初戦
残された六人の少年少女はそれぞれに改めて女神の話を受け止める。ギフト、ギフターとしての使命。急遽突き付けられた現実に戸惑っていると一人の男子生徒が沈黙を破る。
「えっと、これからどうしようか?」
それは女神よりこの戦いで最も重要になるであろうバッチを渡された者であった。
「おい、そのバッチを俺によこせ!」
「君何を勝手なことを!!これは私たち全員の問題だ!勝手な行動をされると困る!」
バッチを持つ望に勢いよく襲い掛かろうとする狂犬を制止させる会長の姿はまるで飼い主のようであった。二人の間になにがあったかは知らないが、ここに連れてこられた事と言い、彼は彼女に逆らえないようだ。
「ちっ、俺は俺の好きなようにさせてもらう、そのバッチを奪われるようなへまをしたら許さねぇからな!」
それだけ吐き捨てると、荒々しく扉を開き一人部屋の外へと出て行った。
「あっこら!」
「まぁまぁ、凛ちゃん会長、あんな駄犬ほっときましょうよ。ようは七月までにバッチを三つ集めたらいいんでしょ」
「それはそうだが……」
狂矢を追いかけようとする会長を制止したのは翔であった。もともとそんなに仲が良くも見えない彼にとっては問題児が減ることは喜ばしいことなのであろう。
「だけど、本当に誰がこのバッチを持っとくの? このまま望が持っとく?」
「うぅーん……」
「君はあの女神にも気に入られているようだし、これもなにかの縁だ、ひとまず君が持っとくといい」
それからも五人でこれからの事についていろいろと話合った。五人と言っても美羽については話を聞くだけで、一言も話すことはなかったので、実質話をしたのは四人であるが。
話し合いの結果決まったのは、一刻も早くバッチを集めるべきと言うことであった。もちろんこの意見も会長から出されたものである。理由としては、
「考えてもみろ、もしあの女神が言うように他のチームもバッチを集めていると言うのであれば、後半になればなるほど強いチームしか残らなくなってくると言うことだ。
私達のチームで対人戦になれているのは私と高城君ぐらいだろう。そうなると圧倒的に不利な状況になるのは明白だ」
との事である。まだ望達のように戦うことがなれていない者が多いうちに倒してしまおうと言う作戦であった。そのため、ひとまず行うことは他のギフターがどこにいるかの情報収集をすることとなったのだ。
方向性も決まった事で、それぞれの連絡先を交換し、それぞれ生徒会室を後にする。
「それにしても凄いことになったね」
「全くだな……」
家が近い望と咲は二人で学校からの帰り道を歩く。放課後に例の話をしていたせいもあり、太陽はとっくに沈んでおり綺麗な星空が広がっていた。
「本当…驚きの連続だったな」
未だ実感の湧かない現状であるが、不安がないと言えば嘘になる。そんな感情を見抜いてか咲は明るく笑顔を絶やすことなく話す。
「大丈夫! 望になんかあってもちゃんと私が守るから!」
「なんだよそれ、それは男が女に言う台詞だろう?」
少し望の前に出て、くるりと対峙するように回り自身の胸に拳を叩きつける彼女の姿とその心強い台詞に思わず、笑いが込み上げてくる。
「なによ! 私じゃ頼りないって言うの!?」
「そんなことないって、頼りにしてるって」
ムキになる彼女は顔を近づけ、下から望の顔を見上げる。そんな彼女を宥めるために込み上げてくる笑いを押さえつつ、少し背中を反りながら彼女に言葉を掛ける。
「分かればよろしい! それじゃあ、帰ろっか」
満足した彼女はまた少し距離を取り、満面の笑顔を見せる。その笑顔は夜空にある星々よりも輝いて見えたと言う。
(いきなりそんな顔ズルいだろ……)
「うん? 望どうかした?」
「なっなんでもねぇよ」
家に辿り着いた望は自身の部屋にあるベッドに倒れ込んだ。そして、自身の置かれた状況をもう一度自分なりに整理してみる。
(昨日の今日でこんなに変わっちまうとはな……)
「なんじゃ、また辛気くさい顔をしておるじゃないか」
「おっお前どこから!? 神界に帰ったんじゃないのかよ!」
突如姿を現した少女は大の字に寝転がっている望に股がりその上に座り込んだ。下敷きにしている人物のことなど気に求めず、少し怒った様子で顔を近づける。
「誰のせいじゃと思っとるんじゃ!昨日のお主が儂にしたことを忘れた訳じゃあるまいな!」
そう、かの女神は昨日の出来事により、自由に神界と現世を行き来することができなくなっていたのである。そのため、今日の放課後姿を消したと思われていた女神は現れた時同様望の身に付けているブレスレットの中へと戻っただけなのであった。
「じゃあなんであんなかっこつけて消えたんだよ」
「それは……あれじゃ、ああせんと儂のイメージが…のう?」
少し照れながらそっぽを向いて話す彼女は、早々に望の上からおり勉強机に備え付けられている椅子へと腰を下ろす。やはり信仰を気にしている神様なだけあるのか、人から抱かれるイメージを凄く意識しているようだ。
「それにじゃ、予選が終わるまでお主らの手助けができないのは本当のことじゃからのう」
「それも神界が関係してるのか?」
「まぁの、上の神々はどいつもこいつも頭の固いやつばかりじゃからのぅ、じゃが、儂が選んだお主らならなんの心配もないじゃろうがな」
