我々の仮初めの同盟に
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──我々の仮初めの同盟に
エトヴィンが指定した4名の人間は死亡した。
それからどうなったのかは分からない。
エトヴィンは金と構成員、そして組織を手に入れたのか。
だが、約束は果たしたのだ。協力はしてもらわなければ。
「約束通り、指定されて4名を排除した」
俺はマザーレ市の倉庫街にある倉庫の地下室でそう告げた。
「今度はそちらが約束を果たす番だ。我々はこれできちんと誠意を示したつもりだからね。まさかここに来て、なかったことにしようとはいわないだろう」
俺はエトヴィンに対してそう告げる。
「確かにあんたらが信頼できる相手だということはこれで証明された。協力することもやぶさかではない。だが、こちらも仕事があるんでね」
やはりエトヴィンを排除するべきだっただろうか。彼はより多くのものを求め続け、いつまでも我々に協力しないつもりなのではないだろうか。
「こっちの仕事を手伝ってもらいながら、精霊帝国とは戦うとしよう。何事にも金は必要だろう? そちらのご自慢の機関紙を刷るのにも、兵隊たちに飯を食わせていくのにも、何をするのにもな」
確かに活動資金というものは重要だ。
ペネロペの機関紙“自由の声”を発行するための紙とインク代もただではない、プロパガンダだけでもそれなりの金がかかっているのだ。
「確かに精霊帝国との戦いに協力してもらえるんだな?」
「もちろんだとも。精霊帝国を忌々しく思っているのは南部やルンビニ公国の人間だけじゃない。ティベリア藩王国でも連中は邪魔だ。追い出さなければならない。その点については俺とあんたの間で異論はないぞ」
俺が確認するのにエトヴィンが飄々とそう返した。
「それで、仕事と言うのは?」
「ちょっとした荷物運びだ。密輸とも言うな」
エトヴィンはそう告げて俺の反応を窺う。
「密輸するものは?」
「薬だ。ドラッグ。気分がハイになるいい薬さ。これを貴族たちのパーティーに届ける。ここの貴族は俺のドラッグがお気に入りでね。パーティーには欠かせないってわけさ。俺たちは貴族を薬漬けにして、金まで儲ける。最高だろう?」
エトヴィンの抵抗運動というのはそういうことか。
彼は貴族社会にドラッグを蔓延させることによって、体制の破壊を試みているのだろう。ドラッグによる汚染は確かに効果的だ。それに依存性があるならばなおのこと。
「どうする? 聖女様を戴くそっちの立派な抵抗運動じゃあ、俺たちの仕事は手伝えないかね。それなら別のことを考えてもいいけどな。地道に暗殺を繰り返すとか。そんなことをしてればテオドシウスの野郎に手ひどくやりかえされるけどな」
「テオドシウスはこれまで報復に訴えたことはあるのか?」
エトヴィンの言葉に俺が尋ねる。
「ある」
エトヴィンは語る。
「奴は数十名の抵抗運動を殲滅するのに都市ひとつ水没させたことがある。抵抗運動も、そうでない連中も皆が溺れて死に、残った連中も伝染病で死んでいった。それはもう悲惨なものだったぜ。そこら中、水浸しで死体の山さ」
エトヴィンはそう告げて首を横に振った。
「だから、俺たちは直接的な行動は避けている。だが、そちらがやりたいのであればご自由に。次に都市が水没したら、それこそテオドシウスに逆らおうって連中はひとりとしていなくなるだろうけどな」
そういう事情か。
ティベリア藩王国は恐怖を体験している。
ユーディト・フォン・ファルケンホルストが5000名を殺したように、大量の人間を殺してテオドシウスはその支配を確立した。今や恐怖によってテオドシウスはティベリア藩王国を支配している。
その恐怖に真っ向から立ち向かうのは不可能。街を水没させられる魔術師を相手に、普通の人間ができることなど限られる。
だから、エトヴィンたちはドラッグの密売によって体制に打撃を与える道を選んだ。貴族たちが攻撃されていると気づかず、その報復の矛先が自分たちに向かわないようにするために。彼らは逃れられる手を選んだということだ。
「しかし、それでは時間がかかりすぎる」
