いよいよ本格的な抵抗運動です
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──いよいよ本格的な抵抗運動です
自由エトルリア同盟の兵士たちが越境を完了した。
そして、ティベリア共和国軍のドラッグ密売も一時的に完了した。
結構、実に結構。
それでは始めるとしよう。我々の内戦を。
「ペネロペは既に乱心した貴族の記事を伝えているのだね?」
「もちろん! 乱心した貴族がどれほどの下層民を虐殺したかを伝えているよ」
その地域におけるゲリラ戦にはその地域に応じた民衆の支持が必要になってくる。
ペネロペたちにはこの地域の支持を得るためにこの間の薬物中毒の貴族による民衆への無差別攻撃を取り上げてもらい、そのことを知らせる記事をティベリア藩王国の隅々にまで送り込んだ。これによって民衆は我々を支持することだろう。
貴族が違法とされた薬物に手を染め、その上で錯乱して民衆を虐殺する。それは民衆の支持を得るうえでこの上なく、格好の材料となってくれた。
「あなた方も異論はないだろうか?」
このことに不満の声を上げるとすれば、それはエトヴィンたちティベリア共和国軍の者たちだ。彼らはそのドラッグで利益を上げており、ドラッグの密売が非難されるならば、真っ先にやり玉に挙げられてしまう。
「異論はないとも。好きにやってくれればいいい。俺たちは構いはしない」
エトヴィンからの返答はシンプルだった。
自由エトルリア同盟の好きなようにやればいい。自分たちはそれに干渉するつもりはない。その返答はシンプルで、分かりやすかった。
「本当にそれでいいのか?」
「いいとも。そろそろ貴族たちに頭を下げる時間は終わりだ。今度は連中に頭を下げさせる番だ。断頭台にその首を晒すためにな」
エトヴィンは薄笑いを浮かべてそのように告げる。
彼がどこまで本気なのかは理解しかねる。本気で貴族たちを叩くことを望んでいるのか、それとも俺たちにはどうせ貴族たちを叩く力などないと高をくくっているのか。
「では、攻撃を開始しよう」
いずれにせよ、攻撃は始めなければならない。
そうでなくては精霊帝国を打ち倒すことはできないのだから。
「この状況から考えて、目標とする貴族はまずはティベリア共和国軍のリストに名を連ねていないものからになる」
「つまり、薬物の影響を受けていないものからか?」
俺が告げるのに、バルトロが不満そうな声を上げた。
「そうだ。ティベリア共和国軍のリストにある人間はいつだろうと殺せる。まして、ティベリア共和国軍からの薬物供給が途絶えた状況においてはいくらでも始末のしようはあるだろう。わざわざ最優先で狙うべき目標でもない」
ティベリア共和国軍のリストにない──ティベリア共和国軍からの薬物供給を受けていない貴族から狙うのは既定路線だった。
このティベリア藩王国を制圧するに当たって必要なのは、健全な貴族たちの排除だ。薬物に汚染されている貴族たちはあてにならない。そんなものはどのような手段でも排除することが可能だろう。
我々が相手にしなければならないのは、薬物汚染を免れた健全な貴族たちだ。ティベリア藩王国の理性を削ぎ取り、ティベリア藩王国を真の混乱に突き落とす。
「ティベリア藩王国を落とすには他に方法はないと思っている。異論があるならば聞くとするがあるだろうか?」
俺はそう告げて列席者たちを見渡す。
バルトロも、レオナルドも、ペネロペも、トゥーリオも納得している。
結局のところ、我々はドラッグの密売で稼いだ金で動くわけだ。日本情報軍がそうしてきたかのように。ドラッグで儲け、ドラッグで社会不安をもたらし、ドラッグで統治体制に軋みを生じさせ、そこを攻撃する。
何という秘匿作戦だろうか。何という秘密作戦だろうか。
この世界にも我々の活動の倫理的問題を指摘する部外者はいない。日本情報軍にもそのような人間はいなかった。日本情報軍の活動は秘匿され、第三者による監査を受けることはなかった。そのようなことを日本情報軍情報保安部は許しはしなかった。
議員を脅し、閣僚を脅し、彼らは秘密作戦の合意を取り付けてきたのだ。
日本の国益のために。日本情報軍の利益のために。
「では、我々が行う作戦はシンプルだ。貴族たちの暗殺。それに尽きる」
貴族たちがこのティベリア藩王国を支配しているならば、その支配体制を叩き壊すのみである。貴族の支配体制にひびを入れ、最終的には破壊しきる。
