交渉
「皆に再度集まってもらったのは他でもない、襲撃してきたギフターを捕らえることに成功したからだ」
望たちが襲撃を受けてから数分後、凛より全員に召集メッセージが飛んできていた。
現在、望たちは凛の自宅にある道場にいる。日々剣術の稽古に励んでいるであろうこの場所には、竹刀や防具などが置かれている。
「それで、そこで寝転がってるのが凛ちゃん会長と咲ちゃんを襲ったって言うクソ野郎ってことですか?」
四人の前に立つ凛の傍らで寝転がっている男の元へしゃがみ込み、鋭い目付きで睨み付ける。
「あぁ、そうだ。話を聞くと、夢宮くん、水鏡さんも襲撃にあったようだな」
「はい、勇樹と恵って呼ばれてて……」
それから望は先程起きた出来事を詳細に説明した。一通り話終えると、話を聞いていた凛が口を開く。
「なるほど、となるとこの男はその凌と呼ばれていた男で間違いなさそうだな」
「こいつバッチ持ってないんですか?」
「あぁ、どうやら持っていないようだ。夢宮くんの話を聞く限り、足止め要員だったようだし、持っている可能性は低いだろう」
「使えねぇ野郎だな。で、こいつどうするんですか?」
「君たちが来るまでの間に幾度か口を割ろうとしたが、なかなか強情でね。もしかしたら、本当に何も知らないのかも知れないが」
言われたい放題言われている男は、首だけを持ち上げて、翔を睨み返す。
「だから、俺は何にも知らないって言ってるだろ!」
「と、この調子な訳だが…。まぁ、どちらにしろこの男がここにいるからには再度奴らが襲ってくることは確実だろう」
メンバーを一ヶ所に集めたのは情報を共有すると言う目的もあったが、どちらかと言えば次の襲撃に備えるためと言う方が大きい。
「と言うことで、男性陣はここでその男の監視を頼む」
「女性陣は?」
「男どもと同じ場所で寝る訳にはいかないだろう。隣の母屋にある私の部屋で待機している」
「俺も凛ちゃん会長の部屋に行きたい!」
冷ややかな目付きで翔を睨むと、スカートに付いた輪に手をかける。
「はいはい、冗談ですよー」
と言うわけで、現状この道場にはほとんど面識のない、うち一人は敵と言う微妙な空気が漂う男三人だけとなった。
「てか、お前らどっから来たの?」
そんな雰囲気など知ったことではないと、言わんばかりにスマホを片手で操作しながらフランクに話しかける。
「どこって、遠くだよ…」
「お前、自分がいた場所がわからねぇほどのバカだったのか!」
「ちっ違う! そんな手の内を晒すようなこと言えるわけないだろ!」
簀巻き(すまき)状態でもなおこの強気な発言ができるこの男は大した根性の持ち主なのかもしれない。
「お前なぁ考えてもみろ、お前らがどこから来たのだとしてもどうせここで戦うことになるんだから関係ねぇだろ?」
「………それもそうか」
(え? いいんだ?)
少し考える素振りをした男は翔の言葉に納得したようで、自然と口を開き出した。心の中でいろいろと思うことはあったが、望は特に口を挟むことなく、黙って見守ることにする。
「俺たちはここの南にある南希里町から来たんだ」
「南希里町って言えば、ここから電車で十分、二十分の所か。なんでそんなお前らが俺らのこと知ってんだ?」
「その辺は俺にもよくわからんが、うちの恵ってやつが、水晶玉でいろいろ見ることができてよ、そこにお前たちの姿が映ったって訳よ」
(恵ってさっき俺と美羽を襲ってきた女か、確かに水晶玉で何か見てたような……)
「おっ! 女性がいるのか! どうせならその子が捕虜ならよかったのに」
「恵はそんないい女じゃねぇよ、すぐ怒るし」
話をするうちに翔も男も笑い声を上げる程に打ち解け合い、最初に感じていた雰囲気はいつの間にかなくなっていた。
「なんだ? 他にいい女がいるのか?」
「そうだなー、うちにはもう一人つぐみって女がいるが、そっちはおしとやかだな。ちょっと暗いのがたまに傷だがな」
「なんだお前らはチームでツーカップル出来てんのか?」
「バカ言え、女どもはリーダーにお熱だよ」
「リーダーって風を使うって言う男のことか?」
「あんな単細胞バカと一緒にしたら直人が悲しみむぜ、こう言っちゃなんだが、俺たち男三人の中だとずば抜けてのイケメンだからな」
(翔の話がうまいのか、この男がバカなのかはともかく、まんまと敵の人数を聞き出してしまった……)
翔を尊敬すべきなのか、ペラペラと話すこの男の軽率過ぎる行動を呆れるべきか悩んだ望は、ひとまず翔の話術を褒めることにした。
「で、実際お前たちのリーダーって強いの?」
「そりゃあ」
「無駄口を叩きすぎよ!」
