刀禰鹿之助のながーい一日
読む前に、とっても痛い、いつもの定型文ですがこれが自分が読んだら泣きたくなった。
人間、自分の書いた文章でのた打ち回れるんですね。
しばらくすると、痛いのが、ちょっと、おいしくなる。
慣れてくると、まぁ、よくがんばった。って言いたくなります。
人間なれって怖いですね。
刀禰もだんだん異世界に慣れていくます。おおコワ。
では、はじまります。皆さんお静かに。
1
道場にはふたりの男女が向かい合って構えていた。ひとりは背がそんなに高くない、すらりとした三十代の女性だ。もうひとりは、背が高く痩せているけど筋肉がしっかりついている男性だ。まだ十代の高校生くらいにみえる。
二人とも顔つきが似ている。親子のようだ。
男性は刀禰鹿之助といって剣術総合格闘技道場、刀禰鬼倒館の跡取りだ。
実践的な道場として知られている。いつも生傷がたえないため門弟は少ない。そのため、主に鹿之助のしている事はバイトだ。学校はそのついでに定時制の高校へ通っている。
夏が近くまだ日が昇って間もない。梅雨が終わり湿っぽい空気から熱を帯びた空気に変わり始めた。
鹿之助と母親はもう十分以上も相対したまま動かない。いや鹿之助が動けないのだ。じっとり汗が出た。ぽつと汗が垂れた瞬間に、木刀の中に鉄芯を入れた普通より重たい木刀を、振りかざして「はぁっ!」と気合いを入れて右足を踏み込む。
「甘い!」
母親はそう言うと刀禰の振りおろした木刀を下から上に弾き飛ばす。
ドンと音がして木刀が道場の壁際に転がる。
鹿之助はじんと手がしびれたが、弾き飛ばされた木刀を未練もなく捨ておいて、左足を前に出し手刀を反身に構えて間合いを縮めていく。
ぶんっ、母親の木刀が鹿之助の体に向かって左上から右下に切りつけられる。
鹿之助は、気配を嗅ぎ取って、バックステップで避けた。
「勘だけで避けたわね。」
母親は愉しそうにゆったりと構えている。まだ鹿之助など相手としてはまだまだなのだろう。
「お袋、余裕をかましているのは今のうちだ」
鹿之助は、左回りに動いた。
「師匠と呼びなさい! それと、反抗期なら私ぐらい倒しなさい」
そう言うと木刀を横に薙いだ。
「はっ」
母親が左から右に薙ぐ瞬間をついて、鹿之助は回し蹴りを叩き込む。
「そうよ、相手が攻撃に入った瞬間が隙よ」
「ピピピッ、ピピピッ」
鹿之助の携帯が鳴った。
「ここまで! さぁバイトに行ってらっしゃい」
母親は木刀を壁に掛ける。
「はいよ」
鹿之助はは道場を出て、風呂場に行きシャワーを浴びる。稽古の後のシャワーは気持ちがいい。浴び終えると着替えて家を出る。
2
今日も昼間はコンビニでバイトだ。バイト先に着くと制服に着替えて、レジに立つ。朝のコンビニは目の回るような忙しさだ。
通勤客や通学の学生が、朝ごはんにおにぎりや飲料水を買うため行列を作っている。
鹿之助はレジの客を、素早くさばいていく。しばらくするとお客がまばらになってきた。すると、店の裏から商品を取ってきて補充する。黙々と作業をしていく。
コンビニのバイトは冷暖房が入るので夏は快適だ。
十二時になったが休みはとらない。コンビニは昼休みが取りづらい。なぜなら、お昼は昼食を買いに来るお客がいっせいにくる。休みを取れるのは午後二時すぎだ。
店の商品を選んで自分でバーコードを読み取ってお金をレジに入れて店の裏に行く。
店長さんがいた。
「刀禰君、加藤さん知らない? 昨日から無断欠勤しているんだよ」
店長は落ち着かない様子で、携帯で電話をかけ続けている。つながらないのだろう。
「加藤さんとは、夕方の引継ぎしか会わないので、ちょっとわかりません」
鹿之助は、携帯を取り出し履歴とメールを確認する。加藤さんからは連絡はない。
「元気でいい子だったんだけどな。 今どきの子は簡単に辞めるのかな」
店長はぼやいている。
「何か連絡が入ったらすぐ知らせます。 休憩入ってもよろしいでしょうか?」
鹿之助はお腹が空いていたから、店長のぼやきを早々に切り上げたかった。
「ごめんね。じゃあ、何か連絡あったらすぐ知らせて」
