ー旅立ちの章 9- 四(よん)は悪代官と出会ってしまったんやで?
「うわあああ!なんでこんなところにふんどし一丁の男がいるでござるかあああ!」
「きゃあああ!誰か、この変態を番所に引き渡してえええ!」
「あっ。すいません。部屋を間違えたんやで?通報は勘弁してもらいたいところやで?わいにはまだ使命が残されているんやからな!」
わいは颯爽と障子戸を閉めて、次の部屋の障子戸を開け放つ。さあ、千歳ちゃん!今、わいが助けに来たんやで!
「越後屋。そちも悪よのう?黄金色のお菓子とは、わしの大好物じゃ!」
「いえいえ、お代官様。この前の商談にはごひいきにさせてもらいましたぎゃ。そのお礼と言うものですぎゃ」
あれ?わい、もしかして、かなりやばい現場を見てしまったんではないんか?ここは見なかったことにするんやで?
「お、おい!そこのふんどし一丁の男!まさか、わしと越後屋の悪だくみを嗅ぎつけてきたのかじゃ!」
「ひええええ。臭いメシは喰いたくないのだぎゃ。お代官様、あの男を斬り殺してくださいなのだぎゃ!」
やばい。これはやばいで?わい、ふんどし一丁やから、今は得物をひとつも持っておらへんのや。これは、どうしたもんやろか?
「お、お代官さま!奴め、ふんどしの中に何かを隠し持っているのだぎゃ。あのふくらみようと言い、懐剣かなにかに見えるのだぎゃ!」
「な、なにいいい!き、きさま、わしを亡き者にしようとする間者であったかじゃ!皆の者、出会え、出会え!」
ちょっと、何を勘違いしているんや、このひとたちは。わいのふんどしの中にあるのは、わいの大事な息子だけや!
「くっ。お代官さま、申し訳ないのだぎゃ。今日はお供を連れてきていないのだぎゃ。こんな高級料理店にお供を連れてきたら破産してしまうのだぎゃ」
「な、なんたることなのじゃ。経費をけちったばかりに、それが裏目に出てしまったのじゃ。くっ、この上は、わし直々に相手をしてやるのじゃ!」
な、なんかわからへんけど、増援を呼ばれることは無くなったみたいやな。そうなれば、ここはあの悪代官を懲らしめれば、なんとかなりそうやな?よっし、千歳ちゃんを救いだす前の予行演習や。わいの本当の力を見せてやるんやで!
悪代官が刀立てから刀を持ち上げ、鞘からスラリと白刃を抜き出したんやで。ううう、わい、あんまり戦闘が得意やないんやで。でも、この程度の難関を越えれなくて、千歳ちゃんを救うことなんて、できないんやで?
「ほらっしゃおおおおえええええいいいい!」
やばいんやで!わいが悪代官の鬼迫に押されて、身が縮こまってしまったんやで。このままでは、わい、ここでゲームオーバーや!なんとか、挽回策を考えなければならないんやで!
あれ?なんだか、時間がすっごく遅く感じるんやで?上段構えから真っ直ぐ、わいに悪代官が刀を振るってくるわけやけど、すっごく動きが遅いんやで?
ああ、そうか、これは俗に言う、人間が死に瀕した時に発揮される特殊能力ってやつかいな。わいが死ぬほどの危険にさらされたおかげで、わいに隠された能力が開眼されたわけやな!よっし、これなら、わいでも勝てそうや!
あ、あれ?どういうこっちゃ?わいの動きもめっちゃ遅いんやで?あかんやん!いくら、相手の動きがのろく見えたところで、わいが素早く動けなかったら、どうにもならへんやんか!
くっそ。動くんやで。わいの身体。相手の動きは手に取るようにわかるんや。ゆっくりでもええから、あの振り下ろされる白刃をかわすんやで!
わいはすっごくのろい動きやけど、ゆっくりゆっくり、振り下ろされる白刃を右に身体を動かすことによって、なんとか1撃目をかわすことには成功したんやで!
「きーさーま。よーくーもー、わーしーのーひっさつーのーいーちーげーきーをー!」
なんや?あの悪代官、しゃべる速度も遅くなっているんやで?わいの特殊能力は自分の動きものろくなると同時に相手の動きも同時にのろくなるってことかいな?
悪代官がふううう、ふううう、ふうううと荒い?息をしながら、今度は振り下ろした白刃を下からすくいあげるように振り上げてくるんやで!あかん、わい、自分の特殊能力を理解しようとしていたために、判断が遅れたんやで!これでは、ふんどし一丁で身を守る物がない、わいの身はゆっくりとゆっくりと斬り裂かれてしまうんやで!
「もーらっーたー!」
ああ、わいの左ふとももめがけて、悪代官の凶刃が迫ってきているんやで。わい、ここで死んでしまうんかいな?そんなの嫌やで!わい、生きて、千歳ちゃんと添い遂げると決めたんやで!
わいは恐怖の余りに眼を閉じてしまったんやで?そりゃあ、すっごくのろい振り上げであるが、斬られればそこで終いや。おかん、おとん、わいは親不孝者やったんかな?先立つ不孝を許してほしいんやで?
がきょおおおおおおんんん!
あ、あれ?痛くないんやで?わい、確かに斬られたと思ったんやけど、けたたましい金属と金属が激しくぶつかり合う音がこだましただけなんやで?なんや?わい、時間がゆっくり進む世界に入り込んだだけじゃなくて、肉体が鋼のように硬くなる特殊能力も身に着けたんかいな?
「おいおいおい。こんな高級料理店で美味いメシを喰っているってのに、血で汚すのは勘弁なんだぜ?こちとら、幸せな気分で一杯のところを無粋な流血で汚してもらっちゃあ、困るんだぜ?」