抗争の始まり
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──抗争の始まり
最初のターゲットに選んだのはジーモン・シュトラッサーだった。
彼はティベリア共和国軍の拠点としているマザーレの街の近くに暮らしており、そこで部下たちを率いていた。
我々は十数日間の監視を行った。
彼が何曜日のどの時間帯に一番無防備になるかを確かめるのだ。
彼自身のプロファイルは既に終わっていた。彼は生来臆病で、エトヴィンの組織を離反した後は隠れ潜むような生活をしている。拠点としている建物から出てくることは極めて稀で、そのほとんどを室内で過ごしている。
ただ、ひとつ彼が外に出るタイミングがある。
病気の母親を見舞いに家に向かうタイミングだ。
彼は臆病だし裏切り者だが、家族を大事にしている。普段の介護は部下に任せているが、週に一度は母親の下に向かう。
我々はそこを狙って攻撃を仕掛けることに決めた。
攻撃のチャンスは1度だけだ。これに失敗すれば、相手はさらに警戒して、母親の見舞いにもいかなくなるだろう。そうなると相手が要塞のように守りを固めている拠点を強襲しなければならなくなる。
それは避けたい。ティベリア藩王国はまだ騒ぎが起きていない国家だと思わせておきたいのだ。ここで下手に大騒ぎを起こすと、せっかくバルフ王国に向けさせた精霊帝国の注意がティベリア藩王国に向いてしまう。あの陽動作戦の意味がなくなる。
静かに、だが確実に獲物を仕留める。
方法は近接して鉛玉の雨を浴びせるという方法。狙撃は確実性において、近づいて蜂の巣にするのに比べると劣る。我々は確実にジーモン・シュトラッサーにくたばってもらわなければならないのだ。それが殺されたと分かる方法で。
そう、殺されたと分かる方法でだ。
騒ぎは起こしたくないが、これがマフィアの抗争である以上は誰が殺したのかを確実に示しておかなければならない。そうでなければトップを失ったジーモン・シュトラッサーの組織が、再びエトヴィンに恭順を誓うことはないだろう。
恐怖によって勝利する。それが必要とされている。
その点では狙撃より、蜂の巣にしてやる方が効果的だろう。いかにもマフィア映画にあるような見せしめの殺し方だ。
「目標は明日の昼──1400にこの通りを通過する。この地点は衛兵の数も少なく、人気も少ない。我々はこの地点で相手を待ち伏せ、確実に相手を仕留める。静かに、だが大胆に」
俺は集まった自由エトルリア同盟の1個小隊の兵士たちに説明する。
「爆発物の使用は?」
「なしだ。あくまで目標には静かに死んでもらう。この街で騒ぎを起こしても、無事に離脱できるという保証はない。エトヴィンが脱出の手はずを整えていると言っているが、どこまでそれを当てにしていいのかは分からない」
兵士のひとりがそう尋ねるのに俺は首を横に振る。
「となると、かなりタイトな暗殺になりそうですね」
「実際にタイトだ。襲撃のチャンスは1度切り。これに失敗すれば次はいつ殺害のチャンスが回ってくるか分からない。だが、諸君ならばやれるはずだ」
俺が告げるのに自由エトルリア同盟の兵士たちが頷いて見せた。
「お世辞にも今回の任務は崇高とは言い難いが、これも精霊帝国に対して勝利を手にするために必要なことだ。各自、万全の状況で作戦に臨んでくれ。俺からは以上だ」
それからアティカを呼び出し、アティカと魂の取引を行って今回の作戦に必要な武器を手に入れた。今回の任務はAKM自動小銃では些か困難な任務になる。幸いにして魂は十二分に溜まっているし、新装備を導入するとしよう。
「エーデさんは作戦に参加されるのですか?」
アティカがいつのも目つきでそう尋ねる。
「参加する。バックアップだ。俺とともに待機する。作戦が失敗しそうになったら、出撃することになるだろう。そうならないことを祈りたいものだがね」
俺はアティカの問いにそう返した。
「そうならないことを私も祈っておきますよ。エーデさんは戦いたがるでしょうが、正直こんなマフィアの抗争で彼女の手を血で染めてほしくはありません。既に多くの人間を彼女が殺しているとしても、大義ぐらいはあった方がいいではないですか」
「そのようなことを気にするとはね」
大義があろうがなかろうが、殺人は殺人だ。ただの人殺しに過ぎない。
日本情報軍には日本国のためという大義があった。だが、実際の作戦はここで行われているものより、もっと凄惨で陰湿なものであった。
暗殺・拉致・拷問。日本国の外で行われるそれら軍事作戦を日本国民は知ることなく、自分たちの足元にどれだけの死体が積み重なって、自分たちが平和を享受できているのかを知らない。それが日本情報軍の戦争だった。
国家のため。国家のため。国家のため。うんざりさせられる。
大義さえあるならば12歳の子供兵を撃ち殺していいのか。大義さえあるならば民間人を拉致して拷問し、その結果死なせてもいいのか。大義さえあるならば何をやっても構わないというのか。大義とはそんなに立派なものなのか。
俺はそうは思えない。大義は言い訳だ。人が人を殺すための言い訳だ。
ナノマシンに過保護に守れていない陸軍の兵卒たちにはそれが必要だろう。だが、人を殺すことに何の抵抗も覚えず、快楽殺人者のように軽快に殺し続ける日本情報軍の軍人にそれは必要ない。そんなものがなくとも引き金は引ける。
