39話・少女の涙
「そなたは?」
「わたくしはここから遠くにあるモレムナイト国の第一王女です。ここデルウィークには祖父が住んでおりまして、その見舞いに訪れた所をあの者に攫われて命を奪われるところでした。助けて頂いてありがとうございました」
少女は黒豹を前にして、恐れず感謝の言葉を口にした。その少女の態度にマーカサイドは感心した。
「怖くはないのか? 我が?」
「怖いです。あなたさまはきっと魔族のなかでも高い地位におられる御方なのでしょう。そのような獣のなりをしていても品が感じられますもの」
「聡いな。そのような人間は嫌いではない」
マーカサイドは、少女が怖がらないように人間の姿になった。少女はマーカサイドの姿が変わった事に驚いてかぽか~んとした顔で見つめて来る。
「どうした? 何かおかしいか?」
「いいえ。綺麗過ぎて‥見惚れてしまいました。失礼しました」
慌てて少女が畏まる。
「おかしなことを言うな? そなたの名前は何と言う?」
「わたくしはフロリアンと申します」
「そうか。愛らしい名前だな」
マーカサイトの言葉にぽろりと少女は涙を落とした。
「なにかそなたが気に障る事でも言っただろうか?」
「いいえ。嬉しくて…」
マーカサイドは思わず少女を抱きしめていた。彼女をこれ以上、泣かせたくない。とも思う。初めて会った少女に対して抱いた不思議な感情だった。
「もう夜も遅い。送って行こう。家族の者も心配してる頃だろう」
「ありがとうございます。きっとわたくしがいなくなったと知れたら、おじいさまが心配してるかもしれません」
マーカサイトは少女の手を握った。月のない夜の森。他に人気もなく、黙々とふたり連れだって歩く。マーカサイトは、彼女のようにしっかりした少女がなぜこのような場所で、命が奪われようとしていたのか気になっていた。
「あの男はそなたを撃とうとしていたが知り合いなのか?」
「直接の知り合いではありません。でも‥きっと義母上さまに頼まれたのでしょう。このような事は初めてではないので」
フロリアンの言葉に、マーカサイドはすぐには理解できなかった。人間というものは親子であっても殺し合うものなのか。と。
魔族は諍いはあっても親子同士で殺し合うようなことはない。魔族よりはぜい弱な存在のはずの人間の方が、むごい事をしてるように感じられた。




