43話・ロベルトの正体
「お待たせいたしました」
数十分後、グライフはワゴンを引き後ろに一人の青年を伴って現れた。
「これが我が国自慢のタルト・タタンでございます。どうぞ、召し上がれ」
皆の前に歌詞が乗ったお皿が置かれてゆく。かぐわしい香りと共に琥珀色の紅茶が添えられた。
「すげぇ。うまそうだな」
「これは…あの時の!」
レオナルド以外の者は、同じ事を想っていた。このタルト・タタンはあの時に出されたものと寸分変わらぬ姿でそこにあった。
志織はお菓子よりもグライフと共に入室して来た黒髪、黒目の青年から目が離せなかった。そこには黒豹ではなく、人間の姿を取り戻したロベルトがいたからだ。
グライフはロベルトを皆に紹介した。
「この菓子はこのロベルトが作ったものです。如何ですか? お口に合いましたでしょうか?」
「彼はロベルト。と、言うのですか? 我が神殿にもおかかえの料理人がいましていつも美味しい食事を作ってくれるのですが、彼もロベルトと言うのですよ」
グライフにイエセが奇遇ですね。と、言った。
「なにを言ってるの? イエセ。彼はそのロベルトよ?」
「はい?」
志織の指摘に、イエセはまじまじとロベルトの顔を見た。レオナルドの瞳が菓子から離れて、ロベルトに移行した。
「本当にロベルトなのですか? 私の知るロベルトは茶色の髪にこげ茶色した瞳の男で、別人にしか思えないのですが」
それを聞いて志織はおかしく思った。ロベルトは黒髪に黒目なのに、どうしてイエセと自分の認識に違いがあるのか?
「ぼくは他の人には茶色の髪にこげ茶色の冴えない容貌の男に見えるよう姿を変えていたんです。でもリー、きみには本当の姿が見えていたようだ」
不審がるイエセと志織にロベルトが教えてくれた。このことで志織は初めて彼に会った時に、彼が女性にもてないと言っていた意味が理解できたような気がした。あの時志織は、どうしてこんなにカッコいい男性が女性にもてないのかと不思議に思ったのだ。
彼は自分の職種が人気がないからだと誤魔化していたが、本当はわざと他人から関心をもたれないように、自ら目立たない容姿をしていただなんて。そこまで考えていた志織は彼の素性が気になってきた。
「ロベルト、お前はつまり変化の術を用いていたのか? 俺たちの目を欺いていたことになるな」
レオナルドは席から勢いよく立ち上がり、腰の刀に手を伸ばした。
「レオナルド。止めて」
「そうですよ。せっかくの美味しいお菓子が無駄になりますよ。勇者王さま」
志織の制止にはびくともしなかったレオナルドは、イエセの言葉で大人しく席に着いた。
(あんた‥そこ? そこで引き下がる?)
食い意地はった勇者王に、微妙な感想を持ちながらも志織は絶妙なイエセの手綱さばきに関心した。
「菓子が食べたいからじゃなくて‥一応、俺たちは招かれた身だからな」
騒ぎ事は起こさない。と、言い切ったレオナルドに残念な勇者だ。と、志織は思った。
(第一、招かれてもないしね。あんたが勝手に押しかけて来たんでしょうが‥)
レオナルドがお菓子に心奪われてるのは分かりやすいのに。
「ロベルト。きみは一体、何者なのですか? 姿を変えていたというからには、それなりの魔力を持っているということですよね?」
イエセがロベルトを危険視していた。魔力を持つものが一介の料理人として自分の傍にいた。レオナルドほどではないにしても、姿を変えてまで神殿に入り込んでいたロベルトを怪しく思っているらしい。
「マーカサイドの子の何かだろ?」
タルト・タタンを食していたレオナルドが、フォークを握ったまま一度だけ顔をあげた。再びお皿へと顔は戻る。
「魔王さまのお子?」
そんなの初めて聞いたというように、イエセはタルト・タタンと格闘中のレオナルドに目を向けてからロベルトを凝視する。
「こいつからはマーカサイトと同じ匂いがする。でも奇妙な感じなんだよな。俺らと同族の気配もするし」
レオナルドはむしゃむしゃと菓子を頬張りながら言う。
(同じ匂いがするって何?)
レオナルドは鼻が利くのか。と、志織は少し彼から距離を取った。人間を越えてる気がする。
「私たちと同じ?」
「俺の本能的なものがそれを訴えて来る」
レオナルドの分析にイエセは頭を巡らせているようで、レオナルドの変な発言は気にも止めないようである。
「‥ではそなたは我とフロリアンの子の?」
マーカサイトは席から立ち上がり朗らかにロベルトに問いかけた。ロベルトが頷く。
「はい。魔王さまと勇者フロリアンとの間に生まれた子、この国の初代の王ヘンリーの子孫でベルトナルトと申します」