店長はバックヤードから店に戻った。
鹿之助の携帯には学校の同級生からメールが入っていた。学校の連絡事項と金の無心だった。
定時制なので同級生といっても十六歳から五十二歳までいる。五十二歳のおっちゃんは賭け事が止められないのだ。稼いだ金をすってはよく金の無心にメールをしてくる。特に給料日を狙ってメールがくる。今日は給料日だ。
話す分にはいろいろ知っていて勉強になるのでたまに、ご飯を奢ったりしている。今日も、会うだけでもいいからとお願いされた。
バイトが終わってから、待ち合わせているファストフード店に行く。
ハンバーガーのセットを二つ受け取り、店内を見回すと、一人だけ奥の方でへらへらしている派手なシャツを着たおっちゃんがいる。谷口さんだ、通称谷やん。
「おー、鹿ちゃんありがとなー」
谷やんはいきなりハンバーガーを頬張り始めた。
「谷やんなにか面白い話があるのか?」
鹿之助は、向かいに座るとポテトを摘んだ。
「そうだな、最近、若い女性が襲われて首筋に二つ歯型がついていて、女子高生のあいだではヴァンパイア事件とよばれているなー」
谷やんはおれの分のハンバーガーまで食べ始めた。
「ふーん、変質者かなんかかな、で、犯人の目星は?」
「夜にしか現れない。それだけは絶対らしい。あと西洋人みたいだ。被害者は金髪だけしか覚えていないらしいぞー」
「強いのか?」
鹿之助はそこだけは、願い事をするように真剣に訊く。
「十人以上被害者が出ていて、まだ捕まらないし、目撃者もいない。強いだろうなー」
谷やんは、もしゃもしゃと音を立ててハンバーガーからポテトに移り食べ続けながら話している。
「もっと、何かないのか?」
「西洋人には気をつけろー」
「本当にハンバーガーのセット代くらいの話だな」
鹿之助は少しがっかりして、アイスコーヒーを飲み干す。
「そうかー。さっきここにいた女子高生に聞いたけどなー。みんな怖がっていたぞー。あとは、明日の夜に皆既月食が起こるくらいだなー」
「皆既月食?」
「あれだな、地球が太陽と月の間に入って地球の影が月にかかる現象だな」
「明日の夜そんなことがおこるのか」
きれいならいいな、鹿之助はふとそんなことを思った。
谷やんもアイスコーヒーを飲んでひと息ついている。
「谷やん、もう学校へ行こう」
「ああ、行こうかー」
鹿之助は、トレーを返して谷やんと学校に向かった。
「うーす」
鹿之助と谷やんは教室に入った。夕方だがまだ明るくて昼間の暑さが残っている。
「鹿之助くん、谷口くんおはよう」
三郷薫さん今年で二十歳になる一児の母だ。
「おれと付き合おうー」
谷やんの三郷さんに愛の告白をおこなった。会った時の口癖になっている。
「わたしにはだんなと亮たんだけで十分よ」
亮たんとは三郷さんの息子だ。
「旦那がいても構わない」
「ほら谷やん、授業が始まるから早く席に着こう」
鹿之助は、未練がましく口説いている谷やんを、席に連れていった。
チャイムがなり先生が来た。
「今日は、新しい友達が来ます。拍手で迎えましょう。宇奈月さんはいって」
ガラガラと扉を開けて姿を現したのは、透き通るような白い肌に、あわせるような銀髪に紅い目をした、人形のような、なにか芸術家によって創られた美しさを持つ、綺麗な子だった。
「宇奈月絵楠です。よろしく」
見た目が西洋人なのに発音は完ぺきな日本語で、一瞬静かになったがみんな大騒ぎになった。
「谷やん西洋人だぞ。大丈夫かな」
鹿之助は後ろを向いて、谷やんに声をかけた。谷やんは指笛でヒューヒューいっている。
前を向くと、絵楠と目があった。一瞬、頭がくらっとしたが、意識を集中すると元に戻った。
「席はどこにするかな?」
先生はあたりを見回した。
「先生あそこがいいです」
絵楠が指をさしたのは鹿之助の隣の席だった。宇奈月は席に向って歩き出し席に着いてしまった。
鹿之助はこんなかわいい子が自分のとなりを指定してきたことに不思議に思った。
席に着くと鹿之助にむかって
「わたしのチャームを破るなんてすごいぞ」
