使命
「すまない、夢宮くん、彼女は誰なんだ?」
「彼女がルーヴェ・クリスフォールドです」
やはりと言うべきか、望以外の人間はルーヴェの小さくなった姿を見たことがなかったようで、部屋の中は戸惑いと困惑が渦巻くなんとも気まずい雰囲気になってしまった。
「この幼女があのルーヴェちゃんだって!? なっ、なんてことだ……あの美人で巨乳のお姉さんが……」
メンバーの中でも一際ショックを受けているのは翔であった。出会った日のルーヴェと今のルーヴェを重ねているようだ。翔は椅子に持たれかかり俯いてしまう。
「はぁー、眠い……儂はもうしばらく眠るぞ……」
雰囲気をぶち壊したのは問題の張本人である。しかし、ここでルーヴェに寝られてしまうと、この部屋にいる者達にどんな抗議の嵐を受けるか想像するのも恐ろしかった望はルーヴェの肩を掴んで体を大きく揺らし必死に起きるように促す。
「ルーヴェ起きろよ! ここで寝られたら俺が困るんだ!」
「さっきから騒がしいのー、儂を呼ぶのは全員が集まった時と言っておいたじゃろう……」
「だから、もう集まってるんだって!」
「お?」っと改めて自身が置かれている状況を再確認するかの如く周囲に目を向ける。すると、さっきまでの眠たそうな少女の姿はなく、ニコニコと本当の小さな女の子の様な無邪気な顔を浮かべる。
「なかなか久しい顔が揃っておるの。いやはや、もう少し時間がかかると思っておったが、お主もなかなかやるではないか!」
「御託はいいからさっさと本題に入れ」
いやいや連れてこられたのであろう狂也は一分一秒でもこの集まりが早く終わるようにとの思いからか話を進めるように睨みを効かせる。
「咲達もギフトについてはなんにも聞いてないのか?」
「うん、ギフトの名前と使い方だけ教えてすぐどっか行っちゃったから他のみんなもそうじゃないのかな?」
狂也の視線から逃げるように壁の方に移動した望は、周りには聞こえないようにヒソヒソと咲に尋ねてみるが、誰もギフトに関する説明は受けてはいないようだ。
「そうじゃの……。それじゃあ、本題に入るかのー、さてどこから話したものか……、そうじゃな、まずはお主らとの認識の差を埋めるところからはじめようかの。お主らにとってギフトとはなんじゃ?」
「なんだと言われてもギフトは女神から与えてくれた力で、様々な力が使えて……えっと……」
「ギフターは主に十代の少年少女達で、それは熱意、信じる気持ちが一番強いため。年を取るにつれ、ギフトの能力が弱っていくのもこれが関係していると言うのが、テレビ等で知り得る情報だな」
「さすが武虎会長」
辿々しい望に代わって、スラスラと自身の知り得ている知識を口に出す。
「まぁそんなところじゃろうな。だがしかし、その認識は間違っておる。まず儂ら女神がギフターを選別する基準についてじゃが、大きく分けて三つの条件がある。
一つ、ギフトを使う才能、神現力が高い者
一つ、現状の世界に不満を持っている者
一つ、何を犠牲にしても叶えたい願いがある者
大まかにはこの三つじゃ。後はその時の女神の気分ってやつじゃな」
「しんげんりょく?」
「書いた字のごとく『神々のスキルを現界させる力』じゃよ。お主らが使っておるギフトは元々、神界にいる神々のスキルであったり、宝具が使えると言うものじゃ。そのスキルをこの世に現界させる力のことじゃよ」
女神の気分次第と言う言葉をあえてスルーし、聞き慣れない言葉を思わずオウム返しのように口に出した望に差も当たり前のように説明する。だが、頭の中で理解が追い付かず、再度部屋は沈黙に包まれた。
「えっと、さっきの二つ目と三つ目って結局一緒のことじゃないんですか? 不満を持ってるから叶えたい願いがあるわけで、当然のことのように思うんですが?」
