ー旅立ちの章 3- 塩味はおむすびには必須
「あれ?でも、ひでよしくん、彼女が居るのに大手を振って、遊女とイチャイチャしていいんでやんすか?なんか、縁談が進んでるらしいやんか、聞いた話やと」
「そ、そうですね。本当は溜まっているので行きたいのですが、なかなかに、ですね。ああ、彦助殿にはこの気持ちはわからないんで、しょうね」
「うるせえ!さっきからしつこいぞ。俺は彼女を作りたくても作れないんだよ。亡くなったお爺ちゃんとの約束なんだ。彼女を作る時は結婚を前提としたお付き合いをしろって」
「そんなの初耳なんだぶひい。で?遊女の貧困調査は結局、お流れになりそうぶひいけど、それなら、酒でも飲みに行くぶひいか?清州の町もそこそこ発展してきているぶひいから、新しい飲み屋がちらほら出来ているんだぶひい」
信長さまはほんま偉大やで。津島の町で楽市楽座・関所撤廃を行っていたわけやけど、清州の城を手に入れてからは、近隣の町や村々にまで徹底させているんやからなあ?
津島の町では実験的に行っていたと想っていたもんやけど、まさか、尾張下四郡全てで津島の町と同じことをするとは想わなんだわ。おかげで、周り中、敵だらけになってしまったわけやし、何しとんのや、このお方はと当時は恨んだもんやで?
清州の城が落ちたのは確か、4年前なんやな?信長さまが守護代・織田信友を謀殺したわけや。それで、戦力がガタ落ちした清洲城を一気に攻め込んだんや。その鮮やかさには言葉を失ったもんやで?
でも、信長さまの政策で兵士たちには弊害がひとつ生まれたんや。それはやな?信長さまが拠点を津島から清州へと移ったことやんな?普通は、武士と言うものは土地を持っているわけや。だから、大名が拠点を変えたところで、家臣がついてくるわけやあらへんのや。
でも、信長さまの目標は尾張統一や。尾張のど真ん中に位置する清州の地を抑えるのはごく自然な話やんか。でも、拠点を変えることによって、信長さまは同時に、仕える家臣たちを清州の町に引っ越させたんや。
そりゃあ、みんな、嫌がったで?慣れ親しんだ土地から離れなならへんからな?でも、信長さまは「よっし、先生、決めました。引っ越しを嫌がるひとの家には火をつけます。手始めに津島の町にある宿舎に火をつけました。えっ?家財道具も一緒に燃えてしまったのですか?じゃあ、保障金は出すので、清州に来てください?」やからな?あのお方、ほんま、狂ってるで!
まあ、わいは鳩のまるちゃんくらいしか所持品を持っていなかったから、良かったんやけど、彦助くんはガン泣きしてましたなあ。津島遊女一人旅のシリーズを集めはってたんやけど、それ、全部、燃えてしもうたからなあ。あの時の彦助くんの顔はけっさくやったで!あっ、鳩のまるちゃんは無事やで?このクソ鳥、わいの頭を寝床にしてるさかいな?
で、もうひとつ問題があったんや。津島から清州に引っ越してきたわけやけど、あの当時の清州はそれほど発展していなかったわけなんやな?だから、めし屋は不味い、物価は高い、遊女は高い割には技術がないと悪いことばかりやったやで?
信長さまが清州に拠点を移してから1年後くらいやったかなあ?やっと、楽市楽座・関所撤廃の政策が生きてきて、物価が生活するにはちょうどいいくらいになったのは。しっかし、あの1年間はつらかったんやで?清州の物価が高い割には給料が上がるわけやないんや。
信長さまはええで?津島から戦に必要な物資を買えばいいんやからな?だけど、下級兵士のわいらにとっては過酷な日々やったで。給料は据え置きで、津島の町より2倍物価が高い清州での生活や。わいら、信長さまから朝と昼のメシが出なかったら、謀反を起こしてるとこやったで!
もちろん、休日はその朝メシと昼メシが出るわけやないわけや?しかも戦続きときたもんやから、満足に生活に必要な備品を買いそろえるわけにもいかへんかったもんやで。その苦しい時やったんや。千歳ちゃんが、わいの住んでる宿舎にやってきたんは。
「四さま、久方ぶりっしー。ちゃんと、ごはんを食べてるっしー?ちょっと、見ない間に頬がこけているように見えるっしー。これ、お弁当を作ってきたんだっしー。よ、良かったら食べてくれっしー!」
ああ、ほんま、この世には神さんがいるやなあと本気で思ったもんやで?千歳ちゃんは歳の割りには炊事があまり得意やあらへんかったみたいなんやな?最初にもらったお弁当は、ちょっと形の崩れて塩味が効きすぎた、梅とおかかのおむすびやったで。
でも、わい、ひとくちふたくち食べてたら、なんか、えらい塩味がきついなあ想ってたら、わい、知らぬうちに涙が両眼からあふれ出ていたんや。いやあ。女性からもらったお弁当なんて、昔、村に居た頃に付きあっていた元カノ以来やもんなあ。あの頃は若かったやで。手をつなぐだけで、心臓がドキドキしてたもんや。
結局、元カノは、わいの兄貴の嫁さんになってもうたわけやけど、今でも幸せに暮らしているんかいなと想ったもんやで。で、話を戻すんやで?わい、千歳ちゃんの作ってくれたおむすびを食べて、涙を流したんやな?で、千歳ちゃんがめっちゃ愛おしく感じてしまったって寸法や。
それから、わい、千歳ちゃんにめっちゃ猛アタックしたわけなんや。千歳ちゃんは田中くんの嫁さんの風花くんのように信長さまの兵士たちの弓の講師をしていたわけやないから、清州の町には来ることはあまりなかったわけなんや。
だから、わい、風花さんたちに千歳ちゃんの日頃の活動を聞きこんだわけや。千歳ちゃんは津島の町に熱田神宮で必要なものを買い出しにちょくちょく言っていますわと言う情報を手にいれた、わいは、昼間の訓練が終わったら、あしげく、清州の町から津島の町まで、千歳ちゃんが来てないか確認していたもんやで。