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坂道を転がり落ちることは猿でもできる

……………………


 ──坂道を転がり落ちることは猿でもできる



 野営地を畳み、我々は偵察に向かった。


 俺は日本情報軍の森林地帯での作戦を想定した戦闘服を装備し、アティカには同じくデジタル迷彩柄の軍用ポンチョを被っておいてもらった。小柄なアティカがすっぽりと体を覆ってしまう軍用ポンチョを纏っているとまるで森の妖怪が出たようにも見える。


 野営地の荷物は全て背嚢に詰め込み、ずっしりとした重みが肩にのし掛かる。強化外骨格エグゾがあればもっと無理ができるのだが。今はまだその手の装備に手を出す段階ではないと考え、自分の筋力だけを当てにする。


 武装はHK416自動小銃にACOGの光学照準器とサプレッサーを装着したものを装備。今回はあくまで偵察であり、戦闘は目的としていないので使用する機会がないのが一番だが、万が一と言う場合に備えて使い慣れたものを選んだ。


 装備は欲をかくと次々に魂を消費することになる。強化外骨格といい、環境適応迷彩といい、ドローンといい、現代の戦争には便利なものが多すぎるのだ。少し前ならば兵士が自分の努力でなしていたことが、今は後方の技術者たちの手で解決される。


 俺の脳に叩き込まれているナノマシンもそうだ。


 かつて、兵士たちは自らの精神力で戦場に立った。死の恐怖と混乱を振り払い、勇気を奮い立たせ、銃を握った。そうやって生き延び、勝利を得ていた。


 だが、今の戦争はナノマシンが死の恐怖と混乱を科学的に抑制する。ナノマシンによって管理された神経発火が適切な緊張状態を維持し、不要な感情が湧き起こらないように制御し、戦闘を機械的に、効率的に進行させる。


 今の兵士に求められるのは祖国への忠誠だけだ。


 国家の無謬性を信じ、命令に忠実たる兵士。それさえあれば後は技術者の手でどんな人殺しにでも加工することができる。


 技術者たちはいずれ愛国心ですら人工的に生み出すだろう。


 俺にはそれが必要なのかもしれない。


「ここから先に小規模の集落があるね。20家族程度の村だ。ここ最近の動きを探るにはちょうどいいだろう」


「あれから交易都市ナジャフがどうなったのかは気になさらないのですか?」


「あそこは完全に敵地だ。今頃は大規模な弾圧が起きている。行くだけ無駄だよ。分かり切った結果を見るだけだ。それよりも地方の様子を見て、弾圧がどの程度の広さと深さで行われているかを確認するべきだろう」


 弾圧が始まったことは間違いない。


 問題はその程度である。


 都市部でよそ者や不審者を狩り出しているだけなのか。それとも農村部においても精霊帝国に対して忠誠を誓っているのか確かめているのか。


 弾圧の広さと深さを知ることによってこちらの安全地帯も決まってくる。敵が徹底的にやるならば、それは結構だ。敵は軍事力によって物理的支配地域を広げられるだろうが、精神的支配地域は逆に狭まることになる。


 偉大なるゲリラ活動家は敵の残虐性によって拠点を築けると言った。


 それを証明するように、恐怖だけによる支配は長期的な内戦を生み出した。泥沼の象徴たるベトナム戦争。シリアを始めとするアラブ諸国で起きた一連の内戦。アジア太平洋合同軍と中華人民共和国が衝突したあのアジアの戦争で火が付いたアジア諸国の内戦。


 長期的な恐怖による独裁政権が崩壊するときこそ、内戦の炎は良く燃える。


 さて、そのようなゲリラ戦は現地住民の協力なくしては成功しない。無論、どのようにして協力を獲得するのかはツールの問題に過ぎない。コロンビアやベトナムのように共産主義思想を使ってもいいし、アラブ諸国のように宗教をツールとしてもいい。


 日本情報軍は内戦工作にあらゆるツールを使った。我々は内戦の炎が燃え上がりさえすればそれでよかったのだ。あらゆる日本国の国益のために、見知らぬ遠い国の他人が不幸になることを国民が望んだのだから。


「そろそろ目的の村落のはずだが、煙が昇っているね。あれはよく見た煙だ」


「よく見た煙? 煙に種類などあるのですか?」


「もちろんだ。あるとも。この世の物事で分類と差別化が図られていないものなど存在しない。あらゆるものに種類と名前がある。そして、あの煙は──」


 俺の口角がわずかに吊り上がるのを感じた。



「虐殺の煙だ」



……………………


……………………


 村は焼き払われていた。


 家屋は火炎放射器のような粘性のある燃料で焼かれたらしく、炎は未だに燃え続けている。微かにナパーム剤の香りがするが、この世界の文化技術水準ではナパーム剤を混合した燃料など作れはしないだろう。