足を組み相変わらず偉そうな態度で話す幼女は少年達を信頼していると言うよりは自身の目利きに余程の自信を持っているようであった。
「善処するよ……」
ベッドに座り直した少年はその意図を汲み取ったのか呆れ気味に答える。それからも他愛もない話をし、「それじゃまたの」と言い残し、またブレスレットの中へと帰っていた。
──────
あれから一週間の月日が経とうとしている。いざギフターについての情報を調べようとすると、溢れ帰らんばかりに情報が出てくる。ツイッター、インスタグラムなどを始めとするSNSにもギフターを模倣する画像や動画が数多く配信されている。
「皆こんなにギフトに憧れてるんだね」
「俺は最近ギフターになったばっかりだから気持ちはよくわかるよ」
生徒会室にて狂也を除くメンバーは凛が用意してくれたパソコンをカチカチと叩きながら画面とにらめっこする。
「実際どうするよ? こんなに情報がありゃあ一つずつしらみつぶしって訳にもいかねぇだろ?」
マウスから手を放し、両手を頭の後ろに組む翔の愚痴にも聞こえる発言に一同は頭を抱える。
「なにかギフターを見極める方法があればいいのだが…」
「方法ならある……」
静まり返る部屋に微かに響いた声。普段滅多に話すことのない美羽から発せられたその言葉はその意外性に一同は視線を向ける。
彼女は机の上に置かれていた真っ新の紙を一枚手に取ると、自身の目線の高さまで持ち上げ、静かに目を閉じる。彼女の行動に不安と期待の感情が入り交じり、束の間の沈黙が訪れた。
なんの変哲もない紙がゆらゆらと揺れ出し、紙を掴む彼女の手から出る水に包まれて行く。すると、なにも書かれていなかった紙にうっすらと文字が浮かび上がる。
「えっ?」
「これは……水占い?」
水占いとはとある神社で行われている占い方法で、御神水と呼ばれる小さな池に紙を浮かべると、水の神様の力で文字が浮かび出すと言うものであるが、今回に限って言えばただ紙を水で濡らしただけのようにも見える。
「ギフトは元々神様の力。ギフトで生み出した水であれば同じ効果は得られるはず……」
なんとも強引な物言いにも聞こえるが、現に目の前には文字が浮かんだ紙があるのだから、彼女の考えは正しかったと言うことなのだろう。
彼女はその紙を隣にいる望へと手渡した。
「何々……
願望、困難な道のりなれど信じて突き進めば叶う。
恋愛、自身の周りを見返すべし。
探し物、見つかる。
学問、絶えず精進すべし。
旅行、良い
ってただの占いじゃないか!」
「ここ……」っと強い眼差しで、指差す文面を見ると、
「待ち人、来る……。いや、確かに書いてあるけど」
期待していた分、溜め息と共に身体中の力が抜けていくのを感じることができた。
「まぁ、そんな都合のいい方法があれば始めからやってるか」
きょとんとする彼女を余所に、その後もいろいろと調べてみたが、結局この日もなんの成果も得られないまま下校時刻となってしまった。
「あっ、私今日凛ちゃんの家に寄ってから帰るね」
「あぁ、それじゃあまた明日な」
「いいな、俺も凛ちゃん会長の家にお邪魔しようかな」
「ふん、生きて帰れなくても後悔するなよ」
「………」
そうして、望、美羽、翔、咲と凛はそれぞれに帰路へと着くのであった。
(困ったな……ギフターを探すって言ってもどこをどう探せばいいのか検討も付かないしな……)
そんなことを考えながら、薄暗くなった見慣れた道を歩く望は未だ突破口が見つからない現状に頭を抱えるのであった。
「っ!!」
なにも考えることができないないほど突如、強い風が望を襲う。そのまま数十メートル先へと吹き飛ばされた望は地面に叩き付けられた。
(なっなんだ、一体……)
痛みに耐えながら体を起こし、先程まで自分がいた場所に目を向けると、望と同い年ぐらいの二人組がそこには立っていた。一人は丸い水晶玉を手に持った女で、大人しそうな印象がある。もう一人は片手で振り回せる程の剣を持つ男で、真面目そうな青年でどちらもどこにでもいそうな学生であった。
「こいつ本当にギフターなのか?一般人だったらヤバくないか?」
「大丈夫だよ! きっと……」
「きっとだと!」
傍らで倒れている望を無視し、二人でああでもない、こうでもないと言い争いを始めている。その隙に体制を整えた望は少し距離を取る。
「全能の書!」
右手に現れた深紅の書物を二人に見せるように構える。すると、怖がる所かその二人は大喜びで望を見た。
「ほら! ギフターだったじゃない!」
「やるじゃないか、恵!」
(なんだこいつら……)
「よし、これで心置きなく戦えるな」
剣を持った男は右手で翠色の柄を強く握ると、どこかの武術なのだろうか、素人目で見てもわかる程剣を持つ姿が様になっており、いつでも飛び出せそうな姿勢をとる。
(なにか、なにかないか! この状況を打破できる方法は……)
ペラペラとページを捲り、前回同様にいくつも並ぶ文字の列の中から使えそうな能力を探す。しかし、どのような力かわからないものばかりで、選びかねてしまう。
「行くぞ! うりゃ!」
剣を大きく振りかぶったまま地面を強く蹴り飛ばし、飛躍し望との距離を一気に詰める。
(ヤバい、やられる!!)
「勇樹逃げて!」
恵と呼ばれた女性が突如声を荒げる。先程まで突進していた勇樹が咄嗟に恵の傍に戻り、周囲に視線を配り警戒をする。すると、望の前に見知った少女が現れた。
「水鏡さん……?」