といってにっこりしている。
「チ、チャームってなんだ?」
鹿之助はなにか、蛇に睨まれた蛙のような圧倒的な威圧感を感じた。
「そんなに構えなくてもいいぞ」
絵楠がそういうともう鹿之助のことを忘れたように前を向いた。
「なんだったんだ」
鹿之助は、とても強い相手と戦っているような感じだったのが、宇奈月が前を向いた途端に、その感覚が消えたのにびっくりした。
「刀禰くん、宇奈月さんの隣でよかったね」
三郷さんはあれだけの宇奈月の出していた威圧感なら普通の人でも気付く、はずなのに平気でいる。
「谷やん、何かおかしくないか」
反対側の隣に座っている谷やんに声をかけたが、谷やんも何も無かったようにしている。
「刀禰、宇奈月の隣だからって、浮かれるな」
鹿之助は先生に怒られて、しょうがなく、授業に集中する。
休み時間になると、クラスのみんなが絵楠のまわりに集まってきた。もうさっきみたいな、おかしな浮かれかたはなかった。単に好奇心から集まっているようだ。
三郷さんは宇奈月に自分の息子の写真を見せている。絵楠は可愛い子ねなどと言っている。
「さっきは、何だったのだろう」
鹿之助はその様子を隣の席で見ながらつぶやいた。
「さっきは、鹿ちゃんが鼻の下をのばしていただけだろうー」
谷やんは、いつの間にか鹿之助の隣に立ちながら、その声を聞いて鹿之助にそう答えた。
「谷やん、いつの間に……それに鼻の下なんか伸ばしていねえよ」
鹿之助は絵楠の横顔を見ながら、さっきの異様な感覚を思い出していた。
その後は何にもなく学校が終わる時間になった。
3
鹿之助は先生に頼まれた荷物を職員室におきに行き、遅くなって教室に戻ると、絵楠だけが教室にいた。
「刀禰鹿之助と言ったか。刀禰倫太郎の息子か?」
絵楠は、急にそう言うとじっと見つめてきた。
「倫太郎はじいちゃんの名前だ」
「そうか、倫太郎は元気か?」
「十年前に死んだよ」
「そうか……」
絵楠は少し寂しそうに窓の外を見た。
「なんで、じいちゃんのことを知っているんだ」
「ここでは、ちょっとまずい家へ来い」
「へ、い、家?」
「何か、へんなことを考えていないか?」
宇奈月はじとっとした目で見ている。
「何を言っているんだ。おれは変なことなんて考えてないぞ」
「……どうだか」
「さあいこうぜ」
鹿之助はこれ以上疑われたくなかったから、早くこの場を離れたかった。
「そうだな」
教室を出て学校を後にする。
「そっちはおれの家だぞ」
帰り道を歩いているうちに、刀禰はなんで自分の家に向かっているのか、変に思った。
「問題無い」
「家に着いちゃったよ」
「こっちだ」
宇奈月は家のとなりの洋館に入って行った。
「あのお化け屋敷に人がいたのか」
「昨日、引っ越してきた」
「そ、そうか」
「禮霧、帰ったぞ」
「絵楠さま、お帰りなさいませ」
禮霧と呼ばれた赤毛のメイド服を着た美人が現れた。
「倫太郎の孫の鹿之助だそうだ」
「倫太郎ぼっちゃまの孫ですか? よく似ていますね」
「ちょっと待て。なんでじいちゃんの若い時を知っているんだ?」
鹿之助は分らないことだらけでちょっと混乱しながら訊いた。
「簡単に言うとな、われらはヴァンパイアだ」
「ヴァンパイア?」
「日本語で言うと吸血鬼だ」
「何を言っているんだ? この時代にヴァンパイアなんて、いるわけないだろ」
「禮霧見せてやれ」
「はい。鹿之助さまちょっとお相手してくれませんか」
禮霧は半身に構えた。
「なんだよいきなり」
そう言いながらもその殺気が本気であることに気がついた。
「鹿之助本気でいかないと怪我をするぞ」
絵楠は腕を組んで楽しそうに見ている。
「いきます」
禮霧が右拳を鹿之助の胸にむかって叩きこんできた。
鹿之助はまともに受けたら骨が折られるのを直感で感じて、左手で軌道をずらした。
洋館の分厚い石の壁に禮霧の拳がぶつかると少し拳の形に痕がついた。
それを見た鹿之助は普通じゃないのを実感した。
石に拳の痕が出来ることなど人間ではまず不可能だ。たとえ出来ても拳が砕けて使い物にならなくなる。
