お馴染みのキシロー:5
同じことを私もこの本の巻頭に書いた。そのことでモモさんに何も言えない。
だが、私はこの依頼があるまであまりキシロ―の事を知らなかった、確かに自社の新聞記事では取り上げられたし、話題だというので本も読んだことはある、しかしそれでほんとうに人を理解することなど可能だろうか?
むしろこうやって資料が増え、会談もして、尚更キシローフィバーが『わからなく』なって、理解から遠ざかった気がする。
彼はほんとうにどこにでもいる若者なのだ。
もしかしたら『どこにでもいる』からこそ、とは前にも書いたと思う。
どこにでもいる誰かがヒーローであるならば、私達の気持ちもわかってくれ、私達の声を・・・。
それはほんとうにヒーローだろうか?むしろ命令を聞くだけのロボットではないか?
私も記者として、この辺の「ずれ」に気が付くことがたまにある。
いくつかの意見をまとめようとすると、実際の意見とずれたり、微妙な言い回しの違い等から別のようになったり、ひどいとこでは自分の意見を正当化するためにまとめる話も聞く。
世論をまとめ、批判すべきところは批判するのが○日新聞の、いや新聞のあり方だ。
世論を聞くのは政治家の役目だ。
キシロ―は政治家ではないので、自分の意見を言えばいいのだが・・・。
なじんでからキシロ―は、「会社の社長でありながら少数者問題について話す」という忙しさからなのか、疲れか、ただ考えが変わった、あるいは誰かに「変えるように言われた」、もしくはどんな運動でも最初の理想から離れてしまうのか、変わった。
私が『終わった』と言ったのはそういうことだ。




