ー旅立ちの章61- 人間、邪(よこしま)な心を抱いてはいけないんやで?
利家くん?そんないきなり熱が引くわけがないやんか?焦る気持ちはわかるけど、松くんをゆっくり寝かせたほうがええんちゃいますか?
「うわーーー。なんだか、一気に熱が冷めてきた感じがするー。でも、まだ、身体のしんどさは取れないかなー?」
「うおっ!本当に効いたッス!すごいッスね、この河童の妙薬ってやつはッス!これ、河童をとっ捕まえて売りさばいたほうが良いんじゃないッスか!?」
「あっ。利家くん、邪な気持ちを抱いたら、あかんらしいで?そういう人間には害が及ぶようになっている仕組みやって、河童くんが説明してたんやで?」
「うううーーー。なんか、熱がぶり返してきたよー。苦しいよー」
「ま、松!すまないッス!俺が邪な気持ちを抱いた所為ッス!ええい、この馬鹿野郎。何で松を苦しめているッスか!」
お?利家くんが自分のこぶしで自分の頬をぶん殴っているんやで?
「利家くん、落ち着いてや?利家くんの邪悪な心が問題じゃなくて、松くんが利家くんのもうけ話を聞いて、そう、松くんが想像してしまったんが原因やと想うんやで?」
「あっ。反省したら、また熱が冷めてきたー。だめだねー。せっかく、河童さんがあたしのためにって、わけてくれた薬なのにねー。あたしは悪い子だったねー」
「松。すまないッス。俺が変なことを言い出したばっかりにッス。ええい、この馬鹿野郎。なんで松を苦しめているッスか!」
あ、利家くんが自分のこぶしで自分の頬をぶん殴っているんやで?すごいなあ。よくもまあ、器用に自分の頬を自分でぶん殴れるもんやなあ?
「それくらいにしておくんだぜ、叔父貴。自分を責めたい気持ちはわかるが、病人の前なんだぜ。少しは落ち着くんだぜ」
うお。慶次くんがすっごくまともなことを言っているんやで。明日は、このボロ小屋が吹き飛ぶほどの嵐がくるんちゃいますか?
「みっともないところを見せてしまって、すまないッス。やっぱり金が無いって言うのはダメッスね。考え方まで貧しくなってしまうッス」
「貧すれば鈍するって言うねっしー。仕方のないことだっしー。少しだけだけど、野菜と粟と稗を持ってきたっしー。これで、粥を作るっしー。台所を借りるっしー」
千歳ちゃんがそう言って、炊事場に行ったんやで?しっかし、ボロ小屋の割りには一応、メシを炊く場所はあるんやなあ。かまどが壊れていて、火事になったりせえへんやろなあ?
「なあ、利家くん。失礼やけど、どうしてこんなボロ小屋に住んではるんでっか?いくら、金が無くても、立派な前田家の息子やんか?」
「それはッス。ここに住めと信長さまの命令だからッス。前田家から支援してもらえば、信長さまの周りの茶坊主たちが騒ぎ立てるから、それはできないんッス。でも、住む場所が無ければ、人間、生きてはいけないッス。だから、信長さまの恩情として、この小屋をもらったというわけッス」
なるほどやで。信長さまの命令に逆らって、信長さまの家臣を斬ったって話やんか、利家くんは。利家くんはそんときは金を持っていたさかいなあ。貧乏になったのは、その後や。慶次くんの話では商売に失敗したからやもんなあ。
信長さまとしても、罰のつもりで、ボロ小屋に住めと命じたものの、まさか、その後、商売に失敗して、ど貧乏になることまでは想定してなかったんやろうなあ。
「人間、堕ちるときはとことんまで堕ちると言うけど、ついてない時は、ほんまとことんやで。わいも気をつけておかんとならんなあ?」
「まあ、博打ですったとかじゃなくて、純粋に商売で大失敗をこいたもんだから、困ったもんだぜ。手堅い商売が好きな叔父貴がなんでまた、あんな話に乗りやがったんだぜ?」
「俺としても判断が鈍っていたとしか言いようがないッス。普通ならあんな美味いだけの話には乗らないッス」
「何があったんや?わいで良ければ話を聞かせてもらうんやで?」
「恥ずかしい話ッスけど、【神の家】と名乗る連中が、自分たちの活動のために屋敷を建てたいと言ってきたんッスよ」
へっ!?【神の家】!?どういうこっちゃ!?
「屋敷を建てるとなると、そこは材木問屋や大工たちが飛びつく話ッス。そこで、俺が融資をしたッス。しかし、その屋敷が出来上がる寸前に、それに関わってた材木問屋と大工たちが雲隠れしたッス。だから、俺は手に入るはずの金が一切無かったばかりでなく、融資した分まで失ってしまったと言う話ッス」
「何度、聞いてもひどい話だぜ。しっかし、材木問屋と大工たちはどこに雲隠れしたんだぜ?そいつらを見つけたら、死ぬまでぶん殴ってやるんだぜ!」
「慶次くん。そこが問題ちゃいまっせ!【神の家】のことを忘れてしもうたんかいな!あいつら、わいに幸福になる壺と言って、ただのタン壺を売りつけたやつらやで!」