ポタラ城侵入
……………………
──ポタラ城侵入
貴族の暗殺は急ピッチで進み、僅かに2週間で35名の貴族が死んだ。
貴族たちは大打撃を受け、残るは薬物で汚染された能無しだけになっている。
そこで我々はいよいよティベリア藩王国における作戦を最終段階に進めることを決定した。つまりは水の精霊公テオドシウス・フォン・ホルシュタインの暗殺だ。
「テオドシウスはポタラ城に拠点を構え、そこから動く様子はない。我々はつまりポタラ城を強襲しなければならないということだ」
ティベリア共和国軍と自由エトルリア同盟の幹部たちが集まった席で俺は地図を広げながら、そう告げ始める。
「ポタラ城を襲撃するのには少しばかり頭を使わなければならない。全くの無策でこの城を落とすことは難しい。城の周りには堀が巡らされており、正面突破を困難なものにしている。地下下水道も完全に水没している」
「まさに水の要塞だ」
俺が告げるのにエトヴィンがそう付け加えた。
「そう水の要塞だ。だが、攻略方法がないわけではない」
俺はそう告げて地図を指さす。
それはポタラ城の地下下水道の位置が記された地図であった。
「地下下水道は完全に水没していると言ったが、例外がある。地図のこの地点からは地下下水道に忍び込め、4メートルの距離を潜れば、ポタラ城の地下に出る。無論、柵はしてあるので焼き切らないといけないが」
「水中にある柵をどうやって焼き切るんだ?」
「手はある。俺が準備をしておく」
水中でも鉄を溶断できる装備は存在する。日本情報軍と日本海軍の特殊作戦部隊はそういう特殊装備を使って、これまで様々な作戦を実行してきたのだ。
だが、問題がある。
「たったの4メートルの距離だが、地下下水道に光源は存在しない。我々はライトの明かりだけでこの4メートルの水路を潜り、進むことになる。これは途中で迷ったり、空間把握が行えなくなるリスクを秘めている。その結果は溺死だ」
これから行うことはケーブダイビングと同じリスクを負っている。
視界不良、方向感覚の混乱。
いくら空気ボンベを背負って潜るとしても、空気ボンベにも残量がある。無制限に呼吸ができるわけではない。我々は限られた時間で確実に目標に到達し、ポタラ城の地下に上陸しなければならないのだ。
「俺はこの手の作戦の訓練を受けている。だが、ここにいる人間も、自由エトルリア同盟の兵士にも、ティベリア共和国軍の兵士にも、この手の作戦の訓練を受けた人間はいないだろう。それが問題になってくる」
もちろん、ロープなどを使って俺が誘導すれば、訓練を受けていない人間でも潜水して、そのままポタラ城の地下に忍び込めるだろう。可能性はある。
だが、装備を抱え、それでいてダイビングのための装備を抱えた状態で、どれほどまでに訓練を受けていない人間が動けるのかどうかは謎であった。
もしやすると、敵と接触する前に死者が出る可能性もあるのだ。
「これは決死の作戦だと考えてもらいたい。その上で志願制で部隊を編成する」
俺はそう告げて集まった人間を見渡す。
「他に方法はないのか? ティベリア共和国軍はテオドシウスにドラッグを提供しているのだろう。ならば、ドラッグの密輸ルートを使いなどして……」
「あいにくだが、取引が行われるのはポタラ城の裏口だ。そこでテオドシウスの代理人がドラッグを受け取り、俺たちは金を受け取ったら追い返される。中に入る方法なんてものはこっちにはねえよ」
バルトロが告げるのに、エトヴィンが鼻を鳴らした。
「そう多くの人間は求めない。5、6名いれば十分だ。最低なら俺を含めて3名でもいい。志願者を集めてくれ。俺が選別する」
「それでは私が」
そこで声を上げたのはエーデだった。
エーデはいつものように目を瞑ったまま、手を上げていた。
「エーデ。これはとても危険な任務になる。生きて帰られるか分からない」
「はい。理解しています。それでもヤシロ様が戦いに向かわれるならば私も」
ここ最近、ようやくエーデは活動できるようになっていた。
