召集
次の日の朝いつもより早く登校した望は、ある一つの部屋の前に立っていた。その部屋の扉にあるプレートには生徒会室と明記されている。そう、彼が訪れた部屋とは白楼高校の生徒会役員が集う場所、生徒会室である。この場所に来たのはもちろん昨日のルーヴェからの依頼を遂行するためである。
この部屋の中にギフターが存在する。
その者の名は武虎 凛。彼女は白楼高校の生徒会長にして、武虎流剣術唯一の継承者であり現当主である。武虎流剣術に関しては歴史が古く、戦国時代には殺人剣として名を馳せていた武術であったが、現代においてはその名を知る者はほぼいない。しかし、武術としては色あせることなく殺人剣としての性質を受け継いでいる。そんな彼女の戦う姿から戦姫と呼ぶ者もいるそうな。
目の前の扉を三回ノックし、部屋の中からの反応を待つ。生徒会室のある廊下は部室棟とは離れているため、この時間帯では彼以外の姿はなく静かなものである。
(そう言えば生徒会長とちゃんと話をするのは初めてだな……)
「あぁ、どうぞ」
扉の向こうからの返答に「失礼します」の声と同時に部屋の中へと入る。部屋の壁には卒業生達の集合写真が飾られている。いくつもある本棚には文化祭の資料など生徒会が使用しているであろう書類がびっしりと並んでいた。
そんな部屋の長テーブルの更に奥にある机の上に大量に積まれた書類を一枚ずつ手に取り、目を通し決済の印を押す女性は部屋に入ってきた客人に視線を合わせるため、黄色いリボンで後ろに纏めた腰まである漆黒の髪を揺らしながら頭を上げる。
「やぁ、君は二年A組の夢宮 望くんだったか」
「はっはい、俺の名前ご存知だったんですね」
「なに、生徒会長ともなれば全生徒の名前と顔ぐらいは覚えているもんさ。それで?朝早くからこんな所に来るぐらいだ、なにか話があるんだろ?」
持っていた書類を机の上に置き、話を聞こうと言う姿勢を見せる目の前の生徒会長。恐らく彼女は誰に対してもこうなのであろう。だからこそ白楼高校の生徒会長は教師、生徒からの絶大な信頼を勝ち得ているだ。
(全部見透かされているじゃねぇか? この人やっぱりスゲーな)
改めて我が校の生徒会長の凄さを目の当たりにした彼は昨日の出来事を包み隠さず、順を追って話した。
「なるほど、君もギフターになったと言うわけか。ルーヴェからの招集の件は了解した。それでどこに行けばいいのだ?」
「いやそれがまだなにも決めてなくて……。ここに来たのも昨日咲に電話した時に最初に会長の元に行くのがいいと言われたからで」
「彼女から? フフフ、そうか、ならば集合場所にはここを使うといい。普段生徒会の者しか使うことはないし問題ないだろ」
咲と生徒会長は面識があるのか、咲の名前を出すとなにかを察したのか口元を少し緩めて笑みを溢す。
「いいんですか?」
「構わないよ。まぁ、彼女が私を訪ねるように言ったのは場所の提供を求めるためではなく、メンバー集めに一役買ってもらおうと言う魂胆なのだろうがな」
「会長は咲と仲が良いんですか?」
──────
それは私、武虎 凛が三年生となり生徒会長として様になってきたまだ桜が咲き誇る春のこと。
「どうにかして下さい!」
自身の茶色い髪の毛が揺れ動くぐらい強く、生徒会長と書かれた立て札がある机をバンッと叩いた下級生が強い口調でいい放つ。そんな彼女にその部屋にいた他の生徒会メンバーは恐る恐る部屋の入口の方に固まっていく。そんな中、発せられた声の矛先にいる女性は少し呆れたような表情で言葉を返す。
「つまりなんだ……花崎さんの友人が虐めにあっているから虐めている人を懲らしめて止めさせて欲しいと?」
「はい!」
「あのね、確かに生徒の悩みに答えるのも生徒会の仕事ではあるが、そう言った話は担任の先生にすべきだろ?」
「それは……でも、先生も見て見ぬ振りだし、もう武虎会長に頼る以外方法が……」
「それに、それはその友達の問題で花崎さんの問題ではないのだろ? そこまで君が気にかけることもないだろ?」
「ダメなんです! あいつは昔からそう言うの全部受け入れちゃうし、嫌だと思っても自分からは動かないし、だから、私がなんとかしてあげないと……」
