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「蓮、おめでとう。もう少しで貴方の復讐は成されるわ。あと一人よ」


 女の元を訪れると、女は俺を見て開口一番に言った。眉を寄せる。いつもは小さな情報をも出し渋る癖に、今日はやけに機嫌がいい。一体何を企んでいるのか。


「どうしたの? もっと喜べばいいでしょうに。やっと念願叶うのよ?」


 距離を保ったまま女の様子を伺っていると、女はいつもように机の向こうで、質のいい椅子に座りながら、頬杖をついた。


「それとも、寂しいの? 貴方の生きる理由でもあるものね」


 横に垂らしたままの手を握りしめる。揶揄されているかのような言葉が不快だ。視線に険が乗るのを自覚する。


「やるならさっさとしろよ」

「せっかちね。余裕のない男は嫌われるわよ」

 

 女は溜息をつくと、頬杖を外して机の下方の引き出しを開けた。そこからファイルを一冊取り出して、開く。中の紙を捲りながら、ある場所で手を止めると、そのままファイルの中央部に手を伸ばす。ぱちり、金具の留め金が外れる音がした。

 数枚の紙を抜き取るところを黙って見ていると、ふと、女の視線がこちらを向く。


「ねえ蓮。その前に一応聞いておくわ。復讐が終わったら、貴方はどうするの?」


 真っ直ぐな瞳には、珍しくなんの含みも見えなかった。向けられたそれは強すぎて、一瞬怯む。

 答えなければ、話を進めてはくれそうにない。


「……終わった、ら」


 口を開いて直ぐに言い淀む。言葉を躊躇した訳では無い。その言葉の先を、俺は持たないのだ。

 考えたこともなかった。いや、違う。考えないように、していたことだった。

 この復讐が終わったら。

 俺は、どうすればいいのだろう。

 元々望まれなかった命だ。受け入れてくれる場所も、守りたい人も、もうなくした。あそこが、あそこだけが、俺の生きる理由だった。突然失って、受け入れられずに、憎しみのまま、一時的に違う理由を作っただけだ。

 復讐が終われば、ただの無価値な人間に戻る。

 そうしたらもう、この生に意味は無くなる。

 どうもしない。生に執着が無くなるだけだ。抗いもせずに流されて、そうしていつか死ぬのだろう。


「やっぱり、貴方は可哀想ね」


 知らぬ間に俯いていた顔を上げると、女は俺を見たまま、呆れたように息を吐いた。


「言ったじゃない。復讐はなにも生まないのよ。最初から最後まで、ただの独りよがりの自己満足。成ったところで、何も得られるものは無い」


 そんなことはとっくに分かっている。

 だからといって、この衝動を切り捨てたまま生きるには、失ったものはあまりに大切過ぎたのだ。


「全部捨ててしまったら、いっそ幸せになれたのかもしれないのにね」

「望んでない」

「そう。だから貴方は可哀想なほど愚かなの。いつまでも過去に縋りついて縛られたまま、他の全てを投げ出して」


 誰かの言葉一つで変われるなら、元からこんなに拗れては居ないだろう。

 理屈でどうにかできるほど、出来た人間じゃないし、器用でもない。

 積み上げられた概念は、既に俺を構成する基盤となってしまっている。理解は出来てもそれだけだ。今更、染みついたものは簡単に消えやしない。いつまでも、無意識下で燻り続けている。

 俺が俺でいる限り、変わることなんてできない。


「ねえ、行くあてがないのなら、私が飼ってあげましょうか。貴方は私の可愛い玩具だもの。壊れるまで遊んであげるわ」


 視線が交わる。静かなその目に当てられて、心が次第に凪いでくる。一つ息を吸って、止める。少しの間を挟んで、女の馬鹿げた提案を、俺は鼻で笑った。


「冗談じゃねえな」

「つれないのね」


 強く目を閉じ、開ける。それを数度繰り返すと、次第に視界はクリアになっていった。いつもの調子が戻ってくる。

 感傷など今は要らない。自分で決めたことだ。誰に何を言われようと、俺は最後までやり通す。


「御託はいい。早く情報をよこせ」


 睨みつけるように見やると、女は溜息をついて、手に持っていた数枚の紙を机上に広げた。


「この子は貴方の村を焼いた最大の功労者よ。眉一つ動かさずに誰よりも人を殺した狂人。感情のない天性の殺人鬼」


 女の声に促されるままに近寄って、その紙を覗き込む。広げられたものは、何かの資料のようだった。

 いつもならこんなもの、出してはこない。標的の写真を取り出して、居場所を伝えて、それで終わりだ。それで足りる。

 資料の文字を追う。それは殺人の記録だった。あの村だけではない。様々な場所で、多くの人を手にかけている。なるほど、これは殺人鬼だ。今までのような腰抜けとは違うのだろう。一筋縄ではいかないに違いない。

 息を吐く。関係ないか。もう決めたのだ、あの時に。一人残らず、殺してやると。


「写真は」

「あら、不要でしょう? 貴方もよく知っている子のはずよ」


 女が口元を釣り上げる。嫌な笑みだ。

 いつもは机上に広げる標的の写真は、いつまでたっても出す素振りを見せない。そのまま女はいつものように、標的の居場所を口にする。


「今は中央区スラム街の教会に居るようね。歳はあなたと同じくらい。黒髪紫眼で中肉中背。名は降夜」


 その名を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。

 気づけば女の元を飛び出していた。外への扉を開くと、指した陽光に目を焼かれる。強く目を閉じて目を慣らし、再び目を開く。見上げた空は、憎らしい程の青をしていた。

 その後どこをどう走ったのか、覚えていない。


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