不穏
まるで嵐のように現れ去っていった直人たち。そんな彼らと共闘を約束してしまった望たちは改めて話し合う。
「本当にあいつらと共闘してよかったのか?」
「あの者の言っていることは間違ってない。それに君も共闘に賛同してたではないか?」
「それはそうなんだけど、どうもあの直人って奴はいけ好かねぇ」
翔の言う通り、突如現れた向こうのリーダー直人と言う人物は他の者をどうも軽視している節がある。
「あんなにモテるなんて……」
(そっちかよ!!)
本気で悔しそうな彼に望は心の中で、ツッコミを入れる。
「全く君と言うやつは……。まぁいい、一先ず今夜はもう遅い、襲撃もなさそうだ、ゆっくり休むとしよう」
そうして、騒々しかった一日は幕を閉じたのである。
──────
「もう朝か……」
昨日のことを思い出し、自身の不甲斐なさを痛感しているとなかなか寝付けず、望はそのまま朝を迎えることとなってしまった。
「うん? なんだお前ずっと起きてたのか?」
まだ眠そうな目を擦り、隣で座っている彼に声をかけるのは、この道場で一緒に寝ることになった翔である。
「悪い、起こしちまったか」
「いや、丁度目が覚めた所だ。それより何かあったのか?」
「何かってことでもないけど、昨夜のことを思い出してな……」
少し俯き加減の望を見て、何か感じ取ったのか少し落ち着いた声で話す。
「昨日お前に何があったかはしらないけど、お前はまだ何も失ってないんだろ? ならまだ下を向くのは早いんじゃないか?」
望が顔を上げると、彼を一心に見つめる翔の姿がそこにはあった。その目は普段のチャラチャラしたイメージとは程遠く、真剣そのものであることは望にも理解できた。
「あぁ、そうだな」
「あぁ~、俺らしからぬことを言っちまったな。まぁ、つまりはそう言うことだ」
照れ隠しように大きく背伸びをする翔はヘラヘラとしたいつもの表情に戻っている。そんな彼の変化に、思わず笑みを溢す。
「おいおい、笑うなよ!」
「朝から二人とも元気ね、朝食の準備ができてるわよ」
道場の入口付近で、二人のやり取りを遠目で見ていた女性が声を掛ける。
「おっ、咲ちゃん、おはよ~」
「翔くん、おはよう」
(翔くん……?)
二人の挨拶を見ていた望は、少しばかり違和感を感じ、彼女をじっと見つめる。
「ちっ、違うの!! 翔くんがちゃん付けで呼ぶのに、私が苗字で呼ぶのは変かなって思って!」
慌てて両手を振りながら否定する彼女であったが、元々社交的な彼女は友達が多い。その中にはもちろん男子生徒もいた訳で、その内仲のいい生徒については名前で呼んでいたとしてもおかしなことではない。
しかし、望が知る限り彼女が男子生徒を名前で呼ぶのは自分以外に聞いたことがなく、その点において違和感を感じていたのだ。
「わかってるよ、それに別に悪いことじゃないじゃん」
彼女の行動を理解しているかのごとく話す望にそっぽを向き、周りに聞こえるか聞こえないかぐらいの声で呟く。
「望に変な誤解されるのが嫌なの……」
「うん? 何か言ったか?」
「何でもない! 早く行かないと朝ご飯なくなっちゃうわよ!」
「何怒ってんだよ」
望の言葉を無視し、そそくさと道場を出る彼女。そんな二人のやり取りを見て、翔は「やれやれ、お熱いね~」と少し呆れながら後をついて行く。
その後、和風建築のこの家に相応しい和食を頂き、それぞれ学校へ向かうため、朝の身支度を調える。
「それじゃあ、俺は先に行くわ」
「それって」
一足先に凛の家を出ようとする翔の足元を見て、望が声を掛ける。
「うん? あぁ、ローラースケートだよ、これの方が自転車より速いから通学に使ってんだよ、それじゃあな」
そう言うと、慣れたように両足を交互に動かし、あっという間にその背中が小さくなっていく。
「お待たせ、あれ? 翔くんは?」
「あぁ、一足先に行くって出ていったよ」
家から出てきた女性陣と合流し、望たちも学校へと向かうのであった。
授業を終えると、早々に生徒会室へ向かう望。彼にとって教室から生徒会室への移動はもう日課となっている。
「お疲れ様です……なっ!!」