まともに攻撃を受ることができない。しかし鹿之助はいつも鉄芯の入った木刀や本物の刀で訓練を受けていたのから、避ける技術は得意だった。もしかしたらうちの道場は、こういう相手に戦うことを想定されていたのかもしれないと、攻撃を紙一重で避けながら思い始めてきた。
「倫太郎の技術は受け継がれているな。よし禮霧終わりだ」
絵楠の声とともにピタっと攻撃が終わった。
「おみごとでございます鹿之助さま」
禮霧はうれしそうだ。
鹿之助は、さっき攻撃を受けた左腕の様子を見た。かすっただけだったが、すこし腫れていた。
「でもヴァンパイアって、最近はやっている事件も宇奈月たちがやっているのか?」
「わたし達はそれを止めに来た」
「だって、絵楠と禮霧さんはヴァンパイアでしょ」
「ヴァンパイアの中にもいろいろなやつがいて、やたらと人間に噛みつく面倒なのがいる。ふつうわれらは、独自のルートで輸血パックを手に入れてそれを飲む。食事は必要だからな。それでわれらは、この街で人間を襲っているヴァンパイアを殲滅しに来た」
「絵楠と禮霧さんは、ヴァンパイアの警官みたいなもの?」
「そんなところだ。われらは、調停者という、ところで、鹿之助、手伝ってくれないか?」
宇奈月は真剣な眼差しで訊いてきた。
「そいつは強い?」
鹿之助の目は、好奇心でいっぱいになっていた。
「それはわれらから逃げ回りながら襲い続けているだけあって、強いぞ」
「そうか、いいよ」
鹿之助は宇奈月の話を訊くとうれしそうに頷いた。
「本当か? 倫太郎も喜んでいるだろう」
「じいちゃんが?」
「うむ、りっぱな、ヴァンパイアブレイカーだったぞ」
「じいちゃんがヴァンパイアブレイカー?」
「こっちにこい。いいものをやる」
屋敷の奥に進んでいく。奥の方に進んで地下に入る階段を降りていく。何部屋かあってその中でも一番大きな部屋にひとつだけ棺桶が置いてあり、その奥に石の台に木の箱が置いてある。
「これを、授けよう。倫太郎が置いて行ったものだ」
木の箱を鹿之助に渡す。
「なにかな」
箱を開けると、中には銀で出来たメリケンサックがあった。
つけてみると手によく馴染んだ。
ステップを踏んで素振りをしてみる。
「われらに当てるなよ」
「当てると、どうなる?」
「われら、ヴァンパイアは清められた銀に弱い。触るだけで焼けただれる。これで鹿之助も攻撃が効く」
「持ち歩くのにも楽だしいいかもな」
刀禰はポケットにしまう。
「では、そなたの家にあいさつに行こう」
「いや、それは、まずいって母親がいるし」
「華怜嬢のことか?」
「そうだけど、なんで名前を知っているの?」
「とりあえず、行くぞ」
絵楠と禮霧は地下室から出ていく。
「しょうがないな」
鹿之助は後を追いかけた。
絵楠は自分の家のように自然に刀禰の玄関をくぐり、リビングに向かった。
「華怜はいるか?」
宇奈月は優雅に、ソファーに座ると、足を組んで待つ。
「その声は、まさか……」
台所から、いつもよりもテンションの高い声を出して、母親が出てきた。
「やっぱり、絵楠お姉ちゃん」
母親の花蓮は、絵楠に抱きついた。
「ひさしぶり、華怜」
絵楠は、抱きついてきた母親の華怜を受け止めると頭を撫でた。
「絵楠お姉ちゃんは、変わらないね」
「おいおい、なんで絵楠とうちのお袋が知り合いなんだ?」
「おじいちゃんがヴァンパイアブレイカーだったこと話していなかったっけ?」
「してねえよ。絵楠からヴァンパイアブレイカーだってことは聞いたよ」
鹿之助は、自分だけ知らなかった事で少し拗ねている。
「なら、話は早いわね。恐らく、また暴走ヴァンパイアが出たのね。絵楠お姉ちゃん、構わないから、うちの馬鹿息子を手足のように使ってね」
「うむ、わかった。手足のように使うぞ」
絵楠は、華怜の頭に優しく手を乗せた。
「お袋なんてこと言うんだ」
刀禰は、なんだか理不尽さを感じて気に入らなかったが、強い相手と闘うため我慢した。
4
次の日の朝、鹿之助は、隣の洋館に行った。その古い建物はしんと静まり返っている。
