目覚め
「めっ女神ってあの女神なのか……?」
「お主がどこの、なんの女神を指して言っておるかは知らんが、正真正銘、神界から来た神じゃ」
突如現れた純白な翼を持つルーヴェの言葉は、彼女の身なりからすれば真実に思えるが、どこか胡散臭く、彼は全てをそのまま受け入れることができないでいた。
「……うん? さっきギフトを与えるとか何とか言ってなかったか?」
「そうじゃ、儂はギフトを与える神命を与えられた神じゃからな」
少し気だるそうに話す彼女は金色の髪を掻きながら目線を下げる。だが、彼はと言うとそんな彼女の態度とは対象的に目を輝かせる。念願のギフターになるチャンスを前に興奮が抑えきれないようだ。
「じゃっじゃあ、俺もギフターになれるのか!?」
「まぁーそうじゃな。お主の心の声が聞こえたと言うことはギフトを持つ資格があると言うことじゃろうし……」
「よっしゃー! どんなギフトをくれるんだ?」
彼女の言葉にまるで無邪気な子供のように喜ぶ彼の反応に冷やかな視線を向け、少しめんどくさいと言う態度を露骨に表す。
「さぁな。どんなギフトかを決めるのは儂ではない。お主の願い、素質、相性によって決まるからの」
「それじゃあ早速頼むよ!」
逸る気持ちを抑えることなど当然できる訳がなく、今か今かと催促するかの如く両手を前に広げる。
「お主なぁー、少しは儂の話を聞こうとはせんのか……。まぁよい、全てはギフターとなってからじゃ。では、行くぞ!」
さっきまでの気だるそうな態度とは打って変わり、真剣な面持ちを見せる彼女に浮かれきっていた彼の頭は少し冷静さを取り戻し、事の重要さにゴクリと息を飲んだ。
瞳を閉じた彼女は自身の豊満な胸の前で手を合わせ、息を整えるように呼吸をする。その静まり返った空気がより緊張を与える。
「我は神王より神命を与えられし者ルーヴェ・クリスフォールド。神命の下、かの者に神々より与えられしギフトを授けん……」
彼女が言葉を放つ毎に二人を包むように風が吹き、更に彼女を中心に目を開くのも辛くなる程の光が襲う。
全てを言い終えると、より一層強い光が放たれ、何事もなかったかのように元の状態に戻った。
「終わった……の?」
終始理解が追い付いていない彼は自身の体を見てみるが、特に変わった様子もなく困惑の表情を浮かべる。
「案ずるな、もうギフトはお主の中にある。ほれ、手を前へ伸ばし、体内にあるギフトを体外へ出すことを強くイメージしてみよ」
未だしっくりしていない彼は、自称女神が言うように右手を前へ出し、まだ見ぬギフトを強くイメージする。
(ギフトを出すイメージ……ギフトを出す……ギフトを!…)
目を閉じ、眉間にシワを作りながら強く、強くイメージをすると、不意に右手から不思議な重さを感じる。
「こっこれは……」
目を開けるとそこには片手に少し収まらない大きさの古ぼけた本がこそにはあった。
その本はドラゴンの生き血でも飲ませたかのような深い深い深紅の表紙に、今まで見たこともない柄が刻まれている。
「ほぅー、これはなかなか……」
戸惑いと驚きを隠せない彼とは違い、その書物の正体に心当たりがあるのか、彼女はニヤニヤと表情を崩し、手を顎に当てて観察をする。
「これは一体何なんだ?」
「そうか、お主にはわかるはずもないな。ギフトの名は全能の書。かの神王が持つ能力の一つじゃな」
「えっ……と、それってつまり凄いの?」
説明を受けた所で、神王を知らない彼にとってはその凄さも貴重価値すら伝わらないのは致し方がないことだ。
「使って見た方が早いじゃろ。その本に書いてある言葉は読めるか?」
「これはラテン語? いや、この単語はドイツ語かな? あっでもこれはオランダ語のような……」
本を適当にペラペラとめくると、箇条書きに世界各国の単語が様々に組み合わさせた言葉が並んでいる。その言葉は彼が知ってる本来の文とは違ってきていたが、今まで本を読むために培ってきた何十か国かの言語を駆使すればなんとか、言葉を読むことはできるようであった。
「ほぅ、お主これが読めるのか、それはなかなか大したもんじゃな。試しになにか、力を使うイメージをして読んでみよ」
その中から一つの言葉を選び、言われたように使いたいと念じながら口にする。
「真実の風……」
「なっそれは!!」
言葉を発した途端にどこからとなく生まれた春一番のような突風が一瞬にして目の前にいた女神に襲い掛かる。
突風が吹き抜けた後、目の前に立っていたのは金色の髪をした女神ではなくなっていた。その変わりに幼女体型の先程までいた女神と同じ金髪、真紅の瞳を持つ少女が一糸纏わぬ姿で立っていた。
「バッ……」
「ば?」
「バッバカ者! 数多ある力の中からよりにもよって、真実の風を選ぶ奴があるか!」
白っぽい肌がみるみるうちに真っ赤になりながら彼女は更に嘆くながら自身の状態を確認する。
「あぁー……、理想の姿が完全に消え去っておる。あっ!! 心の声に神の翼まで消滅しておるではないか!これでは神界に戻ることさえ出来ぬではないか!」
「えっ……と、どうしたの?」
このままでは泣き出してしまうのではないかと心配になってしまい思わず声をかけたが、その言葉に少女は鋭い目付きで望を睨み付けた。
「教えてやろう……。お主が使った力は嘘、偽り、干渉する力を消滅させるギフトじゃ! 儂の元の姿を晒すだけでは飽きたらず、神界を行き来する翼まで消滅させよって……」
肩をワナワナと震えさえ、今にも怒りが爆発するのではないかと、不穏な空気をヒシヒシと感じる望であったが、もちろん自身が使った力がどんな効果を持つか知らない彼には、こんな事態になることなど予想することはできなかったのだ。
「はぁー、もう過ぎたことをとやかく言っても仕方がない……」
彼女が指をパチンと鳴らすと、黒いゴスロリ衣装に姿を変えた。恐らく始めに着ていた服よりこちらの方が落ち着くようだ。幼女体型にゴスロリとなった今、女神と言うよりフランス人形のような姿になっていたが、これ以上機嫌を損ねないように彼はそっと胸にしまい込むことにした。
「それでお主の方に何か変化はないか?」
「変化って特には……あっ!!」
持っていた本の頁に先程まで真実の風と書かれていた文字が完全に消えており、そこだけ空白となっている。
「なるほどな、つまりお主のギフト全能の書は書いてある力を一度だけ使えると言うものらしいな」
「全能の書、これが俺のギフト!…」
改めて自身がギフターとなったことを実感する彼であった。すると、一連の騒ぎを心配した望の母が一階から声を掛ける。
「望ー、騒がしいけど何かあったの?」
「いっいや、なんでもないよ!」
咄嗟に自室の扉から顔を出し、平静を装い返答をする。そして、自室の中へと向き直ると、彼女が腰を下ろして彼と向き合うように陣取っていた。
「さて、ギフトについてお主に話しておかなくてはならないことがあるのだが……」
改めて真剣な空気を作り出す彼女の声に緊張の面持ちで待つ。
「いや、これは全員が揃ってからの方が良かろう。明日、お主の学校におる他のギフター全員集めておくんじゃぞ」
「ぜっ全員!? それって……」
白楼高校にいるギフターは望を含めて六名いる。人数的には対したことではない彼女の申し出であるが、彼が達成するためには一つ大きな問題があったのである。
(狂也……)