声がする天井の方を見ると、メキメキと音を立てながらその一部が崩れ落ちる。綺麗な満月が覗く中、四人の人影が望たちを見下ろしている。
「宙に浮いてる!?」
「風を扱えるやつがいるなら不思議じゃないな」
予想を越える登場に慌てる望と違い、どこか余裕を見せる翔はすかさず捕虜を掴み、逃げられないように右手に力を込める。
「おっ、恵」
「おっ、じゃないわよ! ペラペラペラペラと私たちのこと喋ってくれちゃって!」
「まぁまぁ、恵。ひとまず凌が無事でよかったじゃないか」
降りてくるやいなや、目の前に横たわっている仲間に怒涛のように怒鳴り声を上げる女性を優しくなだめる少し青みがかった髪の男は爽やかなスマイルをこちらに向ける。
「やぁ、そちらのリーダーと話がしたいのですが」
「人の道場を壊しておいて、随分余裕そうじゃないか」
母屋に近い方の扉が開くと、眉間にシワを作っている凛と母屋で待機していた女性陣が総出で立っていた。
「あなたがこのチームのリーダーですか?」
「リーダーかどうかはわからないが、このチームの最年長ではあるな」
「そうですか、ではあなたにいいお話しを持ってきました」
「今の君たちの状況をわかっているのか? どう考えても君たちの方が不利な状況なのだぞ?」
少し呆れ気味に話す凛だが、対する男は爽やかなスマイルを崩すことなく、対峙している。
「えぇ、それを承知した上でのお話ですよ」
「面白い、聞いてやろう」
「ありがとうございます。それでは提案なのですが、共闘しませんか?」
誰が見ても明らかに不利であり、本人もそのように理解していると言っていたにも関わらず、共闘の申し出でと言うのは、望たちはもちろん、男が率いるチームのメンバーですら驚きを隠せないようであった。
「共闘ってどういうことだよ!」
一番反発したのは、相手方のチームにいる勇樹であった。掴み掛かる勢いで、味方である直人に迫る。そんな勇樹の行動を何事もないかのようにスルーし話を続ける。
「ここ数日のあなた方の行動をずっと見ていました。どうやら他のギフターを探すのに手間取っているようですね。私のチームにはギフターを探し出す手段があります。それにお互い使える駒は多い方がいいでしょう」
現に望たちの居場所を発見し、襲撃を行ってきた彼の言葉に嘘はないだろう。しかし、相手の思惑が掴めない凛は感じた疑問をぶつける。
「確かにギフターを探せる方法には手を焼いているが、それで君たちに何のメリットがある?」
「もちろん私たちにもメリットはありますよ。私たちのチームの主戦力は勇樹と凌の二名です。後の私たちは後方支援型のギフトなので、戦闘向きではありません。そんな中、バッチを三枚確保し、期限まで維持することは難しいでしょ」
そう、この戦いの難しい問題が三つある、
一つ目はまだ見ぬギフターたちを探し出すこと
二つ目は他のギフターたちからバッチを取ること
三つ目は期限の七月までバッチを持っていないといけないこと
である。
この問題を解決するためには、彼が持ち出した共闘の話に乗るのが一番手っ取り早のは確かである。限られた期間の中でまたもや襲撃される確率や後手に回る不利な状況を考えると、こちらから攻めるチャンスがあることは大変貴重であった。しかし……
「私たちに先程会ったばかり、しかも襲撃をしてきた君たちを信じろと?」
「そうですね、ではこうしましょう」
そう言うと、ズボンのポケットに入れてあったバッチを取り出して凛に手渡す。もちろん他のメンバーは聞かされていなかったようで、各々様々な表情を浮かべている。
「どういうつもりだ?」
「今の私たちを信頼してもらうのは大変難しいでしょ。なら一番大事な物を相手に預けると言うのはどうかと思いまして」
「私たちがこのまま持ち去る可能性もあるぞ」
「それが信頼と言うものですよ。それに期限までバッチを維持することは難しいとは言いましたが、この場であなた方に勝つことが難しいと言った覚えはありませんよ」
信頼と言いつつも、挑発するかのような言葉を付け加える。彼にはこの現状すらと切り抜ける方法を持ち合わせているということなのだろうか。思考を巡らせ様々な可能性を考えた結果凛が出した答えは、
「いいだろう。他のみんなもよいか?」
望たちに異議を申し出る者はなく、皆が凛の決断に委ねていた。
「決まりのようですね、それでは一先ず今夜の所はこれで失礼します。これからの詳しいお話はまた今度、勇樹」
それだけ言うと、勇樹はその場で剣を振り、かまいたちのように凌を捕縛していたつる草のみを切り裂き、来たときと同じように宙に浮き、天井から出ていったのである。