ー旅立ちの章26- 酒には歴史が刻まれているんやで?
世の中、慶次くんみたいなバケモノが居るでやんすが、さらにそれを越えるバケモノが居るんやなあ?
「塚原卜伝殿には再戦を果たしたいところなんだが、なかなか所在を掴めないんだぜ。噂では伊勢の大名・北畠具教や、将軍・足利義輝さまに刀の指南をしていると言う話なんだぜ」
まあ、慶次くんとしては負け星を返上したいところなんやろうなあ?でも、わいは慶次くんの強さには羨ましい気分なんやで?やっぱり、男に産まれおちた以上は、自分の腕一本でどこまでステゴロで登り詰めれるか、試してみたいもんやんか?
「なあ、慶次くん。きみの眼から見たら、わいは尾張で何番目のステゴロの腕前なんや?」
「ん?四たん。急にどうしたんだぜ?うーん。四たんは反応速度は早いんだが、如何せん、それを補うだけの筋肉が足りてないんだぜ。だから、どうしても被弾してしまうんだぜ。そこんところを考慮すると、ステゴロだけの勝負なら、四たんは尾張で1052番目と言ったところだぜ?」
尾張で1052番目でやんすか。うーん。高いのか低いのか、よくわからん順位なんやで?
「慶次くん。ちなみに僕は何番目なんだっしー?」
「うん?千歳さんかあ。うーん、尾張で1051番目と言ったところなんだぜ?」
「ちょっと待ちいや!なんで、わいが千歳ちゃんとステゴロで勝負をしたら、負けるんや!わい、これでも男やで?わいが千歳ちゃんに腕力で劣るわけがないやろが!」
「あーははっ!四たん。よおおおく考えるんだぜ?四たんは千歳ちゃんに暴力を振るえるのか?だぜ」
あかん。これは完全に1本、慶次くんに取られたんやで。わいが、千歳ちゃんに手をあげるわけがないんやで。
「慶次くんにはほんま負けたやけで。これは、わいの秘蔵の酒を飲ませなきゃならんのやで?」
「おお。四たん。これは悪いんだぜ。で、今度の酒はどんな味に仕上がっているんだぜ?」
慶次くんが興味深そうに、わいに聞いてくるんやで?わいは部屋の隅の床の板をずらして、その下に隠してあった酒壺を取り出すんやで?
「今度の酒は少し辛めに仕上げているやで?ちょっと、千歳ちゃんの舌には合わへんかも知れんが、酒好きにはたまらない味に仕上がっているんやで?」
「ちょっと、四さま。僕用には甘い味でお願いしたっしー。僕は辛口のお酒は苦手なんだっしー」
「心配せんでもええんやで?千歳ちゃんの分は別の壺で仕込み中やで。まあ、1カ月後くらいには仕上がると言ったところやなあ?」
「それなら良かったっしー。じゃあ、その辛口のは、四さまと慶次くんで楽しんでほしいっしー。僕は慶次くんが持ってきた分を飲むっしー」
「あーははっ。千歳さん。すまないんだぜ。辛口の酒ってのはどうしても、好みの差が出ちまうんだぜ。さて、さっそく飲み直そうなんだぜ?」
わいは柄杓で壺から酒を汲み取って、慶次くんのお椀に並々と注ぐんやで?その椀を慶次くんは口につけて、ぐいっと飲み干すんやで。良い飲みっぷりやで。本当、慶次くんは何をしてても絵になる男やで?
「ぷはあああなんだぜ。これは蝮を漬け込んだ酒だろう?だぜ。この辛みは蝮特有の臭さが混ざりこんでいるんだぜ」
おお。さすが慶次くんやで。一発で隠し味を見抜くとは思わなかったんやで?
「美濃産の蝮を使ったものやで?美濃は蝮がたくさん住んでいますからなあ。その中でも選りすぐりのものを選ばせてもらったんやで?」
「ええーーー?蝮って、あの猛毒を持っている蛇よね?っしー。そんなもの、お酒に漬け込んで良いっしー?」
「これがまた不思議なことに蝮は強い酒に漬け込んで1、2年もすると毒が無くなるんやで?仕組みはよくわかってないんやけど、こんなやり方を考えた昔のひとはすごいもんなんやで?」
「ああ。これは2年ものと言ったところなんだぜ。四たん、いつの間に、こんなものを漬け込んでいたんだぜ?」
「せやなあ。2年前と言えば、千歳ちゃんとまだまだ初々しく突き合っていたころやなあ?あれは千歳ちゃんとの突き合い始めて、ちょうど1周年と言うことで、壺と蝮を仕入れて、誰にも分らん場所に穴を掘って、上に板を張っておいたんや。まあ、清州自体は信長さまが支配してから、直接は他勢力に攻め込まれへんかったから、そのおかげもあって、なんとか無事にここまで仕上がったと言うわけやな」
「なるほどっしー。このお酒は僕と四さまとの歴史も刻まれているんっしーね。四さま、僕にもその蝮酒を飲ませてほしいっしー。僕もあの頃の初々しい千歳を想い出すんだっしー」