大義という言い訳で、政治家は納得し、日本情報軍のお歴々が納得し、兵士たちに命令を下す。その兵士たちに命令が行き届くときには大義はその意味をなさなくなっている。腐敗し、崩れ、意味のない言葉の羅列になっている。
大義なんてどうでもいいのだ。
「少なくとも作戦が順調に進めば、俺とエーデの出番はないだろう。他に何か気になることはあるかね?」
「最近、エーデさんときちんと話し合っておられますか?」
俺が尋ねるのにアティカがそう尋ねてきた。
「基本的な意思疎通はちゃんとやっているつもりだが」
「そうですか」
俺の言葉にアティカは落胆したような、裏切られたような反応をした。
「君はいったいどうしたいんだ? エーデを聖女に選んだのは俺じゃない。君たちだ。今更エーデを聖女ではないとすることもできやしない」
アティカの捻くれた反応に俺は思わずそう告げた。
「そうですよ。エーデさんを聖女に選んでしまったのは我々です。だから──」
アティカが告げる。
「エーデさんには少しでも幸せでいてほしいんですよ」
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ジーモン・シュトラッサー暗殺のために1個小隊が動員された。実際に引き金を引くのは1個分隊で、残りの2個分隊はバックアップだ。
それぞれジーモン・シュトラッサーの自宅の前と拠点の前で待ち構え、1個分隊がしくじった場合、そちらでケリをつけることになっていた。俺もエーデを連れて、ジーモン・シュトラッサーの息の根を止める1個分隊のサポートに回っている。
俺はAXMC狙撃銃を構え、ジーモン・シュトラッサーの通過するだろう通りが見渡せる位置に伏せている。その隣にはエーデが着剣したM14自動小銃を構えて、同じように伏せていた。今回の作戦では全員に環境適応迷彩効果の付いた迷彩服5型が支給されており、我々は真昼の市街地の中で周囲の風景に溶け込んでいた。
「目標のETAは1420。総員、戦闘準備」
既にジーモン・シュトラッサーが拠点を出たことは確認している。手投げ型のドローンと拠点前で待機している部隊が、ジーモン・シュトラッサーが馬車で拠点を出たことを確認した。
ドローンは未だにジーモン・シュトラッサーを追跡中であり、猟犬のように彼を追いかけている。ジーモン・シュトラッサーがそれに気づく様子はない。
そして、残り10分でジーモン・シュトラッサーは我々が潜んでいる通りに入る。
「目標が完全にキルゾーンに入ってから射撃開始だ。それまでは絶対に発砲するな」
ジーモン・シュトラッサーは確実にここで殺さなければならない。ここから逃げられるようなことがあってはならない。彼には自宅にも、拠点にも戻ることなく、この寂れた通りで確実に死んでもらう。
『目標見えました』
「まだキルゾーンではない」
待機している1個分隊の指揮官が告げるのに、俺はそう告げて返す。
俺が覗き込んでいる狙撃銃の光学照準器にもジーモン・シュトラッサーの馬車は映っていた。ドローンはジーモン・シュトラッサーが馬車を乗り換えた様子などは確認しておらず、あれが確実にジーモン・シュトラッサーの乗った馬車だ。
3分。もうすぐジーモン・シュトラッサーの馬車がキルゾーンに入る。
馬車の動きはそこまで速いものではなく、通りをのんびりと進んでいる。その点も事前の情報通りだ。ジーモン・シュトラッサーは母親に会う時だけは心が落ち着いている。彼の病気の母親を見舞いに行くときはリラックスしている。
1分。まだ先走る兵士がいないだけ、自由エトルリア同盟の兵士たちはよく訓練されている。彼らは確実に目標がキルゾーンに入ることを待っている。指揮官の指示なくしては、混乱すら許されてないのが軍隊だ。
目標キルゾーン内。
「撃ち方始め」
俺がそう指示を出すと、路地と通りに面する2階の窓から銃弾の嵐がジーモン・シュトラッサーの乗っている馬車を襲った。
恐ろしいほどに静かな銃撃。
今回の襲撃にはMP7短機関銃にサプレッサーを装着したものを使用している。MP7短機関銃が使用する4.6x30ミリ弾はサプレッサーに抑制された銃声で、ありったけの銃弾をジーモン・シュトラッサーの馬車に叩き込んだ。
静かな襲撃。馬車は蜂の巣になり、馬が銃弾に倒れて小さく嘶く。
1個分隊の兵士たちは蜂の巣になった馬車の中を確認する。
『ジーモン・シュトラッサーを確認。死んでいます』
「了解。確認殺害後、離脱せよ」
『了解』
こうしてジーモン・シュトラッサーは通りで蜂の巣になって死んだ。
我々はこの静かな襲撃の後に街を脱出し、エトヴィンたちの待つマザーレの街に帰還した。襲撃が判明したのは我々が街を去ってから、6時間後のことであったという。
「素晴らしいね。蜂の巣とは」
エトヴィンは満足したようすでにやにやと笑っていた。
「これで裏切り者たちも知るだろう。この俺を裏切るとどういう目に遭うのか」
「そうだろうね」
恐怖による支配。テロリストと同じだ。
「残り3人もこの調子で頼む。裏切り仲間が死んで、他の連中はちとばかり警戒し始めているだろうが、あんたならばどうにかなるだろう。よろしく頼むぜ?」
「任せておいてもらおう」
さて、我々も恐怖を撒き散らすという仕事を続けるとするか。それこそが我々に与えらえれた仕事であるのだから。
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