おそるおそる扉を開けると、中は真っ暗だった。扉からの日の光が内側を照らしている。
「だれだ? 早く扉を閉めるがよい」
奥の方から声が聞こえる。
「絵楠いるの?」
刀禰は急いで扉を閉めると大きな声で訊いた。
手探りで声のした方の地下室への扉を開けると中を覗いた。
「ん、んん、鹿之助か」
あくびをかみ殺した宇奈月が銀のメリケンサックをくれた部屋から出てきた。
「絵楠、寝ていたの?」
「われらも睡眠は必要だ」
「絵楠、おれは昼間、どうすればいい?」
「おそらく、女性を襲っているヴァンパイアも昼間は静かにしているはずだ。できれば、襲われた女性に会って、姿かたちを訊いてきてくるがよい」
「わかった」
「あと、だれにもこの場所は教えるな。寝床を襲われてはわれらも対応できぬ」
「了解」
「また、夜、学校で逢おう」
宇奈月はけだるそうに奥の部屋に入って行った。
「谷やん情報網を使うか」
そう呟くと屋敷を後にした。
「鹿ちゃんから電話なんてめずらしいこともあるなー」
そう、いうとラーメンの汁を飲みほした。
「ちょっと、ヴァンパイア事件の被害者にちょっと会いたいだけだよ」
「……難しいなー」
谷やんは、困った顔をした。
「あとラーメンをいつでも五回奢るからさ」
「そうかー、でも、襲われた本人は長くても数日するとどこかへ消えちまうのさー」
「じゃあ、襲われた直後か、その前に、会うか、助けないとだめだなのかな」
「そうだなー」
「いつもその犯人が出る場所とかない?」
「あるにはあるが夜そこに行くと補導されやすいからきをつけろー」
谷やんは、場所を書いてよこした。
「チャーハンも奢るよ」
「おお、ふとっぱらだなー」
「食べたら学校行くぞ」
鹿之助は少し手がかりが出来てなんとなくうれしかった。
5
「いつも仲がいいね」
学校に着くと、三郷は声をかけてきた。
「仲がよくなりたいのは、おれと薫さんだよなー」
谷やんが三郷を見ながら真剣に言っている。
「その首のところの虫さされ、みたいな傷はなんだー」
「え、そんなのある?」
三郷は鏡で見始めた。
「まさか三丁目の裏通りなんかを歩いていたりしないよなー」
「いつも通っているよ。家への近道だから」
三郷は何でもない様に答えている。
「どういうことなんだよ?」
鹿之助は何を言っているのか分からなかった。
「さっきのメモを見ろー!」
そう告げると谷やんはうなだれた。
メモには三丁目の裏通りが記されている。
「じゃあ、三郷さんは、襲われた?」
鹿之助は愕然とした。
「みなで、楽しそうだな」
絵楠は、教室に入ってくるなり、三郷の首筋を見ると鹿之助に向かって頷いた。
「三郷さん、放課後にちょっと話があるけどいいかな?」
鹿之助の告白のような言い方に周りの空気が固まった。
「鹿ちゃん、いきなりそれは無いだろー」
谷やんは本気なのだ、五十二歳で二十歳を落とそうと考えているのだ。それだけいつもは、へらへらしているが三郷さんに惚れているのだ。
「わたしは、子持ちだよ。いいの?」
三郷さんは赤くなっている。
「違います。勘違いです。それより後で聞きたいのは、その首の傷の事です」
「なあんだ、期待して損した」
三郷さんはがっかりしたふりをしている。
「ふー、鹿ちゃん、あぶなく友情にひびが入るところだったなー」
何か書いてある手帳を大事そうにしまった。
「その手帳はなんだ」
「鹿ちゃんが今まで好きになった子と数がかいてあるかもなー」
「見せろ」
「そういうわけにはいかないぞー」
「よこせ」
鹿之助と書いてある項を見ると、顔が真っ赤になり、本気で谷やんから奪い取って項を食べた。
「あー」
谷やんはうなだれる。
「放課後、わたしと鹿之助で話が聞きたいのだ」
絵楠はそういうと席についた。ちょうど授業を開始する鐘がなる。
絵楠と刀禰と三郷さんは放課後になりみんながいなくなった教室に残っていた。谷やん
を帰すのにてこずる。絵楠が一言いうとおとなしく帰っていった。絵楠はまた何か秘密の能力を使っただろうか。
「三郷、ちょっと目とつぶってくれないか」