「つまりこれが魔術か。素敵なものだな」


「忌々しいものですよ」


 俺が感心して告げるのに、アティカが眉をゆがめた。


 燃え上がる家屋の中には人間の死体が見える。


 焼死体特有の手足の降り曲がったボクサー型姿勢。熱によって筋肉の中のタンパク質が凝固して筋肉が収縮した結果だ。無理やりに収縮した筋肉のせいで、手足の骨がへし折れてしまっている死体も混じっている。


 人の焼ける臭いは忘れられないものだ。


 髪の毛の焦げる臭い。脂肪の焼ける臭い。完全には焼けなかった肉の臭い。


 焼き払われた村と焼死体。ここにカラシニコフの銃声が加わればいつもの戦場だ。


 懐かしさすら覚える。民兵がゴムタイヤを燃やし、カラシニコフの銃声が戦場音楽を奏で、粗悪な燃料で動くテクニカルの排ガスが充満し、そして重機で掘った穴に死体を放り込み、まとめて焼き払う時の臭いが漂うのは懐かしい。



 俺はそんな世界に自分の存在意義と喜びを見出していた。



「家屋から連れ出されている死体は焼かれていないな。恐らくはこの人物を尋問し、その結果この集落が黒であると判断し、掃討作戦を実施した、というところか。杜撰極まりない対ゲリラ戦だ。悪いお手本のようなものだ」


 良き対ゲリラ戦というものは、ゲリラによって欠かせない民衆の心理を寝返らせることにある。医療サービスの提供、インフラ整備、経済援助による雇用の促進。そういう飴で人心をゲリラから体制側に引き戻さなければならない。


 そして、ゲリラそのものへの対策はひとりを尋問して判断するのではなく、地方に配置する治安要員に長期的な観察を行わせ、綿密なパトロールを行い、ゲリラの本当の動きを掴んで、即座に行動することにある。


 このように村を焼き払っても、なんの意味はない。


「どのように判断されますか?」


「敵は広範囲で深く弾圧を始めた。それも短絡的なやり方で。これはこちらにとっては好都合だ。敵はこれまでのように恐怖をふりまけば、支配が確定すると思い込んでいる。だが、残念なことにそうはならないのだよ」


 俺はそう告げて焼死体とまだ炎の消えていない家屋を眺める。


「下層民たちはこれまでのように貴族に頭を下げていれば、最低限の生活が送れるという前提が崩れたことを知るだろう。貴族たちは自分たちの身を守るために偏執狂染みた弾圧を繰り返し、そのことで下層民たちも危機感を覚える」


 この村もこれまでは取るに足らないただの村だっただろう。


 それが僅かに1週間強の時間で、反乱勢力との関りがある敵の拠点と見做された。


 このようなことが行われているのはここだけではあるまい。このような小さな村まで襲うのだ。他の村ではもっと過激なことが行われているのは想像に難くない。


 貴族も下層民も危機感を覚え、疑心暗鬼になり、過激な行動に走り出す。



 そして、混乱は広がり続ける。死人は増え続ける。憎しみを抱くものも増え続ける。



 悪くない。悪くないね。


 これで下層民たちを教育する機会がやってきた。


 俺の補正された聴覚に物音が響いたのはそんな時だった。


 炎によって家屋が崩壊する音ではない。生きた人間の立てる物音だ。


 だが、それはごく少数の人間によるものであった。この村を掃討した精霊帝国の兵力がまだここに潜んでいて、それが立てた物音ではない。


「どなたかな?」


 恐らくは村の生き残りだ。そうでなければ火事場泥棒だろう。


「ひっ……!」


 俺の視線の先にいたのは15、16歳ほどの栗毛色の髪を短くまとめた少女と12、13歳ほどの同じ栗毛色の髪の少年だった。その焦げ茶色の瞳は恐怖の一色で染まっている。


「君たちはこの村の生き残りかな? それとも火事場泥棒だろうか?」


 俺はできるだけ優しく、怯えている少年少女に声をかける。


「こ、この村の住民です……」


「それでは何が起きたのか聞かせてはくれないだろうか?」


 この村で起きたことの予想は付くが、一応生の情報を手に入れておきたい。


「お、おじさんは精霊帝国の兵士の人じゃないの……?」


「違うよ。ただの通りすがりだ」


 そして君たちがこんな状況に陥る原因を作った人間だ。


「今日の朝、いきなり精霊帝国の兵士と貴族がやって来て、この村は反乱勢力に加担しているって……。それで村長さんを殺して、家に火をつけて……」


「ふむ。となると、君たちはどうして助かったのかな?」


 子供ふたりを見逃すほど精霊帝国の兵士たちの行動は杜撰なのか。それとも彼らには生き延びるために必要なものがあったのだろうか。


「この間、隣の村でも同じようなことにあったから……。だから、兵士が近づいてきたときに逃げなさいってお母さんとお父さんが家の裏から、山の中に逃がしてくれたんだ。でも、お父さんもお母さんも……」


