうか。
「エーデ。君はどうする?」
「許されるのであれば同行します」
そういうだろうとは思っていたよ。
「では、ふたりで向かおう。今そちらに姿を見せる」
俺はそう告げると銃口を少女に向けたまま、前方に進み出る。
「では、改めましてこんばんは。八代というものだ」
「こんばんは、ヤシロさん。私はリリー・フォン・ルックと言います」
俺が告げるのに少女は微笑んだのだった。
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リリーに案内された家屋は森の中にあった。
「昔は狩猟小屋だったそうです。今は使われていませんから、安心してください」
家というよりも確かに小屋だ。
煙突が空に伸びているが煙は出ておらず、吹けば壊れそうな作りの小屋である。
「では、どうぞ。お客様を迎えるのは初めてじゃないんですよ」
リリーはそう告げると、扉を開いて中に俺たちを招き入れた。
外観の壊れそうなそれと違って、内装は綺麗に整えられている。僅かにハーブの香りがするのは彼女が薬を調合しているのか、それともお茶でも淹れる趣味を持っているのか。今の状況では分からない。
「こちらにどうぞ」
そう告げてリリーは椅子を勧めた。
「では、聞かせてもらおう。“呪われた血筋”とはなんだろうか?」
俺は椅子に座り、リリーも座ったのを確認するとそう尋ねた。
「魔術は土、風、水、火の四属性に分けられることはご存知ですね?」
「ああ。知っている」
土の精霊公、風の精霊公、水の精霊公、火の精霊公。
精霊公は4つの属性を司り、魔術師たちはこのいずれかの魔術が開花する。
「“呪われた血筋”とはその4つの属性に収まらなかったものです。魔術師たちの中の忌み子。私の場合は、何といったらいいのでしょうか。そうですね。死属性とでも言うべきものなのかもしれません」
「死属性? どういう意味だろうか?」
「お見せした方が早いかと思います」
リリーはそう告げると、指を鳴らした。
すると、リリーの背後で何かが動いた。
死体だ。
腐敗の進んでいない──腐敗の中断された死体。青白い肌をし、死人の瞳をしたそれがリリーの背後で動き出し、リリーの隣に立つ。
「お客様にお茶を」
リリーがそう告げるとその死体は頷き、台所というにはあまりも狭い空間に向かった。そこで生きている人間がやるようにお湯を沸かし、茶葉からお茶を入れる。
「これが私の魔術です。死人を操るというもの。まさに“呪われた血筋”だとは思いませんか。私は呪われているのですよ」
そう告げてリリーは寂し気に笑った。
ハーブの匂いの意味が分かった。あれは死体の臭いをごまかすためのものだ。
「その死体はどうしたんだい?」
「最近、抵抗運動の動きが活発化しているということを理由に、村々が衛兵たちに襲われているのです。そこで死んでいた死体を弔ってから、いただきました。冒涜的な行為なのかもしれませんが、私ひとりで生きていくのは難しいのです」
墓荒らしをしたわけではなさそうだ。リリーが嘘をついている様子はない。
「“呪われた血筋”というものは精霊帝国でどのように扱われているのだろうか?」
「見つけ次第殺せ、というものですよ。ある意味では私たちは魔術が使えない下層民たちよりも嫌われているのです。モレク・アイン・ティファレトの定めた4つの属性に含まれぬ魔術師は悪魔の使いであると言われて」
確かに下層民より扱いは酷いようだ。どうりでこんな古びた小屋に隠れ住んでいるということなのだろう。見つけ次第殺せとは。
「だが、君はどうやってここまで生き延びられた?」
「父と母が命を賭して助けてくれたのです。ギリギリまで私が“呪われた血筋”であることを隠して、生きていくための知恵を与え、そして精霊帝国の手が及んだ時に、私を遠くへと逃がしてくれたのです。多分、あの後、父と母は……」
リリーもエーデと同じように両親を失っているのか。
「つまり、君は復讐のために抵抗運動に加わりたいというわけだ」
「ある意味では。それは否定しません。ですが、私は助けたいのです。少し違う魔術を使うだけで“呪われた血筋”をいう烙印を押され、殺されていく同じような境遇の子供たちを。彼らを救うことができれば、世界はもっと住みやすくいなるはずです」
動機としては悪くない。
復讐と社会への貢献。どちらも抵抗運動の原動力となりえるものだ。ことに復讐というものは人を憎悪に塗れた獣とする。仲間が殺された部隊は、憎悪に燃えて、より多くの敵を殺そうとするものなのだ。
だが、リリーからはそこまでの憎悪を感じない。彼女の精霊帝国を語る口調に憎悪の色はなく、平坦なものである。
本当に彼女は精霊帝国に復讐したいのだろうか。
「君は本当に精霊帝国を憎んでいるのかい? 俺の目にはそうは見えない」
「私が憎んでいるのは“呪われた血筋”を“呪われた血筋”としたモレク・アイン・ティファレトです。もちろん、今の魔術が使える人間だけが特権を有する社会も変えなければならないかと思います。けれど、“呪われた血筋”にとってモレク・アイン・ティファレトほど憎むべき敵はいないのです」
ここで初めてリリーが憎悪を見せた。
彼女が憎んでいるのは本来ならば自分が所属するはずだった精霊帝国ではなく、精霊帝国皇帝にして専制君主であるモレクなのか。
それでは我々の抵抗運動と合流するときに幾分かのすれ違いが生まれるかとも思うが、それでも彼女も今の体制を変革させるべきだという意識を持っている。それが武力によって貴族たちを皆殺しにして得られるものかどうかの違いだけだ。
リリーは自分の同胞となるはずだった者たちが殺されることに耐えられるだろうか?
「リリー。我々は武力による変革を始めている。貴族たちを皆殺しにするつもりだ。そのようになることを大勢が望んでいる。それでも抵抗運動に加わるか?」
俺は静かにそう尋ねた。
リリーは僅かに困惑したような反応を取ったが、やがて沈黙を破った。
「皆さんがそう望まれるのであればそうしましょう。ですが、“呪われた血筋”を迫害するようなことだけはやめてください」
リリーの答えははっきりしていた。
「分かった。では、そうしよう。ようこそ、我々の抵抗運動へ」
こうして新たにリリーが仲間になった。
貴重な現地協力者だ。大切に使わなければなるまい。
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