ドラッグの密売にはかかわらせられなかったが、貴族の暗殺ならば任せられる。彼女はこの2週間で両手では数えられない数の貴族を暗殺している。
だが、彼女はそれでは不足していると考えているようだ。エーデはテオドシウスの暗殺にも同行すると言っている。これはそれなり以上の危険があるというのに。
「分かった。エーデをメンバーに加えよう」
「正気か? 死の危険があるのだろう?」
「戦場には常に死の危険があるよ、レオナルド」
認めざるを得ない。
エーデがこれまで従事してきた数多くの作戦にも常に死の危険はあったのだ。ゲルティ・フォン・マントイフェルを暗殺したときも、ユーディト・フォン・ファルケンホルストを暗殺したときも、他の貴族たちを暗殺したときも、様々な抵抗運動としての活動を行ったときも、危険は常にあったのだ。
今回の作戦も危険ではるが、今までも危険だったのだ。
「じゃあ、俺も加えてくれないか」
そこで意外な人物が手を上げた。
エトヴィンだ。エトヴィンがにやりと笑って、手を上げていた。
「エトヴィン。疑うわけではないが、戦えるのか?」
「もちろん。これまで貸してももらった武器の使い方はマスターしてる。問題なく行動できるだろうよ。それとも俺じゃ不満か?」
エトヴィンは安全地帯に引き籠って利益だけを計上する人間ではないことは分かっていた。彼はドラッグの密売でも前線に立ち、現場で指揮を執っていた。彼が活動的な指導者であることは認めなければならない。
「それにな。こういう仕事は偉い人間がまず率先してやらないと後に続く人間はいないんだよ。そういうもんだろ?」
エトヴィンはそう告げてただ小さく笑っていた。
「では、エトヴィンに頼むとしよう。他は完全な志願制とする。2名集めれば十分だ。危険な任務であることは重々理解させてから、志願を頼んでくれ。以上だ」
俺はそう告げて会議を終わらせた。
エトヴィンはどうしてこの作戦に加わる気になったのだろうか。これまで彼が前線に立っていたとは言っても、限度というものがある。ケーブダイビングもどきのことをしてまで侵入しなければならないというのに同行するとは。
それにエトヴィンが先頭に立ったことでこの任務を楽観視する人間が出てくることも困る。これはそれなり以上にリスクのある作戦であり、死人が出る恐れがあるのだ。
だが、それも今更の話だ。
俺は現地の住民の死のことなど気にもしないだろう。彼らが何十名死のうが、気にしやしないだろう。抵抗運動が継続できるならば、どれだけの死人が出ても平然としていられるだろう。結局のところ、俺はそう言う人間なのだから。
俺はまた混乱に対する仄暗い感情を抱きながら、作戦準備を始めた。
……………………
-
……………………
志願したのは20名近くいたが、最終的に心身共に優れた2名が選抜された。
「これを装備してくれ」
俺はアティカとの魂の取引で手に入れた潜水装備一式をエーデたちに手渡す。
アティカは案の定というか、エーデの作戦参加には反対した。だが、結局はアティカもエーデが自分から望んだことであるそれを受け入れるより他なかった。
俺自身も最近はエーデを危険に晒したくないと考えていた。エーデの聖女としての権威が高まりつつあるためか、彼女が犠牲になれば抵抗運動は大打撃を受けるためか。いずれにせよ、俺はエーデに危険な状況に突っ込んでほしくはなかった。
「これを装備するのか? どうやって?」
「俺のやるようにやってくれ」
エトヴィンが尋ねるのに、俺は潜水装備を装備して見せた。
エトヴィンたちも見様見真似で潜水装備を装備する。エーデも同じように潜水装備を装着していく。空気ボンベを背負い、マスクをつけ、フィンをつけ、ヘッドライトなどをつける。必要なものは全て揃えたはずだ。
この手の作戦の訓練は受けているし、実戦に従事したこともある。あの中央アジアの内戦では戦闘を苛烈化されるためにいくつもの暗殺任務が実行された。我々は地下水路に潜り、水没した地下トンネルに潜り、暗殺作戦を実行してきた。