絵楠は三郷さんにそう言って目に手を当てる。
「うん」
三郷さんは素直に目を閉じる。
「三郷よ、どこでこの首の傷を受けた?」
絵楠の声色に変化があった。絵楠が訊くと三郷は急に機械のようになって
「昨日の夜、三丁目の裏通りで金髪の髪をした、背の高い西洋人に、呼ばれて咬まれました」
すらすらと覚えていなかったはずのことを話し出す。
「何か言っていたか?」
「あとで新しい住みかに招待すると言っていました」
「ほかには?」
「仲間がいっぱい、いると言っていました」
「そうか……」
絵楠は目に添えていた手をどけた。
「あれ、寝ちゃっていたのかな」
三郷さんはもとの元気な声に戻っていた。
「今日はゆっくり休むがよい。われらが送って行こう」
絵楠はそう言うと鹿之助に帰る準備を促した。
「さっきのは何だ。こう、急に三郷さんの声が変わったけど」
学校から出て歩きながら訊いた。
「言霊のことか、あれを使うと記憶が封印してあっても、実際に見たり聞いたりした事は、脳に刻まれているから、脳に直接訊いてみただけだぞ」
「脳に何か悪影響とかないのか?」
鹿之助は何となく心配になって尋ねた。
「大丈夫だ。われはそんなへまはせん」
「何の話?」
三郷さんが話に入ってきた。
「首筋の変な傷大丈夫かなって話していた」
「虫さされだよ。きっと」
三郷さんは気にしてないようだ。
しばらく歩いていくと三丁目の裏通りに着いた。そこは、工事をしていて看板を見ると、下水道の工事だった。
「三郷、そなたの家はこの近くか?」
絵楠はうなずくと何となく小さくなるほどといっていた。
「そうだよ」
「さあ、はやく三郷を送っていこう」
絵楠は急かすように三丁目の裏通りを抜けていった。
三郷の家に着いた。そこは、アパートだった。インターホンを押すと赤ちゃんを抱いた背の高い長髪の男性が出てきた。男性の方は絵楠にびっくりしている。
「わたしの旦那とかわいい息子です」
三郷さんは満面の笑みで紹介した。
「谷やんは絶望的だな」
鹿之助はそう呟いた。
「確かに」
絵楠も同意した。
「お茶飲んでいって」
「心遣いはありがたいが、われらは帰るから、大丈夫だ」
絵楠は三郷さんの誘いを簡単に断ってしまった。
「そう、じゃあ、明日学校で」
三郷さんは残念そうだった。
「また明日」
鹿之助は明るく別れの挨拶をした。
鹿之助たちは、三郷さんの家を後にする。絵楠は十メートルもしないうちに歩みを止めた。
「絵楠どうした?」
鹿之助は急に止まった絵楠に不審がった。
「われらの仕事はこれからだぞ」
「どういうこと?」
「鹿之助、三郷の家を張り込みしろ」
「ん、んん?」
鹿之助は何が何だか分からなかった。
絵楠は路地の陰に隠れた。鹿之助のそれに従って後を追う。
6
時間は十二時を回り鹿之助は眠くなってきた。眠い目をこすりながら、出てくるのを待っていると、扉が開いてうつろな感じの三郷さんが出てきた。
「鹿之助よ、少し離れてついていくぞ」
「お、おう」
鹿之助は三郷の後をついていく。後ろを振り返った。アパートは静かだった。旦那さんと赤ちゃんは眠っているようだ。家族が気付く前にかたをつけなければと思った。
三丁目の工事現場に着くと工事現場の中に入って行った。
「見失わない様にしっかりついていくぞ」
絵楠は工事現場にどんどん入って行った。中に入ると巨大な穴があった。そこの脇の階段を追いかけて降りていく。
一番下まで行くのに三十分くらいかかった。下はまるで巨大な巨石を使った神殿のようだった。
「絵楠なにかいるような気がする」
なにか、三郷さん以外に多くの気配を感じる。
「やつらの巣に入ったからな。銀のメリケンサックを用意するがよい。三郷は捕まえて気を失わせるのだぞ」
絵楠も拳を守るものを付けはじめる。
「了解」
三郷の背後から捕まえにいった。するといきなり裏拳を鹿之助に叩きこんできた。
「うわっ」
鹿之助は驚いたがバックステップで避けていた。
三郷さんの豹変ぶりに驚いた。操られているのに気がついた鹿之助は、ごめんなさいと言いながら踏み込んで顔をメリケンサックで殴った。