「確かに一見同じように聞こえるかもしれぬが、全くの別物じゃ。例えば、お主が現在空腹であったとして、それの状態から打破する方法はなんじゃ?」
「それはご飯を食べればいいだけじゃ……」
「そうじゃな、じゃが、空腹を満たす方法は無数に存在する。
食料を出す方法、なんでも食べれる体になる方法、空腹にならない体になる方法。ほれ、願いの形は様々じゃろ?」
「なるほど……」
ルーヴェの例え話に半ば強引感はあったが、一先ず咲もその説明に納得をしたようだ。
「じゃあなんだ、ここにいる奴らはその条件を全部満たしてるってことかよ?」
「お主は相変わらず頭が固いのー、まさか頭の中まで筋肉になっとる訳じゃあるまいな。言ったじゃろ?すべては女神の気分じゃと」
「なっ!!」
今までの説明を聞いて、誰が狂也の質問をおかしいと思える者がいるだろうか。この場の誰もがわざわざ冗談だと聞き流した言葉をさも答えのよう言い放つ。
「話を続けるぞ、まだ本題にも入ってないのじゃからの。次はギフトの力についてじゃ。さっきも言ったがギフトは二種類存在する。
凛、狂也、咲、美羽、の様な神々のスキルを自身に宿す『憑依型』。
望、翔の様な宝具を神界より現界させる『召喚型』。
この二つは同じようで全く違う。憑依型は自身の中にある神現力を使うことで、力を行使することができる分自由度が高い、じゃが、あくまで自身の神現力を使うのじゃから自身が持っている以上の力を出すことはできん。変わって召喚型の方は宝具を使うため、力の使い方が自ずと決まってくる、じゃが、宝具を使う故自身の限界を超えた力を出すことができる」
一辺に説明するにはあまりにも膨大な情報量であり、さっきの話すらまだ処理しきれていない望にとっては、最早なにがなんだかわからなくなってきていた。そんな望とは違い、うんうんと相槌を打っていた武虎会長が腕組みをしたまま疑問を投げ掛ける。
「ではその強力な力を使うために足りなかった分の神現力はどこからやってくるのだ?」
「それはじゃの、人間の体は余程無理な使い方をしない限り自己防衛のため持ってる力を全て使いきれないようになっておるんじゃが、宝具は無理矢理に力を吸い尽くすのじゃよ」
「えっと、吸い尽くされた後ってどうなるんですか?」
控え目に手を挙げる咲が恐る恐る声に出す。
「ふむ、神現力とはこの世に現界させる力じゃと話したのう、つまりじゃ、今お主らがこの世に存在できるのもこの力のお陰なんじゃよ。その力がなくなると、お主らは存在ごとこの世から消えるじゃろうな」
終始にこやかな表情を崩さず、饒舌に話す女神とは反対にこの世から消えるかも知れないと言われた少年少女達の表情は暗く重くなる。
「なんだとてめぇ! そんなこと聞いてねぇぞ!」
「そりゃあ、聞かれてないからのうー」
感情をあらわにし怒鳴り声をあげる狂也だが、いつもの調子で答える女神に簡単に受け流されてしまう。
「そんな……」
「じゃが安心しろ、減ってしまった神現力を増やす方法がある」
「えっ?」
咲の不安も最もで、その不安そうな表情を見ることを楽しんでいかのようなルーヴェであったが、彼女の希望の言葉に皆が耳を傾ける。
「一つは他のギフターから神現力を奪う方法じゃ。もう一つは儂ら女神が神現力を与えることじゃ」
「どっちもピンとこないな……」
最初はショックを受けていた翔も事の重要さに「うーん」とうなり声を上げ、顎に手を当てながら話を聞く。
「お主らギフターは他のギフターから神現力を吸収できるようになっておるのじゃよ。儂らから与えると言うのは…望ちょっとこっちに来るのじゃ」
