覚悟
街灯に照らされながら、何時ぞや見た透き通る程綺麗な氷の刃を携え、肩まである藍色の髪を揺らしながら驚きの余り、地面に尻餅を着いた少年に背中を見せるように立つ一人の少女がそこにはいた。
「チッ、あいつの仲間が来ちまったか。恵! ちゃんと見とけって言っただろ!」
「ちゃんと見てたわよ! 私の世界を跨ぐ追跡者でも関知できなかったのよ! それにあの子の所には凌が向かったはずよ!」
「凌のやつ足止めもできねぇのか!」
後ろを振り返りながら、仲間に声を荒げる男に対して、水晶玉を前に突き出し、自分の責任ではないと主張する。先程からこの二人の仲はあまり良いものではないようだ。
(こいつら、俺と同じ召喚型なのか……。にしてもこいつらどうして俺の場所がわかったんだ?)
──────
一方その頃
「で、今日はどうして私と帰るなんてことになっているんだ?」
「それは〜、その~ハハハ……」
薄暗い帰路を歩きながら、咲の言葉に巻き込まれる形で一緒に帰ることなった凛はその意図を問いただそうとするが、なんとも歯切れの悪い様子で苦笑いを浮かべる。
「はぁー、どうせ彼のことだろ?」
「えっ!? いや! ………うん」
隣に歩く咲の表情を見ることは出来なかったが、耳まで赤くなってうつ向いていることは想像するに容易かった。
「で、どうしたと言うのだ?」
言葉に困っていた咲であったが、自分の気持ちに整理がついたのか、ゆっくりと話始める。
「望もギフターになって、ルーヴェさんの話を聞いて、望と戦うことにならなかったことは本当にホッとしたんだけど……」
「だけど?」
「一緒にいることが増えたのは嬉しいんだけど、なんだか前より遠くなった気がして…」
恋する乙女の気持ちは揺れ動いていると言うことなのだろう。昔から剣術の修行ばかりを行っていた凛に取って、恋愛感情と言うものは経験の無いものである。
しかし、生徒会長としてたくさんの生徒から信頼を得ていることもあり、この手の相談は珍しくはなかった。
過去の経験から咲の気持ちを汲み取った凛は諭すように話しかける。
「そうか、咲はどうしたいと思っているんだ?このままでいいと思っているのか?」
「そんなわけない!」
「ならすることは決まってるじゃないか。相手の気持ちなんてわからないんだ、自分の気持ちが信じる道を進むしかないんだよ」
凛の言葉を聞き入れると、さっきまで塞ぎ混んでいた表情が明るく変わり、空に広がる星々を見上げながら元気よく返事をする。
「うん! そうだね、頑張ってみるよ!」
「あぁ……。咲もしかして叶えたい願いって……」
「まっまさか、そんなわけないじゃない!!」
またもや顔を真っ赤にし、両手をブンブンと左右に振り凛の言葉を否定する。
(恋する乙女はなんとやらか……)
「誰だ!」
先程までの優しい口調ではなく、敵意を剥き出しにしたような強い口調で少し前にある街灯の辺りを見る。
「おうおう、怖い怖い。うまく隠れてたつもりなんだがな……。うん? 二人? 一人って聞いてたんだが…」
姿を現したツンツンとした髪の男が、凛と咲を見るなり、ぶつぶつと一人言を話始めた。
「あぁいいや、お前たちギフターだろ? バッチを渡してもらおうか」
「誰よあんた! あんたなんかにバッチは渡さないわ」
「バッチのことを知ってるってことはやっぱりギフターで間違いないな」
「あっ」っと言う咲の声を聞き流し、目の前にいる男から目を放さない凛は自身のスカートにある輪に手をかけ、いつでも戦闘できる準備を整える。
「よし、じゃあやりますか。双撃の鎚!」
男の呼び掛けに応じるように両手に柄の長い鉄製のハンマーが現れた。相手のギフトの発動を確認すると、先程まで咲の隣にいた凛は目にも止まらぬ速さで、男の首元に鋭い剣先を突き立てる。
「なっ!!」
全く対応仕切れなかった男は何が起こったを理解出来ず、ハンマーを持った手を動かせないでいた。
「そうか、咲、この男の相手は任せた」
それだけ言うと、冷や汗を掻いている男の首元にある剣を輪の中へと戻し、咲より更に後ろへと移動する。
「えっ? えっ? どういうこと?」
「彼もギフターとなって武器を手に入れたばかりの戦闘初心者だ。咲でも十分に戦える相手だろ」
「いや、そうじゃなくて、今戦いは終わったんじゃ……」
「何を言う、彼も咲もまだ負けていないじゃないか。咲が進もうとしている道はこういう道だ。いつでも私が守ってあげれるわけじゃない。自分の願いは自分で掴みとるんだ!」
凛の言葉の意味を理解したのか、自身の顔をパンパンと叩き、「よし!」と、気合いを入れた咲の表情には不安の色は消えていた。
「なっなんだかわからねぇが、俺の相手はお前のようだな」
(あんな化物と戦わなくてよかったー)
「行くぞ!」
──────
突如現れた美羽の後ろで、ズボンに付いた汚れを払いつつ、立ち上がり再度、本を片手に持ち体制を整える。そんな望に目もくれず、美羽は目の前の敵に真っ直ぐに飛び掛かる。
薄暗い道に氷の刃と男の剣が激しくぶつかり合う音が鳴り響く中、望はその光景をただ見るしかできなかった。
「凄い……」
漏れるように出た言葉は誰に聞かれることもなく、二人の戦う音に掻き消されてしまう。
「なんだこいつ!!」
剣を持つ男は必死に剣を振り回し応戦する。一振り一振りの力は男の方が強いようだが、美羽の素早い剣撃に防戦一方となっているようだ。
「くそ!!」
持っている剣を大きく振りかぶり、勢いよく横一線に振ると、美羽は剣に当たらまいと一度大きく後退する。
その姿を見た男は再度大きく剣を振りかぶると、じっと固まり何かを待っているかのように見える。
(なにをしているんだ……? まさか!!)