先程までの勢いを完全に失ってしまった彼女は凛の言葉に口ごもりつつも、自身の考えを必死に伝えようと試みる。彼女が元々意見を曲げない性格なのか、友達の件だからかはわからないが、今の彼女を見る限り折れてくれる気はないと察してしまった。
剣術をしている者とは思えない細い腕を組み、少し体を反り天井を見上げ少し考える素振りを見せる。静まり返った部屋にいる誰もが、なおも沈黙を貫く生徒会長に釘付けとなっていた。
(また私は面倒事に巻き込まれるのだな……)
彼女は周りの者が言うように面倒見が良い訳でも、正義感に溢れている訳でもない。昔から大抵の物事は器用に捌くことができ、武術の才もあったがゆえに、生徒会長と言うポジションも特にしたい訳でもないが、断ることも出来ず、そのまま押し付けられているだけなのだ。
(きっと彼女も同じであろう。私の生徒会長としての地位、武術の腕を見込んで言ってきているに違いない。だがしかし……)
決意を固めたのか、少し深めに息を漏らしてから再度目の前の彼女と視線が交わるように姿勢を整える。
「君の気持ちはわかった。この件は私が引き受けよう」
「本当ですか!?」
「あぁ、そう言うまで君はそこを動かないだろ?」
「ありがとうごさいます!」
凛の皮肉混じりの言葉を聞いていないのか、無視をしているのか満面の笑みを浮かべただただ自身の目標達成を喜ぶ。
それからもう少し詳しい話を聞いた。話は実に簡単で花崎 咲の幼馴染である夢宮 望が、不良で有名な狂犬こと高城 狂也に暴力を受けていると言うものであった。
「話は理解した。後は私の方で対処しておこう」
「ありがとうごさいます! よろしくお願いします! それでは失礼します」
「あぁ、彼氏によろしく」
「かっ彼氏じゃないです! しっ失礼します!」
こんな軽い一言に顔を真っ赤にする可愛い後輩は生徒会室を逃げるように飛び出していく。これが私と咲との初めての出会い。
それから私は彼女との約束を果たすために高城 狂也に数々の問題行動を突き付けて、大義名分の上での武力行使を実施した。確かに腕力、喧嘩のセンスはあったが、武術を学んでいる私にとって狂犬を黙らせるのはさほど難しいことではなかった。
それからと言うものの私は変に彼女に好かれてしまい、今となっては名前で呼び合うまでの仲となったと言うわけだ。
──────
そんなことを一人で思い出しながら目の前の彼と話す彼女であったが、もちろんそんなことを知るよしもない彼にとっては彼女たちの関係は謎でしかないのだろう。今なお彼女に対し困惑の表情を浮かべている。
「まぁ、名前で呼び合う程度には親しい間柄かな」
これで彼の納得の行く説明にはなっていないことは明らかであるが、咲の保身のためにもこれ以上彼に事情を説明するわけにはいかないと判断し、当たり障りのない言葉でその場を納める。
「そうなんですか」
「後のことは私に任せてそろそろ自分のクラスに行った方がいいんじゃないか?朝のホームルームが始まるぞ」
一先ず目的を果たすことができた望は、一礼し生徒会室を後にする。
「さて、それでは私は頼まれた依頼を遂行するか……」
──────
自分のクラスに戻って、いつもと変わらないホームルームが終わり、一時限目が始まる前の少しの間に突如それは校内に響き渡った。
「ピンポンパンポーン、生徒会より連絡です。本日の放課後、ギフターの方は生徒会室に集まって下さい。byルーヴェ・クリスフォールドより。繰り返します……」
放送の主は声を聞く限り間違いなく、今朝望からギフター集めを依頼された生徒会長であることは校内の誰もが理解した。
放送が終わった後、なにも知らないクラスメイト達が、「ルーヴェって誰だ?」と口々に話し合っていたが、ルーヴェ・クリスフォールドを知るギフターにとって、これ程重要性が伝わるメッセージはないだろう。
気のせいかもしれないが、彼の隣に座る美羽もルーヴェの名前が出たとんに、一瞬顔が強張ったように見えた。
ギフターである凜が、かの女神様の名前を出し召集をかけたのだ、ただの召集だと思う者は少ないだろう。だがしかし、あの狂犬 狂矢が素直に召集に応じるだろうか?
