エーデさんに何かすることは?
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──エーデさんに何かすることは?
エトヴィンのビジネスに俺は未だに付き合っている。
そのことを不満に思っている人間が複数人いた。
まずはレオナルド。
彼は自分のビジネスの縄張りを荒らしたエトヴィンを支援することに前向きではない。未だにエトヴィンを暗殺して、組織を乗っ取ってしまうべきだと主張している。
次にペネロペ。
この戦いを精霊帝国との聖戦と考えている彼女にとって、犯罪組織としての本質を隠そうともせず、ドラッグの密売に手を染めているエトヴィンたちティベリア共和国軍を支援することは記事にできないとぼやいていた。
最後はエーデ。
彼女は俺が薄汚い戦争を繰り広げているということよりも、自分がそれに同行させてもらえないことが不満のようだった。
確かに今の戦争に俺はエーデを付き合わせていない。俺自身、この戦争は聖女の戦うべき戦争ではないと思っているからだ。
ドラッグの密売など聖女に相応しくない。このような戦争を行っていたという事実が知れて、エーデが民衆の支持を失うのは望ましくないのだ。
だから、俺はエーデを置いてエトヴィンとともにドラッグによる社会不安化作戦に従事することにした。エーデがいれば監察官などが近づいているときに気づくことができ、便利なのだろうが、彼女をこの作戦に従事させるわけにはいかない。
我々は聖女というブランドイメージを守らなければならないのだ。聖女というブランドイメージを守り、その名において戦わなければならないのだ。
だから、エーデはこの作戦には参加させられない。
「また、行かれるのですか?」
俺が宿屋で準備をしていたときエーデがそう声をかけてきた。
「ああ。精霊帝国を倒すためだ。行かなければならない」
HK416自動小銃とHK45T自動拳銃のメンテナンス状況を確認し、それが問題なく機能することを確かめるとショルダーバックと腰のホルスターにそれを収めた。
「私を連れて行ってはくださらないのですか?」
またこの質問か。
いくら俺が断っても、エーデはこの問いを重ねてくる。何度も尋ねれば、俺が意見を変えるかもしれないというように。
だが、それはない。俺はエーデをこの作戦には加えない。何といわれようとも。
「エーデ。君は今は待機だ。じきに自由エトルリア同盟の部隊が越境してゲリラ戦に入る。それを支えるのが君の仕事だ。今はゆっくりしているといい。君がいなくとも問題のない作戦だし、我々が取引相手にするのは君が憎む貴族だ」
俺はそう告げてエーデを見る。
エーデは見るからに落ち込んでいる。自分が頼りにされていないと感じているのだろうか。確かにこれまで俺は常にエーデを隣にして戦ってきた。エーデを信用し、頼りにしていた。だが、今はそうではない。
エーデが落ち込むのもある意味では当然なのかもしれない。突如として戦わなくともいいと言われれば、戦うことで己の存在価値を証明してきたエーデには、自分の存在意義というものを見失ってしまうのだろう。
俺も内戦を己の存在意義としてきた。内戦が急に終わってしまい、日本情報軍があらゆるその手の作戦から手を引けば、エーデのような喪失感を覚えたのかもしれない。そうならなかったのだから知る由もないが。
「安心したまえ。じきに君が戦う機会もやってくる。君は必要とされている」
「はい……」
エーデはそう返したが、やはり落ち込んでいた。
俺は彼女を説得することを諦め、荷物を抱えると、宿屋の部屋を出た。
この宿はエトヴィンのティベリア共和国軍の所有物件であり、最低限の安全は保障されている。少なくともよほどの下手を打たない限り、衛兵や貴族が乗り込んでくることはない。もし、そうなったとしても宿屋には武装したティベリア共和国軍の兵士たちがいる。彼らも揃って裏切らない限りは、ここは安全だ。