言われた通りにルーヴェの手が届くまでの距離に近づくと、ルーヴェは小さな右手を望の胸辺りに押し付け静かに目を閉じる。すると、ぼんやりとした光がルーヴェの手に集まり、そのまま望の中へと入っていくのが見てとれる。その光は少し暖かく、心地のよいものに感じた。
「とまぁ、こんな感じじゃな」
光が収まり胸に当てられていたが手を離れる。自身の体に起きた変化を確認するかの如く、ペタペタと自身の体に手を当てるが…。
「特に変わった感じはしないな……」
「そりゃそうじゃ、もともとお主の神現力はそこまで減ってないからのー」
「で、そんな危険な力を私達に与えてお前達は何をさせたいんだ?」
全てのやり取りを見ていた凛が質問を投げ掛ける。すると、待ってましたと言わんばかりにニヤリとするルーヴェは更に言葉を口にする。
「そう、それこそが今回の本題じゃよ、お主らに課せられた使命についてじゃが……お主らには他のギフターと戦ってもらう」
「戦う?」
「そうじゃ、もちろんタダでとは言わん。最後まで生き残った者には一つなんでも願いを叶えてやろう」
なんでも願いを叶える。普通の一般人が同じ台詞を言えばただの戯れ言にしか聞こえない言葉だが、異能の力を目の当たりにした望達にとってその言葉はとてつもなく魅力に満ちた言葉である。
「なんでもって、本当になんでもか……?」
「あぁ、そうじゃ。神々の力を使えば叶えられぬ願いなど存在しないじゃろうな」
さっきまでの絶望していた空気からは一転し、各々がその言葉に興味を示す。
「だが、それでお前達女神になんのメリットがある?」
「信仰じゃよ。神社に祀られるような名のある神々であれば、なにもせずとも人々の信仰を得ることができるが、儂らのような無名の神はなにも得ることができん」
「信仰がないとなにか困るんですか?」
「信仰こそが儂らの力の源なんじゃよ、つまり誰からも信仰されずにいると力が底をつき消滅してしまう。その分強い信仰を集めている者は世界を作り替えることも容易くできる力を持つとも言われておるがな。それでどうする?この話に乗るか、それともここで降りるか……」
今までへらへらとした話口調ではなく、その表情、言葉に息を呑んでしまう程の緊張した空気が流れる。暫しの沈黙が続いたが、誰ともなく声を出す。
「私は乗る」
「俺も乗るぜ」
「俺もだ」
「私も」
「………」
だが、ギフターとして選ばれた人間の答えは大抵決まっている。そうルーヴェにとって、この二択の質問の意図は自身で答えを出させたと言う事実を作るためなのだ。
「うむ、望も参加でよいのかの?」
「あっあぁ……」
「よし、ならばこれをお主らに授けよう」
全員の参加を確認すると、ルーヴェはどこからともなくその小さな手のひらに収まるほどの丸いバッチを取り出す。その金色のバッチには神界で使われているのであろう見たこともないマークが刻まれていた。
「これは?」
一番近くにいた望にバッチを渡す。くるくるとバッチを回して眺めてみるが、特に変わった所は見当たらない至って普通のバッチである。
「これはこの戦いに参加するチームの証じゃよ、七月までにこのバッチを三つ以上所持していたチームが次の本選へと行けるのじゃ」
「チームって……?」
「もちろん、ここにおるお主達じゃよ。じゃからせいぜい仲良くするんじゃぞ」
ニヤニヤとした笑みを浮かべる彼女。心を読むと言う能力がなくなった女神にでもここにいる人物の顔を眺めるだけで十分過ぎるほど気持ちを察することができることだろう。
「そうそう、言い忘れておったが予選が終わる七月まで儂はお主らの手助けをしてやることができんからせいぜい頑張るんじゃぞ。最後にこれは内緒じゃぞ」
片目を閉じ、口元に人差し指を当てながらそう話すと、望にしたように他のメンバーにも暖かな光を与え、全て終わると姿を消してしまった。
こうして望達の壮絶な戦いが幕を開けたのであった。