エトヴィンの方法は報復は避けられるだろうが、あまりにも時間がかかりすぎるやり方だ。バルフ王国に向いている精霊帝国の注意がいつ我々の側を向くのか分からない状況で、悠長にドラッグを撒いている時間はない。
「では、何か別のやり方があるのか?」
「やはり直接的な手段に訴える方法しかないだろう。貴族を暗殺し、民衆を煽りたて、最後はテオドシウス・フォン・ホルシュタインを暗殺する」
ドラッグよりも確実に有害なのは銃弾と爆薬だ。
これらは迅速に敵の命を奪いさる。ドラッグが体を蝕むよりも確実に。
精霊帝国の注意がバルフ王国に向けられている今、我々はティベリア藩王国で大胆に行動しなければならない。
「それじゃあ、暗殺するとしよう」
エトヴィンは呆気ないほどあっさりとそう認めた。
「殺すのはドラッグの取り締まりをやっている連中だ。連中は商売の邪魔をしてくれる。連中には死んでもらいながら、俺たちはドラッグを売りさばき、さらにはテオドシウスを殺すための手伝いをしようじゃないか」
「あくまでドラッグ密売のためか」
「ここはそういう土地なんだよ」
俺が告げるのにエトヴィンはにやりと笑った。
「いいだろう。だが、最後には必ずテオドシウスを殺すことを約束してくれ。それから我々の部隊が独自に活動することも許可してもらいたい」
「独自に何をするんだ?」
「決まっているだろう。抵抗運動だ」
ティベリア共和国軍にはさして期待できないことが分かった。
ならば、自由エトルリア同盟から戦力を派遣してもらって、独自に行動するしかない。ティベリア共和国軍が貴族の暗殺に消極的ならば、我々が積極的になろうではないか。
「俺たちの客を殺されると困るんだがな」
「客だろうと貴族は貴族だ。死んでもらわなければならない」
精霊帝国を崩壊させるには、その基盤となっている貴族たちを暗殺しなければ。
貴族たちは精霊帝国の支配を行き届かせる手足のようなもの。その頭であるモレク・アイン・ティファレトに手が届かない今、まずは手足から切断していくしかない。
手足でも切断すれば血は流れる。精霊帝国のそのまま失血死させることもできるだろう。失血というものは、すなわち領地の反乱だ。精霊帝国の領地がその支配を離れることによって、精霊帝国は影響力を失っていくのである。
領地から入る収入。領地に暮らす人間から入る収入。そういうものを精霊帝国が失っていけば、精霊帝国という巨人も失血死することになるだろう。
「なら、好きにするといい。俺たちも可能な限りの手助けはしよう。そういう約束だったからな。意外かと思うだろうが、俺は誠実な男なんた。ことにビジネスに関してはな」
そう告げてエトヴィンが手を叩く。
すると、部下たちが酒を運び込んできた。
「一先ずは我々の商売の邪魔ものがいなくなったことについて乾杯だ」
「そうするとしよう」
エトヴィンが酒を注ぐのに、俺はただそれを見ていた。
日本情報軍の軍人は酒には酔わない。ナノマシンが無害化する。それでも形ばかりの乾杯というものはする。タバコは厳禁なので一切吸えないが、酒についてはナノマシンがあるので、どうとでもなるのだ。
「我々の勝利に乾杯」
「我々の勝利に」
俺は慎重にエトヴィンが酒に口をつけるまで待ってから口をつけた。
エトヴィンが俺を暗殺する可能性が皆無というわけではない。エトヴィンにとって商売敵が消えた今、彼はフリーハンドを有している。このままティベリア藩王国の貴族たちを相手にビジネスを続けるというのも選択肢のひとつだ。
そうなれば俺たちは邪魔だろう。俺たちは極めて真面目に抵抗運動をしようとしている。それはビジネスを重視するエトヴィンにとっては邪魔なものだろう。
ならば、消えてもらうのが一番手っ取り早い。
レオナルドのリベラトーレ・ファミリーとは一度は手を切った関係だ。またその状態に戻るだけ。そして、ティベリア藩王国ではゆっくりとドラッグが浸透していき、そのまま貴族の体制が崩れ落ちるか、貴族がドラッグ対策に乗り出すか。
いずれにせよ、エトヴィンが俺たちを殺さないという保証はない。
「いい酒だろう。ティベリアの酒は美味いんだ。俺たちもドラッグよりアルコールの方が好みではあるんだけどな。如何せん、貴族たちは贅沢を極めていて、アルコールごときじゃ満足しないのさ。だから、ドラッグが必要になる」