生徒会室の扉を開け、部屋の中にいるであろうメンバーに挨拶をする彼であったが、実際にいる人物たちを前に、思わず声を上げる。
「おっ? 確か望、だっけ? お疲れ!」
一番始めに返答したのは、昨日彼と一戦交えた人物であった。
「なんでお前たちがここにいるんだ!!」
「まぁ、夢宮くん、落ち着きなさい」
そう、現在この生徒会室にいるのは、一番奥の席にいる凛と、その手前に座る直人たちであった。
「なんだもう忘れたのか? 俺たちは昨日共闘するって話しただろ?」
「いや、それはそうだけど、なんでここにいるんだ?」
椅子に座る勇樹は向かいにいる凌とトランプゲームをしながら望を見ることなくプレイを続ける。
「彼らは昨日話した通り、別のギフターを見つけてきたそうだ」
「えっ!? こんなに早く?」
彼らが訪れた訳を代弁する凛に驚いた望は目を真ん丸に見開く。
「うちと遥の力を合わせたらこんなもんよ。それに前から目をつけていたグループでもあったしね」
話を聞いていた恵とその隣で恵に抱き付かれている女性が遥と言うらしい。彼女は恵と違い、オドオドとしており、黒い前髪により目が隠れてしまっているため、より暗そうなイメージを持ってしまう。
「そう言えば、ギフターを見つける方法があるって話してたけど、実際どうしてるんだ?」
「それはねぇ~、うちの世界を跨ぐ追跡者を使って……」
「恵!」
上機嫌で話していた彼女の言葉を遮ったのは、一人腕組みをして座っている男、直人の少し強めの口調で発せられた声であった。
「望くんと言ったかな? 無用な詮索をするのはやめてくれないか?」
彼の表情は昨日の夜見た時と同じく爽やかな笑顔をしているが、少なくともその表情を鵜呑みにしてはいけないんだと、その笑顔を向けられた望は確信した。
「……すみませんでした」
そんな会話をしていると他のメンバーも続々とこの部屋に集まり、生徒会室は予定外の人数に、すし詰め状態となっている。
「それでは全員揃ったことだし、話を聞かせてもらおうか」
狂也以外のメンバーが揃ったことを確認した凛の一言により、話し合いが始められた。
「では、まずうちから今回発見したギフターについて。彼らはここより東にある藤橋市にある道場の門下生のようです。メンバーの数は四人と少ないですが、それぞれ空手を嗜んでいることもあり、油断はできないかと思われます」
恵の説明を真剣に聞き入る中、直人だけはその視線を凛に向けていた。彼女もその事には気付いていたが、一瞥だけすると何事もないように恵の話に耳を貸す。
「向こうが格闘術を使えるとなると、なかなかの強敵だな……」
不安混じりの声色で話す望に他の者も同じ意見を感じているようだが、不安を消し飛ばすように凛が活を入れる。
「私たちは空手の試合をするわけではない! ギフトを用いた戦いをするのだ! ならばこちらにも勝機はある!」
その言葉で部屋全体に明るい雰囲気が取り戻される。生徒会長と言うこともあるのか、この手の士気の上げ方はさすがと言うべきである。
「で、今回の件あの駄犬には話すんですか?」
「高城 狂也と言う方にはここに来る前にお話しましたよ?」
「なに!?」
翔の問い掛けに被せるように話す恵の発言に、望を始めメンバーたちの表情は驚きに満ちていた。
「どれぐらい前のことだ!」
「かれこれ一、二時間ぐらい前ですかね?」
「すぐにその道場へ向かうぞ!」
先頭に立つ凛に他の者も同調する。高城 狂也の性格から察するに誰もが一人で道場に行くことは想像するに難しくはなかったからだ。
いくら喧嘩が強いと言えど、空手家四人に加え、全員がギフターだと言うのだ、さすがに荷が重いと判断した凛たちはすぐさま学校を後にし、目的地の藤橋市にある道場を目指すのであった。
目的地に着くとそこには大勢の人だかりと、何台もの消防車で埋め尽くされていた。
「いったい何があったんだ?」
その光景に思わず声を漏らす望とは違い、即座に状況を理解した凛は鋭い目で現場を見つめる。
「決まってる! あの駄犬の仕業だろうさ、まだ近くにいるはずだ! あいつを探すぞ!」
凛の気持ちを代弁するかのごとく話す翔の言葉に慌てて狂也を探すべく、二人一組になり辺りを詮索する。