抗争と言うものは
……………………
──抗争と言うものは
マフィアの抗争とテロとの戦いは似ているようで異なる。
マフィアは現代に蔓延っているフランチャイズされたテロネットワークとは異なり、頭が潰されれば混乱が生じる。マフィアの上下関係はピラミッド型の指揮系統を取っており、いわゆる斬首作戦が有効なのだ。
しかし、マフィアの抗争もテロとの戦いも全く異なるわけではない。
非正規戦。市街地で目標を探し、市街地で戦うような戦い。計画というものが殆ど思い付きの相手が行動に移る前に先手を打ち、相手の攻撃を封じる。そして何より相手の恐怖に訴えかける行動を行う点ではテロとマフィアの抗争は似ている。
「消さなければならない目標は4人だ」
ティベリア藩王国。
その中心都市にして王都ポタラから西に行った交易都市マザーレにある交易会社の倉庫。その地下でエトヴィンが我々に告げる。
我々の側で準備が許されたのは1個小隊。対するエトヴィンのティベリア共和国軍第1猟兵旅団の規模は900名近いと聞いている。かなりの大規模な抵抗運動だ。規模で言えば初期の南部国民戦線を上回っている。
「ひとり。ジーモン・シュトラッサー。こいつは組織の金と構成員を引き連れて逃げ出した臆病者だ。これから俺たちの金庫から金を持ち出そうという人間に警告を与えるという意味でも殺しておかなければならない」
ひとり。盗人。
「ひとり。デニス・ディルレヴァンガー。こいつは組織の娼婦どもを殴り殺して、荒くれものを率いて逃げ出した男だ。女を殴る奴に碌な奴はいない。死んでも誰も悲しみはしないだろうな。それぐらいの屑だ」
ひとり。婦女暴行。
「ひとり。ベンヤミン・ベルガー。こいつは俺たちの縄張りだったポタラの縄張りをそっくり貴族に売り渡した密告者だ。この手の裏切り者は少なくないが、こいつが悲惨な死を遂げるならば、これから裏切ろうという人間は少しは考えるだろう」
ひとり。密告者。
「ひとり。カール・クリューガー。取り立ててこいつについて言うことはないが、俺たちの組織と協力しないというだけで死んでもらう理由にはなる。このティベリア藩王国でビジネスをするのはティベリア共和国軍だけだ」
ひとり。ライバル。
「以上だ。何か質問は?」
そこまで告げてエトヴィンが我々を見渡した。
「それぞれの具体的な個人情報が欲しい」
「屑のことをしっても屑だと思うだけだぞ」
「個人情報から行動が割り出せる可能性がある」
暗殺対象の個人情報は必須だ。我々はそれを基に相手の行動パターンを予想し、暗殺を実行する。いわゆるプロファイルだ。
暗殺対象が自分の子供にどんなお話を寝る前に聞かせてやるかまで想像出来たら完璧だ。そして、我々はそこまで深く理解した相手の眉間に鉛玉を叩き込むというわけだ。これ以上ない悪趣味な話だろう。
そのような行動をナノマシンの保護も受けずにやっていれば、心が壊れる。そうならないように我々はナノマシンというクッションに包まれ、暗殺を実行するのだ。
ナノマシンの過保護具合は日本陸海空情報軍の四軍の中では、日本情報軍がもっとも過保護だった。俺たちの任務は上記の悪趣味なそれとそれに似たようなものばかりであり、歩兵というコマとして、地点を制圧していく陸軍の兵士とは異なるのだ。
「分かった。後で可能な限りの情報を聞かせてやる」
エトヴィンはそう告げて頷いた。
「それで、その両手を同じ下層民の手で汚すことに抵抗はないのか?」
エトヴィンは挑発するようにしてそう尋ねる。
「今更だ。我々は衛兵という下層民を山ほど殺してきた。それに犯罪者というものが加わるだけに過ぎない。躊躇うことなどあると思うかね?」
下層民なら山ほど殺してきた。
衛兵たちは立派な下層民であり、俺たちはそれを無慈悲に殺し続けてきたのだ。それに今更4、5名が新たに加わろうと何を思おうか。
「それもそうだ。あんたらは無慈悲な殺し屋。必要とあらば俺たちだって殺すんだろう? レオナルドにそう言われていないのか?」
「確かに彼はあなた方を殺すことを提案していたよ。断ったがね」
エトヴィンはこっちを試している。それは分かる。
「具体的な個人情報を聞きたいと言ったが、あなたについても知っておきたいな」
「俺を殺すためにか?」
「いいや。相互理解のためにだ。あなたは我々について知っているようだが、我々はあなた方について何も知らない」
エトヴィンたちは明確にこちらについての情報を持っている。だが、俺たちが持っているエトヴィンに関する情報は彼がマフィアのボスだということだけだ。
これから協力していこうというのであれば、お互いのことを理解しておいた方が安心できるだろう。うっかりと相手の地雷を踏み抜かずに済むことある。
それにやはりエトヴィンを殺すことを俺は心の隅では計画しているのだ。エトヴィンがこれ以上、俺たちに注文をつけたり、密かに精霊帝国側に寝返ったときのことを考えて、俺はエトヴィンを殺すことを考えているのだ。
「残念だが、まだそれを語り合えるほどあんたらを信用していない。仲良しごっこをするのはもう少しばかり常識的な信頼関係が築けてからだ」
エトヴィンは軽く笑ってそう流した。
「残念だな」
「何、あなたらが結果を出せば、くだらない話をいくらでも聞かせてやるよ」
やれやれ。何はともあれ、先の4名を殺さなければならないわけだ。
「では、話を聞かせてもらえるかな。4名について」