望は先程自分を襲った突風を思い出していた。仮にあれがあの男が出した物だとすると、あの構えにも納得がいく。そう思った望は美羽に知らせるべく声を発する。
「水鏡さん! そいつは風を起こすことができるんだ!」
突如発せられた声に振り向く美羽。その姿を見た男はニヤリと笑みを浮かべ、振り上げていた剣を一気に振り下ろす。
「滅びの暴風!」
最初、望に向けて放たれた突風の威力を遥かに上回る突風が、竜巻の如く渦を巻き望と美羽に襲い掛かる。
(このままじゃ二人とも……)
本を持つ手の力が自然と強くなる。美羽も氷の剣を地面に突き刺し、なにか対策を講じているようではあるが、とてもじゃないが、あの竜巻を受け止めれるとも思えない。
(なにか、なにか……)
そう思い、持っている本のページを捲り、聞いたことがない単語がたくさん並ぶ中、ほぼ運任せのように目に留まった一つの単語を選ぶ。
(今はなんでもいい! この状況を覆せるなら!)
望は左腕を前へと伸ばし、手のひらを竜巻の方に向けると、力強く文字を読み上げた。
「天界の光!」
手のひらに眩い(まばゆ)程の光が集まり、溢れんばかりの光が竜巻に向かって一直線に伸びていく。
竜巻の中に集まった光は爆発的にエネルギーを放出する。すると、竜巻のエネルギーと混じり合い、激しい爆風となり周囲に被害をもたらした。
「なっなんだこれ!?」
「キャー!!」
「うっ、みっ水鏡さん、大丈夫?」
美羽は吹き飛ばされまいと必死に氷剣にしがみついている。望も近くにある電柱にしがみつき、なんとかやり過ごす。
風が収まると目の前には戦っていた二人の姿がなくなっていたのであった。
「あれ? あの二人は?」
キョロキョロと周囲を見ても二人の姿を見ることはない。
(まさかあの風でどこか吹き飛ばされたのか?)
周囲への警戒を行いつつ、そんなことを考えていると、暴風に耐えていた美羽が地面から氷剣を引き抜き、二人がいた方向へと走り出す。
「あっ、水鏡さん! 行っちゃった……」
一人残された望は追い掛けようにも先のやり取りで足が震え、動けなくなっていた。
「なんだよ、ちくしょう! 俺のヘタレ……」
──────
「はぁ、はぁ……」
あれから何分間の攻防戦が繰り広げられており、咲もハンマーを持つ男も肩で息をする程疲労が現れている。
(凛ちゃんが言ってた通り、あの人も戦いに慣れてないようだけど、キツいな……)
「咲、さっきから何をしている?」
「な、何って一生懸命戦ってるんじゃない!」
「私にはそうは見えないな。さっきからわざと攻撃を当てないようにしているようにしか思えないな」
「それは……」
「甘えは捨てろと言ったつもりだが? それが出来ぬならこのギフターの戦いから手を引け」
それは妹分とも言える相手だからこその言葉であった。これから命のやりとりをすることも少なくはないだろう。
そんな中、優しすぎる彼女の性格では、この先生き抜くことは難しいであろうと判断した凛は凄みを帯びた声で諭そうとする。
「やる……。私にはこれしかないから……でも!」
男との距離を一気に詰めるように走り出す。
「さっきからなめやがって!」
両手に持つハンマーをくるりと回し、走り来る彼女を迎撃する構えを取る。
「やぁ!」
両手を男の方に向けると、手のひらから数本のつる草が伸びていく。
「なっなんだ!?」
つる草はあっという間に男の手足に絡み付き、男の身柄を捕縛する。手足を封じられた男はこの場に芋虫のように倒れ込む。
「なんだこれは!! ほどけない!」
「その植物はフウトウカズラって言うつる草よ。その太いつるはなかなかほどけないわよ」
それだけ言うと、バタバタと暴れる男を無視し、凛の方へと歩いていく。
「私は……、私は私のやり方で戦ってみせる!」
「フハハ、やはり君は面白いな」
真剣な表情で凛の前に立つ咲とは違い、笑う顔を見せまいと、片手で覆いながらも込み上げてくる笑いを止められない凛はお腹を抱える。
「ちょっと、凛ちゃん!」
「すまない、すまない。はぁー、うむ、咲は咲のまま進むか、それもいいだろう。それはそれとして、敵を捕獲できたことは大きいな」
奥で寝転がっている男の元へと足を進める凛は、見下して状態で男に尋ねる。
「さて、知ってることを洗いざらい話しておらもうか。私は咲ほど優しくはないぞ」
「………」
男は先程までの威勢はすっかりなくなり、顔はみるみる恐怖の色に染まっていくのであった。