「目標をリストにした。まずは見てくれ」
俺はそう告げてリストを配布する。
「かなりの人間がターゲットになっているな」
「短期決戦を目指す。ここでは長々と時間を食うわけにはいかない。既に敵はバルフ王国の件が陽動だと気づいている可能性が高い。それならば迅速に動いて、目標を確実に消し、ティベリア藩王国の支配体制を確実に揺るがす」
目標は2週間以内にリストにある全ての貴族を消すことにある。
ここでは徐々に体制を切り崩すという方法はやっていけない。そんなことをしていれば瞬く間に精霊帝国本国からの増援がやって来て抵抗運動を潰そうとするだろう。黒書騎士団という最大の脅威は今は戦闘状態にないとは言えど、精霊帝国は他にも魔術を使える人間が存在するのだから。
敵が気づいたときにはもう手遅れ。そういう状態にしておきたい。
「確かに短期決戦は必要とされるだろう。精霊帝国は抵抗運動を今や完全に敵視している。これまでのように少し煩わしい存在ではなく、完全な敵と見做している」
俺の言葉にトゥーリオが頷いた。
「じゃあ、大急ぎで準備しないとね。バルトロさん。もう大丈夫なの?」
「準備はできている。しかし、現地の協力は本当に得られるのか?」
ペネロペが尋ねるのに、バルトロがエトヴィンを見た。
「問題なく支援しましょう。ここは俺たちの庭のようなものだ。何だろうと支援できる。武器の密輸から兵士の不法侵入までお助けしますよ」
バルトロの言葉にエトヴィンが小さく笑ってそう告げた。
「その代わりと言っちゃなんだが、俺たちもその暗殺に加えてもらえるか。このティベリアは俺たちの土地だ。それを変革しようと言うのならば、俺たちも加わらなきゃならないだろ。南部の人間に任せっぱなししておくとどうなるか分からないしな」
「素人を作戦に組み込めと?」
エトヴィンの言葉にバルトロが不快そうな表情を浮かべる。
「いいだろう。ここは確かにあなた方の土地だ。あなた方の手で挑戦するというのも当然の権利だろう」
「だが、素人だぞ」
俺が告げるのにバルトロが噛みつくようにそう告げた。
「彼らは素人ではないよ、バルトロ。彼らは既に監察官を務めていた貴族たちと戦い、これを殺害している。それに君の部隊の支援があれば、彼らは問題なく、戦術的に正しい行動がとれるだろう。何か他に不満な点は?」
俺はバルトロにそう告げて返した。
「お荷物を背負って暗殺か」
「よろしく頼むぜ、タフガイ」
バルトロがため息をつき、エトヴィンが笑う。
「それでは決まりだ。暗殺を繰り返し、精霊帝国の支配に抵抗しよう」
そして、我々も憎悪に塗れるとしよう。
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暗殺にはあらゆるツールが全面的に使用された。
あらゆる爆弾、あらゆる銃弾、あらゆる殺しの道具。
貴族を馬車ごと爆薬で吹き飛ばして、その亡骸を空高く打ち上げる。機関銃で滅多撃ちにして、蜂の巣にする。屋敷に侵入し頭に2発の銃弾を叩き込む。銃剣で喉を引き裂き、鮮血を舞い散らせる。
「そろそろ話してはもらえないのか?」
またひとりの貴族が死んだ夜に俺はエトヴィンにそう問いかけた。
「話すって何をだ?」
「ごまかさないでくれ。君がどうしてティベリア共和国軍を組織し、レオナルドのリベラトーレ・ファミリーから離脱したかについてだ。そろそろ教えてはくれないか」
エトヴィンが蒸留酒の杯を手に尋ねるのに、俺はそう告げた。
エトヴィンは何かを隠している。それが何なのかは分からないが、その隠していることが原因となって、エトヴィンを抵抗運動に駆り立てているという雰囲気を受ける。それが思い過ごしであればいいのだが、実際にエトヴィンは頑なに抵抗運動を始めた原因についてはぐらかし続けている。
共和国を目指す。民衆を解放する。自由な世界を作る。全て嘘っぱちだ。
彼に口から出るその言葉には現実感がない。理想を志しているという空気を感じさせない。バルトロやペネロペたちとは大きく異なっている。
まるで日本情報軍のお歴々が語る“祖国日本のため”や“国際社会の秩序のため”というお題目のように、それは酷く空虚なものであった。日本情報軍のお歴々も日本国や国際社会などどうでもいいと思っていたのだろう。
ならば、エトヴィンはどうして精霊帝国に立ち向かおうとした? レオナルドのリベラトーレ・ファミリーを裏切ってまで、彼は何をしようとした?