 そう告げて少年が泣き始め、少女がそれを抱きしめる。


「それは怖かっただろう。それは悲しかっただろう。まずは水を飲みたまえ。気持ちが少しは落ち着くだろう。体力も回復する」


 そう告げて俺は事前に購入しておいたミネラルウォーターのペットボトルの蓋を開けて、少年と少女に差し出した。


 少年と少女は少し躊躇っていたものの、やはり緊張状態で生じた喉の渇きを感じたのか俺の手からペットボトルを恐る恐る受け取り、口に運んだ。ふたりとも一口飲んで、それで大丈夫だと分かると勢いよく500ミリリットルのそれを喉に流し込む。


「ありがとうございます、旅の方」


「ありがとう、おじさん」


 そして、それを飲み干した少女と少年が頭を下げる。


「いいのだよ、これくらいは。ところでこれから何か当てはあるのかね。村がこうなってしまってはこれからの暮らしも大変だろう」


 このような村の生き残りはどこに行くか。


 一度精霊帝国に目をつけられれば、それからは同じ土地では同じように暮らしていけないことは間違いない。


 では、彼らはどうするのか?


 ここから逃げ出して、どこか向かう先があるのか。それがあるとすれば俺は都合のいい人材の供給場所──策源地を手に入れることができるようになる。精霊帝国に弾圧され、故郷を追われ、それらに憎しみを抱いた人間たちが集まる場所は重要だ。


 もっとも、この子供たちがそれを知っているという保証はないが。


「……旅の方は本当に精霊帝国の兵士ではないのですよね?」


「ああ。ただの通りすがりだ。どうやって証明していいのかは分からないが」


 証明する手段はない。だが、精霊帝国の兵士ならばこのように弾圧から逃げ延びた子供たちと暢気に話してなどしないし、そもそも彼らとは装備が全く異なるだろう。


 交易都市ナジャフで見たが、この国の兵士たちは鎖帷子の鎧と鉄兜に身を包んでいる。対して俺はデジタル迷彩の戦闘服とボディアーマー、いくつかのポーチを下げたタクティカルベスト、そしてブッシュハットだ。全く異なる。


 これでは精霊帝国の兵士であることを疑われるよりも、もっと怪しいものだと疑われてしまいそうである。


「父と母は隣の村が焼かれてから、こうなることがあるかもしれないと思って、私たちに事前にどうするべきかを私たちに語っておいてくれました。その時は父と母も一緒に逃げることになっていたのですか……」


 少女の方がぼそぼそと小声でしゃべり始める。


「逃げる場所はあるわけだね」


「はい。いざという時は西に向かって、レジマ山にいる“ユニオ・ボルゲーゼさん”に会いに行けって。私たちの村でも彼らを助けたことがあるから、このフェルラ村の出身なら彼らもきっと助けてくれるって」


 レジマ山か。ここから200キロメートルほど西に行った場所にある山岳地帯の名称だ。


 しかし、そういう場所に隠れ潜んでいる人間がいるというのならば、交易都市ナジャフで仕入れた反乱勢力が実在するという噂も全くの嘘というわけではないのかもしれない。反乱勢力の規模や練度はどうあれ、俺が事件を起こす前から精霊帝国に反旗を翻していたものたちがいる。それは悪いニュースではない。


「では、我々も同行しよう。子供たちだけで、それも身ひとつでそこまで遠方に行くのは難しいだろう。途中で精霊帝国の軍隊に捕まる可能性もあるし、飢えや渇きで倒れる可能性もある。どうだろうか。同行することを許してくれるだろうか?」


「え、えっと……」


 少女は少年を見て、何事かを考えるように視線を俯かせた。


 恐らくは見慣れぬ恰好をした人間を連れていくことの危険性と、道中での自分たちだけの旅の危険性を天秤にかけているのだろう。


「で、では、一緒にお願いします。実をいうと地図も持ってなくて……」


「ありがとう。道案内は任せてくれ。ところで君たちの名前を聞いていいだろうか。俺は八代由紀という者だ。こちらの少女はアティカ」


「どうぞよろしくお願いします」


 俺が自分とアティカを紹介するのにアティカがポンチョを被ったまま頭を下げた。


「私はマリカ・メリーニ。こっちは弟のミロです。よろしくお願いします」


 少女はマリカと名乗り頭を下げた。


「では、向かうとしようか。恐らくは3日かそれ以上かかる。ここにまた精霊帝国の兵士たちが戻ってこないという保証がない以上、早く離れた方がいい」


 俺はそう告げて、マリカとミロを見る。


「これから向かう先に希望があるといいね」


 俺にとっての希望はこの混乱がさらに続くことだ。


……………………

本日は3回連続更新です。

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