「ぎゅわー」
叫び声を上げて倒れた。
「三郷さんは大丈夫なのか?」
鹿之助は三郷さんの顔に傷を負わせてしまったことを後悔する。
「よく見ろ。大丈夫だぞ」
絵楠はそう言うと三郷の顔を見せた。しゅーしゅー音を立てながら再生している。
三郷の顔の再生を確認して絵楠は、三郷の首筋に噛みついた。
ごくっ、ごくっ、と音を立てて血液を飲む姿に刀禰は異様な感じを受けた。しかし、いやな気はしなかった。
「どうなった?」
鹿之助は心配そうに訊いた。
「三郷に混ざっていた暴走ヴァンパイアの血液を吸い取った。これで人間に戻ったぞ」
三郷を横に寝かせると、顔が心なしか血色が良くなっている。
「でもこんな簡単に、ヴァンパイアに成りかけた人を倒せるのか?」
「おそらく、銀のメリケンサックに殴られた衝撃と、銀に触れた痺れで、気を失わせているのだろう。われも銀に触ると痺れるからな」
「ふーん」
「われら、ヴァンパイアにとって血とは人間の塩と似ている。なくてはならないが、取り過ぎると、中毒を起こしてやめられなくなる。塩は麻薬と言われる時もあるからな」
「たしかに、スナック菓子とか塩分が多くても止められないからな」
鹿之助はなんとなくヴァンパイアの食事である血液のことを理解し始めた。
「三郷はここに置いていくぞ。あとで、禮霧に回収に来てもらおう。先に進むぞ」
「大丈夫かな」
三郷をここに置いていくのに少し心配になったが、大元をどうにかしないといけないと思い先に行くことを決めた。
太い円柱の地下を見ていると自分のいる場所が分からなくなりそうだ。
脇道を見つけてはいるとそこは人が三人くらい通れる通路が続いている。
7
地下の下水道を刀禰鹿之助は、銀のメリケンサックを両手にはめて宇奈月絵楠と一緒に歩いている。
何度かの暴走ヴァンパイアに咬まれて眷属になってしまった相手を倒して、刀禰は体中に切り傷やかすり傷を受けている。
「大丈夫か鹿之助?」
宇奈月は心配そうに体中の傷を見ている。
「問題無い。意外と見た目よりも傷は浅いからな」
そう強がりを言っているものの、鹿之助はじわじわと削り取られていく感覚に襲われていた。
「鹿之助がヴァンパイアだったらすぐ傷が治るのに」
「でもおれがヴァンパイアなら銀のメリケンサックは使えないぜ。それにヴァンパイアみたいな不死身の相手を殴り倒せて、命を奪わないこんな武器どこにもないからな」
「そこまで考えているならもう何も言うまい。いくぞ! 鹿之助」
下水道を歩いていくと急に開けた場所に出た。開けたというよりもまた古代の神殿のような大きなコンクリートの柱が何本も建っている場所に出た。
すると金髪の背の高い西洋人がいた。
「これは、エクス・ウィンザー・ムーン様、お初にお目にかかります。わたくしめは燐久と申します。こんな遠い極東の島国までよく御出でになられました」
稟久は優雅に胸に手を当てて頭を下げている。
「餓鬼が暴れているから、滅してこいと言われてな、久しぶりに日本に来たら餓鬼ではなく赤ん坊だったか」
「いくらエクス様でも口が過ぎますな。わたしに勝てるとでも思っているのですか?」
燐久は目を見開いて怒りを抑えながら頭を上げた。
「出来る、出来ないではない。必ず滅する」
「では、やって見せてもらいましょう。わたしのかわいい人形たちよ、行け」
そう言うと燐久に咬まれて操られている女の子たちが襲ってきた。彼女たちの半分吸血鬼化した体は怪力が出る。
「絵楠、本当に彼女たちをぼこぼこにしても、三郷さんのようにあとで治るんだろうな?」
「心配するな、半吸血状態は怪力と治癒しかできない。気を失わせればあとで治癒した後で人間に戻す。思う存分やれ」
「はいよ。じゃあ、やるとするか」
鹿之助は、両手のはめている銀のメリケンサックの拳を合わせてガチンとぶつけると、半吸血鬼の攻撃をダッキングでかわしながら、懐に入ると彼女らの腹や胸に銀のメリケンサックを叩きこんでいく。
「女の子を相手だと、大丈夫とわかっていてもやりづらいな」
