8話・ふたつにひとつ
「その…聖女さまは先ほどから勇者さまや魔王さまの名を気軽に呼んでらっしゃいましたが、それが許されてるのはこの世界で特権階級にあり一部の力ある者だけとなっております。
あなたさまも神の恩恵を受けておりますので、彼らの名前を口にしても何も問題はありませんが、もし力なき者たちがそういった方の名前を口にすれば、身体の自由が奪われて動けなくなります。
この国では国王である勇者さまと神官長の私の二人以外は、あなたさまの真の名前に耐える力はありませんので、他の者達にはけしてお名前を名乗らぬようにお願い致します。神との誓約により聖女さまは御夫君となられる方にしか名乗れない決まりです」
「そんな…! じゃあ、わたしはずっと皆に聖女さまと呼ばれたまま?」
とんだ誓約だ。そんなことは聞いてない。志織はこの場にいない少年神ユミルを心の中で非難した後、イエセの言葉で気にかかったことがあった。
「ちょっ。あのレオナルドって国王さまなの?」
「そうです。この国モレムナイトでは勇者は世襲制でして、初代の勇者さまがこの国の女王さまの王婿となられてから、歴代勇者はその御子息の子孫から選ばれてきました。当世の勇者は現代の国王レオナルドさまということになります」
だからイエセは時々彼のことを勇者王さまと呼んでいたのかと、志織は理解した。
「ですから聖女さま。御自分の真の名前は他人にうっかり教えたりしないようお気を付け下さい」
「…!」
つまりイエセは志織の名前を知る権利は勇者か魔王にあると言いたいのだろう。その時には、「勇者ルート」か「魔王ルート」のどちらかに決定する。もはや勇者から逃れられない運命の様な気がして来て志織は天を仰いだ。
「はああ。食った。食った‥」
食後とんでもない話にはなったが志織はほぼ満足していた。自分に宛がわれた部屋へと戻って来る頃には、お腹は満たされ眠気に誘われて欠伸を漏らしていた。
色々あったが、このまま寝てしまいたい。考える事は明日に回そう。などと考えて気分良く寝台に飛び込もうとした志織だったが、ベットから一本の手が伸びて来るのが見えて悲鳴をあげた。
「うわああああああああ!」
謎の腕に手首を掴まれてベットのなかに引きずり込まれようとする。志織はベットのなかに誰かが潜んでいるのが分かり必死に抵抗した。
「ぎゃああ。やだぁ。放せっ。この野郎おおおおおおっ」
志織は拳を作って、ベットに潜んでる相手に向かってグーパンチを繰り出した。
「うああ。よせ。よせ。なんて馬鹿力だ。俺だ。やめろ。痛てててて‥」
ベットのなかから男が転がり出て来る。志織は床の上に胡坐をかいて座った男を見て目をつり上げた。
「レオナルド。あんたなんでここに?」
「誤解だ。俺はただお前と話がしたかっただけで」
「はああ?」
腕組みして彼をぬめつければ、レオナルドは頭を掻いた。志織は未婚女性の部屋に忍び込み、しかもベットのなかに引きずり込もうとした彼は有害だと瞬時に判断した。
「わたしと話がしたいのなら、イエセ神官長同伴で昼間にお願いします」
「おっ。お前、けっこう見られる顔になったじゃないか。それ良く似合ってるぞ」
早く帰れと伝えている志織を気にせず、レオナルドが注視してくる。志織の神官服姿が新鮮に感じるらしい。
(初対面ではジャージ姿だったからね。ジャージ姿の聖女なんてダサダサか)
志織は好みの問題もあるんだからジャージ好きの聖女がいてもいいじゃないかと、嘆息をついた。
「ああ。そう。ありがと」
「なんだ。その気のない反応は? 可愛い格好してるのに勿体ないぞ。俺に少しは笑いかけてみろよ」
「は。はあ‥」
初対面からしてあなたにはいい感情抱けてないし、部屋に忍んでた時点でレッドカードでしょう。早く退場して下さい。お願いですから。
心のなかで思っている志織の気持ちは相手に伝わってない様である。彼は全然帰る様子がない。
(わたしは眠いんだよぉ。早く寝せろ~)
志織が重くなって来る目蓋を押し上げて睨んでいると、ようやく相手から
「眠そうだな?」
と、いう言葉を引き出せた。
(ヤッター。やっと分かってくれた)
「はい。眠いので帰ってくれますか? お帰りはあちらです」
部屋の扉を指すと、レオナルドは立ち上がった。帰るのかと思ったらずーずーしくも寝台の上に座って来た。志織はむっとした。