それでもエーデには万が一の場合を考えて脱出ルートを教えてある。窓から飛び出し、路地裏を走り抜け、予定されている合流地点に向かうためのルートだ。
この都市については調べられるだけ調べてあり、地下下水道を使えば、街の外に出られることも確認できている。街から出て、合流地点である山林の中に身を潜めていれば、俺が駆け付け、回収する手はずだ。
もっとも、そうならないことを祈るばかりだが。
「ヤシロさん」
「どうしたかな、アティカ?」
俺が部屋を出ると、アティカがいつもの目つきの悪さで俺を見上げてきた。
「エーデさんの様子にお気づきですか?」
「当然だ。落ち込んでいるね」
アティカが尋ねるのに、俺がそう告げて返す。
「エーデさんをあなたの作戦に参加させられないのは分かります。なので、他にやるべきことを与えてはどうでしょうか? エーデさんもそれならば気がまぎれると思うのですが。何かないのですか?」
「何もないよ。自由エトルリア同盟が間もなく越境してここにやってくる。それまではひたすらに待機だ。待つことも軍人の重要な仕事のひとつなんだよ」
エーデひとりに与えられる仕事などない。
エーデが如何に強力な力を秘めていようともバックアップもなしに単独で任務をこなすのは不可能だ。彼女は我々日本情報軍の軍人と違って、その手の訓練を受けているというわけでもなく、ある意味では素人なのだ。
「はあ。そうですか。我らが神ももっと成熟した人間を聖女に選んでくださればよかったものを。エーデさんはその幼さ故にひたすらに自分の存在意義を示そうとしているのです。そうしなければならないという強迫観念にかられて」
アティカはそう告げてため息をつく。
「君たちの神は選別を誤ったということか」
「さて、どうでしょう。上位者のやることなどほとんどは意味不明です。実際に何かの意図があったとしても、我々にはそれを知る由はないというところでしょう」
確かにエーデが落ちいた大人であれば、ひたすらに戦い続けることを選択せず、他のことを選んでいただろう。待つことだってできたはずだ。
だが、そうはならなかった。女神ウラナはエーデを選び、エーデに力を与えた。それが過ちなのかどうかすらも我々には分からない。
「何はともあれ、今のエーデに任せられることはないよ。今はひたすらに待つことだ。いずれは戦う機会がやってくる。それまでは彼女を待たせておいてくれ」
「分かりました。私も注意して見守っておくとします」
俺が告げるのに、アティカが頷いて返した。
「では、いってくる」
「いってらっしゃい」
今日も俺はドラッグの取引に精を出す。
ここ最近は監察官による強制介入の回数が増えている。我々は万全の体制で、取引に臨まなければならない。
幸いにしてエトヴィンたちティベリア共和国軍の武器の習熟度は上がっている。そこら辺の貴族が来たところで相手にはならないだろう。
さて、では今日もドラッグによる社会不安の形成に向かおう。
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ティベリア藩王国総督にして水の精霊公テオドシウス・フォン・ホルシュタインは自室で来客を待っていた。その表情は険しく、これからやってくる来客がいいニュースを運んでくるものだとは思えなかった。
「テオドシウス」
「ヴィクトリア。何の用事かな?」
来客として現れたのは火の精霊公であるヴィクトリア・フォン・リンドルフであった。彼女は神経質な表情でテオドシウスの執務室を見渡し、周囲に他の人間がいないことを確かめると、テオドシウスの方に歩み寄った。
「貴公は本当にティベリア藩王国を掌握できているのか? 最近、監察官が行方不明になる事件が相次いでいる。例のドラッグの密売組織を調べていた者たちだ。それが行方不明になっている。どういうことだ?」
ヴィクトリアは問い詰めるようにテオドシウスにそう告げた。