そんな不安を残しながら、彼は約束の時を待つのであった。
──────
「ヤバッ!! 担任に呼び止められたせいで遅くなった……」
教室を飛び出した望は、駆け足で目的地へと向かう。
明確な時間の指定はなかったものの、放課後と言う言葉だけを考えれば、先生と話していた分遅れていることは確実であろう。
荒く上がった息を整える暇もなく、今朝訪れたばかりの部屋の扉を開け、中で待ち受けているであろうメンバーに謝罪を述べる。
「すっ、すみません、遅く、なりました……」
呼吸を整えつつ改めて部屋の中に目をやると、三名の生徒が室内で待ち構えていた。
「望、お疲れー」
手を振り自身の存在をアピールする咲とは、対照的に開かれた扉を一瞥し、直ぐ様視線を元に戻す美羽。そして、室内にいた唯一の男子生徒が望の方へと足を運ぶ。
「えっと、お前ー……誰だっけ?」
望の目の前に爽やかな笑顔を浮かべて立つ男は長身にスラッとした足、サラサラした明るい茶髪に、整った顔はまるでどこかのアイドルのようであった。その時、この人は自分とは別の人種なんだろうと直感的に彼は理解した。
「俺は二年A組 夢宮 望」
「なんだ同い年か、俺は二年C組 隼風 翔。よろしくな望」
「あぁ、よろしく……」
(いきなり名前呼び捨てかよ……)
「あんまり気にはしてなかったけど、うちの学校ギフター多いんだな。俺、望、咲ちゃん、美羽ちゃん、あと凛ちゃん会長とそれから……」
(咲ちゃん、美羽ちゃんだと!?)
当然の如く、ちゃん付けで呼ぶ目の前のイケメン……もといチャラ男の発言に、何度も男の顔と女性二人の顔を見比べる。
「うん? あぁー、俺女の子は全員ちゃん付けで呼ぶから気にしないでいいよ」
「そっそうなんだ……」
何をどうしたらその発想に至るのかは理解できなかったが、一先ず相槌を打つと、後ろの方で苦笑いをしている咲が視線に入った。彼女の表情から心中を察した彼が安堵していると、突如後ろにある扉が勢いよく開かれる。
「すまない! 少し手間取ってしまった!」
その場にいた全員が声がした方向に視線を向けると、そこにはこの部屋の主である凛会長が立っていた。
「あっ、武虎会長」
「ほら、君も早く入りなよ」
「チッ」っと舌打ちが聞こえた次の瞬間、廊下で待っていたのであろう狂矢が顔を出した。
「あぁーそうそう、後この駄犬もそうだったな─…」
「誰が駄犬だ、ゴラァ!」
「お前だよ、お・ま・え」
「ふざけやがって! テメェー、燃やすぞ!」
「やれるもんならやってみろよ」
相手をバカにした口調で話す翔の挑発にまんまと乗っかる狂矢。二人はバチバチと火花を散らすかの如く睨み合いを続ける。そんな二人の間に割って入ったのは、一振りの刀であった。
(いっ、今どこから刀が!?)
望が驚くのも無理はない。凛の手に握られている切れ味の良さそうな刀は、今の今までこの部屋のどこにも存在していなかったのだ。
「二人ともいい加減にしないか! まだ言い争いを続けると言うのであれば、この私が相手になってやろう」
「冗談ですよ、冗談。俺が凛ちゃん会長に逆らうわけないじゃないですか」
先程まで睨み合っていた人物とは思えないほど、ヘラヘラとした口調で翔は凛の指示に応じる。なんとも切り替えの早い人物である。これぞチャラ男の極意と言うものなのだろうか。
「もしかしてあれが武虎会長の……」
「うん、望は凛ちゃんのギフト見るの初めてだっけ?あれが凛ちゃんのギフト、武器工場。輪っかから自由自在に武器を取り出せるってギフトみたいだけど、私じゃとてもじゃないけど使いこなせる気がしないよー」
咲の説明を受けて改めて武虎会長の方に目をやると、彼女のスカートの両サイドに掌サイズの輪がついている。先程の刀もその輪から取り出したようだ。
「さて、一先ずこれでうちの学校にいるギフターは全員集まったわけだが、夢宮くんこれからどうすればいいのだ?」
刀を輪の中へと戻しながら話す彼女の言葉にその場にいた者全員が、望へと視線を集める。
「あっ、ちょっと待ってくださいね」
制服の袖を少し捲り、真ん中に真紅色の石が埋め込められて、見たことない文字が彫られてたシルバーのブレスレットが姿を表す。
一瞬、ブレスレットに埋め込まれた石から部屋全体に強い光が放たれる。光が収まり、眩んだ目を再び開けると、部屋の一番奥にある生徒会長の机の上に座る幼女の姿があった。
「なんじゃ、儂はまだ眠いんじゃー」
眠たい目を擦りながら迷惑そうな声をあげる幼女に、望以外の者は皆こう思ったと言う。
(誰? この幼女……)