「いいだろう。行動は明日からになるだろうし、今日は話だけ聞いておくといいい」
俺はそう告げて、エトヴィンから暗殺対象4名の情報を聞き始めた。
……………………
……………………
全ての揉め事の原因は金に尽きる。
ジーモン・シュトラッサーが金を持ち逃げしたのも、デニス・ディルレヴァンガーが独自に荒くれものを組織したのも、ベンヤミン・ベルガーが貴族に情報を売り渡したのも、カール・クリューガーがエトヴィンの組織に加わることを拒むのも。全ての原因が金である。大義でも、思想でもなく、金がトラブルの原因となっている。
ある意味では問題解決はシンプルだ。民族主義者同士の対立を押さえるよりも、楽に問題は解決できるだろう。資金援助を行えばいいだけの話なのだから。
だが、その資金援助が問題になってくる。
エトヴィンたちの組織を味方に付けるには資金を提供すれば十分だろう。エトヴィンの組織を裏切った人間を組織に引き戻すのにも資金援助で片が付くだろう。だが、いったいどれだけの資金を投入すれば彼らは満足するというのだろうか。
エトヴィンは貪欲なドラゴンだ。この世の全ての富が集まらなければ満足しないだろう。それほどまでに彼が貪欲であることは、彼が対立している組織を潰して、ティベリア藩王国の地下を牛耳ろうとしていることからも分かる。
自由エトルリア同盟がいくら資金潤沢であるとしても、無制限に資金援助は行えない。俺の魂を使った取引も無制限の取引は無理だ。
どこかで彼らには妥協してもらわなければならない。
だが、彼らはどこで妥協する?
分からない。ある意味ではこれは民族主義者同士の争いより面倒だ。
「ヤシロ様。お悩みですか?」
俺がエトヴィンから聞いた個人情報を軍用規格のタブレット端末に纏めながら、そんなこと考えていたとき、エーデが心配そうに声をかけてきた。
「ああ。彼らは貪欲なドラゴンだ。どう対応したものかと思ってね」
俺はそう告げて4名の個人情報に視線を走らせる。
全ての原因は金。金の切れ目が縁の切れ目と言わんばかりに、金の流れが途絶えた途端に彼らは反旗を翻した。ここまで欲望に率直だとある意味では感心する。
「ドラゴンは黄金のベッドで眠るそうですね」
「そう、ドワーフから奪った宮殿で黄金のベッドの上に横たわるのさ。そして、エトヴィンもまた黄金のベッドを欲しているよう思える」
黄金のベッドで眠るドラゴン。富の象徴。貪欲さの象徴。
「そうでしょうか? あの方はもっと別の目的を持っているように思えます」
「別の目的?」
ここでエーデが気になることを言い出した。
「そうです。その具体的な内容は分かりませんが、その目的のために我々の力をあの方は必要としていると私は見ました。お金だけが欲しいというわけではないと思います」
エーデの目には何が映ったのだろうか。
エーデの超常的な感覚に驚かされることは多いが、また今回もエーデは何事かを見抜こうとしている。問題の核心になるエトヴィンの真の目的について。
「そうだといいのだが。我々の有するのは経済力よりも軍事力だ。軍事支援で目的が達成できるに越したことはない。経済支援は正直なところ、いつまでも続けられるものではないのだ。我々の経済力は限定されている」
レオナルドはどこからか資金を調達してくる。恐らくは強盗なりなんなりの犯罪行為を働いているのだろう。我々の武器を売っているわけではないというのは、軍事部門の統括者であるバルトロがきちんと確認している。
我々はその資金で衛兵を買収したり、ペネロペの機関紙“自由の声”のためのインクや紙を購入したりしている。
東部山岳地帯からの帰還後、爆発的に構成員が増え、資金の巡りも潤沢になってきたとは言っても、やはり限度と言うものがある。我々は何かを生み出して、販売しているわけではなく、ある場所から奪って稼いでいるのだから。
「彼らが他のもので満足してくれることを祈るばかりだ。これからの活動には彼らの協力は不可欠なものになってくるだろうから」
「きっと大丈夫ですよ。私たちなら上手くやれます」
俺が告げるのにエーデが朗らかに微笑んだ。
エーデの笑みを見ていると安堵の心を感じる。
安堵できることなど何ひとつとしてないだろうに、エーデの笑みには特別な力があるようだ。俺は暫し、エーデのその笑みを見つめてた。
「その、ヤシロ様。あまり見つめられると恥ずかしいのですが……」
「すまない。落ち着く笑顔なのでつい見つめてしまった」
エーデが気まずそうにするのに俺は素直にそう告げた。
「落ち着かれる、ですか?」
「ああ。落ち着く」
俺はそう告げて再びタブレット端末に視線を落とした。
「私はあまりお役には立てていないかもしれません」
エーデが告げる。
「でも、少しでもヤシロ様のお役に立てていたのならば嬉しいです」
そして、エーデがまた微笑んだ。
「君は十二分に役に立っているよ、エーデ。そんなことで気を病むことはない」
俺はそうとだけ告げた。
俺はエーデを特別に思い始めている。これもナノマシンのエラーのためだろうか。ナノマシンがエラーを吐き出し、俺に間違った感情を与えているのだろうか。
民間軍事医療企業の技術者もいないこの世界ではそのことは知りようもない。
……………………
面白そうだと思っていただけましたら評価、ブクマ、励ましの感想などつけていただけますと励みになります!




