素敵なデザートをどうぞ
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──素敵なデザートをどうぞ
なんにせよ、我々に時間がないことは確かだった。
ベンヤミン・ベルガーの暗殺に時間がかかりすぎた。
バルフ王国は依然として警戒はしているだろうが、あのアトス要塞への一度限りの攻撃では、いつまで精霊帝国の注意をバルフ王国に向けて置けるのかが問題だ。
我々はまだエトヴィンのティベリア共和国軍との協力関係すら築けていない。明らかにこれはスケジュールの遅れを意味している。
次の目標であるカール・クリューガーは迅速に仕留めなければ。
とは言えど、やはり急いではことを仕損じる。ミスを犯してやり直している時間もない以上は、情報をしっかりと集め、正確に仕留めなければなるまい。
カール・クリューガーはひとつの組織の立派なボスということで、行動パターンにはなかなか隙がない。我々の偵察活動が困難な場合もあった。
貴族ほど立派とは言わないが、それなりに立派な住宅に居を構え、常に組織の人間の警護を受けている。住居から姿を出すことは滅多になく、あったとしても短時間だ。
恐らくはジーモン・シュトラッサー、デニス・ディルレヴァンガー、ベンヤミン・ベルガーの死に知らせを聞いて、今は警戒することにしているのだろう。
彼らは協力関係にあるわけではなかったが、全員がエトヴィンから恨みを買っていた。そのことをカール・クリューガーも知っているのだろう。迂闊に動けば、あっという間にエトヴィンの雇った殺し屋──我々に殺されるということに。
こういう状況になった敵を暗殺するのは難しい。骨が折れる。
我々は住居を強襲することを考え、それに向けて準備を進めてきた。
派手になるし、精霊帝国の目を引くことにもつながりかねないが、もう強襲以外に手段はないように思われていた。我々があの情報を手に入れるまでは。
「晩餐会が開かれる」
俺は自由エトルリア同盟の兵士たちを前にそう告げる。
「明後日の午後1700より、カール・クリューガーの邸宅で晩餐会が開かれる。地元の有力者などを招いた晩餐会だ。我々はこれを利用してカール・クリューガーを暗殺することにする」
そう、カール・クリューガーがこの非常時に晩餐会を開いてくれると言うのだ。
最初は何かの間違いかと思ったが、それは間違いでないことが確認された。カール・クリューガーは自分の身の危険を知っていながら、晩餐会を開く。
邸宅を強襲するしかないと考えていた我々にとって絶好のチャンスが回ってきた。
「しかし、晩餐会にはどうやって出席を?」
「エトヴィンのコネで招待状を偽装してもらった。これを使って内部に潜入する。それからはベンヤミン・ベルガーと同じように死んでもらうだけだ」
今回使用するのもナノインジェクターであった。毒物もバトラコトキシン。
だが、これに反対意見を述べるものがいた。
「ベンヤミン・ベルガーのような死に方は困る」
エトヴィンだ。彼が我々の作戦に注文を付けてきた。
「死にさえすればいいのだろう?」
「カール・クリューガーは組織のトップだ。これが病死しても後の人間が継ぐだけになる。殺されたという明確な事実がなければ、意味がない。だから、ベンヤミン・ベルガーのような死に方ではダメだ」
どうやらエトヴィンが望むのはカール・クリューガーの組織の乗っ取りのようだ。分かっていた話だが、そういう面倒な要求をされるのは困る。
「だが、派手な殺人は衛兵の目を引くぞ」
「衛兵たちには鼻薬を嗅がせてあると言っているだろう。何をしようとも連中が動くことはない。貴族たちもマフィアの抗争に関心を示してるほど暇じゃない」
「だといいのだが」
となると、作戦変更だな。
「目標の暗殺までは静かに、そこからは派手にいこう。鉛玉と爆薬をばら撒き、我々が勝利することを祈ろうじゃないか。女神ウラナに」
「女神ウラナに」
エトヴィンも宗派としては精霊教会ではなく、女神ウラナの信仰者だ。彼の組織はその一点でまとまっている。
だから、我々には協力の余地がある。信仰が一致しているからこそ、文化を共有しているからこそ協力の余地がある。