「俺はいわゆる私生児って奴でね。貴族の親父が娼婦の母を孕ませて生まれたんだ。もちろん、貴族様が下層民の娼婦の子を認知なんてするわけなく、母は呆気なく捨てられたよ。そして、その母もテオドシウスの起こした反乱鎮圧作戦で、水没した都市に取り残され、溺れ死んだ。だから、俺は貴族が憎いのさ」
エトヴィンの言葉に嘘の色はなかった。
これが彼の本当の抵抗運動の理由というわけか。
「その貴族の父親というのは死んだのか」
「まさか。今ものうのうと生きているよ。だが、殺す。いずれは俺が殺す」
エトヴィンの言葉には確かな憎悪の色の色がある。
「これから大勢の貴族を殺すんだろ? その中には俺の親父もいる。絶対にな。リストを見せてもらったが間違いない。奴の頭に銃口を突き付けて、息子がどれほど立派に成長したか見せつけやろうじゃないか」
そう告げてエトヴィンは蒸留酒を呷る。
「あんたも付き合えよ。次の殺しまでは時間があるだろう」
「あいにく、アルコールでは酔わない体質なんだ」
日本情報軍の軍人が酒に酔うことはない。
「そうかい。ところで、あんたはどうして抵抗運動に加わっているんだ? あんたの故郷は遠くにあって、精霊帝国の影響もうけてないんだろう。それなのにどうして精霊帝国を倒そうとする。そんなことにどうして命を懸ける?」
「それが俺の神から与えられた使命だから、かね」
間違ったことは言っていない。精霊帝国を打倒しようと考えたのは、何も自発的な意志ではなく、女神ウラナにそうするようにと頼まれたからだ。
そして女神ウラナは神だ。これは神から与えられた使命なのだ。間違うことなく。
「神から与えられた使命、ね。そんなことを言うような人間にあんたは見えていなかったが、それは本当のことなのか」
「本当のことだとも。聖女エーデと同じで、俺も女神ウラナから使命を与えられた」
エトヴィンが小さく笑って告げるのに、俺は肩をすくめてそう返した。
「女神ウラナは何か見返りを用意してくれているのか?」
「一応は。神の仕事をするわけだから、見返りはあるだろう」
バラ色の人生。それはどういうものなのだろうか。想像もできない。
「なんだか確信が持てないような言い方だな」
「神の言葉というのはそういうものだろう」
「それもそうだ。本当に神がいるならば、俺たちはもっとましな生活をしてる」
エトヴィンはそう告げて蒸留酒をグラスに注ぐ。
「あの聖女様はあんたに惚れてるだろ?」
不意にエトヴィンがそう告げた。
「どうしてそう思う?」
「商売柄、女は多く扱ってきた。見れば分かる。あれはあんたに惚れてるよ。女神ウラナから神託を受けた仲間同士だ。一緒になったらどうだ?」
エトヴィンは明らかに俺をからかっている。
だが、彼の言うことに間違いはないのかもしれない。
エーデは俺に好意を見せてきた。様々な好意を。
だが、あれは聖女が勇者に見せる好意ではないのか。俺に惚れているという自惚れた感覚を覚えるのはどうしたものだろうか。
「何か問題でもあるのか?」
エトヴィンはそう尋ねる。
「彼女は聖女だ。崇め奉られる存在だ。世俗のくだらない問題に関わってほしくはない。聖女として崇拝の対象であり続けてほしい」
エーデが仮に俺に好意を抱いていようとも、それが俺の自惚れであろうとも、エーデは聖女だ。清らかな身でいてもらわなければ、崇拝の対象とはなりえない。
そういうことだから、俺とエーデの関係はそれで終わりだ。
「戦争が終わったら?」
「さてね。終わってから考えるさ」
戦争がいつ終わるのかなど想像もできない。我々はまだ精霊帝国本土に攻め込めてもいないのだ。まだまだ時間はかかるだろう。1年、2年、3年と。
「案外、あんたは奥手なんだな。戦いでは大胆だが」
「好きに言ってくれ」
エトヴィンがけらけらと笑うのに俺は肩をすくめて去った。
そろそろ大物を仕留める時間だな。
そう、テオドシウス・フォン・ホルシュタインを。
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