ー朝焼けの章27- 溺れるモノは木の板を掴むべきなんやで?
「でも、昔は水底に沈むレベルの先輩がなんで、今やあんなにも上手に泳げるようになったんっすか?なにか秘訣とかあるんっすか!?」
秘訣でっか?そんなの口で言って理解できるようやったら、珍二郎くんは今の時点で溺れてないわけなんやけどなあ?しっかし、それをきっぱりと言ってもうたら、また凹んでしまうなんて、火を視るより明らかやさかいなあ?
「高度なことは置いておくんやで?泳ぎが初心者のニンゲンには、売ってつけの方法があるんや。珍二郎くん。あんたさん、ちょうど良い感じの木の板とか持ってあらへんか?できれば桶のふたなんかがええんやけど?」
「桶のふたっすか?そんなもん、どうするんっす?」
「まあ、ええから、どっかから探してきてくれまへんかね?漬物用の桶のふたあたりでもええんやけど、あれは水を吸い込んでいるから重いしなあ?」
こんな感じで、わいらが話合っていると、いたずらな突風が突然、吹き荒れて、訓練場の食堂から、鍋のふたがコロンコロン!って、わいらの足元に転がってきたんやで?
「おっ!ちょうど良い感じの鍋のふたがいたずらな風に乗せられて、わいらの足元に転がってきたんやで?これはご都合主義も真っ青な展開なんやで?」
こんな偶然、あってたまるもんかいな。絶対、誰かが裏で糸を引いてますな?2月の吹雪の一件と良い、わいは何かに監視されていると想ったほうが良さそうなんやで?
まあ、向こうから何か危害を加えてくるわけでもなさそうやから、今のところは放置しておきましょうか?
「ほな、珍二郎くん。川に入ってくれやで?んで、この鍋のふたを両腕で抱えるように持つんや。驚くことに、これだけで水に浮かべるようになるさかいな?」
「ほ、本当っすか!?にわかには信じられないっすよ!?先輩はおいらを騙そうとしているっすね!?」
あーーー。つべこべうるさい奴なんやで、珍二郎くんは。わいは、珍二郎くんのお尻にドカンッと蹴りを入れて、川の中に放り込むんやで?
「うっぷ!うっぷ!何をするんっすか!?おいらが先輩より色男だからって、この場で、おいらを亡き者にしようという魂胆なんっすか!?うっぷ!うっぷ!」
「そんなことあらへんわ。だいたい、珍二郎くんのどこが色男なんや?それよりも、ほれっ。この鍋のふたを胸の下あたりに持っていくんやで?」
わいは、鍋のふたをぽいっと、珍二郎くんに投げ渡すんやで?珍二郎くんはにわかには信じられないといった顔付きで、わいの言う通りに自分の胸の下に鍋のふたを抱えるように持っていくんやで?
「おっ?おおっ?おおおっ!?なんか、身体が水の中に沈んでいかないっす!これは何の手品なんっすか!?」
「頭の悪い、わいに理由を問われても応えようがないんやで?ただひとつわかるんは、木の板は水に浮くっちゅうことや。それなら、話は簡単やんか?木の板に捕まれば、自分も水に浮くことができるってことやで?」
「びっ、びっくりっす。こんなことって起こるんっすね?」
「溺れるモノは藁をも掴むっちゅうこっちゃ。なら、もっとしっかりした木の板を掴めば良いってことやな。さて、その状態で平泳ぎをしてみるんやで?」
「わ、わかったっす。ええいっ!ええいっ!」
ふむ。不格好なりにも、水の中で泳げている風にはなっているんやで?
「上手く、水の中で浮かべないうちは、その鍋のふたを使って、練習してくれやで?手や足の動きがちゃんとできるようになったら、その鍋のふたが無くなっても、泳げているようになっているはずやで?」
「わ、わかったっす。先輩、ちょっと、この鍋のふたをお借りするっす。おいらが泳げるようになったら、お返しするっす!」
「いらんいらん。そんな鍋のふたを返してもらっても嬉しくもなんともないんやで?それよりも、将来、珍二郎くんが出世して、部下が出来た時がきっとくるんや。そん時に、泳げない部下がおったら、そっと、その鍋を貸し出してやるんやで?」
「おお。そうっすね。さすがは先輩っす。わかったっす!いつかできるかもしれない、おいらの後輩たちのためにこの鍋を渡そうと想うっす!先輩の優しさも同時に言い伝えていくっす!」
そんな大業なことせんでもええんやけどな?まあ、それほど、嬉しいって表れなんやろう。珍二郎くんにとってはな?
でも、ちょっと面白くも想ってしまうんやで?珍二郎くんがやっている鍋のふたを使っての練習は、想えば、彦助くんに教わったもんなあ。彦助くんは体型が牛のくせに、存外、泳ぎが出来て、驚いたもんやで。
それで、わいがどうしたら上手く泳げるようになるんでっか?って尋ねたら、それなら、木の板に掴まれば良いんだぜ?って教えてくれたもんなあ。
彦助くん。あんたさんの教えは、わいの部下たちに受け継がれていくんやで?ほんまに良かったなあ?
「あ、あのー?四殿?彦助くんはまだ死んでいま、せんよ?まるで、故人を偲ぶような想いの吐露はやめておいたほうが良いの、では?」
「ああ、ひでよしくんからは、そんな風に視えてしまったんかいな?あかんな。そんなつもりは毛頭ないんやけどな?でも、雰囲気的にそう醸し出しておいたほうが良いかと想ったんやで?」
「は、はあ。まあ、四殿があとで彦助殿に叱られるだけなので、ツッコまずにおき、ますね?」