鹿之助は、そう呟くと右フックを半吸血鬼の女の子の顔に叩きつけた。
「ぎゃあぁぁ」
半吸血鬼の女の子はしゅうぅと白い煙を左の頬から漂わせて崩れ落ちた。
「よし、まず一人」
鹿之助は、倒した女の子を見ると、すまなそうな顔をした。
「しぁー、しぁー」
「燐久さまぁー」
「…………」
次は三人いっぺんに来た。三人は刀禰を囲んで襲いかかった。
「くっ、削られる」
隙をついて三人囲みからのがれる。囲みから抜ける瞬間に拳を一人に打ち込む。
「ぐえぇぇ」
一人が倒れた。他の二人は刀禰を見失い混乱している。
「おらぁ」
その混乱をついてもう一人に殴りかかる。
どす、鈍い音をたてて倒れる。
あと一人になり、刀禰は少し余裕が出来てきた。ステップで動きをかき回して、左ストレートを最後の一人に打ち込む。
女の子は、白い煙を立てて倒れこむ。
絵楠を探すと少なからず傷を負っている。そっちもかたづけたようだ。
燐久は少し驚いているが納得して向かってきた。
「なかなかできる眷属をお持ちのようだ。しかしわたくしは簡単にはいきませんよ」
燐久は戦闘態勢に入った。
「勘違いするな、鹿之助は眷属ではない。大事な友だ」
「では、その友とやらを血祭りにあげましょう」
燐久は刀禰に向かってきた。
「こい」
鹿之助は後の先を取るため相手の動きをじっと観察する。
燐久の身体がぶれたと思うと一瞬消えたように見えた。そして左から来る気がして右に身体を動かした。
「なかなか勘がいいみたいですね。ではこれならどうですか」
こんどは、左右両方に気配を感じた。
「ぐはっ」
鹿之助は、よける間もなく身体が吹き飛ぶ。
「寝るのには早いですよ」
そういうと崩れかけた身体を蹴りあげる。
「ぶはっ」
コンクリートの柱にからだを打ち付けて身体が止まる。
「しょせん人間ですね」
燐久は勝ち誇った。
「鹿之助、大丈夫か?」
絵楠は鹿之助に駆け寄った。
「強いな」
鹿之助はなぜか笑っている。
「われが闘う。休んでおれ」
「いや、まだいける。こんな強いやつ生まれて初めてだ。絵楠、感謝するよ」
身体を起こすと燐久にむかって構えなおす。
「しぶといやつですね」
燐久は無造作に殴りかかった。
「きた」
鹿之助は燐久の拳が見えなかった。しかし勘でこのあたりと思い、身体を拳に向かってつき出した。脇腹をえぐって左手で燐久の右腕をつかんだ。
「なに」
燐久は人間に捕まるとは思っていなかったらしく動揺する。
「捕まえた。母親の言うとおりだな。攻撃の瞬間が最大の隙だ」
鹿之助はわき腹から血を流しながらしっかりと腕をつかむと空いた右拳でおもいっきりアッパーカットを叩き込み燐久の顎を粉砕する。
「ぐえはぁ」
燐久はありえないような表情で崩れ落ちる。
「よくやった」
絵楠は燐久の胸を手刀で突き刺し、心臓を引きずり出すと握りつぶす。
燐久は灰になって消滅していく。
暴走ヴァンパイアは倒したが鹿之助は致命傷を負った。
「大丈夫か?早く上に上がろう」
鹿之助と絵楠は、地下から上がってきたところで、ふたりは倒れ込んだ 。
絵楠もボロボロだが再生が始まっている。
絵楠は鹿之助を抱きかかえた。
「このままでは死ぬぞ」
「朽ち果てるまで絵楠と過ごしたかったな」
「なら、わが血を分けようか?」
「頼むよ」
絵楠はその言葉を聞くと鹿之助の唇に自分の唇を重ねた。
鹿之助の初めてのキスは、自分がリードすると思っていたけど、一方的にされてしまったな……そう思うと可笑しくなった。
絵楠は鹿之助の口から溢れ出ている血を愛おしそうに飲んでいく。
そして、絵楠は牙で自分の唇を切ると鹿之助に再び唇を重ねて血を飲ました。
「これからは生きるのに飽きるまで一緒だ」
「闇の世界が楽しみだ」
鹿之助はこれからどんな困難にも絵楠がいれば楽しめると思った。
夜空を見上げた大きな満月が工事現場の倉庫の隙間から見える。
絵楠の目と同じ深紅の月がやけに眩しかった。
完
どうでしたか?クサイタ物語は?
泣きましたか?笑いましたか?歌いましたか?
できれば、笑ってほしいなーー。
ではーーーーーー。