エトヴィンはそう告げて酒を飲み干した。
疑いすぎだな。あまりにも疑うことが日常になっていたせいで、他人を信用できずにいる。他人の好意には必ず裏があり、自分たちを陥れようとしているという被害妄想染みた思考になっているのだろう。
俺も酒を飲み干した。アルコールに喉が焼ける感触はしない。その時点で既にアルコールは無害化されているのだろうか。それともナノマシンがアルコールによる快楽の一切を感じないようにしているのだろうか。
「あんた、知ってたか? ティベリアで最初にドラッグビジネスを始めたのはリベラトーレ・ファミリーなんだぜ。連中は貴族だろうが、下層民だろうが、お構いなしにドラッグを売りさばいて回った。だから、俺たちは離反したんだ。貴族たちに売るのは結構だが、下層民に売るのはティベリアのためにならないとね」
レオナルドはエトヴィンが一方的に裏切ったように告げていたが、実際はお互い様というところだったのだろう。
ドラッグ。
日本情報軍もドラッグ絡みの作戦に従事していた。
表に出せるものは、陸軍の特殊作戦群と合同で、ドラッグ密売組織を叩いたこと。それは大々的に宣伝されたが、一部ではよその国の治安に介入する内政干渉だとして、物議を醸しだしていた。
だが、そんなものは日本情報軍の特殊作戦における氷山の一角に過ぎない。
日本情報軍は日本情報軍そのものが麻薬の密売に手を染めているのだ。
ミダス作戦。
全てを黄金に変えるミダス王の名から取られたこの作戦は、あのアジアの戦争中に始まり、今も継続している作戦だ。
その目的は非合法な特殊作戦のための活動資金を稼ぐということ。非合法な作戦には非合法な金がいる。そのシンプルな理由で、日本情報軍は戦時中にドラッグの密造・密売に関与し、非合法作戦だったシュライク作戦を支えた。
そして、今もミダス王は富を生み出している。中央アジアで進行中のバードケージ作戦を支えるための資金を稼ぐために。非合法な武器商人から武器を買い、非合法な軍閥に与えるために。今も日本情報軍は密かに麻薬を取り扱っている。
確かにドラッグは儲かるのだ。その被害に遭う人間がいようとも、ドラッグが儲かることに変わりはなく、非合法な軍資金を必要としている日本情報軍にとっては手放すことのできない収入源であった。
シュライク作戦。ミダス作戦。バードケージ作戦。全てクソッタレだ。
「それで、レオナルドよりも節度ある密売をあなた方は心掛けているわけだ」
「その通り。あんたが殺したカール・クリューガーはその点を理解してなかった。奴は下層民にもドラッグを売りさばくことで利益を上げようとしていた。そんなものは愛国者じゃない。真にティベリアのことを思うのであれば、ドラッグを売る人間は制限するべきだ。下層民こそがティベリア共和国の人民。貴族のクソッタレにはいくらだってドラッグを売りつけていいが、下層民に売るのはなしだ」
愛国者、ね。
最近の愛国者はマフィアでもそう名乗れるらしい。ひとりを殺すのに数十名を犠牲にする抗争を繰り広げても、それは愛国心のために許されるのあろう。
日本情報軍が日本国の国益のために大勢を犠牲にしてきたように。
「そちらの方針については理解できたつもりだ。だが、我々は立ち上がって戦わなければならない。そちらのビジネスも尊重するが、そちらもこちらの活動を尊重してくれることを願っているよ」
「分かっている。お互いが理解しあっての同盟だ。俺たちはそちらの意見を尊重するし、そちらは俺たちの意見を尊重する。美しい同盟だよな?」
そうとも。それが仮初めの同盟に過ぎなくとも、美しくはあるだろう。
「では、我々の同盟に乾杯だ」
「我々の同盟に」
我々は再び杯を重ねると、会合を終えた。
自由エトルリア同盟はティベリア共和国軍の支援を受けて、ティベリア藩王国に密入国する。そして、自由エトルリア同盟はティベリア藩王国の貴族に対する攻撃を開始する。それと並行してティベリア共和国軍は麻薬の密売を続ける。
会合で得た内容は以上の通り。
では、早速始めるとしよう。
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