そして時代は彼女を選んだ:1
第一章 そして時代は彼女を選んだ
彼女について書く前に、まずは彼女を産んだ時代背景について振り返ろう。
冒頭で軽く触れたように、徐々に、次第に、しかし確実にいわゆる「ネット世論」が我々メディアで取り上げられるようになり、それとともに時の政権の政策もそれを意識したものになっていった。
ネット世論は主にSNSやインターネットの掲示板などによって形成され、「シェア」され、あるいは拡散された。
また、人の趣味や流行は細分化し、特にこれといったヒット作品や大きな流行も無く、続編や、「どこかで見たことのある作品」ばかりが作られ、人はあるものは海外旅行やハイクラスの生活に飛びつき、あるものは貧しく紙魚の匂いのする本ばかり読んでいて、めいめいが「自分と似たような人」を求めてSNSなどのコミュニティに属していた。
どんなモノも奇抜なタレントも、すぐ飽きられ、そしてまた見た顔ばかりがテレビに映る。
平坦な、そんな時代だった。
彼女はそんな時代に、公共放送の福祉番組「手と手をつなごう」に出たことで我々の前に姿を見せた。
薄い身体、短い髪、ジーンズにポロシャツ、顔は釣り目がちで、八重歯が光る。何も知らない人が見たら活発な女性といった感じの外見。
しかし彼女は自分を「僕」と呼び、「キシロー」と呼べ、と言った。
それだけならよくある性的少数者の主張で、やはり忘れられていたろう。
この本を書く意味さえないほどに。
しかし彼女は素人がはじめてテレビに出るのに、番組司会の男性アナウンサーに噛みついたのだ。
そしてそれからも、皆様のご存じなように、我々に様々な話題を提供してきた。