もっとも、仮にエトヴィンが女神ウラナの信仰者ではなかったとしても、俺は特に問題にはしなかっただろう。信仰は価値観のひとつであって、宗教原理主義者の言うような魂の存在意義ではない。エトヴィンに精霊帝国と戦う意志があるならば、それでいい。
「女神ウラナに」
エトヴィンもそう告げる。
では、素敵な晩餐会にしよう。
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晩餐会はカール・クリューガーの広大な邸宅で開かれることになった。
潜入するのは俺とエーデ、そしてアティカ。
我々の偽装された身分は有力な商人の家の家族で、俺が夫、エーデが妻、そしてアティカがエーデの妹ということになった。
カール・クリューガーの邸宅は下層民なのかと思うほどに広いものだった。だが、そんな彼でも貴族には配慮しなければならないのか、建物そのものは立派とは言い難かった。とこどころに破損した箇所がある。
後で聞いた話だが、この邸宅はもともと貴族のもので、老朽化したためにカール・クリューガーに売り渡されたそうだ。下層民への施しとでも言うべきものだったのだろう。
そんな邸宅には今、大勢の客人が集まっている。
カール・クリューガーの表向きの身分は交易会社の社長であり、そのコネクションで人が集まっている。他の交易会社の役員、職人たち、輸送業を営む者たち。
彼らはカール・クリューガーがマフィアであることを知っているはずだ。もしそうでなかったとしても、マフィアに協力している時点で無辜の一般市民ではない。つまりは犠牲になっても仕方がないということだ。
今回の仕上げは派手にやることになっている。デニス・ディルレヴァンガーを始末したときほど派手ではないが、それなりに荒っぽい手段を取る。
「招待状をお願いします」
俺たちが門に近づくと、警備の人間がそう告げた。
「どうぞ」
俺たちは架空の名前が記されたそれを手渡す。
「確認しました。どうぞ中へ。ごゆっくり」
現代と違って生体認証やIDスキャンがあるわけでもなく、我々はあっさりとカール・クリューガーの邸宅の中に忍び込めた。
後はカール・クリューガーを探し出して始末するだけだ。
「ヤシロ様。皆さん、踊っておられますね」
「そういう形式のパーティーなのだろう」
エーデは興味深そうに、音楽に合わせて踊っている男女を眺める。晩餐会ではよくある光景と言っていいのかもしれない。あいにく、大使館のパーティーには偽装した身分で侵入し、盗聴と盗撮に明け暮れていた俺には縁のないものだ。
「私もああいう風に踊ってみたいです」
「いずれは試してみるといいだろう。だが、今日はダメだ」
今日は踊っている時間などない。カール・クリューガーを殺さなければ。
「アティカ。向こうに倉庫がある。そこで装備を頼む」
「はいはい。分かりました」
アティカについてきてもらったのは邸宅の中に武器を持ちこむために他ならない。
邸宅の入り口には警備がいて、不審なものを抱えていれば検査される。それを避けるためにアティカを連れてきた。アティカならばどんな場所でも魂との取引で、武器を入手することが可能になるのだ。
それはセキュリティーを完全に無駄なものにする代物。
MP7短機関銃2丁。サプレッサーなし。
「エーデ。君の分だ」
「はい。ヤシロ様」
エーデはいつものM14自動小銃でないことに落胆したようだが、与えられた武器は受け取った。そして、彼女はこの作戦のためにこの銃で訓練を行っている。問題はない。
俺はスーツの内側に、エーデはハンドバッグの中にそれぞれ短機関銃を隠し、暗殺目標であるカール・クリューガーを探した。
広間ではホスト不在のままダンスパーティーが続けられており、カール・クリューガーの姿は見当たらない。
もしや、暗殺に感づいて逃げたか?
俺の頭にその最悪の想定が過る。
だが、屋敷の周囲は1個小隊の戦力で封鎖してある。今から逃げ出そうとしても遅すぎる。少なくとも逃げようとしたのは今ではない。
では、最初からこの晩餐会は囮だった?
