キシローの誕生:6
どうも話しを聞いていると、キシロ―がこういうのは訳があって
「僕の知人、自閉症なんだけどなんかすごい素直で素朴、『キシロ―、見たよー』とかって、あれって彼女の性格なのかな?障がい特徴?」
FTMが皆が皆外見のパス度が高いわけでもなく、女扱いがOKなわけではない、喋れる自閉症もいれば、それを公言しない少数者もいる。
「ま、一過性の話題で終わらなくてよかった」
他のインタビューを見ても対談をしても、キシロ―の人柄はわかる、本当にどこにでもいる感じだ、きっと『どこにでもいる』から受け入れられたのだろう。といって個性がないというわけではない、むしろ目立つほうだ、ただ同じ公共放送の番組に出た別なFTMのほうがFTMらしいというか男性らしいし、胸オペも済ませてホル注も打ってて見た目もいいのになぜキシローだったのかと自ら思うときもあったというが
「ま、でも彼今は一介のサラリーマンなんですよ、かわいい彼女までいてさぁ。僕ゲイだけど、見ててうらやましいなぁ、とか思う」
しかし、自らは身体に手を入れることはしないつもりだ
「身長も低いし、僕のなりたい大人の男になれる保証がない、ちっちゃかわいいとか言われても・・・あと、仕事が忙しいってのもある、色々リスクもあるしね」
ところで、この本はそんなキシロ―を何故取り上げたか、キシロ―が巻頭に述べた通り「権力者側」に寄って言ったネット世論に反論し、それが論議を生んだからだ。
FTMのIT企業家だからではない。
であるからにして、勿論この本をおなみだちょうだいの当事者モノにするつもりもないが、彼に『これだけは』と言われたことがあるので書いておく。
「あのー、本当、みんな(FTM)ふつーなんで構えないでボケたり突っ込んじゃってOKなんで、ちゃんと褒めて、叱って、愛して下さい、変なことやったら注意して、そっちの変なこともいうかもなんで、そんな感じで、けして『可愛そうな人』ではないんです、そういわれるとなんかへこむんだよな・・
それはキシロ―の存在でどこまで届いただろうか?おそらくそれだけではなく公共放送の福祉番組を放映したことで届いた?
「テレビのせいでアウティング(※注)される人とか、ただボーイッシュなだけなのに誤解される人とかもいるんであの番組もいいことばかりでもないですけど」
私はそのことについては一言ある、ふざけてそういわれた時があるからだ。ともかく、この本の本題であるネット世論への反論についても彼の言葉を引用し、追っていこうと思う。
※注 アウティング=秘密を暴露されること