「私も把握しかねているところだ。だが、治安にはさして問題は起きていない。街は静かなものだ。反乱勢力に動きがある様子もない。それでも問題があると?」
テオドシウスはヴィクトリアにそう告げた。
テオドシウス自身がドラッグの常習者であることは、まだ誰にも知られていない。いや、知っている人間はいる。エトヴィンのティベリア共和国軍だ。
テオドシウスはティベリア共和国軍からドラッグを購入し、その見返りに彼らのいくつかの犯罪行為を見逃していた。
監察官が行方不明になっている件も、テオドシウスにはティベリア共和国軍の仕業だと分かる情報が入って来ていた。だが、彼はそれをもみ消し、何事も起きていないかのようにしていた。テオドシウスにとってもティベリア共和国軍が壊滅するのは望ましくはないことなのだ。
「本当にそうなのだと、モレク陛下に誓って言えるか?」
「言える。ティベリア藩王国で問題は起きていない。私はゲルティともユーディトとも異なるのだ。それより君の領地であるバルフ王国が攻撃された件はどうなっている? やはり反乱勢力の攻撃の矛先は君のいるバルフ王国に向けられているのではないか?」
テオドシウスは心配するような口調でそう尋ねた。明白な話題逸らしだ。
「あれから反乱勢力の攻撃はない。今は潜んでいる可能性もあるが、攻撃が繰り返されていないということは、反乱勢力は私の領地に目を向けさせるためだけに、アトス要塞を攻撃して見せたのかもしれない。となれば、後は言わずとも分かるな?」
「本命は私の領地だということか」
ヴィクトリアは既にバルフ王国に位置するアトス要塞への攻撃を陽動と見抜いている節があった。アトス要塞が攻撃されてから何週間も経つが、あれから他の場所への攻撃は一度としてなく、敵はバルフ王国に侵入していないのではないかという疑問が浮かび上がって来ていたのだ。
「だが、それこそが反乱勢力の狙いなのかもしれないよ、ヴィクトリア。君の領地への攻撃を陽動と思わせ、我々の注意がティベリア藩王国に向けられた隙に、君の領地で暴れ出すのかもしれない。今の段階では何とも言えないだろう」
「確かにその通り。今の段階では何とも言えない。貴公の言うようにティベリア藩王国が極めて静かであるならば、我々はどうするべきだろうか?」
テオドシウスが告げるのに、ヴィクトリアがそう尋ねる。
「お互いに用心するしかないだろう。君は黒書騎士団を再編成するという仕事も抱えている。私は自分の領地は自分で守れる。君は君の仕事をするといい。ティベリア藩王国の治安はこのテオドシウス・フォン・ホルシュタインが守って見せよう」
テオドシウスにとってヴィクトリアは邪魔だ。彼のビジネス相手であるティベリア共和国軍を叩くつもりの彼女がこれ以上、このティベリア藩王国に滞在するのは望ましくない。彼女には穏便に去ってもらい、自分たちはティベリア共和国軍との緩やかな協力を続け、快楽にふけるのがもっともいいのだ。
「その言葉、信用させてもらうぞ。私も確かに今は黒書騎士団の再編などで忙しい。お互いに自分の領地のことに専念するとしよう」
「そうしよう」
ヴィクトリアが去る気配を見せたのに、テオドシウスが安堵する。
「精霊帝国万歳。偉大なる預言者モレク・アイン・ティファレト陛下万歳」
「精霊帝国万歳。偉大なる預言者モレク・アイン・ティファレト陛下万歳」
テオドシウスとヴィクトリアは最後にそう言葉を交わし合い、ヴィクトリアはブーツの音を響かせて去っていった。
「やれやれ。私も反乱勢力には気をつけなければならないが──」
テオドシウスが執務室の机の引き出しを開く。
そこにはドラッグ“ミスト”が詰まった革袋が入っていた。
「このティベリア藩王国に反乱勢力など入り込みはしまい。もし、入り込むのであれば、また都市ごと水で沈めてしまうだけだ」
テオドシウスはそう告げて、ミストの詰まった革袋を僅かに撫でたのだった。
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