考えられなくもないが、我々はカール・クリューガーの側にこちらの監視状況を知られるようなヘマはしていない。カール・クリューガーはこちらが晩餐会に忍び込む予定だということも、こちらが晩餐会の情報を知っているということすらも知らないはずだ。
となると、裏切りか。
エトヴィンが最後の最後で裏切ったのか。招待状を準備したのはエトヴィンだ。エトヴィンは俺たちがカール・クリューガーを暗殺するために晩餐会に忍び込むことを知っている数少ない人間のひとりだ。
彼は暗殺の脅威からカール・クリューガーを救ってやることで恩を売り、そうやってカール・クリューガーの組織をいただこうとしているのかもしれない。そして、用済みになった俺たちにはここで消えてもらう。
まだそう決まったわけではないが、最悪の事態を想定するのも軍人の仕事だ。
何せ、裏切りと言うのは日本情報軍の十八番だった。日本情報軍は友人の顔をして手を握り、もう一方の手でナイフを相手の喉に突き立てるのだ。
日本情報軍は多くの軍閥を見捨ててきたし、裏切ってきた。彼らを利用するだけ利用し、用が済めば片付けたのだ。日本国の国益のために。
エトヴィンも必要があれば裏切るだろう。自分たちの組織の利益のために。
俺は僅かな焦りを感じながら、カール・クリューガーを探す。
そして、俺たちがベランダに出た時、彼を見つけた。
カール・クリューガーは暗殺に気づいてなどいる様子はなかった。彼は招待客とワインを1杯やっていた。時々笑い声を上げながら、ホストとして招待客を持て成している。
よろしい。では、始めるとしよう。
「ミスター・クリューガー?」
「ん? どなたかな?」
俺が声をかけるのにカール・クリューガーは俺の方を向いた。
「こういうものだ」
俺はMP7短機関銃を抜くと、安全装置を素早く解除し、腰だめにそれを構えてカール・クリューガーに向けて銃弾を浴びせかけた。
カール・クリューガーは銃弾をまともに受けて、体が揺さぶられながら、地面に倒れ込む。招待客の女性が甲高い悲鳴を上げて、パーティーの会場が一気に混乱に突き落とされた。警備を呼ぶ声が響き、警備の怒声が聞こえる。
俺は確認殺害のためにカール・クリューガーの頭にセミオートで2発の銃弾を叩き込むと、周囲を見渡した。
カール・クリューガーが殺されたのに警備が殺到してくる。15、16名はいるだろう。
「目標は死んだ。エーデ、離脱だ」
「了解」
俺とエーデは警備に向けて弾幕を展開しながら、アティカとともに屋敷の外に向かう。警備は一瞬だけだが薙ぎ倒され、悲鳴を上げる。
だが、地の利は相手にある。相手は建物を遮蔽物にして、俺たちを追い込もうとする。そして俺たちがいる中庭から外に出るには3メートルの壁を越えなければならない。
『ブラヴォー・スリー・ゼロよりブラヴォー・ゼロ・ツー。銃声を確認。離脱支援はどうしますか?』
「すぐに始めてくれ。中庭の西側の壁を頼む」
無線で小隊の兵士が告げるのに、俺はそう告げて返す。
『了解』
それから数秒後、俺たちの背中に方向にあった壁が吹き飛んだ。
「救出に来ましたよ、ヤシロさん」
小隊の兵士がその壁の穴からなだれ込んできた。
離脱の手順は決まっていた屋敷の四方に小隊を分隊ごとに配備し、俺たちが目標を殺害したら、四方のどこかから離脱する。壁はブリーチングチャージで吹き飛ばし、AKM自動小銃で武装した兵士たちが屋敷に押し入る。
目標を暗殺するまではこちらの動きに気づかれてはならなかったが、暗殺が済めばどうとでも動いていい。エトヴィンは衛兵は動かないと告げていた。俺は一先ずはそれを信頼することにしている。
「警備を相手してくれ。こちらもぎりぎりだ」
「了解」
非戦闘員のアティカと決して火力が高いとは言い難い短機関銃だけでは限界がある。俺は警備との戦闘を引き継ぎ、アティカを壁の外に逃がす。
けたたましいカラシニコフの銃声が響き渡り、警備の人間が血の海に沈んでいく。こうなれば一方的な虐殺だ。
「長期戦は不要だ。離脱する」
「了解」
エトヴィンが衛兵を買収しているという話をどこまで信用していいのか分からない。我々は可能な限り、自分たちだけでことを乗り切ることにした。
警備の戦意は喪失したようで、逃げ出す我々を追いかけてくる様子はない。
さて、これで全ての目標が消えたことになる。
エトヴィンは約束を果たすだろうか?
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