もっとも、この手の作戦の主役は日本海軍の特殊作戦部隊だ。我々日本情報軍が行うのは表ざたにできない作戦。表ざたになっても問題ない特殊作戦については海軍の特殊作戦部隊が従事していた。流出した核兵器の奪還や核燃料の回収任務などの“英雄的”な作戦は、海軍の仕事であった。
我々日本情報軍はどこまで行っても薄汚い仕事だ。それ以外に我々が従事する作戦は存在しない。日本陸海空情報軍の四軍の中の鼻つまみ者。
だが、それでもスキルがあることに変わりはない。そのスキルをどのように使おうともスキルはスキルだ。暗殺命令を命じるためにタッチペンでサインするのと、保健所で保護されている犬の待遇改善のための署名活動にタッチペンでサインするのも同じスキルだ。スキルそのものに善悪は存在しない。
さて、準備が整ったところで始めるとしよう。
「このロープから絶対に手を離さないでくれ。地下下水道の中の視野はゼロに近い。ライトがあったとしてもお守り程度だ。過信はしないように」
俺はロープをエーデたちに手渡し、その先端を自分の胴体に巻き付ける。
「では、準備はいいかね?」
「始めてくれ」
俺が確認するのにエトヴィンが頷いて見せた。
「では、行こう」
時刻は0300。
夜襲には絶好の時間帯だ。
俺たちの使用しているウェットスーツは日本海軍が使用しているものと同じで、環境適応迷彩の機能がついている。上陸してからもわざわざ着替える必要はない。
俺はHK416自動小銃。エーデはM14自動小銃。エトヴィンと他の2名はAKMS自動小銃をそれぞれ装備している。どれもサプレッサー付きだ。
俺は地下下水道の水の中に飛び込むと、事前の地図の通りに水路を進む。俺が迷えば全員が溺死だ。責任は重大だ。
もちろん、この手の作戦をぶつけ本番で行うはずもなく、偵察のために一度潜っている。その通りに進めばいいだけだ。
ライトの光源がナノマシンで増幅され、周囲がクリアに映る。
地下下水道を4メートル。たったのそれだけ進むと、鉄の柵が見えた。
俺は溶断機を取り出し、鉄の柵を切断していく。火花が僅かに飛び散るのが見えるが、この濁った水ならば、もし地下に警備の衛兵がいたとしても、見つけることはできないだろう。そして、この音も水の中から外にはさして響くまい。
切断は2分で終わった。鉄の柵を切断した俺はそのまま前方に進む。
そして、ついにポタラ城の地下に到達した。
俺はゆっくりと水面に顔を出し、周囲を見渡す。
地下に警備は1名。退屈そうに欠伸をしている。
俺はコンバットナイフを抜くと、その警備の背中に近寄り、足を引っ張って水中に引き摺り込み、水中で喉を引き裂いた。
血液が濁った水の中で踊るように舞い上がり、警備の人間は数秒抵抗しただけで物言わぬ死体へと変わった。
俺は胴体のロープを引っ張り、上陸準備ができたことを知らせる。
「ようやくご到着か」
エーデが静かに上陸し、エトヴィンがため息混じりに上陸し、他の2名がそれに続く。
「ここからは役割分担通りに進める。2名は離脱地点の確保。我々はテオドシウスの暗殺だ。脱出手段については期待していてもいいのだろうね?」
「ああ。裏口については詳しい。強行突破するならどうにかなるだろう」
我々の脱出手段はエトヴィンのティベリア共和国軍に任されていた。
我々は作戦終了時に合図を送り、その合図でティベリア共和国軍が動く。ティベリア共和国軍がこれまで薬物の密輸に使っていた裏口を強襲し、そこから我々は脱出する。侵入には利用できないが、テオドシウスとの戦闘で警報が鳴り響いた後ならば使える。
「では、諸君。作戦開始だ。目標はティベリア藩王国総督にして水の精霊公テオドシウス・フォン・ホルシュタイン。今日、彼には消えてもらう」
俺はそう告げたとき、エトヴィンは笑ってはいなかった。
……………………
面白そうだと思っていただけましたら評価、ブクマ、励ましの感想などつけていただけますと励みになります!




